18.配管工の仕事(前編)
――王城占拠。
その報を受けた人間の反応は様々だった。
「馬鹿な! 有り得ない!」
カミーラ・クレイおよび、エルダー・クレイの両名は、全く同じ言葉で驚愕を露わにする。
「何かの冗談だと思いたいわね……笑えないけど」
アルトリューゼ・フリューリンク・バーン=フリートは、鎮痛な面持ちで受け入れがたい現実と対面している。
「事実上のクーデターが勃発したと考えて良いのかな? これは……」
「……眠い」
ロックは現状を端的に整理しようと努めようとし、ハルは……まぁ、いつも通りだ。
そして、かくいう自分は――
「……」
逃げるべきなのか、真剣に悩んでいた。
「――ちょっと一回、状況を整理しよう」
第一報以降、幾つかの報告が飛び込んできており、情報が錯綜している。
王都が混乱の極みにあるのは間違いないだろうが、何が正解なのかはまだ分からない。
「その上で今後の行動方針を決めないか?」
もしかすれば、どさくさに紛れて何か出来る余地が残されているかもしれない。
混乱しているということは、逆に言えば今の王都は空白地帯なのだ。
この隙に、効果的な一手を取れるのであれば、まだ起死回生の望みがあるかもしれない。
勿論、内容によってはエスケープ確定となるが、それでもまだ検討をするだけの猶予はある。
逃げるにせよ逃げないにせよ、間違いなく面倒が待っているのだ。
ならばせめて、生存率の高い方法を選択できるようにしておきたい。
「そうね……集まっている情報で、まずは現状を想定してみましょう」
アルトの言葉にカミーラが頷き、現在の情報をピックアップしてくれる。
雑多に集まった情報を咄嗟に集約できるとは、流石は眼鏡美人。秘書スキルが高い。
「――王都中に飛ばしている者達からの各報告で、差異の少ない情報は信用度が高いと推測されます」
第一報が入った直後に、爺様が情報収集を開始したの功を奏した。
お蔭で情報を多角的に分析できる。
「現状、信用度の高い情報は、第一王子が王城を占拠、昨夜未明に自勢力以外の有力貴族を複数襲撃、その両方に複数名の『プレイヤー』を動員している、となります」
「私達が襲われたことからも、その点は間違い無さそうね」
アルトの言葉に、全員が頷く。
身を以って証明しているのだ。否定しようもない。
「情報の確度が低いものとしては、大半の貴族が暗殺された、またはその逆で殆ど失敗した。投入されている『プレイヤー』の数も様々です。中には王城を百人の『プレイヤー』で占拠している、といったものもあります」
「百人ってのは多いのか? そもそも、『プレイヤー』は何人くらい居るんだ?」
よくよく考えれば、自分達と同じような身の上が何人程度居るのかも知らない。
カミーラの言い方からすれば多いには多いのだろうが、どの程度多いのかがピンとこない。
「有力な貴族が一人抱えているかどうかというところです。正確な人数は分かりませんが、この国で所在が分かっている者は三十人も居ないと推測されます」
どことなく事務的な回答が返ってくる。
だが、出会った当初よりはコミュニケーションが取れるようになってきたな、と少しだけ感慨深い。
「思ったよりも、かなり少ないんだな」
「ここ数年、目撃情報が増えていたから、もしかすると想定よりも多い可能性があるわ」
アルトの言葉に、俺は出会った同郷人の数をカウントしてみる。
ナンパ男達、昨日の双子暗殺者、そして俺達――計七名か。
増えてきているとは言え、この国に居ると想定される人数を考慮すると、エンカウントし過ぎに思える。
もしかすると、『プレイヤー』は『プレイヤー』と惹かれ合う性質でもあるのか?
「――話を元に戻します。現在、更に確実な情報としては、王城のある第一層への門が封鎖されており、誰も登城できないようになっているようです。これは、実際に当家家令が視認しております」
「姫様の――王家の方々の安否については?」
努めて冷静な声で、アルトはあくまでも念の為といった様子を装って疑問を口にする。
「……残念ながら、何も情報がありません」
無論、アルト同様に幼い頃からの友人であるカミーラも、その情報だけは最優先で確認したであろう。
表情を見れば一目瞭然だ。
「確実に言えるのは、第二王子殿下は王都不在ですので、そちらはご無事かと思われます」
「ちょっと質問しても良いかな?」
「ええ、どうぞ」
ロックの疑問に対し、確実に俺へのそれより穏やかな印象で応じるカミーラ。
この違いは何なのだろうか。
地味に納得がいかない。
「現状、第二王子こそが最も重要な排除対象に思えるんだけど、その第二王子はどこに居るのかな?」
「彼は妻の実家であるノイエ=フリート公爵領――に、隣接した王家直轄領の領主です。一年の半分程はそちらで過ごされております」
「あぁ、前に言っていた第二王子派についている有力貴族というのは……」
「はい。ご推測の通りかと思います。かつて御三家と呼ばれていたノイエ=フリート家が、彼の後ろ盾です」
御三家か……その単語は、前にちらりと聞いた覚えがある。
詳細までは聞いていないが、良い機会だから確認しておこう。
「御三家ってのは、あれか? なんちゃら=フリートって苗字の家のことか?」
「……ええ、その表現には些か言いたいこともありますが、その通りです」
流石に聞き方が阿呆っぽかったのは認める。
だから、馬鹿を見る目で俺を見つめないでくれ。
「アイゼン、ノイエ、そして――バーン。建国の英雄たる初代王の息子達の名を由来としております」
なるほど。
何故、王家まで含めての御三家なのか今一分かっていなかったが、理解した。
アイゼンが王となり、恐らくその弟達が分家として公爵にでもなったのだろう。
つまりは――
「――何よ?」
俺の不躾な視線に、文句あるの? と言わんばかりの表情で返してくるアルトお嬢様。
「いや、お姫様だったとは思いもしなくってな……」
鎧姿じゃない時も、常日頃から男装ばかりだったので、本気でたまに貴族のご令嬢だと忘れかける時があるのだ。
今も緊急事態だからと、既に臨戦態勢で鎧を着込んでいるあたりからも、気質が窺い知れる。
「言っておくけど、私に王位継承権は無いわよ?」
「別にそう言う意味じゃないさ」
なら良いけど、とあっさり引き下がるお嬢様。
ならばどういう意味だ、と聞かれなくて正直助かった。
流石に、そもそも女に見えなくて、等と発言した日には刃傷沙汰に発展しかねない。
「――悪いな、話を脱線させた。何にせよ、第二王子は難を逃れている……むしろ、第二王子が居ない内に実行したってことか」
「恐らくは……」
正直なところ、この状況でクーデターを実行した場合のメリットを考えると、直接暗殺でもすれば良かったのでは? と、思わなくもない。
大胆な手口な割に、微妙な回りくどさを感じる。
「何が、目的だ……?」
「それは……王位なんじゃない?」
アルトの素直な意見に、俺も頷く。
「そりゃ、そうだろうな。だけどよ、敵の首魁を残した状態で王位を奪取したところで、致命的な衝突になるのは目に見えているだろう?」
「――普通はね」
俺達、王女派なる認知されているかすら怪しいファンクラブ団体のことはさておき、弟と一触即発の状態で、事実上のクーデターを起こすなど、正気の沙汰ではない。
余程優勢ならばまだしも、拮抗している現状では、国を割ることが目的なのでは? とすら思えてくる。
仮にそうだとすると何故だ?
いや、そんなもの簡単な話だ……。
「第二王子に対抗するため引き入れた、他国の思惑か……」
「普通、それにまんまと乗ると思う?」
「乗る馬鹿は居ないだろうな」
アルトは俺の回答に笑顔で応じてくれる。
「居るのよ……」
完全無欠に最悪の回答だな。
流石は、人間兵器たる『プレイヤー』をぶん殴る爺さんにすら、脳筋と呼ばれた王子様だ。
「さもなければ、時間が自分の敵だと考えたか、だな」
「流石にそれ位は考えたかもしれないわね。せめて、そうだと信じたいわ」
少なくとも本人が考えなかったとしても、周りに考えた奴くらいは居るだろう。
そうでもなければ、史上最も愚かな理由で滅んだ国コンテストにノミネート決定だ。
「さて……王子連中のことは一旦置いておくとしてだ、最も重要な問題を考えよう」
俺の言葉に、全員が無言のまま視線を向けてくる。
誰もがこの後に続く言葉を分かっている。
自分達の立場――所詮はファンクラブ団体でしか無いと理解していれば、当然の話だ。
「現状を鑑みて、王女の身の安全についてはどう思う?」
「普通に考えれば……この後に及んで、とは思うけれど」
確証は得られない、か。
何よりも、馬鹿は何をするか分からないから恐ろしい。
想定外の事態に陥るのだけは、勘弁してほしいな。
「と、なると……俺達の行動指針は一つ、か」
「えぇ……王女救出よ」
アルトと互いに頷き合う。
すると、急にアルトが笑った。
「けど、意外ね。正直、嫌がると思っていたわ」
「失礼な。俺は美人の味方だぞ」
そして何より重要な点だが、今後のことを考えると、王女という正当性は必ず必要になる。
確かにリスクは高いが、今の混乱状態に乗じて王女の身柄を抑えた方が、今後選択できるオプションは増えるだろう。
「まぁ、確かに殿下は美人ですものね」
急に、唇を窄めた妙な表情を浮かべるお嬢様。
どうにも俺の言葉が、気に食わなかったらしい。
「何を勘違いしているか知らんが、お前の手足になると契約しただろう。そういうことだよ」
極力、緊急避難以外の状況においては契約を厳守したい、という社会人たる姿勢の問題だ。
「あ、あら……そう?」
「何で顔を赤らめる?」
「――ちょ、ちょっと……そういうのは口にしないでよ。あと、近いって……」
何故か雇い主に押し退けられた。
「――まぁ、良い。ところで爺さん、仮に救出が成功したとして、脱出先はあるか?」
何よ良いって、等という戯れ言を流しつつ、爺様に水を向ける。
昨晩、爺さんとの密会で口にした台詞が、こうも早く現実のものになるとは思ってもいなかった。
流石の辺境伯様でも、まだ何も手配はしていまい。
「ワシの領地……は、流石にあからさま過ぎるだろうな。何よりも王都から近すぎる」
「正面切って戦う覚悟があるなら、止めはしないよ」
正直、馬で七日程度の距離の場所に逃げたくはない。
暫くは隠しおおせるかも知れないが、いずれは誤魔化しきれなくなるだろう。
敵との距離が遠ければ、優先順位の問題で後回しにしてくれるかもしれないが、近いとなると予測が難しくなる。
「――と、すると北部方面に当てがある」
「どのくらいの距離だ?」
「夏場であれば、馬を使って十五日ほどだ」
「冬であれば?」
今は収穫期が終わり、そろそろ冬になろうかという時期になる。
「そもそも移動することを躊躇する。北部の冬は厳しいのでな」
なるほど、それは実に都合が良い。
確実な防波堤にはならないが、優先順位が下がる可能性は高くなる。
それに、もう一つ……北部と聞いて思い浮かぶものがある。
「爺さん、一つ確認なんだが、その当てってのは国境に近いか?」
「うむ……海沿いの領地だ。海峡の防人たる武人揃いよ」
つまりは、爺さんのご同類が多い地域なのかもしれない。
「確か海峡を挟んで、北方諸国群とかいうのが在るんだよな?」
「あぁ、その通りだ」
「ドワーフの国があると聞いたんだが、国交はあるか? というか交易の方が問題なんだが」
「大規模なものは無い、精々が現地でのほそぼそとした流通程度の認識だ……が、何が言いたい?」
「いやいや、気にしないでくれ。それだけ分かれば、十二分だ」
既に国が割れるのは、最早規定路線と言える現状。このまま乗り続けて良いものかと悩みどころだが、どうやらまだこの船が泥船と決まった訳でも無いらしい。
「ふむ……悪巧みか?」
「損はさせないさ、安心してくれ」
強行手段さえ用意できれば、まだどうにか出来る可能性はある。
それに、国外に近いところに逃げた方が、色々と選択肢も拡がる。
北方の諸国とどうにかパイプを作りつつ、情勢を様子見しよう。
「爺さん、その方向で手配を進めて貰えるか?」
「分かった……が、幾ら早馬を飛ばしたところで、返答を待っていては間に合うまい」
電話も無い異世界では、当然のことだ。
尊き科学技術様が恋しい。
「――故に、連絡は入れる。最大限考慮するように、使えるものは全て使って依頼もしよう。だが、最終的には現地での直接交渉が必要となる……言いたいことは分かるな?」
爺様は、俺……というよりは、全員――特にアルトとカミーラに強い視線を向ける。
どうにかしろ、と言うことだろう。
「爺さんが一緒に……は、無理か」
「当然だ。この状況となったからには、ワシは領地へ戻る必要がある。何より、ワシと共にでは目立ち過ぎる」
仮に、我らが勢力の本拠地である辺境領が落ちればどうなるか、考えるまでも無い。
どう考えてもそちらを守る人員は必要だ。
「分かりました、お爺様。そちらはどうにか致しますので、手配をお願いいたします」
アルトの返答に、爺様は大仰そうに頷きを返す。
「しかと承った。各種手配や準備を進めよう」
よし、これで逃避行の目処は立った。
「あとは……実際の救出が問題だな。そもそもどう侵入するか、だな」
「有りがちな話だけど……王族専用の脱出路から侵入、とか?」
都合良くそんな代物を知る人物が居れば、苦労はしない。
流石にそれは無理があるだろう、とロックにツッコミを入れようと口を開きかけるが、続くアルトの言葉に口を閉じる機会すら見失ってしまう。
「そうね……その方針で実行しましょう」
ご都合主義万歳だ。
「――知っているのか?」
思わず、○電と口走りそうになるが、どうせ通じないので自重した。
「封鎖されていなければ、だけどね」
流石は王族分家筋。
最大の課題を一刀両断してくれた。
「王都外への緊急脱出路は流石に知らないけれど、第三層への地下通路なら聞いているわ」
「何でそんなもん知ってるんだ?」
「姫様に聞いたのよ。姫様の別宅地下に、そういうものが有るって」
確度は高そうだが……確実では無さそうだ。
最悪の場合は、城壁をよじ登っての侵入も考慮しなければならないだろう。
どちらにせよ、空挺降下よりはマシだと、心の底から信じたい。




