17.ローグとアサシン(後編)
「爺さん! 入るぞ!」
ノックもそこそこに、部屋のドアを開け放つ。
すると、そこには――
「なんだ、小僧。時間を考えんか」
――上半身裸でポージングを決めている筋肉達磨が立っていた。
「いや……何だ、アンタの緊急事態とか想像もしてなかったけど……深夜に何してんだよ……」
「勝手に入ってきたのは、お主だろう。何だその言い草は」
「そりゃ、確かにそうだな。悪かった」
「ふん……まぁ、良い。それで? 何用だ」
ポーズを変えつつ、疑問の表情を浮かべる爺さん。
――ナイスバルク。
等と、ふざけている場合ではない。
「爺さん、これから来客の予定とか無いよな?」
「こんな夜更けにか? 有る訳がなかろう」
「なら良い……いや、良くないか」
「ふむ……とりあえず、落ち着け。状況を報告せよ」
「あ、ああ……」
衝撃の光景に、少し混乱したらしい。
これだから、こっちに来るのは嫌だったんだ。
そんな愚痴を飲み込みつつ、深呼吸で気分を落ち着ける。
「爺さん、敷地内に侵入者だ。目的は不明だが、楽しい話にはならないと思う」
「ほぉ……このクレイ家に押し入ろうとは、大した度胸だ」
好戦的な目つきの爺さんは、脱ぎ捨てていた服を着ながら、物騒なことを口にする。
「ワシに勝とうなぞ、無謀な目論見であると教えてやらねばな」
「待て待て、何やる気になってるんだよ」
道場破りか何かと勘違いしているんじゃないのか?
「暗殺者とかだったら、どう……」
自分で口にした暗殺という単語に、妙な引っかかりを覚え、言葉が途切れた。
丁度まさに暗殺を企図していた身としては、あまりにもタイミングが良すぎる。
「――どうした? 小僧」
この国の現状は、日和見主義の自分がそうしようと考えるくらいの状況だ。
誰かが手っ取り早い方法として、同じようなことを思い付いても、おかしくは無いだろう。
そして、その手段まで似たようなものを考えたとしたら?
つまるところ――異世界人たる『プレイヤー』の有効活用を。
「『看破』」
咄嗟に、感知系のスキルを使用する。
相手は少なくとも敷地内に侵入する必要があった。
ならば、狙撃では無い方法を用いるはずだ。
ともすれば――
「――爺さん! 伏せろ!」
「むっ!?」
爺さんの背後、窓際近くに不可視化した人影が立っていた。
即座に弓を構え、何かを考えるより早く撃ち放つ。
「――うわっ!」
爺さんへの警告で察したのだろう、危うげながらも矢を回避された。
「ちッ――爺さん、逃げろ! こっちだ!」
「分かっておる!」
転がるように逃げる爺さんを援護するため、二の矢を放つ。
だが、暗殺者と思しき人影は、手にした短剣でその矢を撃ち落とし、あまつさえ即座に短剣を投げ放ってきた。
「――ッ」
思わぬ反撃に回避が遅れ、刃が頬をかすめる。
だが、顔に感じる熱さを極力無視し、次の矢を番える。
「動くな! 狙ってるぞ!」
咄嗟の攻撃を難なく対処し、反撃すらしてくる相手だが、幸い武器は手放してくれた。
他に手持ちの武器はあるのだろうが、少なくとも抜くまでの時間分は有利となる。
「『不可視化』を解け!」
「…………」
やや無言の間があったが、半透明に見えていた人影が、はっきりとした輪郭をとる。
「――これで良い? 弓のお兄さん」
「あぁ……そのまま両手を上げろ」
「はいはい……」
面倒そうな態度で指示に従う暗殺者。
その正体は、少年とも少女とも判別のつかない顔立ちの人物だった。
小柄で細身な体躯と、生まれて初めて目にする緑色のショートカットが、余計性別を分かり辛くしている。
「一応確認だが……『プレイヤー』か?」
「それ以外に見えるかな? そう言うお兄さんもそうでしょう?」
「それは……まぁ、そうだな」
誤魔化す材料が無いのが口惜しい。
ダークエルフと緑色の髪、どちらが珍妙だろう。
「それで、そっちのお爺さんが、エルダー・クレイさんで合ってるのかな?」
「如何にも! ワシが、クレイ家当主! エルダー・クレイである!」
筋骨隆々の爺さん、緑髪の性別不明な『プレイヤー』、そしてダークエルフ。
夜襲の現場だというのに、あまりにも不可思議な光景に滑稽さすらある。
自分もその一員に含まれると考えれば、頭痛を覚えそうだ。
「――それで? 童よ。お主は何者だ」
「んー、『プレイヤー』だけど?」
「そのような意図ではない。誰に雇われた何者だ、と聞いておる」
そんなことを口にする訳がないだろう、と心の中で突っ込んでいると、爺さんがチラリとこちらに視線を送ってくる。
……何だ?
「言うと思う?」
分かりきっていた回答が返ってくる。
しかし、再びのアイコンタクト。
「お主、状況は分かっているのか? これは質問ではない。脅迫だぞ?」
「やだなぁ、怖いよ」
これは、もしかすると……時間稼ぎのつもりか?
時間が経てば、ロックなりが救援に訪れると判断したか。
そういえば、侵入者が二人だとは伝えていなかった……。
だが、偶然にもあながち間違った判断でも無い。
増援は十分に期待できる。
それに現状の戦力で捕縛するより、増援後の方が楽であるとも理解した。
俺は黙って頷く。
「もう一度聞くぞ、童。誰に雇われた?」
「んー、『プレイヤー』の護衛が居るのは想定外だったけど……」
少年? の言葉に疑問を抱く。
アルト達に着いて回っていたのに、護衛の情報が入ってないのか?
「――けど、まだそんな質問ができる状況じゃないんじゃないかな?」
性別不詳の暗殺者は、自信たっぷりに笑う。
この状況であの表情。
何か考えがあってのことだろう。
恐らくだが、俺達と同じ類の考えが。
「そこのお兄さんより、もしかしたらボクの方が強いかもよ?」
奴もまた、護衛が俺以外に居ることを知らない可能性が高い。
「ほぉ……大した自信よな」
しかし、唐突に爺さんが怒気を露わにし、暗殺者がたじろぐ。
「ワシを前に、本当に、大した自信だ。ワシより小僧か……」
遠まわしに戦力外扱いされたのが、どうにもご不満らしい。
「え!? そこに怒るの?」
気持ちはよく分かる、と思わず同意したくなった。
「爺さん……落ち着いてくれ」
「落ち着けだと? ワシは冷静だ、落ち着いておる」
「そうか、それなら良いんだ」
「ふん……」
鼻息荒く腕を組む爺様。
納得していないのが見え見えだった。
クレイ家は猪武者だと聞き及んではいたが、思っていた以上だな。
嘆息しつつ意識を暗殺者に戻す。
「んで……爺さんの言葉じゃないが、この状況でどうする気だ? 大人しく投降した方が身のためだぞ」
「さぁ? それはどうだろうね?」
確かにこれは、大した自信に見える。
まぁ、増援があると踏んでいるのだから当然だろう。
そして、その自信を裏付けるように、廊下の方から慌ててた様子で駆ける音が聞こえてきた。
一瞬、ロック達か? と油断しかけたが、残念なことに足音は一つだけ。
いや、正確にはその少し後方から、幾つかの足音が聞こえる。
「おい……マジかよ」
完全な想定外に、思わず素の感情を口走ってしまう。
まさか、取り逃がしたのか?
ハルとロックを相手に逃げおおせるとは、相当なやり手だぞ。
「爺さん……悪いが家具とかは諦めてくれ。あと、請求もしないでくれよ」
このまま自由にすると挟撃を受ける。
理想は生け捕りだが、欲張るのはやめておこう。
もう時間が無い。
「ふむ……承知した。好きにやれい」
その言葉をきっかけに暗殺者が動き出すが、既に構えていた俺の方が早い。
「『爆散射撃』」
原理不明な力により、一本しか無いはずの矢が散弾のようにばら撒かれる。
こいつは射程十メートルほどで、ダメージも低いスキルだが、室内戦では猛威を奮う。
その威力故ではなく、矢が爆発して視界を奪う効果によって。
「――ッ!?」
だが、効果は数秒。
その貴重な時間に次の矢を番え、そのまま振り返る。
「爺さん! 扉から離れろ!」
扉が開け放たれる瞬間。
人影が部屋に押し入る寸前。
ろくに狙いもつけずに、牽制の矢を放つ。
「うわっ! 危な!」
「ちッ!」
矢は扉を盛大に粉砕したが、乱入者には直撃してくれなかった。
だが、一瞬の隙は生まれる。
それだけで、彼には十分だったのだろう。
間隙を縫うように、砕け散っていく扉に突っ込むように、爺さん――エルダー・クレイが前に躍り出る。
「ふん――!」
そして、拳骨である。
矮躯な乱入者の身体が、一発で吹き飛んだ。
「ぐぅッ――!」
「……流石は『プレイヤー』よ。然程効かぬか」
壁に叩きつけられ、しかし両足で着地した少年? を確認し、爺様は不満気に漏らす。
「――嘘でしょ、こっちにも化物が居るなんて聞いてないよ」
唖然とした様子で、爺様を見つめる性別不詳そのニ。
いきなり筋肉達磨に殴り飛ばされれば、誰でもそんな表情になるだろう。
というか、こいつ今、こっちにもって言ったよな?
「ジュウゾー! こっちは失敗した! 手伝ってくれ!」
視界不良から回復した暗殺者が、今しがた殴り飛ばされた乱入者に叫ぶ。
「クロウ兄! こっちも駄目だよ! あんな化物が居るなんてサリヴァンさんから聞いてないよ!」
「――誰が、化物?」
「うわっ! 来た!」
ハルを先頭に、女性陣とロックが姿を現した瞬間、ジュウゾーと呼ばれた乱入者は、脱兎の如くもう一人の方に逃げ出した。
「お祖父様! ご無事ですか!」
「当然じゃ。この程度は茶飯事よ」
横目で全員の無事を確認し、安堵した。
誰一人、欠けてはいないようだ。
「――さて、どうする?」
あらためて暗殺者達に向き直る。
こうして横に並べると一目瞭然だが、全く同じ顔が二つ並んでいた。
違いがあるとすると、ジュウゾーと呼ばれた方は髪が青いくらいか。
「目的は失敗なんじゃないか?」
双子と思しき少年達に、遠回しに退くよう促す。
正味の話、これ以上の戦闘は避けたい。
人数比では有利なのだが、護衛対象が多すぎて事故が怖かった。
「くッ……ボク達はまだ負けて――」
「……殺す?」
ハルが一歩を踏み、鎧が金属音を奏でる。
「――ッ」
その音を聞くだけで、青髪の少年が表情を強張らせる。
「ハル、ステイ」
「……むぅ」
頼むから、双方とも暴走しないで頂きたい。
こちらとしては、先ほどジュウゾー君が口走った『サリヴァンさん』なる単語で十分なのだ。
暗殺任務と思しき作戦行動中に、依頼者らしき人名を果たして口にするだろうか? という疑問はさておき、情報は情報。
どういう方向に事態が動いているのかは分からないが、取り急ぎ現在は身の安全を確保したい。
精査は後回しだ。
「……ジュウゾー、撤収しよう」
「クロウ兄……」
ジュウゾー君が安堵した表情を浮かべる。
恐らく俺の顔面も、似たようなものになっているだろう。
「追いはしないから、とっとと消えてくれ」
「――感謝は、しないからな」
追い払うように手を振り、答えとする。
互いに無言のまま一瞬だけ見つめ合い、そして目を逸らされる。
「……」
そしてそのまま、双子は窓から闇夜に消えていった。
「――行った……か?」
一応念のため、暫くの間奇襲を警戒してみたが、杞憂に終わったようだ。
「ふぅ……」
ほっと一息吐く。
見渡せば、全員が似たような表情を浮かべていた。
「――ロック。悪いんだが、回復魔法くれ」
安堵し弛緩せいだろう。
顔の傷が、急激に痛んできた。
「了解――っと、その前にクレイ卿の方が先ですね」
ロックの言葉に、爺様を見てみれば、その腕には木片が突き刺さっている。
「おいおい、爺さん大丈夫か? あまり無茶しないでくれよ」
「ふん……こんなものは、かすり傷よ」
舐めておけば治るわい、という言葉に、確かにそうだろうなと頷きかけるが、そういう問題ではない。
自分から突っ込んでいったとはいえ、俺が破壊した扉の破片と思しき物体で怪我をしていることに、問題があるのだ。
責任問題にされては敵わない。
「とりあえず、木片を抜いてから回復魔法をかけますね」
手慣れた様子でロックは処置を行う。
「『回復魔法』」
「ほぉ……これが、魔法か」
傷口を中心に白い光を放つ不思議現象に、爺様は興味津々といった表情を見せた。
「あれ……? おかしいな……」
しかし反面、ロックが珍しく慌てた様子を見せる。
「どうした?」
「いや……何でだろう? 効かない……? いや、効きが悪いのかな?」
ゲーム内の設定では、回復魔法は使用した時間に応じて少しずつ治癒していく。
確かに大ダメージであれば、十数秒ほどかかる場合もある。
だが、ぱっと見た限り、爺様の怪我くらいであれば、ニ秒程度で治るように思えた。
「――良かった。治った」
ロックが安堵の表情を浮かべたのは、結局一分ほどが経過してからだった。
「次はアイン、君だね」
「おう、頼む。しかし、こんなところでゲーム内との違いを発見するとは思わなかったな」
「全くだね、少し厄介な話になるかもしれない」
まさか、回復魔法の効きが弱くなっているとは。
これは緊急時に回復魔法を当てにし過ぎると、痛い目にあうかもしれない。
心のメモに注意事項を刻もうとした時、
「『回復魔法』――って、あれ?」
――俺の傷は一瞬で癒えた。
「……何でだ?」
「さぁ……どういうことだろう?」
すぐに思い付くのは『プレイヤー』か否か。
だが、その違いが分からない。
それを知るためには、回復魔法がどういう原理で、何に作用しているか。
そして、俺達異世界の住人と、こちらの人間の違いを調べる必要がありそうだ。
「今考えても、結論は出ないな」
確かに課題ではあるが、優先順位は高くない。
時間がある時に検証しよう。
「それより、他に怪我人は居るか?」
全員を見渡し、問題が無いことを確認する。
「とりあえず……後始末やら、情報の整理が必要だな」
窓の外を見れば、まだ深夜のままらしく、真っ暗闇に月が浮かんでいる。
異世界でも月は一つなんだな、そういえば家令やら侍女の皆は大丈夫かな、と思考が現実から逃げ出しそうになる。
「今夜は長くなりそうだ……」
ため息と共に宣言した通り、そのまま会議へと突入し、大いに長い夜となった。
だが、その翌朝入った報告によって、議事内容も、今後の行動計画も、疲れすらも全てが吹き飛ぶ。
――王城占拠。
そして、第一王子――フリードリッヒ・アイゼン=フリートによる、王位継承宣言が行われた。




