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殲滅のデモンズイーター   作者: 彩峰舞人
第一章 悪魔を喰らうもの
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episode15 お人好しなご令嬢②

「僕はリアムと言います。こっちはアリアと太郎丸」

「セフィリナ殿、よろしくな」

「えっ⁉︎ 今言葉を⁉」

「言葉を話す愛くるしいワンちゃんは初めてか?」

「やっぱりしゃべった!」

「太郎丸、怪我人なんだからあんまり驚かせたら駄目だよ」

「別にそんなつもりはないぞ」


 太郎丸と名乗った犬と普通に会話をしているリアムを眺めていたセフィリナはふと視線を感じる。顔を右に向けてみれば絶世と言っても過言でない少女に見つめられていた。


(まるで女神テレサが降臨されたみたい……)


 女神テレサ像と同じ無表情なのが余計にそう思わせるのだろう。セフィリナはアリア以上に見つめてしまう。無表情が翻って珠玉な美しさを際立たせているようで、それこそ社交界で美しいと評される人間をセフィリナは浴びるほど見てきたわけだが、彼女の前では全てが凡百になり下がることになんの疑いもなかった。

 セフィリナは居住まいを正し、


「アリアさんも危ないところを助けていただいてありがとうございました」


 礼を告げるもアリアは無言でセフィリナを見つめ続けている。なにか礼を失してしまったかと慌てていると、リアムが借りてきたような笑みを浮かべて言った。


「多分セフィリナさんが身につけているブローチを見ているだけです。だから気にしないでください」

「あ、はい」


 言われて改めてアリアを見れば、確かに彼女の目は胸元に付けているブローチに視線が注がれていた。


「あの……よろしければ差し上げましょうか?」


 精緻だが感情を感じない無機質な顔に変化はなく、しかし、彼女の両腕は力強くセフィリナへと伸ばされた。慌ててブローチを胸から外して開かれた手のひらに乗せると、


「ありが……と」


 やはり無機質な顔のままアリアが礼を言ってくる。初めて聞く彼女の可愛らしい声は見た目と大きく剥離していて、セフィリナはさらに目を丸くしたものだ。

 リアムが人差し指で頬を掻きながら、


「すみません。なんだかアリアが催促したみたいで」

「いえ……」

「そんなにそのブローチが気に入ったの?」


 リアムの問いに対し、アリアは返事の代わりに首を縦に振る。


「かなり喜んでいるみたいです」

「はぁ……」


 セフィリナから見たアリアはやはり表情に変化はない。リアムが何をもって彼女が喜んでいると判断したのかさっぱりわからなかった。


「あ、もちろん助けてくれたお礼は改めていたします」

「え?……ああ、別にお礼なんていりませんよ」

「え⁉」

「今いただいたブローチだけで十分です」


 リアムの言葉には駆け引きの類を一切感じることはできず、本心からそう言っていることがわかる。それだけにセフィリナは大いに困惑したものだ。


(見たところ旅人のようだけど、さっきの反応からしてもこの子はバーンシュタインツ家を知っていることは間違いない)


 バーンシュタインツ家の娘の命を救ったとなれば、平民が一生かかっても稼げない額を父であるバルムは気前よく与えるだろう。お礼を要求してきてもなんらおかしくないこの状況で、だが、リアムは恩に着せる素振りを一切見せることがない。

 しかも、たいていの人間はバーンシュタインツの名を聞くだけで下にも置かない態度で接してくるのを散々見ているだけに、セフィリナはとても新鮮な気持ちを抱いた。


「セフィリナとやら。黙っているが大丈夫か?」

「あ、だ、大丈夫です。色々なことが一度に起きたので頭の整理が……ぷはっ! あははははっ!」


 会話の途中でセフィリナは思わず吹き出してしまった。目の前にいるのは誰がどう見ても犬である。にもかかわらず普通に会話をしている自分に気づいてしまったのだ。

 御者も護衛も殺されたのに不謹慎だとはわかっているが、それでも今の状況に笑わずにはいられなかった。


「……リアム、このお嬢さん多分頭を打ってるぞ」

「うーん。今までの会話に齟齬はなかったけど……」

  

 言いながら体に手を伸ばしてくるリアムを見た瞬間、野盗たちの下卑た顔が脳裏をかすめた。セフィリアは相手が少年だということも忘れて思わず身構えてしまった。


「ご、ごめんなさい。わたくしったら……」

「大丈夫です。怪我の具合を見るだけですよ」


 慣れた手つきで触診を始めるリアムの姿は、まるで練達の域にある加療士を髣髴とさせた。

 改めて間近で見るリアムの顔はとても中性的で、将来はさぞや女を蕩かすような美丈夫になること請け合いだ。

 だが、磨き抜かれた鏡のような碧眼の奥には無明の闇を思わせるような何かが揺蕩っている。それは断じて子供がするような目ではなかった。


「──右肩を強く打ち付けていたのでとりあえず応急処置はしておきました。家に帰られましたら改めて治療することをお勧めします」


 気づけば右肩の痛みが嘘のように和らいでいた。切り傷があった足にも綺麗に包帯が巻かれている。

 見るからに頑丈そうなカバンに髪の毛よりも細そうな長い針を収めるリアムに、セフィリナは慌てて治療の礼を述べた。


「手当までしていただいてありがとうございます。──あの、リアムさんはその若さで加療士なのですか?」

「加療士ならもっときちんとした治療を施しますよ。私の治療は手慰みの域を出ませんので礼には及びません。それにこうなった原因は半分僕たちにもあるので──アリア、倒れている馬車を頼む」

「わかっ……た」


 リアムの言葉の意味がわからず馬車に向かって歩くアリアを視線で追っていると、アリアは横転している馬車を掴んでいとも簡単に持ち上げてしまった。


「え⁉️ 馬車を⁉️ え⁉️」


 本来なら大の大人がそれこそ数人がかり持ち上がるかどうかの代物を細腕の少女が軽々と成していることに、セフィリナはただただ唖然としてしまった。


「馬車と馬は大丈夫そう?」

「見た限りは多分大丈夫だとおも……う」

「よかったな。どちらも無事で」


 太郎丸に声をかけられるもセフィリナは言葉を返すことができない。

 世界の異質とも呼べる者たちとの邂逅に、セフィリナは胸が高鳴るのを感じていた。

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