予習済み令嬢でもわからない!-プロローグ?-
ブックマークも評価もありがとうございます。とてもうれしいです。せっかくなのでもう少しこの世界を広げてみたいと思います。連載を9/11より開始いたします。2020/9/10
-------あぁはいはい,そういうことね。
「この子の名は,アニエラ。アニエラ・ド・ドルトリッシュとする。」
父親と思しき人物が新生児の私に名づけをしている傍らで,私はこの物語と,転生モノの情報を頭に巡らしていた。
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この世界は,かつてのアニエラが学生時代にはまった乙女ゲーム,『王宮輪舞~べーリック・ホール~』に由来するものである。とあるチート王国の貴族社会で女主人公が攻略対象と仲を深める,一見よくある乙女ゲームだが,当時はこのゲームが一世を風靡し,アニメ化,アニメ映画化,実写映画化,漫画化,2.5次元舞台化と,ありとあらゆるメディアミックスにて取り上げられた。朝のニュース番組の話題になったことも一度や二度ではない。
このゲームの魅力の一つは,絵師と声優が一流であること,そして攻略対象の[拗らせ具合]と[見た目と性格のギャップ]であるのは勿論である。しかし何と言っても,ハッピーエンドが結婚ではなく,主人公の死に際という,気の長すぎる特徴がヒットに繋がった。つまり攻略対象と両想いになった後も選択肢を間違えない限り物語は続き,数十年分の人生を疑似体験できるのである。しかもVRその他最新技術を駆使するゲームであり,嗅覚も味覚も触覚も現実と変わらない。具体的には夢を見ているように,自分が実際に主人公として生きていると錯覚するほどのリアルさで,覚めない夢の虜になってしまった依存者や廃人が続出した。あえて2.5次元舞台を実施したのは,生身の人間の良さを強調するためと言う,本末転倒な理由であった。
アニエラはゲームの中で,時に主人公をいじめたり,ライバルになったり,主人公の夫を奪ったり,友人(仮)になったりする主要登場人物の公爵令嬢一人である。ルートによってその立ち位置は異なるが,基本的には断罪される立場で良いスポットライトは当たらない。その際後もナレ死ならぬ[その後のアニエラを見た人は一人もいない...]といった一文で表されることが多く,所詮当て馬的存在だった。
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(どうして転生したのか,ゲームに荒らされた別世界がどうなったかは後々考えるとして,赤ん坊の時も大人レベルで考えられる設定なのは本当にありがたいよね。...と。これからは口調もアニエラらしくしていかないと。)
乳母にあやされながらアニエラは適当にあーとかうーなどと返事をしつつ,今後のことに思考を巡らしていた。
(攻略対象は4人,だったかな...でしたわね。幸いなことにわたくしは,直接ゲームにははまらず攻略サイトと二次創作で満たされていましたから,廃人にはなっていませんし,攻略方法も認識しております。そして何より,わたくしは,転生した悪役令嬢の小説や漫画を,浴びるように読んでいましたのよ!)
誰に言うでもないがアニエラは,自分で自分に以下のルールを課すこととした。
・主人公はいじめず,自分の人生を生きること。
↑過去の転生モノによるとちゃんとしてたら幸せになれること,誰かお相手が見つかることはほぼ確実。
・鈍感系令嬢には絶対にならないこと。
↑明らかな好意に対してわからないふり,「きっと主人公を好きになる,だって私は悪役令嬢だから」的な思い込みは不可。
・過去の記憶をそう易々と利用できると思わないこと。
↑他の小説ではチート要素として技術や新しいものをつくる人もいたけど,簡単にできるわけないので,安易に手を出さない!
・ゲームとしてではなく,ここが現実社会として受け入れること。
↑郷に入っては郷に従え。常識も何もかも違うはずなので,しっかり勉強しよう。
この世界の貴族は,立って歩き,ある程度話ができるように成長したらすぐに様々な習い事や教育を施す習慣があった。特にアニエラは公爵令嬢と言う最も身分の高い貴族のため,忙しくなるのは必須である。また,他の家の同年代の子供との交流も,習い事とともに始まることになる。そのため,アニエラは攻略対象についても思い出しておくこととした。
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1人目:第一王子(王太子)
クロード・ルイ=デュードネ
本来ならば優秀で非の打ちどころのない王位継承権1位の王子。金髪碧眼の線の細い美形,成長後の身長は180cm。しかし,[創世の賢才王]と言われた祖父と顔立ち及び魔力がそっくりであり,生まれ変わりともてはやされ,常に比較されてきた。その結果,10歳の頃には「そうだな私は...祖父の影のようなものだ」と心を閉ざしてしまった。
2人目:王子(王位継承権無し,身分:伯爵)
カイル・ルイ=デュードネ
国王陛下が一目ぼれした庶民に産ませ,母親が死亡した5歳以降に王宮に引き取られた王子。クロード王子よりも5歳下(アニエラより3歳下)だが,他にも王子王女は多数いるため,国王の息子と言う事実だけを持つ。当然のように幼少期の過去は非常に暗い。さらさらの黒髪赤目で,色白腹黒王子系の美形,成長後の身長は178cm。ところが,見た目とは裏腹に一般的な乙女ゲームヒロインの如きピュアピュアに育った。
3人目:宰相の息子(侯爵)
ウィルヘルム・ド・セニュレー
三権分立(国王・貴族議会・法律)が機能している国家の歴代最長宰相(貴族議会のトップ)の息子。ルート次第でウィルヘルムが宰相になる場合もあるくらいには優秀で,クロードの7歳上。長めの銀髪に金色の目,包容力のある美形,成長後の身長は175cm。男女平等を信条にしていて,男女差の偏見は全くない。本人とて,料理も裁縫も剣も乗馬も得意。趣味が充実しすぎていて別に結婚しなくても良いと思っているし,出来過ぎで,周りの令嬢も引いちゃっています。
4人目:魔術騎士(伯爵)
ルーク・ド・エールトン
国家随一の魔術騎士で,クロードと同い年。赤髪と黄緑色の目の美丈夫,成長後の身長は185cm。ゲーム開始当初から主人公以外の女性と婚約していてその人を一途に愛している。このルートで主人公と結ばれるまでに紆余曲折があった。なお,主人公と結婚後も罪悪感にかられる程善良な人だからこそ,それを蹂躙することに喜びを感じる略奪系プレイヤー人気No.1の攻略対象。
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(...各ルート複雑すぎて,それぞれにわたくしの関わり方も異なってきますから,対策がとりづらいことこの上ありませんわ...。主人公が選択するルート次第で,わたくしの婚約者も変わりますし。このゲームは逆ハーレムエンドはありませんでしたから,できれば主人公の攻略対象を認識してから動きたいものですわね。)
『王宮輪舞~べーリック・ホール~』のハッピーエンドでは,例えば孫に囲まれて看取られれる,不老不死になって攻略対象と生き続ける,タイミングを選んだ安楽死で永遠の愛を誓う,生き別れていた対象と死の直前に再会する,など,様々な終末があった。
(わたくしは,最後の最後で幸せになるよりも,早めに本当に幸せな瞬間を見つけ,その後も穏やかか,もしくは勢いがあって楽しい人生を歩みたいわ。)
アニエラは何故よりにもよって『王宮輪舞~べーリック・ホール~』の世界に転生してしまったのかと心から残念がっていた。他にもっとわかりやすい乙女ゲームは沢山あったためである。また,ゲームを未プレイのため,アニエラの背景,例えば家族環境や今までの経験も十分には把握できていない。二次創作や攻略には不必要な情報だからである。
(いえいえ,人生とは斯くあるべきだわ。わからない中,頑張って生きるからこそ楽しいのではないの。それでも,ストーリーの大まかな内容がわかっていて,しかも自身の美しさと優秀さが保証されているだけでも素晴らしいことだわ。とりあえずは良くある成功ルートの入り口として家族円満を目指しましょう。そのために健やかに,誰から見ても見事な令嬢となるべく成長いたしますわ!)
「だぁあぁあーー!ぶーーー!!!」
気合を入れて叫んだアニエラに対して乳母は呑気な言葉をかける。
「お嬢様はとても良い子ですね~。可愛らしいですよ~。」
これからアニエラ・ド・ドルトリッシュの長い人生が始まるのだ。