episode26 聖光宮②
(無駄に大きいな)
間近で見た聖光宮の第一印象がそれだった。同時にリアムは思う。いつの世もなぜ権力者という人種は大きい箱に収まりたがるのか、と。
「リアム様、どうかされましたか?」
気づけば隣に立つベルトラインが窺うような視線を向けていた。
「気品ある佇まいに感動して思わず足を止めていたところです」
笑みを作ったリアムが心の片隅にも思っていないことを告げると、ベルトラインは聖光宮を見上げながら言った。
「初めて聖光宮をご覧になった方は皆が皆、リアム様のような反応をお示しになります。これも聖女サリアーナ様の御威光の賜物だと自負しております」
感極まったような表情を浮かべるベルトランの姿を見て、リアムは内心で大いに首を捻った。
(彼の言うことは全くもって意味がわからない)
聖光宮を造り上げた職人たちこそが素晴らしいのであって、聖女の御威光云々は全くの無関係だと思うのだが、それを口に上らせるほど愚かではない。
今の会話で気を良くしたのか、ベルトラインはいかに聖女が偉大であるのかを訥々と語り始める。全く聞く気がないリアムにとってそれは単なる雑音でしかなかったので、早々に言葉を遮った。
「聖女様をお待たせしても大丈夫ですか?」
「……大変失礼いたしました。リアム様のおっしゃる通り、聖女サリアーナ様をお待たせするわけにはまいりません」
慌てて先導するベルトラインに続き、リアムとアリアは聖光宮に足を踏み入れた。
内観は外観以上に壮麗な造りをしており、普段はこの手のことに一切興味を示さないアリアが、もの珍しそうに周囲を見渡していた。
(しかし随分とまた静かだな。まるで僕たち以外は誰もいないみたいだ……)
人は全くと言っていいほど見当たらず、三人の靴音だけが高らかに響いている。自分の姿が映り込むほどに磨かれた回廊を進んでいくと、戦女神アテナが彫り込まれた大扉を視界に捉えた。
「あの扉の先で聖女サリアーナ様がお待ちです」
大扉に近づくにつれて荘厳な鎧を身に纏う男たちの姿も見えてくる。こちらに気づいたらしい男たちは、それぞれが手にしている槍を互いに交錯させ、さらには威圧するように鋭い視線を浴びせてきた。
(歓迎はされていないようだ。ま、当たり前だけど)
胸当てに描かれている聖杯と白い翼の紋章は、リアムも何度か相対している神聖騎士団の騎士で相違なく、敵意剥き出しの視線をリアムはさらりと躱した。
(いちいち付き合っていられるか)
筆頭執事らしく優雅な所作で道を開けたベルトラインは、深々と頭を下げた。
「私の案内はここまでとなります」
「ご苦労様でした」
リアムが謝辞を述べているそばから大扉が厳かに開かれていく。通さぬとばかりに交差していた槍は元の位置に戻り、左側に立つ騎士が顎だけで前へ進めと促してくる。
(いくらなんでも酷すぎる。商売敵だからって礼儀もなにもあったもんじゃない)
内心で溜息を吐きつつも顔だけは神妙にして見せながら、リアムはアリアと並んで前へと進む。眼前に広がる謁見の間は今までの作りが陳腐に思えるほどで、リアムの度肝を素直に抜いた。
天井は呆れるほどに高く、奥へと林立する巨大な柱の一本一本に、それぞれ趣が異なる戦女神テレサが彫られている。
ほかに目立つ調度品が置いているわけでもなく、室内の広さから考えたら殺風景とも言えるが、それが却って謁見の間の神聖さを弥が上にも際立たせている。
ゼラーレ教会の信徒たちがこの光景を目のあたりにした暁には、感動のあまり泣き崩れるところまでリアムは想像できた。
「──そこで止まれ」
煌びやかな壇上の隣に立つ男から硬質な声が発せられ、リアムたちは言われるがままに足を止めた。大扉の前にいた男たちと同じ鎧を身に着けていることからも、神聖騎士団であるのは間違いない。
だが、同じなのは鎧のみで、全身から漂わせているひりつくような感覚は明らかに先程の者たちとは違う。
冷淡な顔の眉間に深い皴を刻んだ男は、まるで射殺すような視線を向けてきた。
「なぜ膝を折らぬ。恐れ多くも聖女サリアーナ様の御前なるぞ」
男は当然のように膝を折ることを強要してくる。この手の輩は本当に膝を折らせることが好きだなと、内心で大いに呆れながらリアムは返答した。
「お言葉を返しますが、なぜ膝を折らなければならないのでしょう?」
「なんだと?」
「私はもちろんのこと、ここにいるアリアも含めて聖女様の部下でもなければ敬虔な信者でもありません。そもそも私は聖女様の依頼を受けてこの場に立っているのです。そのことを踏まえ改めてお尋ねします。なぜ私たちが膝を折らなければならないのでしょう?」
「──あくまでも膝を折る気はないと?」
男の声が一段低くなった。
「それ以外の言葉に聞こえたなら謝ります」
「そうか……」
言うや否やひりつくような感覚に殺気が入り混じるのをリアムは感じた。すでにアリアはいつでも動けるように重心を前に置いている。
一触即発の空気を霧散させたのは、春の陽だまりのような柔らかで優しさに満ちた声だった。