1.逃走中
「——ッ、ぜぇ、ぜぇ……!」
日の光が木々で遮られる薄暗い森の中を、ひたすらに走り抜ける。
くぐもった呼吸音が聞こえるたび、湿った土と緑の匂いが、酸素と共に荒々しく肺腑へと流し込まれた。
現在地は自分でも良く分かっていない。
状況が状況であれば、本来は森林浴を楽しめる場所に居るのかもしれない。
だが、今は森の香りや周囲の風景を楽しめるシチュエーションでは無かった。
見ず知らずの女性達を連れての全力疾走。
しかも、現代日本では決してお目にかかれないであろう扮装の女騎士達と、少女を連れての逃避行。
まるで悪い夢から逃げ回っている気分だ。
俺達は一体、どれくらいの時間を逃げ回っているのだろうか。
「「はぁっ、ハァっ」」
一時間程度か? それとも五分程だったか?
追っ手を撒くことに必死だったので、よく覚えていない。
実際問題、逃げ切れるのであれば、一分でも二十四時間でも構わなかった。
逆に言えば、目的を果たしていないのなら、幾らでも逃げまわる必要がある。
「……ッ……待ってくれ……」
とは言え、人間の体力は無尽蔵ではない。
自分のそれはともかくとしても、連れたって走り回る女性陣はそろそろ限界に見えた。
「……これだけ、逃げれば……流石に大丈夫か?」
走る速度を緩め、後ろを振り返りながら、そんな言葉を口にしてしまう。
「——っ、ぜぇっゼェ……それは、大丈夫じゃ、ない、フラグだよ」
一団の中で唯一見知った顔の男が、息も絶え絶えながら合いの手を入れてくれる。
その甲斐があってなのかは知らないが、俺達を追う者の姿は見当たらなかった。
「……映画なんかじゃ、真っ先に殺される奴の台詞だったな」
「ハァ、はぁ……出来れば、巻き込まないで、欲しい、ところだよ……」
「一人で、死ねってか。寂しいこと言うなよ」
荒い息を吐きながらも、友人は肩をすくめる。
知った顔の慣れ親しんだ癖に、思わず安堵した。
訳も分からず見知らぬ土地に放り出された挙げ句、いきなり見ず知らずの人間と逃げ回る羽目になった今だからこそ、その喜びはひとしおだろう。
それは無論、連れ立って逃げまわった仲である彼女達も同意見なはずだ。
「さて、追っ手を巻いたところで——」
今日この日まで、見ず知らずだった女騎士二人に視線を送る。
今、この瞬間からはそうではなくなるのだ。
「——まずは、自己紹介から始めようじゃないか」
知らない者を知り、知らないことを知ることから始めることにしよう。
何事も分からないことは、一つずつ確認が重要だ。
そう……まずは、事の発端を説明しよう。あれは遡ること数時間前になる——