6.最強再び
「――さて、第二幕を始めよう」
その言葉と共に、一歩、また一歩と距離を詰めてくる長髪男。
「いやぁ、参った参った。物理属性の状態異常とか初めて見たぜ」
更には、マーキュリーの『完全状態異常回復』で、拘束から開放されたナンパ男。
思わず、俺とロック――と、女騎士二人は後ずさる。
余程の楽天家でも無ければ、最悪と評する状況だろう。
もしくは、絶対絶命と言い換えても良い。
「次はどんな手品を見せてくれるだろうか、楽しみだよ」
心底楽しそうな表情を浮かべるマーキュリーに、思わず舌打ちをしたくなる。
種も仕掛けもあっての手品だ。
既にネタが割れている以上、奇襲は通用しない。
それを理解しながら、そう言っているこいつは、超ド級のSに違いない。
もしくはサイコパスだ。
「まぁ、待て待て。お楽しみの前に教えてくれよ、お前らさっきから『発動用キーワード』省略してるだろ? あれ、どうやってるんだ?」
時間稼ぎに、少し気になっていたことを質問する。
出し渋ってくれれば、追加で時間を稼げるので良し。
あっさり教えてくれれば、情報が一つ増えるので、良しだ。
出来れば、心の底から出し渋ってほしい。
「あん? そんなことも知らないのかよ? 発動用キーワード考えながらスキル名言うと、時間短縮できるんだぜ?」
裏ワザだよ、裏ワザ、と人の良い馬鹿が素直に教えてくれた。
うん。
実は案外良い奴なのかもしれないが、それは別方向に発揮してほしかった。
「――それで、質問は以上だろうか?」
ふりだしにもどる。
絶体絶命な状況に、思わずため息を一つ。
打てる手が完全に無くなった訳ではないが、厳しいものがある。
「……あぁ、そうだな。時間稼ぎはさせてくれないんだろ?」
「正にその通り。下手なアドリブでは、場が白けてしまうのでね」
「下手で悪かったな……」
最も堅実なのは、運に全てを任せ逃げ出すことだろうか。
女騎士達を含めれば、人数はこちらの方が多い。
全員バラバラに逃亡すれば、何人かは逃げきれる可能性が高い。
但しその場合、奴らとの間に転がっている眠り姫は絶望的だ。
回収している余裕は、残念ながら存在しない。
どうなるかは分からないが、見捨てるしかないだろう。
きっとその時の寝覚めの悪さは、歴代最悪のものに違いない。
もしそれが嫌なら、あとはもう単純な話しか残らないか。
「あぁ、けど、ちょっと待ってくれ。少し手を考えさせろ」
「ふむ……随分と直截なことを言う」
「逆に新鮮だろう?」
「なるほど、斬新ではある。だが、時間切れだよ」
「そうかい……まぁ、そりゃそうだろうさ」
状況はふりだし。
ならば、もう一度挑むしかない。
目的は逃亡。
目標は敵勢力を揃って拘束。
勝利条件は、一切変わっていない。
問題は非常に困難な点だ。
端的に一番の懸念点を指摘するならば、あと一手が足りない。
聖騎士の『完全状態異常回復』は、強力な回復魔法ではあるが、再使用時間が長い。
ピアースの使用した英雄スキルは、本来は体力まで全回復するスキルであるため、更に長いはずだ。
ならば、その前にもう一度移動できないようにしてやれば、逃げる時間は稼げるだろう。
こちらの移動妨害系スキルは、既に使用済の二つ。
再使用時間の短い『捕縛地雷』は、直接触れた物にしか効果を発揮しないため、現状では使いようがない。
となると、最初に使った遠距離に発動可能――敵の足元にいきなり設置可能な『罠・移動阻害』が唯一の選択肢となる。
だが、使い勝手が良すぎる分、そちらは再使用時間がもう数分残っている。
何がどう転んでも、その数分を稼ぎだす必要がある。
その時間さえあれば、足は止められる。
あと一手さえ有れば……。
「――ん?」
絶望的な状況に、すわ特攻か、もしくは一人でも逃亡か、と考えた瞬間。
「おや……?」
眠り姫が動き始めた。
「…………」
据わった目のまま、睥睨するように周囲を見回す少女。
案外寝起きで眠いだけなのかもしれないが、不思議な威圧感があった。
見たところ身長は低く、まだ俺の半分程度の年齢にも見える。
そんな少女に、何故かプレッシャーを感じる。
見た目は普通だ。
角が生えているとか、目が赤く光っているとか、そんなことは無い。
むしろ美少女の分類に入ると思う。
長い金髪を変則的な二つ結い――所謂ツインテールやツーサイドアップの形にしており、よくよく見れば可愛らしくも見える。
その身を真っ青な重鎧で鎧っておらず、その腰に剣を二本携えていなければ、だが。
「――――」
目が合う。
何故か、とてつもない違和感を覚える。
既に今日だけで、一生分の違和感を味わった気もしていたが、本日最大の違和感を覚えた。
「…………状況は?」
こちらを――俺の目を一点に見つめ、少女はそう口にする。
不思議と俺は少女のことを――全く見覚えが無かった。
「――敵勢力は前方二名、脅威度は高、目標は拘束ないし無力化、目的は離脱」
何故、俺はこの状況で咄嗟に答えることが出来たのか、理解できなかった。
少女のことなど、何も知らないはずなのに。
何故か、この少女が、この状況を打破し得ると、確信していた。
突如降って湧いたような、足りない一手に飛びつく。
「了解――無力化する」
その言葉と共に、少女が掻き消えた。
直後鳴り響く、甲高い金属音。
「――!?」
「馬鹿な!」
誰が叫んだのだろう。
自分だったような気もするし、全員だったような気もする。
「――ッ! くそっ! ふざけ!」
高速の一撃を弾かれるや否や、逡巡もなく連撃に移行する少女。
その速度は尋常の代物では無かった。
飛び散る火花が咲き乱れ、鳴り響く剣戟音は破滅的な音階を奏でる。
「ぐっ――おぉぉ! 早ぇぇ! チートか!?」
尋常ならざる速度に、辛うじてながらも追随できているのは、流石と評するべきなのだろう。
英雄は、常人なら対応すら出来ない攻撃を、確実に防ぎきっている。
「『聖なる光波』」
また、その乱戦模様の最中に、咄嗟に援護を入れられる聖騎士も、かなりの実力者だ。
正直なところ、俺もロックも、この状況で的確な援護を思い付けずに――
「――ロック! マーキュリーを狙え!」
「了解!」
弓を構え、本職に復帰する。
よくよく考えなくとも、あの速度の近接戦に乱入するのは本業ではない。
この状況なら、敵の後衛を自由にさせないのが正解だ。
つまり、人の嫌がることをしましょう、だ。
「『五月雨鏃』!」
「『火炎弾』」
早速、教えて貰った裏ワザを活用する。
ダメージよりも、連射速度を優先した選択。
元より倒しきろう等と欲をかいていない。
有力な後衛を釘付けに出来れば、それで良い。
「なるほど……これは……実に面白い、演出に、なってきたようだ」
俺の放つ無数の矢を的確に剣で弾き、ロックの魔法は危うげ無く回避される。
流石に英雄とつるむだけあって、疑いようもなく強い。
「そのまま撃ち続けろ! ロック!」
「――分かってる! 『火炎弾』」
こちらへの対処に手一杯になってくれれば、それだけで良かった。
今この時だけは、時間は味方だ。
「くそっ! もう女の子相手でも容赦しねぇぞ!」
ピアースが何か意を決したように、大きく後退する。
距離を取った時にはもう、今までのナンパ男然とした表情とは打って変わっていた。
詰めるべきか、初めて少女が逡巡する。
「喰らえよ……『不可避の――」
地が揺れ動きそうなほどの音を立て、一歩踏み込む英雄。
そして、少女に向かって、一撃必中の槍が――
「『罠・移動阻害』」
「――にっ!?」
放たれることなく、踏み込んだままの姿勢で、英雄は固まった。
「――目標達成だ! 逃げるぞ!」
幸いなことに、大きく後退してくれたお蔭で、二人とも罠の効果範囲に含めることが出来た。
これで暫くは追跡不可能だろう。
あとは、脱兎の如く逃げるだけで良い。
「ざけんな! 逃げんのか!」
その心境は決して理解できないが、良いところで邪魔された怒り、といったところだろうか。
残念だろうが、時間切れだ。
素直に諦めてほしい。
「……殺しておく?」
丁度中間あたりに立つ少女が、何気ない様子で物騒なことを言う。
「いや……やめておこう。目標は達成できている」
それに何より、運が良かっただけの自分に、そんなことを言う権利は無い。
「――了解」
意外、というと正直に過ぎるかもしれないが、意外にも少女は素直に頷いた。
「てめぇ! 覚えておけよ!」
命を助けたのに、何故に恨まれなければいけないのか。
全くを以って心外だが、罠の効果時間が切れる前に撤収したい。
相手をせず、無視することにする。
「かわい子ちゃん、全員持ってきやがって――!」
ナンパ男の言葉に、思わず本気で突っ込みたくなった。
もしくは賞賛の言葉を送るべきだろう。
徹頭徹尾、ナンパ男はナンパ男のようだ。
ある意味ここまでくると、尊敬にすら値する。
「『移動速度向上』」
「よし、急ごう。そこまで拘束時間は長くないぞ」
ロックが補助魔法を全員に付与したのを確認し、撤退を開始する。
文字通り、強者に背を向け、逃げ出すのだ。
その背中に向けて、聖騎士は意味深な言葉を手向けた。
「あぁ……我らが神よ。やっと……」
だが、その言葉は、異世界の深い森の奥へと消えていく。
「遂に、見つけた……貴女の…………」
その言葉が、誰かに届いたのかも分からないまま。