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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
第一章 異世界見聞録
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16.ローグとアサシン(前編)


 深夜。


 宛てがわれた客室の寝具の上で、一人物思いにふける。


「何だい? 珍しく真面目な顔をして」


 いや、正確にはこの場には二人居るので、二人物思いにふける、が正しいのだろうか。


 今の今まで会話は特に無かったが、考えをまとめるのに意見交換も悪くは無い。


「流石に早まったかなと思ってな……」


 故に、誰の顔が常日頃から不真面目だ、等と言いはしない。

 ロックの戯言に付き合うと、無駄に脱線しそうな予感がするのだ。


 俺の考えを察したロックは、肩をすくめる動作で了解を示す。


「少々無計画が過ぎる提案ではあるだろうね。実行するだけなら、別にどうとでもなるけど」

「そうだな……殺るだけなら、確かに楽なもんだ」


 直接的な解決は容易ながら、実施できない問題は現状にある。


 一旦、現状を整理し直してみよう。



 俺達――仮に王女派とでも称する勢力は、全体の一割程度の弱小勢力だ。

 その勝利条件は、来たる王位争奪戦において、国が二分されるほどの致命的な激突の回避。


 話し合い等で争奪戦そのものを鎮火できればベストだが、各陣営の既得権益やらのお蔭で、残念ながらその目はほぼ無い状況にある。


 ともすれば、自ら勢力争いに参加し国を割らずに王位を獲る、といった手段が最も正攻法と言える。

 つまるところ、俺達に求められるのは快勝だ。


 だが無論、一割程度の戦力しか無い弱小勢力が、それぞれ四割、五割を味方に持つ敵対勢力に勝つ――はおろか、正攻法で覇権争いを挑める状況ですらない。

 それはどう表現しても、自殺の類義語とでも呼ぶべき行為になるだろう。


 そんな状況でも敵対勢力への寝返り工作等は行えるだろうが、誰も好きこのんで見込みが無い陣営には加わらないとも予見できる。


 事実、王女陣営の一割という数も殆どが辺境伯であるクレイ家筋であり、その他極小数は争いに関与したくない者か、第一、第二王子のどちらかの陣営に本家筋が所属している分家あたり――つまり、保険程度の家だ。


 誰も真っ当に闘おう等と思っていないことは、火を見るまでもなく明らかだろう。


 こうなると、もはや消去法だ。

 王女が王位を獲る手段は、自身より上位の継承権保持者の物理的退場しか残されていない。


 つまり――暗殺だ。


 考えれば考えるほど、無理のある状況と表現できるだろう。

 出だしから詰んでいる、と言い換えても良い。


 とはいえ、悲観するほどの状況でもない。


「殺るだけなら、俺が長距離から狙撃でもすれば、一発だろうな」

「射程はどうなんだい? バレずに実行できることは必須条件だよ」

「村が野盗共に襲われた時に、多少なりとも戦闘証明(コンバットプルーフ)済みだ。実際には五百くらいでしか試してないが、設定通りなら有効射程でその倍はイケる……と思う」


 最大射程は、更にその倍に及ぶ。

 ちょっとした対物ライフル並だ。


「それだけ距離があれば、目撃者を出さずに暗殺は可能だね……」

「とは言っても、あからさま過ぎて疑いは晴れないだろうな」


 可否で言えば、間違いなく可だ。

 だが、問題はその後にやってくる。


 王女派が敵対者を暗殺したのだろうと、誰もが噂するだろう。

 そうなれば、どうなる? 言わずとも結論は見えていた。


「暗殺成功を見越した事前工作が必要になる、か」


 ロックの言葉に頷きで応じる。


「だが、その工作段階で疑いをもたれかねない。相当に上手くやる必要があるぞ」


 そして、この国の枢要に居ない俺達では、それを直接は行えない。

 肝心なところを人に握られている状態な訳だ。


 とはいえ、ソコを失敗すると現勢力の残党がそのまま暴走し、結局国が割れる事態にすらなり得る。


 どうにかして、王位継承に際する諸々の手続きを正当化し、周囲を納得させなければならない。


「いざともなれば、僕達を犯人として吊るすのが目に見えるね」

「まぁ……アルト達はともかくとしても、爺さんは確実にやるだろうな」


 何故なら、その立場に居れば俺も採用しかねない手段なのだ。

 根本的な嫌疑を晴らすことにはならないが、世間様の目をそらすには、真犯人の首が幾つか有れば十分だろう。


 だが、簡単な解決方法を阻むようで実に心苦しいが、残念ながら俺達はまだ自分の首とお別れをしたくないのだ。


「となると、暗殺と悟られない方法で退場頂く必要があるね」

「もしくは事前に犯人を用意しておくか、だな」


 一番簡単に思いつくのは、第一王子派と第二王子派に軽くぶつかって貰い、戦場のどさくさで戦死頂く方法だろうか。


 これならば、他殺とはいえ事故死のようなものであり、犯人もどうとでも出来そうだ。


 但し、旗頭を失った武装集団がどうなるか、軽い激突なんて起こせるのか。

 幾つかの大きな問題が不確定要素になることがネックだろう。



「――しかし、見ず知らずの人間に殺意を抱かないといけないとは……世知辛いもんだな」

「アイン……君は、わざわざ殺意なんて抱いているのかい?」


 ロックが不思議そうに首を傾げる。


 まぁ、確かにそんな表情にもなるだろうか。


「何て言えば良いんだろうな? 礼儀として、一応な? 事務的な殺意とでも言うのかね?」


 殺すと意識したからには、誠意を以って対峙せざるを得ない。

 それが顔も知らぬ相手とは言え――顔も知らないからこそか――礼儀として、殺意くらいは抱いておきたい。


 まぁ、自分でもよく分からないと思う個人的な感傷だ。


 ロックの顔にも、理解不能と書いてある。


「まぁ、気にしないでくれ。キラーマシーンに、まだなってないってだけだ」

「随分と疲れそうな生き方だね」


 苦笑と共にロックが肩をすくめる。

 その、いつもの仕草は、一体なにを意味するのだろう。


 呆れだろうか。

 同情だろうか。


 それとも、戦場に置いてきた過去の自分との対面、なのだろうか。


「壊れるよりは、マシだろうさ」

「……否定はしないよ」


 悲しげな表情を浮かべるロックに、何と声をかけたものかと悩む。


 しかし、いつものことと言うべきか、悩んでいる暇を失ってしまった。


「――どうしたんだい? と、聞くまでも無さそうだね、その表情は」


 俺は、今どんな表情を浮かべているのだろうか。

 安堵の顔でなければ良いのだが。


「お客さんかい?」

「あぁ、二人かな?」


 敷地内に設置していた侵入者検知用の罠に反応がある。


 こんな夜分――時計が無いので正確な時間は不明だが――に、裏手からの訪問だ。

 十中八九、ろくな手合いでは無いだろう。


「奇襲を察知できるのは、本当に便利だね」

「まさか、こんなことに役立つとは思ってもいなかったけどな」


 二人揃って肩をすくめてみせる。


「さて……それじゃあ、僕はご婦人方のところに向かうよ」

「そうだな、俺もそうしたいけど……筋肉爺さんのほうに行くか」


 アルトとカミーラの部屋の隣は、ハルに宛てがわれた部屋がある。

 彼女さえ居れば、戦力的には問題ないだろう。


 だが、誰かしら彼女を制御する人間が必要になるとも想定できる。

 つまり、爺さんの方に向かえるのは必然的に一人だけだ。


 そして、相手との相性次第ではあっさりと負け得るメイジを一人送り出すよりは、まだ俺が向かう方がマシだ。


 非常に納得のいかない話ではある。

 しかし、残念ながら仕事なのだ。合理的にいかねばならない。


「客がバラけたなら、基本はそれぞれで対応だ。対応完了後、可能なら合流してくれ。戦力的にはそちらの方が先に片付くはずだしな」

「了解。それまでは生き延びてくれよ」

「分かってる。客が二人ともこちらに来たら、速攻で助けにきてくれ」


 俺の嘆願に、ロックは苦笑で応じる。


「了解――それじゃあ、状況を開始しようか」

「……おう!」





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