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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
UNIT001_2046年異世界への旅
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6.最強再び


「――さて、第二幕を始めよう」


 その言葉と共に、一歩、また一歩と距離を詰めてくる長髪男(マーキュリー)


「いやぁ、参った参った。物理属性の状態異常(トラップ)とか初めて見たぜ」


 更には、マーキュリーの『完全状態異常回復(ホーリーブレス)』で、拘束から開放されたナンパ男(ピアース)


 思わず、俺とロック――と、女騎士二人は後ずさる。


 余程の楽天家でも無ければ、最悪と評する状況だろう。

 もしくは、絶対絶命と言い換えても良い。


「次はどんな手品を見せてくれるだろうか、楽しみだよ」


 心底楽しそうな表情を浮かべるマーキュリーに、思わず舌打ちをしたくなる。

 種も仕掛けもあっての手品だ。

 既にネタが割れている以上、奇襲は通用しない。


 それを理解しながら、そう言っているこいつは、超ド級のSに違いない。

 もしくはサイコパスだ。


「まぁ、待て待て。お楽しみの前に教えてくれよ、お前らさっきから『発動用キーワード』省略してるだろ? あれ、どうやってるんだ?」


 時間稼ぎに、少し気になっていたことを質問する。


 出し渋ってくれれば、追加で時間を稼げるので良し。

 あっさり教えてくれれば、情報が一つ増えるので、良しだ。


 出来れば、心の底から出し渋ってほしい。


「あん? そんなことも知らないのかよ? 発動用キーワード考えながらスキル名言うと、時間短縮できるんだぜ?」


 裏ワザだよ、裏ワザ、と人の良い馬鹿(ピアース)が素直に教えてくれた。


 うん。


 実は案外良い奴なのかもしれないが、それは別方向に発揮してほしかった。


「――それで、質問は以上だろうか?」


 ふりだしにもどる。


 絶体絶命な状況に、思わずため息を一つ。

 打てる手が完全に無くなった訳ではないが、厳しいものがある。


「……あぁ、そうだな。時間稼ぎはさせてくれないんだろ?」

「正にその通り。下手なアドリブでは、場が白けてしまうのでね」

「下手で悪かったな……」


 最も堅実なのは、運に全てを任せ逃げ出すことだろうか。

 女騎士達を含めれば、人数はこちらの方が多い。

 全員バラバラに逃亡すれば、何人かは逃げきれる可能性が高い。


 但しその場合、奴らとの間に転がっている眠り姫は絶望的だ。

 回収している余裕は、残念ながら存在しない。

 どうなるかは分からないが、見捨てるしかないだろう。


 きっとその時の寝覚めの悪さは、歴代最悪のものに違いない。


 もしそれが嫌なら、あとはもう単純な話しか残らないか。


「あぁ、けど、ちょっと待ってくれ。少し手を考えさせろ」

「ふむ……随分と直截なことを言う」

「逆に新鮮だろう?」

「なるほど、斬新ではある。だが、時間切れだよ」

「そうかい……まぁ、そりゃそうだろうさ」


 状況はふりだし。

 ならば、もう一度挑むしかない。


 目的は逃亡。

 目標は敵勢力を揃って拘束。


 勝利条件は、一切変わっていない。


 問題は非常に困難な点だ。

 端的に一番の懸念点を指摘するならば、あと一手が足りない。


 聖騎士(パラディン)の『完全状態異常回復(ホーリーブレス)』は、強力な回復魔法ではあるが、再使用時間が長い。

 ピアースの使用した英雄スキルは、本来は体力まで全回復するスキルであるため、更に長いはずだ。


 ならば、その前にもう一度移動できないようにしてやれば、逃げる時間は稼げるだろう。


 こちらの移動妨害系スキルは、既に使用済の二つ。


 再使用時間の短い『捕縛地雷(キャプチャー・マイン)』は、直接触れた物にしか効果を発揮しないため、現状では使いようがない。


 となると、最初に使った遠距離に発動可能――敵の足元にいきなり設置可能な『罠・移動阻害(ベア・クロ―)』が唯一の選択肢となる。

 だが、使い勝手が良すぎる分、そちらは再使用時間がもう数分残っている。


 何がどう転んでも、その数分を稼ぎだす必要がある。

 その時間さえあれば、足は止められる。


 あと一手さえ有れば……。


「――ん?」


 絶望的な状況に、すわ特攻か、もしくは一人でも逃亡か、と考えた瞬間。


「おや……?」


 眠り姫が動き始めた。






「…………」


 据わった目のまま、睥睨するように周囲を見回す少女。


 案外寝起きで眠いだけなのかもしれないが、不思議な威圧感があった。


 見たところ身長は低く、まだ俺の半分程度の年齢にも見える。

 そんな少女に、何故かプレッシャーを感じる。


 見た目は普通だ。

 角が生えているとか、目が赤く光っているとか、そんなことは無い。

 むしろ美少女の分類に入ると思う。


 長い金髪を変則的な二つ結い――所謂ツインテールやツーサイドアップの形にしており、よくよく見れば可愛らしくも見える。


 その身を真っ青な重鎧(フルプレートメイル)で鎧っておらず、その腰に剣を二本携えていなければ、だが。


「――――」


 目が合う。


 何故か、とてつもない違和感を覚える。

 既に今日だけで、一生分の違和感を味わった気もしていたが、本日最大の違和感を覚えた。


「…………状況は?」


 こちらを――俺の目を一点に見つめ、少女はそう口にする。


 不思議と俺は少女のことを――()()()()()()()()()()


「――敵勢力は前方二名、脅威度は高、目標は拘束ないし無力化、目的は離脱」


 何故、俺はこの状況で咄嗟に答えることが出来たのか、理解できなかった。

 少女のことなど、何も知らないはずなのに。


 何故か、この少女が、この状況を打破し得ると、確信していた。


 突如降って湧いたような、足りない一手に飛びつく。


「了解――無力化する」


 その言葉と共に、少女が掻き消えた。

 直後鳴り響く、甲高い金属音。


「――!?」

「馬鹿な!」


 誰が叫んだのだろう。


 自分だったような気もするし、全員だったような気もする。


「――ッ! くそっ! ふざけ!」


 高速の一撃を弾かれるや否や、逡巡もなく連撃に移行する少女。

 その速度は尋常の代物では無かった。


 飛び散る火花が咲き乱れ、鳴り響く剣戟音は破滅的な音階を奏でる。

 

「ぐっ――おぉぉ! 早ぇぇ! チートか!?」


 尋常ならざる速度に、辛うじてながらも追随できているのは、流石と評するべきなのだろう。

 英雄(ピアース)は、常人なら対応すら出来ない攻撃を、確実に防ぎきっている。


「『聖なる光波(ムーンライト)』」


 また、その乱戦模様の最中に、咄嗟に援護を入れられる聖騎士(マーキュリー)も、かなりの実力者だ。


 正直なところ、俺もロックも、この状況で的確な援護を思い付けずに――


「――ロック! マーキュリーを狙え!」

「了解!」


 弓を構え、本職に復帰する。


 よくよく考えなくとも、あの速度の近接戦に乱入するのは本業ではない。


 この状況なら、敵の後衛を自由にさせないのが正解だ。

 つまり、人の嫌がることをしましょう、だ。


「『五月雨鏃(ラピッドファイヤ)』!」

「『火炎弾(ファイヤボール)』」


 早速、教えて貰った裏ワザを活用する。


 ダメージよりも、連射速度を優先した選択。

 元より倒しきろう等と欲をかいていない。

 有力な後衛を釘付けに出来れば、それで良い。


「なるほど……これは……実に面白い、演出に、なってきたようだ」


 俺の放つ無数の矢を的確に剣で弾き、ロックの魔法は危うげ無く回避される。

 流石に英雄とつるむだけあって、疑いようもなく強い。


「そのまま撃ち続けろ! ロック!」

「――分かってる! 『火炎弾(ファイヤボール)』」


 こちらへの対処に手一杯になってくれれば、それだけで良かった。

 今この時だけは、時間は味方だ。


「くそっ! もう女の子相手でも容赦しねぇぞ!」


 ピアースが何か意を決したように、大きく後退する。


 距離を取った時にはもう、今までのナンパ男然とした表情とは打って変わっていた。


 詰めるべきか、初めて少女が逡巡する。


「喰らえよ……『不可避の(グング)――」


 地が揺れ動きそうなほどの音を立て、一歩踏み込む英雄。

 そして、少女に向かって、一撃必中の槍が――


「『罠・移動阻害(ベア・クロ―)』」

「――にっ!?」


 放たれることなく、踏み込んだままの姿勢で、英雄は固まった。






「――目標達成だ! 逃げるぞ!」


 幸いなことに、大きく後退してくれたお蔭で、二人とも罠の効果範囲に含めることが出来た。

 これで暫くは追跡不可能だろう。


 あとは、脱兎の如く逃げるだけで良い。


「ざけんな! 逃げんのか!」


 その心境は決して理解できないが、良いところで邪魔された怒り、といったところだろうか。


 残念だろうが、時間切れだ。

 素直に諦めてほしい。


「……殺しておく?」


 丁度中間あたりに立つ少女が、何気ない様子で物騒なことを言う。


「いや……やめておこう。目標は達成できている」


 それに何より、運が良かっただけの自分に、そんなことを言う権利は無い。


「――了解」


 意外、というと正直に過ぎるかもしれないが、意外にも少女は素直に頷いた。


「てめぇ! 覚えておけよ!」


 命を助けたのに、何故に恨まれなければいけないのか。


 全くを以って心外だが、罠の効果時間が切れる前に撤収したい。

 相手をせず、無視することにする。


「かわい子ちゃん、全員持ってきやがって――!」


 ナンパ男の言葉に、思わず本気で突っ込みたくなった。

 もしくは賞賛の言葉を送るべきだろう。


 徹頭徹尾、ナンパ男はナンパ男のようだ。

 ある意味ここまでくると、尊敬にすら値する。


「『移動速度向上(ライトウォーク)』」

「よし、急ごう。そこまで拘束時間は長くないぞ」


 ロックが補助魔法を全員に付与したのを確認し、撤退を開始する。


 文字通り、強者に背を向け、逃げ出すのだ。










 その背中に向けて、聖騎士(マーキュリー)は意味深な言葉を手向けた。



「あぁ……我らが神よ。やっと……」



 だが、その言葉は、異世界の深い森の奥へと消えていく。



「遂に、見つけた……貴女の…………」



 その言葉が、誰かに届いたのかも分からないまま。


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