踏切の怪異
踏切の怪異
私の家は、相当な田舎に有る。
周りは、雑木林と田んぼばかりだ。タヌキとイノシシの方が、住んでいる人より多い。
町の中心から外れていくと、急激に何もなくなる。
うちも農家と言う事も有って、周りには本当に何もないのだ。
家の裏も雑木林で、その向こうに国道が走っているが、おかげで車の音も聞こえないぐらいだ。
父方の祖父母と両親、私と弟の六人で暮らしている。
祖父は専業農家だが、父や母は勤め人で、兼業だ。
ある夏の事、私は町のコンビニまで、夜に買い物に出かけた。
日が暮れると、人など歩いていない田舎の事、いや、昼までも歩いていないのだけど。
夜の十時ごろに、町の方のコンビニに買い物に出たのだ。
こちらの方が近いからなのだけど、こちらは暗い街灯のない農道を歩かなくてはいけない。
車が有ると、家の反対側の国道に出て、大きな駅の方に行くと、スーパーやコンビニ、ドラッグストアーが有る。街が国道の方に移り、駅が有る町の中は廃れてしまったのだ。
JRの駅間は長く、数キロに一つだ。うちの家はその中間付近にあり、駅までが遠い。
隣町の大きな駅では、その先は単線になり、列車を乗り換える。この駅までは電車が走っているが、その先はディーゼルカーだ。二両編成で、ゴトゴト走っていく。
以前は直通運転している列車もあったらしいが、今は、三十分に一本で、始発の駅を〇分発の列車のみが乗り継ぎをしている。
家を出ると、左が雑木林で、右が畑が続いている。とおくに踏切が見えて、そこまで灯りがない。
畑の横には用水路が走っており、落ちないように白いガードレールが踏切まで続いている。
その向こうに、水銀灯に照らされた踏切が見えており、線路の向こうが田んぼが続いている。その向こうに、やっと人家が見える状況だ。
つまり、こちらから見えているのは、踏切と人家の明かりだけなのだ。
私は、その農道を歩いてコンビニに向かっていた。
遠くに、踏切が見えていて、その向こうには家の明かりが見えている。カーテンを通して見える明かりは、青、緑、ピンク、オレンジと各家ごとに色が変わっていてきれいである。
ジィーッ、ジーッ、ジィーッとミミズの鳴き声が聞こえる。あれは、ケラの鳴き声とも、クビキリギスの鳴き声とも言われているあの音である。
蒸し返すような、梅雨の晴れ間の晩に歩いている。雑木林や隣の畑から湿気が上ってよけいに暑い。
だんだんと灯りに浮かぶ踏切が近づいてくる。白い水銀灯の明かりに、黄色と黒の警戒色の踏切の遮断器などが見える。
こう言う所を一人で歩いていると、嫌な話を思い出す。
クラスの由美子が、この踏切で幽霊を見たというのだ。
それも、由美子の従姉妹のクラスの女の子が……。って話で、怪談話あるあるで、いったい誰が言っているのかわからい話だ。
十年ぐらい前、それも不確かな話だ。由美子野の従姉妹が五つほど年上で、その時に「私の先輩が言っていたのだけど」と言い出したのだ。
この町は、小学校のクラスが各学年に一クラスしかなく、中学校になっても、三つの小学校から集まってくるだけなので、やはり一クラスしかない。
その為に、小学生の時にいじめられると、いじめっ子とクラス替えで別々になるという事は無いのだ。
それで、その男子生徒は、いじめを苦にこの踏切に飛び込んだというのだ。
しかし、真相は別にあって、この踏切は以前にも事故に逢って死んだ人がいる。その人の霊が、たまたま通ったその男子生徒を引き込んだのだというのだ。
人は事故なので死ぬと、七人仲間を引き込まないと成仏できない。その為に、先にはねられた人の霊が仲間を集めているという事だった。
嫌な話を思い出したものだ。
第一、こんな踏切に、たまたま来る事など、有る訳が無いじゃないか。
この踏切を町の方から渡ってきても、この先は私の家と農家が数件だけ、また、集落を抜けて国道まで抜けても、この辺りは何もないのだ。
本当に、この踏切で撥ねられても、たまたま来る事は無いのだ。
「はあぁ~、気が重いなぁ」
ついつい弱音が出てしまう。
「さぁい(sigh)」って、今使う言葉だろうか? 昔、学校の図書館に置いてあるスヌーピーの漫画(チャーリーブラウンとゆかいな仲間たち)に書いてあったセリフだ。当時はこれが読めなかったのだ。
「あなたは誰ですか?」
「はい、私はマイクです」
みたいな分は習うが、「SIGH」何んて習わないからだ。
よけいな事を考えていたら、だんだんと件の踏切が近づいてきた。
よく見たら、遮断機の機械の下あたりに、枯れた花束が置いてある。
「ええぇ、嫌なものを見たなぁ」
そう思ったものの、花が置いてあるからと言って、引き返すわけにはいかない。
何せ後ろは自分の家だもの、そんなことを言っていたら、どこにも出て行けないのだ。
「花束ぐらい、お参りすんだら片付けたらいいのに」
枯れた花束を見てそう思った。
「あれ、あんなところに祠が有る。気づかなかったなぁ」
私は、花束の奥に、コンクリートで出来た祠が有る事に気づいた。たぶん中はお地蔵様だろう。
なんか、ここで事故が有ったことが本当の事のように思えてきた。
そして、改めて踏切の中と周りに異常がないか確認してみた。
辺りは静かで、物音ひとつしない。なにも変わりがなく、おかしな所は何一つない。
ジーッ、ジーッ、ジーッっとミミズが鳴いている。
「なんともない、ない。やっぱり嘘よ」
自分で自分に言い聞かせて、足早に踏切に歩き出した。
辺りは暗く、踏切が明るい。踏切の明るさに目が慣れてしまうと、踏切の向こうが暗く見づらい。
そして、遠くに家の明かりと道の明かりが見える。道の明かりと言っても、照明が有る訳ではない。家の外灯や道を照らす水銀灯に照らされて、アスファルトが明るく反射しているのだ。
「さ、早く渡ってしまおう」
私は、ちょっと小走りで渡りだした。
「イッショニイコウ」
耳元で何やら声がした。
「気のせい、気のせい、気のせい、怖い怖いと思っているから、変な声を聴くのよ」
私は、首を振って歩みを早めようとしたのだけど、足が動かない。
金縛りだ。体が動かない。まるで足を何かに掴まれているようだ。首が動かないので良く解らないが、確かに足首と太ももを何かに押さえられている。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け、私)
(そうだ、誰か助けを呼ぼう)
「うぅ~、うぅ~」
声を出そうとしても、声にならない。何か、うなされているような、唸っているような声しか出ない。
「ダイジョウブダヨ。モウスグレッシャガクルカラネ」
背後で誰かの声がする。頭の中に直接響いているのかもしれなし、聞こえているのかもしれない。
「だれ? どうして?」
「あんたなんかと一緒に行かない!」
私は必死に抵抗して、言い返す。声にはなっていないので、思い返しているだけかもしれない。
カン! カン! カン! カン! カン! カン!
その時、突然に踏切が鳴り出して、赤い警告ランプがともる。
「やばい! 列車が来る!」
「モウジキラクニナルヨ。イッショニイコウネ」
私は、あわてて逃げようとするが、やはり体が動かない。
ウィィイイン。
遮断機が下り始めた。そのモーター音が聞こえてくる。
その時、私は有る話恵お思い出した。お念仏を唱えて助かったというのだ。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
必死に心の中で、お経を唱えた。と言っても、知っているのはこのフレーズだけだし。
「ムダダヨ、キミハボクトイッショニイクンダヨ」
カン カン カン カン カン カン
ブブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
幾らお念仏を唱えても、体は自由にならないし、遮断機の音は小さくなったし。何かブザーのような音はなっているし。
何とかしないと、本当に殺されると思った。
遮断機が下りると、遮断機の警告音は少し小さくなるのだ。つまり、警報の音が小さくなったのは、遮断機が下り切ったことの証明だ。
もちろん、目の前に降りた遮断機か見えているし、竹竿に吊られた黄色と黒のゴムのひれひれが揺れている。
「死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 何とかしないと死ぬ!」
「でも何もできない。誰か助けて!」
「ムダダッテイッテルダロウ」
「誰だこいつ! 由美子の話には、こんな奴出てこなかったよ」
カン カン カン カン カン カン
ブブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
赤いランプが点滅している。
左の方から、灯りが近づいて来る。
フアァァーーーン!
フアァフアァァァーーーン!
フアァフアァフアァフアフアァフアフアァフアァァァーーーン!
警笛音が何回も鳴らされている。そして、二つの明かりが近づいて来た。
グギュウゥギュゥ、グヨオオオオォォォォン、ギギイィィィ!
列車が、100mほど離れたところで止まった。
「なにしてやがんでぃ! クソガキがっ!」
運転手が下りてきて叫んだ。
「助かった!」
私はそう思った。
運転手が走ってきて何か叫んでいる。
「お嬢ちゃん大丈夫か?」
「このクソガキが! この時間の下り列車など、10年前から廃止になってるよ!」
運転手が、私を強く抱きしめてくれた。
私は、涙が込み上げて来て止まらなかった。
カン カン カン カン カン カン
ブブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
「もう、大丈夫だ。踏切にはセンサーが付いているからな」
「警報も鳴っているだろ」
「運転手には、警報の信号が見えているんだよ。大丈夫だ」
遅れて、車掌もやってきてくれた。
「あいつ、また下り線に出たんですか?」
不定期更新です。
思いついたら、また更新します。