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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
UNIT001_2046年異世界への旅
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5.最強



 改めて状況を整理してみよう。


 目の前には、敵対している二つのグループが存在する。


 一方は、恐らく同じ境遇の仮称『プレイヤー』の男が二人。

 彼らを上から下まで観察しつつ、仮に敵とした場合を想定してみる。


 率直に言えば、真っ向から戦うなら負けるだろうと思われた。


 そう考える理由は、相性や環境など幾つか要因はあるが、一番重要なのは経験値だろう。

 経験値といっても、ゲームでよくあるレベルを上げるシステムのことではない。


 純粋に、この『プレイヤー』としての身体を、操ることに関する経験だ。

 これまでの会話で得られた情報から、彼らと自分達の間には、恐らく滞在時間に解離があると察することが出来た。


 解離の原因は不明だし、今はどうでも良いので置いておく。

 重要なことは、敵対すると面倒なことになる。

 それだけだ。



 そして、もう一方の勢力は女騎士二人。


 彼女達は、ほぼ間違いなく現地の——どこの現地かは分からないが——人間だ。

 わざわざ『プレイヤー』という固有名詞がある位だ、区別をする対象が居なくてはおかしい。


 また、王都の貴族と呼ばれていたことからも、恐らく大きな間違いは無いだろう。

 貴族と呼ばれるからには、土着の住人であるはずだ。


 服装からすると、貴族というよりは騎士と表現した方が適切に思えるが、この際どちらでも構わない。


 どちらにしても、身分は高いだろう。


 つまり、社会的信用度が高い。

 間違っても野盗よりは高いはずだ。

 少なくとも相対的には。


 懸念点としては、『野盗になっているプレイヤー』が存在する点だろうか。

 もしかすると区別だけではなく、差別を含む単語の可能性も有るのがリスクだが、この際致し方ない。


「決まり、かな?」


 同じ結論に達したであろうロックが、目配せしてくる。


「あぁ、決まりだ」


 戦っては勝てないリスクが有る。

 仮に勝っても、リスク対比で考えれば得るものが少ない。


 かと言って、このまま何もしなければ、野盗と行動を共にせざるを得ない。

 その場合、現地住人との間に軋轢が生じる可能性が高い。


 ならば、回答は簡単だ。

 初志貫徹するしか無いだろう。


「結論は出ただろうか? はてさて、どういった即興劇を見せてくれるのだろう」


 近接戦用に腰にぶら下げている短刀を抜く。

 その切っ先を、オーバーリアクション気味な仕草の長髪男に向けた。


 目的は挑発だ。

 自信満々といった表情を浮かべるのを忘れない。

 内心では、狙いに気付いてくれるなよ、と祈りながら。



「お願いだから、つまらない演目だけは止めてくれたまえよ? 期待をさせた分だけは楽しませて欲しい」



 恐らく彼らと俺達の、ゲーム内におけるレベルは変わらない。

 互いにレベル100——つまり最大値だろう。


 正直『AVATAR』において、レベルは比較的簡単に最大になれるため、然程重要ではない。

 むしろ問題は、クラス選択とスキルの構成。更にはプレイヤーの独創性と腕前だ。


 スキルの取捨選択の重要性の説明は省くが、現状で経験の次に懸念点となるのは、クラスの相性だ。


 外観で判断する限り、長髪男は恐らくロックと同様に、魔法を扱うクラスだろう。

 詳細までは分からないが、致命的な相性問題に発展しづらい相手といえる。


 むしろ厄介なのは、ピアースと名乗ったナンパ男。

 奴は間違いなく、重装甲と攻撃力の高さで近接戦を挑むバリバリのアタッカーだ。

 重鎧(フルプレートメイル)に槍の組み合わせから、恐らくはウォーロードと呼ばれるクラスだと考えられる。


 近距離の乱戦では、最強の一角となり得るクラスだ。


 対して、最大のダメージソースが弓となる自分のクラスはレンジャー。

 そもそも近接戦闘を真っ向から行うクラスではない。

 どちらかと言えば、斥候や狙撃が専門分野だ。


 また、射線が通らない森の中。

 更には、相対距離が十メートルほどの近距離。

 ロック共々、遠距離攻撃主体の自分達としては、最早最悪を通り越し――極悪とすら言えた。


 以上の点から、この状況で戦って勝てる可能性は、正直に言えば皆無に等しい。


 だが——


「——安心してくれ。思いもつかないことをしてやるさ」


 目的を達成するという点に限れば、可能性は十分にある。

 こと変則的な手に関して言えば、意図的に特化している分、それなりに自信すらあった。


「あぁ……それは、実に楽しみだ」


 長髪男の嬉しそうな笑顔は、一体何に裏付けされたものだろうか。

 戦闘経験か? それとも常軌を逸した何かだろうか。


 闘いに確実は無い。

 その大原則に例外は無い。互いにとって。


 内心の不安と——自分の手の内を、相手に悟られないよう、口には出さずスキルを発動する。

 短刀を持つ手とは反対の手から。

 こっそりと、だ。


 一見すると、何も変化は無かった。


 だが、何の問題も無い。

 自分が使用したものは、根本的に変化が見て取れては何の意味も成さない。


「——おい、マーキュリー。俺様の出番か?」


 これまでとは、幾分か違う雰囲気を見せるピアース。


「ああ……その通りだよ、ピアース君。よく理解しているじゃないか」

「はっはっは、褒めるなよ。喧嘩に関しちゃ俺様はスゴいんだよ」


 それは褒めてないし、自分で喧嘩に関してのみ発言はどうかと思う。

 だが、敢えてそれを口にしてやる気にはならない。


 こいつ相手なら、少なくとも奇襲そのものは成功したも同然だろう。

 問題はその後だ。


「さて、可愛い姉ちゃん達との一発前に、運動するか」


 ピアースは、楽しげな台詞と共に腰を落とし、槍を構え、


「貴様! ふざけ——」


 黒髪の女騎士が叫び終わるよりも早く、


「——いくぜ!」


 その見た目と言動に反して、堂に入った動きで大きく踏み込む。


罠・移動阻害(ベア・クロ―)


 ——と、同時に、奥の手であるサブクラス『罠師(トラッパー)』のスキルが発動する。


 トラッパーは、その名の通り罠に特化したクラスだ。

 直接戦闘能力がほぼ無いため、人気は無い。

 だが、その状態異常を能動的に解除できるのは極一部のクラスに限られる、という大きなメリットがあった。


 しかも、その極一部はトラッパー(不人気職)並に少ない。

 少なくとも槍持ちの近接職(人気職)では無い。


「なに——!?」


 かかった!

 上手くいった手応えを口にすることなく、目的(逃亡)を開始する。


「逃げるぞ!!!」

「起動『移動速度向上(ライトウォーク)』」


 既に行動を予期していた相棒が、間髪入れず補助魔法を使用する。

 女騎士達も対象に含めて。


「死にたくなけりゃ、あんた等も来い!」


 眠り姫を大急ぎで担ぎ上げながら叫ぶ。


「——ッ」


 一瞬迷うような表情を見せた女騎士達が、ピアース達とは逆方向——つまり、こちらに向けて走り出す。

 明後日の方向に逃げ出すかも、と思ったが結果オーライだ。


 まぁ、最悪危機を脱することが出来れば、ここで別れても問題は無い。


 今はナンパ男の驚いた顔に別れを告げて、自由への逃走を——


「——逃がすかぁぁ! 『戦神の咆哮(ウォークライ)』」

「な!?」


 馬鹿な! と続く叫びが声に成ることはなかった。


 槍職が状態異常を解除する、という有り得ない事態に――聞き馴染みの無いスキルを使われたことに、驚愕した瞬間。


「おらあぁぁ!」

「――ガっ!」


 ピアースは、決して短くはない距離を一瞬で詰め、蹴りを見舞ってくる。

 何故武器を使わなかったのか、などと言っている余裕はなかった。


 一瞬、あまりの衝撃に、脳裏に浮かんだイメージはトラック。


 鋼鉄の塊が突っ込んできたのだと錯覚した。

 いや、案外錯覚では無いのかもしれない。


 それを証明するように、俺の身体は数メートル後方、直径三メートルほどの樹の幹に叩きつけられていた。


「――――――!」


 鈍い音が身体の内側から聞こえた気がする。

 肺腑に空気が残っていないため、苦悶の声をあげることすら出来ない。


 反動と痛みで、抱きかかえていた少女を落としてしまう。


 日頃の行いのお蔭か、蹴りそのものが眠り姫に直撃することは無かったようだ。

 もしかすると、女好きなナンパ男がそれを避けただけかもしれないが。


「うらあぁぁぁぁ!」


 ゾクリ、と走る悪寒。


「起動『火炎放射(フレイムスロワ―)』」

「『魔法障壁(マジックプロテクト)』」


 ピアースの追撃を阻むための援護が入るも、案の定魔法職だったマーキュリーがそれを防ぐ。

 火柱は中空に浮かぶ光の壁に阻まれた。


「ぐッ……!」


 息も絶え絶えのまま、転がるように槍の追撃を躱す。


「ちっ! 避けるな! 当たらん!」


 一撃、二撃、三撃、と躱して躱して、躱す。


 無様に避け、短刀で無理やり槍の穂先をいなし、何とか木の幹に身を隠す。


 不味い状況だ。


 文字通り、鎧袖一触。


 ただでさえシチュエーションが不味いのに、後手に回っている。

 何より罠を破られるのは完全に想定外だった。


「――はんっ! 隠れたつもりか?」


 落ち着け、と自分に言い聞かせ、荒い息を無理やり整える。


 この距離では勝てる道理が見当たらない。


 ベストは逃亡だ。

 最悪戦うにしても、最低限距離を取る必要がある。

 どちらにせよ足止めが必要だ。


 もう一度、罠を使うか?


 だが、先程のスキルの正体が分からない。

 あれの再使用時間(リキャストタイム)は、もう終わっているのか?


「なら、俺様のグングニールで、(それ)ごと串刺しにしてやる!」


 答えの出ないその問いに、ご親切にも敵自らが種明かしをしてくれる。


「グングニール!?」


 それは広義的には、北欧神話の主神が持つ伝説の槍だ。


 だが、狭義(ゲーム)的には、公式の対人戦イベント(ラグナロク)クラス別優勝者(英雄)に与えられた最強の槍を指す。


「くそっ! 冗談じゃない!」


 名前は今日初めて知ったが、素性は知っている。

 素行の悪さ――主に女性プレイヤー絡み――と、腕の良さが反比例していると、それなりに有名人だった。


「はっはっは! 流石に知ってるか!」


 ピアースが余裕と言わんばかりに高笑いをあげる。


 癪な話ではあるが、状況的には序盤でいきなりラスボスが登場したようなものだ。

 ゲームならクソゲ―の類いだろう。


 もしくは負け確定イベントだろうか。

 その場合は、負けてもストーリーは進行するのがセオリーだ。


 だが勿論、現実にそんな都合の良いものがあると考えられるほど、頭は沸騰していない。

 負ければ命は無いのだ。


 考えろ。

 生き残る方法を考えるんだ。

 ゲーム内で最強の槍だからといって、この状況でまで最強とも限らない。


「…………」


 そこまで考え、ふと気付いた。


 魔法やスキル等という不思議な現象が再現されているのだから、恐らくキッチリと再現されているのでは無いだろうか? と。


 つまり、最強の槍は最強のままではないか、と。


 ほんの少し前に、自然と、こう考えたじゃないか。

 『再使用時間(リキャストタイム)は、もう終わっているのか?』と。


 もし、仮に忠実に再現されているならば、どうだ?


「さて、英雄ピアース様の最強っぷりを見せてやる!」


 グングニールを含む英雄シリーズは、スキルが必ず二つ付与されている。

 一つは武器毎に異なるスキルであり、残念ながら槍のスキルには覚えが無い。


 ただ、もう一つは知っている。

 それは全武器共通だ。


 英雄は不屈であるという理由で付与されている、起死回生の全回復スキルだ。


 俺のトラップを無効化したのはそれだ!


「発動『捕縛地雷(キャプチャー・マイン)』」


 小声で呟き、身を隠している木に触れ、接触した対象にスキルを発動。

 こちらは触れた物にしか設置できない罠だが、現状では問題ない。


 そもそも、さっき使った(遠距離使用可能な)罠・移動阻害(ベア・クロ―)』は再使用時間の都合で売り切れだ。


「――いくぜ! ダークエルフの兄ちゃん! 喰らえやぁ!」


 宣言通り、木諸共に貫くつもりだったのだろう。

 障害物越しに、迷うことなく槍を振るうピアース。


 だが、穂先が幹に突き刺さった瞬間、地雷が起爆する。


「なに!?」


 爆発音も黒煙も衝撃も無い。

 ダメージすらも与えられていないはずだ。


 その場に残るのは、鎖で絡め取られた英雄のみ。


「くそっ! 戦神の咆哮(ウォークライ)!」

「再使用時間が、まだだろ?」

「げぇ!」


 最強の槍は文字通り最強だが、ゲームはゲームなのだ。

 ゲームバランスを致命的に崩壊させるレベルのスキルは、基本的に存在しない。

 強力なスキルは概ね、何らかの制限が厳しいものだ。


 その点も再現されていて助かった。


「よし、逃げるぞ!」


 このまま動けない奴を攻撃しても良いのだが――


「『聖なる光波(ムーンライト)』」


 刃の形状をした青白い光、という物理法則を無視した物体が飛んでくる。


「――ッ!」


 どういう原理の現象かは分からないが、文字通り光速で飛来する代物じゃなくて良かった。

 辛うじてだが、見えたし、躱せた。


 そうでなければ、既に真っ二つになっている。


 とは言え、真っ二つになるまでの時間が伸びただけかもしれないが。


「逃しはしない、と言ったら、どうするかな?」


 光の刃と声の発生源に目を向ける。


「魔法以外の状態異常とは、なかなか珍しいものを見れたよ」


 はためく外套の下から覗くのは、白銀の重鎧と握りしめられた剣。

 あんなに怪しい魔法使い然としていた癖に、酷い詐欺だ。


「『完全状態異常回復(ホーリーブレス)』」


 それは設定上、神の祝福によりあらゆる妨害を乗り越える。

 俺の状態異常を解除可能な極一部のクラス――そして、この怪しい長髪男には最も似合わないクラス――聖騎士(パラディン)


 間違いなく、俺の天敵だ。


「さて、第二幕を始めよう」




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