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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
第ニ章 異世界道中膝栗毛
24/26

21.逃走中(Take2)


 ――貴方は結末を知っている。


 ――それにどのような意味があるかは分からないとしても、確かに脳裏には残っているはずだ。


 ――運命とは無慈悲で、何の悪意も無く、簡単に転がり落ちることを。


 ――そして……

















 揺れる感覚と、悪路を転がる車輪の音に目が覚める。


「…………」


 気怠い身体の訴えを極力無視し、のそりと上体を起こした。


 もう何度目になるか分からない同じような夢のせいだろうか、それとも揺れる馬車の振動にだろうか、もしくは先行きの見えない現状にか? 何が原因にせよ寝起きの気分としては微妙なものだった。


「やぁ……目が覚めたかい?」


 声のする方向を見やれば、見慣れた顔(ロック)がこれまた見慣れた表情で見慣れた仕草をし(肩をすくめ)ている。


「悪い……寝てたか」

「ここのところ夜番続きだからね、誰も文句は言わないさ」


 その言葉に狭い荷馬車内を見渡す。


「――どうにも、それ以前の問題らしいな」

「はは……緊急時には働いてくれると思いたいところだね」


 同乗者であるハルとピアースも、先程までの俺同様に眠りこけている。


「どれくらい寝てた?」

「小一時間ってところだよ」


 想定していたよりも長く寝ていたようだ。

 気を使って起こさずにいたのだろう。


「そろそろ日が暮れ始める頃合か……夕暮れ前には夜営の準備をしたいんだがな」

「先行する馬車が止まったら、そうなるだろうね」

「いつ止まるかを教えて欲しいところなんだが――無理な相談か」

「無線が恋しくなるとは、夢にも思わなかったよ」

「本当に、全くだな……」


 それなりの荷物と人数で、ある程度の速度を維持しつつ移動しようとした時、馬車は優秀な移動手段足り得る。


 しかし、当たり前の話ではあるのだが、馬車一台あたりの積載量――搭乗者数には限度がある。

 一台に収まりきらない場合は、複数台の馬車に分乗するしか方法は無い。


 故に今こうしている時も、高貴なる方々――お姫様、アルト、カミーラの三人は人間様用の馬車に乗り、この人間様以外用(荷馬車)の少し前を走っているはずだ。


 この手段の難点をあげるとするならば、俺達が乗る馬車の居住性が劣悪なこと以外には、他の馬車と意思疎通を図ることが出来ない点だろうか。

 通信技術が存在しないこの世界では、ちょっとした業務連絡にすら苦労するのが実情となる。


「雇い主の意向に任せるしかないよ。実際問題、僕らは地理を把握していないからね」

「黙って着いていくだけとは……情けない以前に、護衛しにくい事この上無いな」


 やれやれ、とため息を吐きつつ、ここ数日のことを思い浮かべる。


 意外と言ってしまうと素直に過ぎるだろうが、意外にも大きなトラブルは皆無と言っても差し支えはない旅路だった。

 無論、順風満帆とは言い難い状況であるのも間違いないのだが。


 まず以って、所与の前提条件が不穏当すぎるのが宜しくない。


 仮に現状を精一杯詩的に表現すると『逃亡生活五日目』なるタイトルがつくだろうか。

 風情の有無は兎も角として、この字面だけでも真っ当な状況じゃないのは誰にでも理解出来るはずだ。


 既に王都を脱出して数日――現在地は王国中央部と北部地方の境に位置する山岳地帯の麓となる。

 人里離れた寂れた林道を、無駄に作りの良い(商隊には不釣り合いな)馬車が旗も掲げずに三台――一台は荷馬車だが――走っている。しかも、所属を隠した護衛の騎兵を数騎引き連れて。


 内乱が勃発しようかという現状では、あまりにも胡散臭過ぎて山賊ですら襲いたくない集団と化していることだろう。少なくとも俺なら襲わないし、関わり合いたくもない。

 もしもこんな怪しい集団を襲おうとするのなら、それは正体を知っている連中か、後先という単語を知らない奴くらいなものだ。


「ロック――お前はどう思う?」

「何がだい?」

「実際のところ……居ると思うか?」

「どうだろう。何とも言えないし、言ったところで意味も無さそうだけど」

「まぁ、そりゃそうなんだけどな」


 実際問題、間髪入れずに王都を脱出したため、本当に追っ手がかかっているのかが分からない。

 だが、存在する前提で考えておいた方が賢明だろう。


 今ごろ爺さん達は陽動を兼ね、北上する俺達とは反対方向へと目立つように南進しているはずだ。


 しかし、どこで何がバレるかは分からない。

 極力人里は経由せず、本来は護衛である俺達も目立たないよう最後尾の荷馬車に潜んで尚、いつ襲撃があるかと不安になる。


「……」


 山道にさえ入ってしまえば大規模な部隊は難儀するという話だが、それも追いつかれなければの話でしかない。

 居るかも分からない追跡者達が、爺さんの方に引っかかってくれているか、もしくはまだ距離があるのを祈るしかないのが現実だ。


「明日には山道に入るって話だったよな」

「昨晩聞いた限りでは、その通りだね」

「今日の夜営が、正に峠になるか」

「こっちに来てから夜には良い思い出が無いね。夜襲ばかり受けている気がするよ」

「かけた事も有るだろ?」

「そういえば、そうだったね」



 自分の言葉に数日前の夜を思い出した。


 ――王城から脱出した俺達は、即座にクレイ家邸宅まで撤収し、爺さん達が用意した移動手段(馬車)に乗り込んだ。


 カミーラがナンパ男(ピアース)を見て激昂したり実際は色々有ったのだが、お姫様がとりなしてくれたお蔭で、どうにか刃傷沙汰は回避できたと付け加えておこう。


 出発間際、爺さんにかけられた言葉を思い返す。


『小僧、優先順位は理解しておるな?』

『最優先は生き残ることだろう?』

『そうだ……何がなんでも生き残ることが肝要となる。我が孫娘達では、そこの判断を誤りかねん。その点はお主に任せるぞ』

『嫌われ役は任せておいてくれ。それよりも、爺さんこそ何がなんでも生き残ってくれよ』

『ワシを心配して……のことでは無いのだろうな、勿論』

『アンタは殺しても死なないだろうとは思ってるんだがな――念の為さ』


 くだらない憎まれ口に、無論だと真顔で返答される。


『爺さんが唯一の後ろ盾と言って良い状況だ。アンタがこけると、全てが終わる』

『理解しておる。努力はしよう。だが、時間には限りが有ることは理解しておけ』

『あぁ、一応は考えがある。悪あがきしてみるさ』


 仮に何の策が無かろうとも、どのみち逃げる以外の選択肢は無い。

 これから何をしようと、正しく悪あがきだ。


『一つ助言をしておこう。北部はその歴史から中央とは軋轢がある』

『歴史……?』

『まずはそこを理解するが良い』


 心のメモに歴史の勉強、と素直に追加しておく。


『――小僧よ……くどいようだが、もう一度言っておくぞ。最悪は逃げ切れればそれで良い。理解できるな?』


 いつにも増して真剣な眼差しで睨みつけられる。


『あぁ……分かってる』

『ならば良い。時間が惜しい。行け』




 ――ガタン、と馬車が止まった振動で我に返る。



「着いたようだね、本日の野営地に」

「みたいだな……やっと自分の足で歩ける」


 凝り固まった身体を解すように、背中を伸ばす。


「コイツら起こして、とっとと夜営準備始めるべ」

「あぁ、そうしよう」


 ねぼすけ共の対応はロックに任せて、一足先に馬車を降り周囲を見渡す。


 一見すると林道から少し離れた森の中だ。


 だが、少しだけ奇妙なものが視界に入る。


「なんだ、あれ……」


 森の中、少しだけ開けた空間に、円柱状の今にも崩れ落ちそうな――実際外壁はほぼ崩れている――廃墟らしきものが建っていた。




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