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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
UNIT001_2046年異世界への旅
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2.見知らぬ青天井


 ——『あなたは結末を知っている』


 ぼんやりとした意識の中、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 誰の言葉だっただろうか。

 映画か何かの台詞だったような気がする。


 そんな特に意味の無いことを考えながら、のろのろと上半身を起こす。


「——痛……」


 目がやけに痛む。

 真っ白にぼやけた視界。頭痛。

 そして、得体の知れない強烈な違和感。


 二日酔い……か?


 咄嗟にそんな考えが脳裏を過ぎった。

 目頭を押さえながら昨晩の記憶を探るが、深酒をした記憶は無い。


 いや、それどころか一切合切全て……何も、思い出せない。


「…………んな馬鹿な」


 荒唐無稽な妄想を苦笑しつつ否定する。

 あまりにも突飛な発想だ。

 ただ単にいつも通り過ぎて、印象に残っていないだけだろう。


 おぼろ気な記憶を探る。

 昨晩は、確か……そう、いつも通りに全没型のゲーム——VRMMORPG『AVATAR』——を友人とプレイしていたはずだ。

 そんな記憶はある。


 特に酒は入っていなかったし、目新しいことも無かった……はずだ。

 もう少し細かく思い出そうと、記憶を掘り返す。


 昨日はどこのダンジョンに行った? 何時頃にログアウトした——


「——っッ」


 再びの頭痛と強烈な違和感。

 先程よりも痛みが増している。

 どうにも二日酔いでは無さそうな症状に、不安も増した。


 暫く頭痛がおさまるのを待ってみるか?

 もし治らなければ、病院だろうか?


 そんな不安をよそに、然程かからず痛みはひいてくれた。

 妙な病気かとも思ったが、杞憂だったようだ。

 安堵と共に目を開くと、ぼやけていた視界も元に戻っていた。


 目の前にあったものが、自然と視界に入る。

 目頭を押さえていた自分の手が、当然のように視界に入る。


 入ったはずだ。


「……!?」


 驚愕のあまり、声も出なかった。


 別に血塗れだったとかではない。

 ただ……手が、自分の記憶にあるソレとは異なっていた。


 毛むくじゃらになっている訳では無い。

 骨でも無い。

 形状は普通だ。

 明らかに人間の手だ。


 ただ、強いていえば色が問題だ。

 明らかに自分自身の手だと認識できる配色ではないのだ。


 灰色の手のひらが目の前にある。


 思わず、助けを求めるように周囲を見渡す。


「――な!?」


 当たり前のように自室が視界に入ると想定していた脳が、更なるパニックに陥った。


 自分の手だけでは無かった。

 周囲の様子も明らかに異常だ。


 阿呆のように狼狽え、周りを何度も確認する。

 だが、何度見直しても状況は変わらない。


「なんだ!? どこだ、ここ!」


 端的に現在地を表現するなら、森の中だった。


 勿論、知らない森だ。

 木々の間から途切れ途切れに見える天井()は青い。


 心臓が未だかつてない程に早鐘を打つ。

 得体の知れない悪寒に冷たい汗が滲んだ。


 訳の分からない状況に、心の中の警戒レベルが二段飛ばしで跳ね上がっていくのを感じる。


 自然と荒くなる呼吸を落ち着けるように息をのむが、やけに苦い。


「——やぁ……君も目が覚めたかい?」


 背後からの突然の声に、警戒レベルが一気に天井を超える。


「——!」


 自分でも信じられないほどの機敏さで身体を捻り、中空を舞うように振り返る。


「おっと——まるで、猫科の猛獣だね」


 肩をすくめるような仕草の男が目の前に居た。


 どことなく見覚えのある顔。

 だがしかし、この強烈な違和感は何だ?


「あぁ、この格好が気になるかい?」


 俺の狼狽ぶりを楽しむように笑う男。


「……まぁ、分からなくもないんだけど、君も人のことは言えない姿をしているよ」


 ほら、と目前の男は懐から小さな鏡を取り出し、鏡面をこちらに向ける。


 俺は警戒しながら、恐る恐るそれを覗きこむ――


「なんじゃ……こりゃ」


 ――何度目になるか分からない驚きに、目を見開く。


 鏡に写った——目を見開いた男は、自分では無い?

 だが、この顔にも見覚えがある。


 褐色がかった灰色の皮膚、尖った長い耳、無造作に伸びた白色の髪、左目の眼帯、黒い外套、シンプルなデザインの黒いレザーメイル。


 そのどれもが強烈な違和感と共にではあるが、確かに見覚えがあるのだ。


「いや、けど……」


 鏡の向こうのダークエルフが、俺の声に合わせて口を動かす。


「おいおい、マジ、なの……か?」


 現実を認識した俺は、慌てて自分の視界を隅々まで入念に何度も見渡す。


 だが、本来有るべきもの——もしくは有って欲しいものは見当たらない。

 HPや状態異常アイコン、メニュー等の各種ユーザインターフェースが無いのだ。


 心のどこか冷たい部分が、現実逃避をするな、と嘲笑ってくる。


 いや……落ち着け。


 覚悟を決めるように、深呼吸を一つ。

 もう一度周囲を見渡してみる。


 ――視界に入る全てに、ゲーム特有の作り物感が無かった。


 何よりも肌に感じる少し冷えた風が教えてくれる。

 どこか懐かしい湿った草木の臭いすらも訴えかけてくる。

 そのどれもが、ゲームでは再現されていないものだと五感に主張してくる。


「驚いただろう? かく言う僕も驚いているところだよ」


 全く冷静に見える素振りで、そう嘯く目前の男。

 その言葉に、ほんの少し——男に意識を向けることが出来る程度の冷静さを取り戻す。


 目は糸のように細く、笑みが固定されたような顔立ちに黒髪、某一神教の神官が着ても違和感を覚えないデザインの白っぽいローブ。


 確実に見覚えのある顔と姿だった。


 というか、昨晩一緒にゲームをしていた友人だ。


 一つ問題なのは、何故かゲーム内の姿だという点だ。

 友人がコスプレ趣味に目覚めただけなら、別に問題は無い。

 趣味は自由だし、とやかく言う筋合いも無い。


 だが、もっと大きな問題点がある。

 俺自身もゲーム内の姿形をしていることだ。


 しかも明らかに人間じゃない。

 架空の生き物(ダークエルフ)だ。


「――もう、立てるかい?」

「あ、あぁ……」


 伸ばされた手を、咄嗟に掴む。

 当然のように二つの手は重なる。


 一方は普通の手。

 もう一方は灰色の手。


 ――これは、悪い夢だろうか。


 引き起こされながら、呆けたように考える。

 夢ならば早めに覚めてほしい、と。


「もっと驚く前に伝えておくけど、君の足元に転がっている子はちゃんと生きているよ。踏まないようにね」


 その言葉に足元を見る。


「うおっ!」


 確かに見知らぬ金髪少女が転がっていた。

 重武装のフルプレートメイルを着込んだ少女が。


 驚きのあまり、誤って踏んでしまいそうになった。

 心臓に悪い。


「ははは、やっぱり驚いたか。そりゃ驚くよね」


 状況が分かっていないんじゃないか、と思えるほど暢気な言葉。

 そんな友人の表情に、唐突に毒気が抜かれていく。


 同時に抱く、不公平だという感情。

 何故、俺ばかりがこうも狼狽えなければならない。


 そう考えると、阿呆丸出しの行動が馬鹿らしくなってきた。

 少し、本気で落ち着こう。


「――落ち着いたかい? ええっと……」


 探るようにこちらを伺う声と共に、眼前の男はちらりと倒れている少女を見る。


「――あぁ、そうだな……」


 恐らく、本名を呼ぶかどうか悩んだのだろう。

 意識が無いとはいえ、見ず知らずの相手を前に推奨される行為ではない。

 所謂ネットリテラシーの問題だ。


 現状がオンライン状態なのかは不明だが。


「俺は……アインで良い。状況がよく分からないが、そっちの方が都合が良さそうだ」


 少し悩んだが、結局ゲームのキャラクターに付けた名前を名乗ることにした。


「確かにそうだね。なら、僕はロックだ」


 掴んだままの手を、まるで握手するかのように軽く振る。

 いや……まるで、等ではなく正しく握手なのか。


「悪いな」


 何がだい? と小首を傾げるロック。


「落ち着かせるために、わざと暢気に振る舞ってくれたんだろ?」

「はは、それは買い被りだろうね」


 ただでさえ細い目が、笑うことで更に細くなる。

 この笑みは、我が意を得たり、といったところだろう。


 買い被りと本人は言うが、そうでは無いと確信できる顔だった。


「それで……何か、状況は分かるか?」

「さっぱりだね……僕も目が覚めて一時間も経っていない。一応、軽く周囲は見てきたから、擦り合わせをしておこうか。もしかしたら何か気付くかもしれない」


 大分主語を省いた問いかけだが、意図は伝わる。

 こういう何気ないことに、一人じゃなくて良かったと安堵を覚える。


 一人だったら、きっとまだ混乱真っ最中だ。


「そうだな、一つずつ状況を確認していこう。まずは、そうだな……」


 本当はもっと重要なこともあるが、とりあえず手近なところから片付けよう。


「この足元の眠り姫は知った顔か?」

「いや、初めて見る顔だね。ゲーム内外問わず見た覚えはないよ」


 足元の少女? に視線を向ける。


 まず目を引くのが、金髪だとか美少女だとかは差し置いて、着込んだ重鎧(フルプレートメイル)だろう。

 こんな代物を現代日本でお目にかかる機会は、ほぼ皆無だ。

 否応なしに目につく。


「この子が何者だとかは置いておいて……念のために聞くが、これはゲームの中だと思うか?」


 正味のところ、これは聞いたところで意味が無い質問だと理解している。

 ロックの返答は想像できる上に、それを聞いたところで証明ができない。

 端から結論は出ない疑問なのだ。


 ならば何故聞いたのか。


 単純に精神衛生上の理由で聞いておきたかった、というのもある。

 だが、今後の方針検討のうえで大前提になる部分だと思えるのだ。


 故に認識の擦り合わせという点で、無意味では無い。


「違うだろうね。これがゲーム内だとは思えない」

「一応確認だが、その理由は?」

「これは君も理解しているだろうけど、全没型のゲームは仮想現実だと一目で分かるように、あえて質感のリアリティを落としている」


 俺は素直に頷く。

 パニックになりながらも、それは自分も感じた違和感だ。

 あまりにも質感がリアル過ぎる。


「あとは、触覚と嗅覚か」


 ゲーム内であれば痛みまで再現しないよう、触覚は極端に鈍くされている。

 少なくとも、風の感触や気温は感じられないほどに。


 あと特筆すべきは嗅覚だろう。

 味覚もらしいが、技術的にそもそも再現が出来ないと聞く。


「グラフィックに関しては、ソフトウェア側のアップデートで更新は可能だろうけど……」


 現在進行形で感じている大自然の香りが、そういう代物では無いと教えてくれる。


「触覚と嗅覚はハードウェア的な問題だから、ゲームのアップデートでリアルになったとは考えられないね」

「だとすると……これは現実である、という前提で考える必要がある訳だな」

「僕はそうすべきだと思うよ。命に関わりそうなら、尚のことね」


 今の感情をどう捉えれば良いのか。

 自分自身で答えが見付けられないまま周囲を――見知らぬ森を見渡す。


 訳が分からなすぎて、逆に不安が薄いな。


「――仮に現実の出来事だとして、ここは日本だと思うか?」

「違うだろうね」

「断言できるのか?」


 これも真っ当な解答は出ない問題だと思っていた。

 しかし、自信ありげにロックは頷く。


「植生の問題かな。別に僕も全ての植物が分かる訳ではないけど……例えば、そうだな——」


 ロックはそこら辺の木の根本あたりを指差す。

 そこに注意を向けてみると――


「少なくとも僕は、七色の胞子を大量に放出する七色のキノコは知らないね」


 ——いよいよ以て、ここが地球なのかが怪しくなってきた。


「他に妙な生物を発見していないのが、唯一の救いかな」



 せめて、あの胞子に害が無いことを祈ろう。



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