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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
第ニ章 異世界道中膝栗毛
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22.誰がための夢のあと



 野営地周辺に警戒網(トラップ)を敷設し終えた俺は、クレイ家がつけた護衛やら侍女達が忙しそうにしているのを尻目に、辺りをつぶさに見回す。


 警戒をしているから――というよりは、この奇妙な場所が気になったと表現した方が正確だろうか。


 周囲一帯は森の中とは思えぬほど木が少なく、ひらけている。

 暗くなりつつある空が、何にも遮られず見える程に。

 もう少しすれば、元の世界とは比べ物にならないほどの星が見えるはずだ。


 少し視線を落とす。

 森の空白地帯――その中心になっている円柱状の廃墟らしき物体が、異様な存在感を発していた。



 引き寄せられるように廃墟へ近付き、元々は頂上部があったであろう位置を見上げる。


 近くで見ると、思っていた以上に大きい。

 現存部分だけでも、恐らく五メートル以上はありそうだ。

 すでに半ば倒壊しており、本来どういう形状だったのかは想像に難しいが、元々はもっと大きな建物だったのかもしれない。


 ぐるりと外周を回ってみるが、大した意味は無かった。

 どうにも裏側は完全に倒壊しており、実際は殆どハリボテ状態になっていた。

 まるでスカスカの()()()()()のように。


 崩れやしないかと心配しつつ、恐る恐るだが触れてみる。

 朽ちかけてはいるものの、冷たく硬い感触が思った以上にしっかりと手の平に返ってきた。


 外壁は殆ど風化して無きに等しい惨状だが、驚くことに大部分が金属で出来ているようだ。


 王都で見た建築様式とはかけ離れているが、もしかするとこの廃墟は鉄骨造だったのかもしれない。


「……」


 ふと、自分の思い付きに違和感を覚える。


 明らかに古びた廃墟が、王都の建築技術よりも――


「――わっ!」

「――ッ!?」


 突然背後からの大声。

 咄嗟に振り返る。


「何してるのよ?」


 振り返れば、(アルト)が居た。

 イタズラ小僧みたいな笑みを浮かべて。


「……驚かせないでくれ」

「護衛の割には、背後がお留守なんじゃなくって?」


 ニマニマと音がしそうな笑顔が、実に憎たらしい。


 反射的に掴んでいた短剣の柄から、少しの努力を要しながら手を離す。


「ちょっと考え事……というか、観察してたんだよ」

「あぁ、これ? 確かに気になるわよね」


 ちょっと不気味だものね、などと口にしながらアルトは震えるような仕草を見せた。


「これが何か知っているのか?」

「大昔の礼拝堂じゃないか、って言われているわ。文献とかには残っていないから、確証は無いけれど」

「文献が残ってないって、どんだけ古いんだよ?」

「少なくとも建国以前から在ったらしいわよ。少なくとも千年以上前のものかしら? 北部って元々はエルフとか獣人とかドワーフが住んでいた土地だから、彼らの祖先が建てたんじゃないかって」


 ドワーフか……確かに金属に強そうなイメージはある。

 それであれば、建築様式の違いにも納得はできる。


 北部に到着次第、なるべく早めにコンタクトを取りたいものだ。


「――けど、ここが多少なりとも知られている理由って、そういう遺跡的な価値じゃないのよね」

「何だ……? 出るのか?」

「あら、分かる?」

「まぁ……如何にもな雰囲気だからな」


 森の中に寒々しい風体で佇む廃墟とくれば、どこの世界の住人でも不気味に思うものだろう。

 感性が同じであれば、だが。


「昔はね、この辺にも村が在ったらしいんだけど、呪いのせいで人が居なくなったらしいのよ」

「呪い、ねぇ……」


 ファンタジー全開な世界の住人にそう言われても――と考えたのだが、途中で思い直す。


 魔法は遥か遠くの宗教国家に在り、エルフだのは海の向こうに居るらしいが、よくよく考えると自分の目でその類の不可思議なものを見た覚えが無かった。


 よく考えずとも、俺達『プレイヤー』の存在のほうが不思議ちゃんである。


「……ちなみに、呪いってのは具体的にはどんな話なんだ?」


 自分の考えから目をそらすように、質問を放り投げる。


「何でも、子供が産まれなくなったり、産まれても奇形だったりが頻発したらしいわ」


 おー怖い怖い、と言いながらもノリノリで話すアルト。


 その後の内容は、割とありきたりな内容だった。

 先住民から土地を奪った際の恨みで土地が呪われただの、誰も居なくなった村に赤子を探す幽霊が夜な夜な、といった類の内容である。


 どこの世界でも、怪談話というのは似たような内容になるのか。

 まぁ、人が恐怖を感じる部分に、大した差は無いのだと思う。


 そして、驚きというのも、ある意味では恐怖の一種だ。



「――アルト? 何をしているのしら?」

「ッ……! ひ、姫様!?」


 アルトは背後からかけられた声に驚き、慌てて振り返る。


 彼女の背後には、お姫様(エレオノーラ)とカミーラ、ついでに常時護衛(対ピアース用)としてお偉方に張り付いているハルの姿があった。


「ふふ……ごめんなさい、驚かせちゃったかしら」

「い、いえ、滅相もない。全く驚いておりませんとも」


 気付いていましたから、ええ、分かっていましたよ? などと、ワタワタ言い訳する貴族のお嬢様(アルト)には悪いが、俺は知っている。


 お姫様が、わざわざ忍び足で近付いてきたことを。


 アルトと向かい合って喋っていた関係上、俺からはバッチリ見えていたし、目が合った際には『しー』と黙っているようにジャスチャーで伝えられていたのだから。


 何というか……血縁関係は無いのだろうが、案外似たもの同士なのかもしれない。


 いや、そういえば親族ではあるのか?

 どの程度だろう?


 まぁ、良いか。

 姉妹みたいなものだと捉えておこう。




「――と、ところで姫様、どうなさったのですか?」

「ふふ、そうでした。忘れるところだったわ」


 クスクスと笑うお姫様が要件を言う前に、ハルの腹の虫が盛大に主張する。


「……ご飯、早く」


 ハルは全く恥ずかしがる様子もなく無表情のまま呟く。


 その抗議めいた音に、音源となった少女以外は笑った。


「ふふ、食事の準備が出来たそうよ。呼びに来たの」

「そんな、そのようなこと姫様がわざわざ――」

「良いのよ、私が言い出したんですもの」


 恐らくアルトの無防備な背中を見て、イタズラを思い付いたのだと思う。


 そんな感じの良い笑顔をしていた。





----





 野営とは思えない品質の食事が終わり、各々が寝静まってから歩哨に立つ。


 爺様の手配りのお陰で、逃避行とは思えないほどに快適な旅となっている。

 勿論、護衛としての仕事が無くなる訳ではないが。


 見張りは、俺達『プレイヤー』とクレイ家の付けた護衛が、二人一組体制で交代しながら行なっている。

 夜目が一番効き、警戒網を検知できる都合上、俺を一番多くローテーションに組み込んだ。


 致し方ないこととは言え、もう少し自分に優しいシフトを組むべきだったと後悔。


 とは言っても、悪いことばかりではない。


 密談をするにはもってこいなのだ。


「――ピアースの様子はどうだ?」

「今のところは、特に問題は無いように見えるね。言動に破天荒なところがあるけど、意外と馴染んでいるように見えるよ。案外、頭も回るみたいだしね」


 現状、自分達の生き残りに関する話をできるのはロックだけだと言える。


 アルト達も信用できる雇い主ではあるが、結局のところ根本的な目的――生存と帰還――が共有できない以上、別個の対応は必要とならざるを得ない。


 その点で容易に人目から離れられる見張りの時間は、他人には聞かれたくない類の話をするのに役立っていた。


「正直、戦力として期待はできるが、信用ならざる味方でしかない」

「分かってるさ。スパイの可能性は十二分に警戒しているよ」

「ハルなら対応は可能なんだろうが、アイツもよく分からないところが多いからな……」


 ハルにまで裏切られると、本格的に詰むだろうな。


「彼女に関しては、何とも言えないね。平気だとは思うんだけど」

「とりあえず飯さえあれば、大丈夫そうだな」

「はは、違いないね」


 まぁ、何となくハルに関しては平気だと思っている。

 何故かは知らないが、初見の段階から信用してしまっている自分が居るのだ。


 本当に、何故かは分からないのだが。



「そういや、ロック。お前、確か今レポート書いてたよな?」

「まだ書きかけだけどね」

「完成してなくて良いから、ちょっと見せてくれ」

「何だい? 興味が湧いたのかい?」

「ちょっとな。果たして異世界人と感情の源泉は同一なのだろうか、と高尚な疑問が湧いてな」

「何だい、それ」


 ロックに笑われた。


「まぁ、構わないけど、君の期待には応えられない内容だと思うよ」

「ま、構わないさ。暇つぶしに読みたいだけだよ」

「了解。あとで渡すよ」





 ――数時間後。


 何事も無く、また一つ夜が明けた。


 少しばかり肩透かしを喰らったような想いを抱きながら、翌朝早くから山越えを開始する。

 やはり大きな問題は起きずに、順調に旅は続いた。



 二日後……結局、追っ手の襲撃は山を超えるまで無かった。


 そして、北部へと足を踏み入れたその日に、例年より少し早い初雪が降り始める。



 ――救いの季節が到来したのだ。



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