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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
第一章 異世界見聞録
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19.配管工の仕事(中編)


「冗談だろう……」


 薄暗い部屋の中、分厚い扉を前に愕然とした想いで呟く。


「まさか、そんな――」


 暗がりの中、希望を求めるように辺りを見渡す姿は、見る者が見ればさぞ滑稽だろう。



「――ここまで簡単に侵入できるなんて……」








「――ちょっと、あまり大きな声を出さないでよ」


 しー、とアルトは口元に人差し指を立てる。

 潜入工作さながら――いや、そのものの最中だというのに、コミカルな仕草が妙に可愛らしかった。


「悪い……逆にびっくりしてな」


 あまりにも拍子抜けな事態に、気が緩んでしまったようだ。


「確かに、ここまで上手くいくとは思わなかったね」

「全くだな……」


 ロックの言葉に頷きで返す。


 打合せ後、別宅地下の隠し通路を発見した俺達は、とんとん拍子にここまで来てしまった。

 強いて問題が発生した部分と言えば、潜入メンバー選出くらいなものだ。


 それも結局、城内を知るアルトと、逃げ足に定評がある俺とロックの三名で落ち着いた。

 クレイ家の二人は脱出の準備を進め、ハルはその護衛。


「一応……本当に一応、念の為に確認なんだが、ここがお姫様の部屋で間違いないんだよな?」

「ええ、間違いないわよ」


 豪奢な部屋を見渡す。

 どうにも、奥の天蓋付きベッドでお姫様はご就寝中のようだ。

 夜分に突然の訪問をしておいて何だが、あまりにも呆気なさ過ぎる。


「この城の警備状況はどうなってるんだ?」

「普段はちゃんとしてるわよ……」

「クーデターの影響かもしれないね」

「……かもな」


 曖昧に返答したが、概ね正しい予測だと思う。

 急激な交代劇に、大半の兵が逃げ出したか追い出されでもしたのだろう。

 もしかすると、抵抗して蹴散らされた可能性もある。


 まぁ、何にせよ都合が良い。

 城内で遭遇した兵はほんの数名。

 それも全てロックの魔法で眠って貰っている。


 この程度の警備であれば、お姫様を連れて逃げることも難しくはない。


「アルト、お姫様を起こしてくれ。眠らせた兵士が起きると、流石に騒がしくなるかもしれない」


 睡眠魔法(スリープ)の効果が設定通りかは分からないが、回復魔法と同様で効きが弱い可能性もある。

 勿論それを抜きにしても、可能な限り早く撤収するに越したことは無いだろう。


 あれやこれやと逃亡の段取りに悩んでいると、


「――ご心配には及びませんよ。もう起きております」

「姫様」


 天蓋のカーテンを開け姿を現すお姫様に、アルトは膝をつき畏まる。


 俺も真似た方が良いだろうか、と一瞬悩んだが止めておくことにした。

 時間が勿体無いし、何より無様を晒すだけだ。


「――ご無事で何よりです」

「ありがとう、アルト。心配をかけてしまったわね……」

「身に余るお言葉です」


 更に畏まるアルトを立たせると、お姫様はこちらに向き直る。


「お二方にも感謝を。異国の地で危険に晒されながらも、こうして来て頂けたこと大変嬉しく思います」

「恐縮です、殿下」

「あぁ、お気にせず。こっちも、し痛ッ――」


 仕事なんで、などと口にしかけるもお嬢様(アルト)キックにより未然に阻止される。

 シリアスな場面が台無しだ。


「お前な……」

「自業自得でしょ」

「貴族のお嬢様が蹴りってのは、どうなんだ」

「お家芸よ」


 お家芸って……。


「この国には猪武者しか居ないのかよ……」

「ふふ……」


 お姫様に微笑ましそうな笑みを向けられてしまった。


「ほら見ろ、笑われてるぞ」

「アナタがでしょう?」

「いやいや、今のはお前の蹴りにだろう。公爵家令嬢様がナチュラルに蹴り入れるって、おかしいだろ?」

「ダークエルフが捻くれてる方がおかしいわよ。気弱なくせに妙に無頼ぶっちゃって」

「誰が気弱だ、慎重と言え。イメージが悪くなるだろうが」


 何だやるのかこの野郎、とまでは言っていないが、概ねそのようなテンションにヒートアップしたあたりで、ロックがため息を吐く。


「……二人共だよ。状況を考えた声量にしてくれないかな?」

「……ごめんなさい」

「――悪ぃ……」

「ふふふ」


 再びの微笑み。

 何だろう……慈愛的な雰囲気すら感じる。


「ひ、姫様……」

「あら、ごめんなさい。あんまり仲が良いから、嬉しくなっちゃって」

「お、お戯れを」


 そういえば以前、妹のようなものだと言っていたな。

 これは、友達の少ない妹に友達が出来て喜ぶ姉の図か。


 実に微笑ましい光景だ。

 状況を考えなければ、だが。

 耳の痛い話である。


「さて、宴もたけなわなところ申し訳ないが……そろそろ、マジな話をしよう」


 アナタがそれ言う? といったアルトのジトっとした視線は極力無視する。


「お姫さ……殿下。まずは本人の意思を確認したい」

「お姫様で構いませんよ、アイン様」

「俺も、様は勘弁して欲しいな。アインで頼みますよ、お姫様」

「では――アイン卿と」


 サーかよ……。

 受勲した覚えは無いし、忠誠を誓った覚えはもっと無いんだけどな。


 まぁ、良い。

 怖い話だが、今は置いておこう。


「――俺達は、アンタを救出に来たつもりだ。それに乗っかるつもりは有るかい?」

「……」


 沈黙。


 行間を読み取れるお姫様のことだ。

 勿論、こちらの意図は通じているだろう。


 つまるところ、御輿になるつもりがあるか、と。


 微笑んだ顔のまま熟考していたお姫様は、ややあって口を開く。


「恐らく……このままでは早晩処刑されるなり、良くて他国に売り払われるのが末路でしょう」

「そんな……! まさか、幾らなんでも!」

「兄君であれば……と、申し上げるよりも、兄君に入れ知恵をしている者であれば、そうするという話です」


 有り得ない話ではない。

 どこの世界の史実かはさて置き、世界史を紐解けば、念の為に殺された王族など腐るほど居るはずだ。


「そして何より、このままでは……この国は滅びます」


 民衆が全て息絶える、とは言わないが、国としては無くなる可能性はある。

 どのような形になるかまでは分からないが、内輪揉めの挙げ句に国家が維持できなくなるなんて、これも茶飯事だろう。


「今さら足掻いたところで、それを止められるかは分かりません……むしろ、もっと酷いことになるかも。それでも私は、何もせずにはいられません」

「姫様……」


 内心は止めたいであろうアルトが、何かを言いかける。


「――承知いたしました。何よりまずは御身の安全が第一」


 だが、結局それが言葉になることは無かった。


「我々と共に来てください。私共が必ずや、お守りしてみせます」

「分かりました。私も貴女方の忠義に全力で応えると約束いたしましょう」



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