episode18 到着①
歴史を感じさせる重厚な石造りの城壁が見えたところで、太郎丸が御者台から軽快に飛び降りた。
「長く馬車に揺られていたせいか肩が凝ったのー」
「は、はは……お疲れ様でした」
内心で犬でも肩が凝るのだろうかと思いながら、セフィリナは前足で器用に肩を叩く太郎丸を横目に馬車を止めた。
「お二人もお疲れ様でした」
「ええ、本当に疲れましたよ……」
軋み音と共に扉が開かれ、馬車から降り立ったリアムがげっそりとした表情で嫌味を言ってくる。そんなリアムの頭をアリアが優しく撫でていた。
セフィリナも御者台から降り、リアムたちに正対する。
「本当によろしいのですか? わたくしと一緒ならすぐ街に入れますが……」
「大丈夫です。僕たちは正式な手続きを踏んで行きますので」
「ですが今日はいつも以上に行列ができています。かなり待たされることになりますけど……」
そう言ってセフィリナが視線を流した先には、門を起点として長い行列ができている。それでもリアムはフラつく体をアリアに支えられながらセフィリナの申し出を断った。
四侯四伯に名を連ねるバーンシュタインツ家であれば並ばずともいい理由、たとえば貴人専用の通用口が用意されていることくらいは想像できる。セフィリナの好意に甘えれば時間の節約になることは間違いない。
(だけど万が一ということもある)
リアムは新鮮な空気を肺の中へ何度か取り込んで度重なる申し出を断った。
「少し歩いて胸のむかつきを取りたいので。僕らのことは気にしなくて大丈夫です」
セフィリナはリアムをジッと見つめた後、
「わかりました。落ち着いたら連絡をください。すぐに迎えの者を向かわせますので」
「そう何度も言わなくても約束した以上は守りますよ」
「絶対ですからね」
苦笑を笑顔で返してきたセフィリナは手綱を軽く振るい、
「ではお先に失礼します」
リアムは左右にぐらつく車輪を見やりながらセフィリナを見送った。武門の誉れ高いバーンシュタインツ家の令嬢として最後まで明るく気丈に振る舞っていたが、去り際の笑顔は悲しみを多分に含んでいるように思えた。
(助けられたとはいえアリアを怖がる素振りを見せなかったことといい、あの戦士長なんかよりよっぽど度胸が据わっていた)
セフィリナに手を振り返していると、空いている片方の手に細い指が不意に絡まってきた。
「アリア?」
「リアムは優し……い」
「なんのこと?」
「アリアがデモンズイーターってばれるとセフィリナに迷惑がかか……る。だからリアムは一緒に行くことを断っ……た」
リアムはアリアの言葉を即座に否定した。
「それはアリアの考え過ぎ。さっき説明した通り胸のムカつきを取りたいだけだから」
「リアムがどんなに否定してもアリアにはわか……る」
リアムにだけわかる笑みを見せるアリアになんとなく居心地の悪さを感じて、二度三度と咳払いを落とす。
やがてセフィリナの操る馬車が視界から消えるのを確認したリアムは、むかつきを吐き出すように深呼吸を数度繰り返した後、前足で首を掻いている太郎丸に目を向けた。
「太郎丸、星都は田舎街とは違うからくれぐれも言葉を発しないように」
「なぬっ⁉ 吾輩しゃべってはならんのか⁉」
「普通の人はい──ワンちゃんがしゃべることに慣れていない。依頼人はなるべく目立たないことを希望しているから」
「まぁそういうことなら仕方がない。では面を使って顔も隠したほうがよいのではないか?」
「いや、そんなことしたら余計目立つからやめてね」
ただでさえ頭横に付けている派手な狐の面は目立つのだ。さらに犬が狐の面を被って歩いていたら絶対に悪目立ちをするに決まっている。
太郎丸は不思議そうな目をリアムに向けて、
「なぜ面を被ると目立つのだ? 可愛い顔が隠れるのだからむしろ目立たないと思うぞ、吾輩」
「ええと……お祭りでもないのに面をして歩いていれば人間でもそれなりに目を引くだろ?」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの」
「むぅぅ。そういうものなのか……」
苦し紛れではあったが、太郎丸は複雑な表情を浮かべながらも最終的には納得してくれた。
リアムは息をつき、アリアに視線を移した。
「アリアもフードを外しちゃ駄目だよ」
「うん、わかってい……る」
リアムの指示でアリアは再び黒のマントを身に着けていた。アリアの容姿は太郎丸の面どころの話でない。瞬く間に注目されるのはわかりすぎるくらいわかっているので、そのまま歩かせるわけにはいかなかった。
聖女がデモンズイーターの風聞をどこまで信じているかは定かではないが、呪いの件で星都の民に要らぬ混乱を起こしたくないとの思いは透けて見える。ただ今回に限っていえば、神聖騎士団に配慮している比重がより高そうだとリアムは思っていた。
(それにしても本当に行列だな。聖女がいる街だから警戒が厳重なのは理解できるけど.…)
行列の中には巡礼服を着た者も多く見受けられた。聞くともなく彼らの会話を聞いていると、ここに来るまで一ヶ月を要したとか、なんの自分は二ヶ月だなどと自慢げに話している。
理由は聞かなくとも明白だが、聖女に会えるわけでもないのに遠くからつくづくご苦労なことだと思う。きっとそれが信仰心というものなのだろうが、無神論者であるリアムには到底理解できないことだった。