episode22 口は災いの元①
橋を渡り終えてからしばらくして、リアムたちは地図に示された場所へと到着する。寄り道を繰り返した結果、太陽は大分西に傾いていた。
(また随分と大げさなところを用意したな……)
白亜を基調とした小さな城とも呼べる屋敷を前にリアムが一人呆れていると、おそらく外で待機していたのだろう。ベルトラインが駆け寄ってきた。
「遅いので心配しておりました」
「すみません。星都は初めてなので色々と見ていたら遅くなりました」
「そうでしたか。──ではお手の物をお預かりいたします」
リアムは伸びてくる手から逃げるように一歩下がる。不思議そうな顔で見つめてくるベルトラインに、リアムは如才ない笑みを作って言った。
「いえ、自分で運びますのでお気遣いなく。無論アリアも同様です」
カバンの中身は悪魔の霊核が収められた小瓶なども入っているため、おいそれと他人に預けるわけにはいかない。
リアムが視線を向けると、アリアはコクリと頷いた。
「自分のものは自分でや……る」
フード越しのアリアに言われたベルトラインは、顔を強張らせながらも慇懃に頭を下げた。
「かしこまりました。では屋敷へとご案内いたします」
先導するベルトラインに従って屋敷の中へ足を踏み入れたリアムは、広々とした玄関ホールの中央で横一列に並ぶメイドたちの姿を目にした。
どのメイドたちも顔をすませて冷静を装ってはいるが、いかんせん体まで対応しきれていない。微かに震えている様子からしても怯えているのは明らかで、理由は言わずもがな。
「星都にご滞在の間は彼女たちになんなりとお申し付けください。全身全霊をもってリアム様とアリア様のお世話をさせていただきます」
ベルトラインの言葉を受けて、メイドたちは一斉に頭を下げた。一糸乱れる美しい所作は、それだけでメイドとして熟達の域にあることを物語っている。
リアムが素直に感心していると、太郎丸がリアムの足を前足で踏みつけてきた。
「わかっている」
リアムが口の動きだけで意思を伝えるも、太郎丸は納得していない様子。リアムは内心で大きな溜息を吐いた。
(はいはい。今確認しろってことね)
リアムは太郎丸を自分の前面に誘導しながらベルトラインに告げた。
「すみませんが僕たちの連れのこともよろしくお願いします」
「もちろんでございます。外に犬小屋が──」
「犬のごとき扱いは断じて許さんぞ! 美味しいご飯とフカフカのベッドを吾輩は要求する!」
ベルトラインの言葉を遮って太郎丸が声を荒らげた直後、メイドたちから小さな悲鳴が漏れ出た。そして、すぐに物の怪でも見たような視線を太郎丸に向けている。
(あーあ。やっちゃった。面倒なことになるぞ)
リアムが深い溜息を落としていると、ベルトラインが予想だにしていなかった言葉を口にした。
「かしこまりました。太郎丸様にも部屋をご用意いたします。なんなりとメイドたちにお申し付けください」
「うむ。名前を呼ぶのが恥ずかしいなら可愛いワンちゃんと呼ぶこともやぶさかではないぞ」
「かしこまりました。メイドたちに徹底させます」
言ってベルトラインが慇懃に頭を下げれば、太郎丸は一転して上機嫌な様子を見せる。
そんなベルトラインを見つめながら、リアムは「プロだな」とひとり呟くのだった。