20.配管工の仕事(後編)
――行きはよいよい帰りは怖い。
一体全体なんのフレーズだったか。
何にせよ、今の俺達にはお似合いの言葉だと思う。
「――げ……」
お姫様に極力動きやすい服装に着替えて貰い、さぁ脱出だ、と意気込んだまでは良かった。
誰にともなく正直に告白するなら、相当に油断していた。
というか、舐めてしまっていた。
子曰く、それはフラグだったのだろう。
「おー! ダークエルフの兄ちゃんじゃねぇか!」
真夜中の城内にて、英雄ことピアースと再会した。
「――冗談でしょ!?」
アルトの悲鳴のような驚きに、全力で頷きたい。
ピアースを含む十名ほどの集団と不意遭遇。
しかも身なりからして、全員が『プレイヤー』と思われる集団だ。
「おお! いつかのかわい子ちゃんまで! おっと、そっちの子も可愛いっぽい!」
相変わらずの調子に思わず油断してしまいそうになるが、現状は控えめに表現しても最低最悪だ。
何をどうあがいても、現有戦力で勝機を見出だせる状況では無い。
「……おい、新人。知り合いか?」
「――あん? だったら問題あんのかよ?」
「いや、問題って……睨むなよ」
敵同士で勝手に揉め始めるのも相変わらずらしい。
「そいつ等じゃないのか? 侵入者ってのは」
「あー……そうなのか?」
流石に侵入がバレたか。
眠らせていた兵士が目覚めたのか?
それとも『プレイヤー』がこれだけ居るなら、何らかの探知系だろうか?
いや、今は原因はどうでも良いな。
問題は、どう切り抜けるかに尽きる。
「んー……なぁ、兄ちゃん達が侵入者なんか?」
飄々と、実に気軽に放たれた問いかけ。
その軽さとは裏腹に、簡単には返答できなかった。
どう答えても戦闘に発展する未来しか見えない。
得意技の逃亡を発動するにも、どうやってもどこかで破綻する。
いや……正確には、一人でなら逃げられる。
もっと細かく表現するなら、お姫様を諦めれば逃走は可能だ。
勿論、現状でその選択肢は有り得ない。
道徳的な問題以前に、貴重な社会的基盤を失う。
それだけは……避けなければならない。
「……まぁ、良いか。聞くまでもなさそうだしな」
無言を肯定と受け取ったらしいピアースは、槍を抜き放つ。
こうなれば、もうやむ無し。
お姫様方を先に逃がす。
一人でなら逃げられるのだ。
ならば、一人で暫く時間を稼ぐしかあるまい。
覚悟を決め、弓を構える――
「ったく――クソったれだけど、一応ツレの言葉だしな……」
「? おい……何言って――」
訳の分からないことを呟くピアースに、敵の一人が疑問の言葉を差し挟むと――
「『範囲掃討』」
「「――!?」」
ピアースの槍が周囲の敵――奴からすれば味方を、薙ぎ払った。
「――ダークエルフの兄ちゃん! 俺に使った足止め使え!」
混乱しながらも、咄嗟にピアースの言葉に従う。
「『罠・移動阻害』!」
「『戦神の咆哮』」
即座に自分にかかった罠を解除しながら、ピアースがこちらに走り寄ってくる。
「ぐッ――新人! 何を考えてる!」
「見て分かれ! タコ! 裏切ってんだよ!」
「なッ――!」
悪びれもしないその言葉に、誰もが絶句した。
「ズラかんぞ! 兄ちゃん!」
「おい! どういうことだ!」
「話は後だ! まだ他にも居るから、逃げんぞ!」
その言葉を皮切りに、状況を全く飲み込めていない全員が走りだす。
訳は分からないが、この状況を脱するのが最優先なのは間違いない。
仮にこれが罠だとしても、どちらにせよ他に選択肢が無かった。
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暫くの後。
俺達は今、進入時にも使用した地下通路を歩いている。
先頭を歩くロックの魔法が光源となっており、そのすぐ後ろにお姫様。
そして、やや距離を置いて俺にアルト、そして最後にピアースが続いている。
無事ここまで辿り着いたのは、実に喜ばしい。
しかし、大きな問題が一つ残っている――
「――貴様……理由を聞かせろ」
「何のだよ?」
険しい表情を浮かべたアルトは、おもむろに剣を抜く。
「おいおいおい……物騒じゃんか」
「巫山戯ているのか!」
狭い地下通路に、アルトの怒声が反響した。
耳が長いせいだろう。物凄く痛かった。
聴覚が良くなっているのも、考えものかもしれない。
「――アルト……気持ちは分かるが、もう少し音量を下げてくれ……」
「あ……」
耳を抑えている間の抜けた姿を見て、アルトは少しだけバツの悪い顔を浮かべる。
「……ごめん」
間抜けを目の当たりにして、少しは怒りが冷めただろうか?
とりあえず、多少は冷静さを取り戻してくれたように見える。
「憤りを分かる……とまでは言わないが、理解は出来るさ」
俺達のやり取りを、何のこっちゃという表情で眺めているピアース。
これを相手に、怒りを抱くなというのは無理な話だろう。
俺からすれば一度敵対した相手くらいの認識だ。
しかし、アルトにしてみれば騎士団の一員を殺害した下手人。
その怒りを計り知ることは出来ない。
「――とりあえず訳を聞かせろよ。流石に俺も、それは聞かずにいられないぞ」
アルトの肩を軽く叩き、場所を入れ替わる。
ピアースとの間に割り込む形だ。
選手交代といこう。
「何だよ……兄ちゃんも割と細けぇんだな」
「お前ほど太くないだけさ」
「なるほどね……そっちは予約済みってことか」
「何のことかは分からないが……まぁ、神経質なんだよ。俺は」
そうかい、とピアースは露骨にため息を吐く。
「それで? 何故、俺達に味方した? 何が狙いだ?」
「狙いって言ってもな……」
のらりくらりとした様子に、否応なく苛立ちと警戒度が上昇する。
やはり、何らかの罠だろうか?
だが幸いにして、と言うべきだろうか。
先程までより明らかに状況は良い。
槍を振り回せない狭い通路で、こちらの方が戦力も多い。
今ならば倒すことも不可能ではないだろう。
「おいおい……兄ちゃん、そんな怖い顔すんなよ」
「……似たようなことをよく言われるんだが、俺はそんなに表情に出てるのかね?」
「俺様は意外と、そういうのに敏感なんだよ」
とてもそうは見えなかったが、そういうことにしておこう。
事実を知って傷付くのは俺一人だ。
「何にせよ、考えていることに察しがつくなら話は早いな。どうなるかは分かるだろう?」
「随分な自信じゃねぇか――と、言いてぇが……後が怖ぇな。今日はあのチビっ子居ないのか?」
「――この先のほうで待ってるよ」
「オーケー。分かったよ……正直に話す。それで良いだろ?」
随分と素直に引き下がる英雄様。余程インパクトが強かったのだろう。
「まぁ、納得できる話なら文句はないさ」
了解、とピアースは降参するようなポーズを見せる。
「まず、何故あそこに居た?」
「あー……なんつーか、食い詰めてたら雇われた」
「食い詰めた? もう一人の長髪男はどうした?」
あいつなら少なくとも、そんな無様は晒さないだろう。
「長髪……あぁ、マーキュリーか。何か、どっか行ったわ」
「どっか……?」
「そんな目で見るなよ、冗談抜きの本気だ。訳分かんねぇこと言って、どっか行った」
普通なら有り得ない、と考えるのだが。
あの危ない雰囲気の男を思い出すと、一概にそうとも言い切れなかった。
「分かった。なら、それは信じよう」
仮にこれが嘘でどこかで待ち伏せているとしても、少なくともこの通路では無いはずだ。
この通路の存在が知られているなら、進入時に襲撃を受けたか、既に塞がれている。
「そうしてくれ。本当にそれ以上言い様が無いんだよ」
盛大にため息を吐くピアースの姿から、何となく事実なのだろうと思えた。
「次の質問だ。何で俺達に味方した」
「んなもん、簡単な話だろ」
「簡単?」
「あっち、男ばっかなんだよ。俺様は可愛い姉ちゃんの味方が良い」
何と言うか……流石としか言いようが無い理由だった。
とても理解できる発想では無いが、最早敬意すら抱きかねない。
「特に親玉の王子とか言うヒゲのオッサンが気に食わねぇ。露骨に見下してきやがるしよぉ」
「――兄君にお会いになられたのですか?」
少し距離を空けておいたはずのお姫様が、会話に割り込んでくる。
いつの間にやら近寄っていたらしい。
「お姫様……もう少し離れておいて貰えませんかね?」
如何に窮地を救ってくれた相手とは言え、気軽に話して問題無しかといえば少々怪しい。
少なくとも用心するに越したことはない。
あまり近いと急に襲われた時に守りきれ、
「おおおぉぉ……!?」
「――!」
突然の奇声。
咄嗟に短剣を抜き放ち、振り返る。
「う、美しい……」
そこには、跪く一人の騎士の姿が在った。
「――ご尊顔を近くで拝し、あまりの可憐さに取り乱しましたことをお詫びいたします。殿下」
――誰だ、こいつ?
我が目を疑い二度三度と確認するが、どう見てもピアースだった。
思わず、中身が入れ替わったのか? と突拍子も無い考えが浮かぶ。
「ちょっと……何事よ」
アルトの唖然とした表情を見ると、どうも似たようなことを考えていたようで安心できた。
よく見れば、ロックも珍しく目を見開いている。
「殿下……願わくば、私めも幕下にお加え頂けないでしょうか」
「面をお上げください……騎士殿、お名前は?」
「ピアースと申します。美しい我が君よ」
恍惚とした表情のピアース。
急に電波を受信したのか、それとも頭に虫が湧いたのか。原因は分からないが、別人のような変わりぶりだった。
「理由をお伺いしても?」
「殿下のお姿を目にし、自分の使命を理解いたしました」
「使命……?」
「はい。この世で最も美しい貴女を、お守りすることです」
唐突な事態に、完全に置いてけぼりだ。
状況を全く飲み込めない。
「――分かりました。許可します」
「姫様!」
いち早く立ち直ったのはアルトだった。
「どうしましたか?」
「おやめ下さい! 奴は辺境領で騎士団を襲撃した男です! 間違いなく敵です!」
間違いないかはさておき、そう考えるのは極自然なことだ。
手放しで賛成できる話ではない。
こんな状況でもなければ、と但し書きが必要だが。
「……とのことです。ピアース殿、何か言い分は?」
「何も分からぬ状況で、食うに困っておりました。無論、言い訳にもなりません。この力に酔い、楽しんでおりました故に」
「姫様、お聞きの通りです。こいつは楽しんでいました!」
「なら聞くが……お前は戦いを――暴力を一切楽しんでいないと言えるか? 騎士様よ」
「――ッ! な、何を!」
「戦うことを選ぶ奴ってのは、大抵どっかで楽しんでるもんだろ? 高揚感は? 興奮は? 身に覚えが無いとでも?」
それ以外の選択肢が無い人間も、確かに居る。
だが、間違いなくそれは少数だ。
大抵の場合は、戦うことを選ばない。
いや……選べない。
「私は……! 騎士の誇りがある!」
「――俺の言い訳と何が違う?」
「個人の愉悦のために、戦ってなどいない!」
「言ったろ? 食うに困ってたんだよ。それに、襲うよりは襲われた方のが早かったぜ?」
この国の治安悪すぎだろ、とピアースは不敵に笑う。
「まぁ、詭弁なのは認めるさ。悔いていると言っても、どうせ信じやしないだろ?」
「……」
正当防衛、緊急避難、その他色々。
何も分からない人間が見知らぬ土地に放り出されて、しかも武器が有ったのなら、誰であろうと何がどうなるかは分からない。
ピアースは間違いなく善人では無いだろうが、どうにも第一印象から悪人とも断じきれなかった正体はそこに尽きる。
もしかしたら自分も、というやつだ。
「――アイン卿、どう思われますか?」
このままでは話が平行線になると察したお姫様が、お鉢を回してくる。
「素直に賛同はしかねますが、状況が状況です。戦力は一人でも多い方が良い」
人格までは分かりかねるが、戦力として優秀なのだけは間違いない。
お姫様も同じ考えに至ったが故に、ピアースの提案を受け入れたのだと思う。
「何より、今回無事に脱出できたのはこいつのお蔭でもある。功罪相半ばする、って訳じゃないですが、様子を見るのも一つでは?」
「その通りですね」
お姫様は深く頷き、アルトへと向き直る。
「アルト……納得して貰えるかしら?」
逡巡、というには長すぎる間を置いて、アルトは覚悟を決めた顔で頷きを返す。
「承知しました、姫様。何が起きても、我々がお守りいたします」
「ありがとう、アルト」
正直ほっとする。
ここで話が拗れると、それこそ最悪は戦闘も有り得ただろう。
「それでは、ピアース殿。これより後はアイン卿の指示に従って下さい」
「承知いたしました、殿下」
お姫様の言葉に、何の抵抗もなく従うピアース。
かく言う俺は……何故俺が? 等とは露程も考えていない。
むしろ、内心ではほくそ笑んでいる。
責任が増えるのは確かに面倒だが、社会的立ち位置を確保するためには必須事項だ。
絶望的な環境下とはいえ、また生き残りの道を一歩進めたと喜んでおこう。
「ま、宜しく頼むぜ、兄ちゃん」
「――俺にも敬語使えよ」
他人のことをとやかく言えない台詞を吐きつつ、狭く暗い地底から這い上がるべく、俺達は歩みを再開した。




