幕間.その時の二人
「なぁ、追わなくて良かったのか?」
森の奥深くを見つめながら、ピアース――と今はそう名乗っている男が、連れ合いの男に問いかける。
「あぁ……構わないとも。既に状況は変化している」
「状況、ね……」
今現在は連れとなっている男の目的を、彼は知らなかった。
故にその答えが、そもそも答えになっているのかすら、判断が付かない。
「ま、別に知ったこっちゃないけどな」
彼は昔から、いつでもそうだった。
他人に対して、然程興味が湧かない性分なのだ。
それは、この世界でマーキュリー――と名乗る目の前の男――と出会ってからも、そうであったし、それ以前の唯の学生であった頃も、同じだった。
「俺様は可愛い姉ちゃんと遊べれば、それで良いさ」
そう嘯く理由とて、別に女性との駆け引きを楽しんでいる訳でもなく、もっと踏み込めば、相手に大した興味がある訳でも無かった。
それどころか、自らの欲求すら満たせていない。
「本当に、君は、そう考えているのだろうか? それは果たして、本心からの言葉だろうか?」
「何……?」
いつもは、何処を見ているかすら定かではない男が、真っ直ぐに己の目を見てきたことに、ピアースはちょっとした驚きを覚える。
だが、理由には、何となく心当たりがあった。
先程の新参プレイヤー達と出会ってから、彼の連れは、急激に変化したように思えたのだ。
「何物にも飽いている君が、本当に求めているもの……」
「何が言いたいか、全然分からねぇよ」
「肉欲ではない、心の底からの乾きのこと、だよ……」
相変わらず、意味が有るのかすら分からない言葉だったが、ピアースの心が、何故か妙にざわつく。
そのことに気付くと同時に、苛立ちに似た、言葉にし難い感情を抱く。
「何が言いてぇんだ」
「君は求めているのだろう? 心から渇望できる何か、を」
「てめぇ……」
自分自身で気付かないよう、目を背けていることを指摘され、ピアースは無意識の内に槍を手にしていた。
「君は元来、英雄の器だ。何でも出来る。昔からそうだっただろう?」
「俺の昔なんざ、知りもしねぇだろ」
「私には、分かるのだよ」
「チッ……」
この男とは何を話しても無駄だ。
長くもない付き合いだが、経験からそう考え、ピアースは相手にするのを止めることとした。
本当は、内心を悟られたくないからだと、本人に自覚は無い。
「さて、目的は果たせず、されど本懐は果たした。そろそろ私は、向かうとしよう」
いつもの通り、あまりにも唐突に、マーキュリーは行動を開始する。
ピアースはそんなことには慣れていた。
だが今までとは全く違った行動に、思わず目を剥く。
「おい……どこに行くんだよ」
「帰るのだよ」
「帰るって、どこにだ」
「国に、さ」
「国……? 俺らは根無し草だろうが」
この世界で出会って以降――この半年間、ピアースは眼前の男と、適当な放浪を繰り返していた。
何が目的かも分からないまま、転々としながら、盗賊紛いのことを行ってきたのだ。
だが、少なくとも、一度もこの国を出た覚えは無かった。
「そうだな……君にだけは、特別に一つ助言――いや、予言をしておこう」
「何だ急に?」
まるで別れの言葉を告げるように、マーキュリーは宗教家じみた言葉を口にする。
いや、恐らくは、まるで等ではなく、正しく別れなのだろう。
「遠くない将来、この国は乱れることになる。その時、君は、求めるものを得る機会を、手にするはずだ」
それを理解したのか、ピアースは軽口を叩かずにその言葉を聞いた。
「出来るのであれば、先程の彼女らの助けになると良いだろう」
「さっきの……? 何言ってやがんだ? 襲った相手だぞ」
「どうするかは、君次第だ」
言うことは言ったと、マーキュリーは一人歩き始める。
「おい! 一人で行くのか?」
特段好きな類の男では無いし、苛立つことも多い相手ではあったが、不思議とそこらの奴よりは興味深い男だった、とピアースは思う。
別に追いかけようとは思わないし、着いていきたいとも思ってはいない。
だが、着いてきて欲しいと言われれば、考える余地くらいは持ちあわせていた。
「君は英雄の器だ。遠くから、その物語を期待しているよ」
その言葉は、相も変わらず遠まわしで、分かり辛かったが、明確な別れの言葉だった。
「そうかよ……」
その言葉を皮切りに、ピアースも歩き始める。
当面の連れ合いだった男と、真逆の方向へと。




