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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
第一章 異世界見聞録
16/26

13.交渉人



 ――私、アルトリューゼ・フリューリンク・バーン=フリートは、幾つかの呼び名を持っている。


 曰く、忌まわしい『プレイヤー』の落とし子。

 曰く、御三家で唯一滅んだバーン=フリート公爵家の娘。

 曰く、公爵家を潰した忌み子。

 曰く、不幸を呼ぶ悪魔。


 曰く、半人。


 曰く、ナリソコナイ。


 曰く、人モドキ。


 ――――曰く……親殺し。


 無論、全ては根拠のない誹謗中傷の類だと、今ならば分かっている。

 私が、愛する父様と母様を殺した訳ではない。

 全て戦争のせいだったと言える。


 だが、当時十歳になってもいない私には、理解できていなかった。

 向けられる全ての悪意が、剥き出しの凶器だった。


 故に、当時の私は、傷つき、壊れかけていた。


 それを救ってくれたのが、


『ふん……まさかこのワシが、バーン=フリートに助力するだけでは飽きたらず、その小娘まで救う気になるとはな』


 不器用で、少しおっかなくて、少しだけ優しい、巌のような老人だった。


 彼がただのお人好しではないことは、今は分かっている。

 公爵家の生き残りである私を救い、囲うことに意味を見出したのだろう。


 だが、それでも、私は、確かに救われた。



『アナタがバーン=フリート家の……失礼、私はカミーラ・クレイと申します』 


 老人は、お人好しでは無かったが、唯の善人ではあった。

 私と同じ境遇の孫に、同じ境遇の友達を見付けたかったのかもしれない。


『アナタと同じく、私の母も『プレイヤー』です。半人仲間ですね』


 父も母も死にましたが、と自嘲気に笑う彼女は、私の一つ年上だと言う――やはり当時は十歳かそこらへん。

 少し異常なほどに達観していた。


 当時の老人は、その境遇故に感情が希薄になった孫娘を、どうにかしたかったのだろう。


『お主らは、今日より姉妹だ。泣き、喚き、遊び、笑え。ワシが許す』


 なんて傲慢な老人だろうか。

 だが、不思議なことに不快さは感じなかった。


 ただただ率直なのだ。貴族とは思えないほどに。



『はじめまして。私はエレオノーラ・エルモント・アイゼン=フリート』


 老人は、私にかけがえの無い者を三人も与えてくれた。


 それは、老人本人。

 それは、老人の孫娘。


 そして、この国の王女様。


『――初めて会った気がしないわ。ねぇ、貴女達もでしょう? これは直感なのだけど、私達仲良くできる気がするわ』


 私は、彼らに報いたい。


 父様と母様が成し遂げられなかったことを、成し遂げたい。


 だから、何でもすると誓った。




『——まずは、自己紹介から始めようじゃないか』


 どことなく父様に似た雰囲気を持つ、彼を利用したとしても。


 飄々としていて、そのくせ、いつも不安げに見える彼を、戦場へ駆り立てることになろうとも。






----






「お代……と、きたか――」


 咄嗟に、昔何かで見た殺し屋の台詞を口走った俺を、少し驚いた表情で見つめる爺様。


「あぁ、戦力が必要なんだろう? それは初めから分かってる。だから、代わりに何を寄越すか聞きたい。あとはアンタらの目的と、俺達に何をさせたい――誰とぶつけたいかだな」


「なるほど、何も知らない『プレイヤー』の割には、中々に大胆だ。もう少し慌てるものかと思っていたぞ」


 可愛い孫が疑うだけはある、と爺様は笑い飛ばす。


「小僧、逆に聞くが、何が欲しい?」

「大まかには、社会的な保障と、情報――そうだな、特に『プレイヤー』関連と、その帰還に関係しそう情報が欲しいな」

「ふん……つまらん望みだな。大胆なのか小胆なのか、分からん」

「基本的に小胆だよ、俺は」


 臆病者で卑怯な方が、戦場では生き残れるから都合が良いのだ。

 逃げることには定評があるぞ、俺は。


「つまらん男は好かん……が、まぁ良い。話してやると良い」


 爺様はアルトに視線を向ける。


「――ええ、そのつもりです」


 何が理由かは分からないが、どうにも彼女に説明をさせたいように見受けられる。


「まずは、状況から説明するわ――」




 話の出だしに関しては、以前簡単に聞いた内容と重複していた。


 貴族間の派閥争いが激化しており、王国内の治安が悪化。それに伴う王家の求心力低下。

 更には国王が余命幾ばくという状況となり、王位継承権問題が勃発している。


 大まかにはそんな内容だ。


「ここで一番重要になるのは、王位を争っている勢力よ」


 だろうな、と素直に頷く。


「主な勢力は二つ――いえ、私達を入れると一応は三つね」

「――つまり、主だった勢力には属していない、と?」

「残念ながら、そういうことになるわ」


 まぁ、概ね予想通りではある。

 主勢力の一つであるのなら、わざわざ敵勢力と思しき『プレイヤー』を引き抜こうなどと、リスキーな行動は起こさない。


「主勢力は、王のご子息二人を旗頭に仰ぐ勢力。第一王子派と第二王子派と呼ばれているわ」


 分かりやすい構図ではある。

 が、疑問が一つ頭をよぎる。


「何で素直に、第一王子に譲位されないんだ?」

「前にも話したと思うけど、この国は貴族の権力が強いの。時には王家にすら影響を与えるほどに」

「なるほど、第二王子にべットした連中が居るせいで、賭けが成立しているのか」

「そういうことね。たちが悪いことに、この国でも有数の大貴族が第二王子派よ」

「オッズは?」

「全体の五十パーセントが第一王子派、四十パーセントが第二王子派といったところね」

「おいおい……マジかよ」


 主勢力がそこそこに拮抗していることに驚いた訳じゃない。

 そこが圧倒的大差であれば、そもそも争いは起きていないだろう。


 それよりも大問題なのは、


「アンタら、十パーセントでどう戦うつもりだよ」


 最早、第三勢力と呼ぶことすら烏滸がましいレベルの弱小っぷりだ。


 思わず救いを求めるように、この勢力の実力者であろう爺様に視線を向ける。


「……戦えば負ける。故に戦わずに済ませる」

「その方策がお有りなので?」


 慇懃な俺の言葉に対し、大仰そうに首を振る爺様。


「戦わずに勝つ、という意味ならば無いな」


 断言かよ。


「そもそもの話、我々は王位そのものを狙ってはおらん。いや、最終的には狙わざるを得ないかもしれんがな」

「どういうことだ……?」


 俺の疑問に、またもやアルトに視線を向けることで答える爺様。


「私達が憂慮しているのは、国が二分されること――より正確には、その影響を受ける民の安全ね」


 つまるところ、国が割れなければどちらが勝っても良い。


 そもそも戦う必要がない訳だ。


「直接の武力衝突以外――もしくは小競り合い程度で、どうにか話が収まるなら、それで構わないわ」

「そんなに楽観視できる状況なのか?」


 今までの話の印象からすると、とてもそうは思えないが。


「正直、かなり厳しい状況ね……大貴族が第二王子派についたことで、第一王子が国外の援助を受けるという噂まで聞こえてきているわ」

第一王子(あのバカ者)は、後先なんぞ考えない脳筋だからのぉ」


 脳筋って……。


 筋骨隆々な爺様に言われたら、終わりな気もする。


「第一王子派の動きに呼応して、第二王子派の動きも活発になってくる、と考えるのが自然でしょうね」

「まぁ、確かにそうなり得るだろうな」


 正しく負の連鎖だ。

 互いに緊張を高め合い続けることだろう。


「それで? 武力衝突まで見えてきている状況で、どうする気なんだ?」


 戦っては勝てないし、戦わずには済まない。

 となれば、残された選択肢は多くはない。


「――短期的には、暗殺しかないと考えているわ」

「穏やかじゃない話だな……」

「勿論、ギリギリまでは説得を続けるつもりよ。誰も血塗れの玉座は望んでいないもの」

「もしも致命的な衝突をしそうなら――?」

「民のためにも、この手を汚すことを厭わないわ」


 この世界でどうかは知らないが、人類史において、実に馴染み深い手法だろう。


 問題は、失敗する可能性が十二分に有るうえ、よしんば成功しても、その後苦労する可能性が高いことだろうか。


「ちなみに、どちらを?」

「私達の理想とするところは……両方、よ」

「まぁ、そりゃそうか」


 何故なら、彼女らは『第三』の勢力なのだ。


 つまることろ、王子二人とは別に仰ぐ旗頭が居る。


「ところでなんだが、俺は誰をボスと仰ぐべきなんだ?」


 アンタか? と爺様を見る。


 この御年で尚、うら若い娘まで利用して、権力の座を狙うというのであれば、その精力は大したものだと尊敬する。


 だとすれば、むしろ真っ先に事故に遭って頂くべきだろう。


「ワシは、もうくだらない争いには辟易しとる。こうしてここに居るのも、そうせざるを得ないが故だ」


 余計な勘繰りをするなと睨まれた。


「そいつは、失礼を」


 目礼を以って、非礼を詫びる。


「――んじゃ、アルトか?」

「いいえ、違うわ」


 となると、この場に居ない人物か。


「私達は、この国の王女様こそが、最も王位に相応しいと思っている」

「その理由を聞いても?」

「第一王子は脳き……短絡的過ぎて、この国を潰しかねない」


 確かに、内戦に他国の手を借りた国の行く末など、それこそ現代史を見るまでも無く明らかだろう。


「第二王子は……第一王子よりはマシね。ただ、きっと民のことなど考えず、貴族のための政治しかしないわ」

「裏に居る大貴族様の傀儡になる、と?」

「いいえ、そうはならないと思う」

「なら、何故に?」

「そもそも貴族以外を人間だと思っていないのよ……それでも、国が何とか潰れない分、第一王子よりはマシね」


 ろくでも無い兄弟だな。


「それで、その王女様はどちらとも違う、と?」

「ええ、勿論。彼女は民を愛し、民に愛されているわ」

「だからと言って、良い統治者になるとは限らないだろう?」


 アルトとカミーラが、その言葉にムっとした表情を浮かべる。


「――悪いな。けど、俺はその王女様を知らない。というか、そもそもこの話は本人も知っているのか?」


 兄二人の暗殺を企てる王女と聞くと、あまり信用ならないのが正直な感想だ。


「……話してないわ。これは、私達――いえ、私が言い出したことなの」

「お嬢様、貴女の責任では――」

「――いいえ、これは私の企てたことよ」


 なるほど、だから爺様はアルトに喋らせたのか。


 恐らく言い出したのがアルトなのは、事実なのだろう。


「爺さん、良いのか? 責任ある大人が止めてやらなくて」

「――王子(バカ)共が王位を継げば、国が傾くのは事実だ。火に油を注ぐことになりかねんのは理解しておる。だが、バーン=フリートがやると言うなら、従うまで」


 爺様は、覚悟を決めた者特有の表情を浮かべていた。


 いざとなれば、責任を被るつもりなのかもしれない。


「何よりワシは、アルトリューゼお譲ちゃんの父親には借りがある。それを返すまでよ」

「お爺様……」


 アルトの父親か……俺達と同じ『プレイヤー』だという話だったが。


 詳しく聞いてみたいところだが、それは直近の問題には関係ない。

 後日聞くことにしよう。


「とりあえず、やることは分かった。俺達に、いざという時に事故を起こせって訳だな?」

「本当の最悪の場合は、そうなるわ……」


 誤魔化すような言葉は抜きに、肯定が返ってくる。


「けど、さっきも言った通り、最悪の自体を回避さえ出来れば、どちらの王子が王になっても、最悪は構わないわ。短期的に見て、国が割れなければ、時間は出来るわ」

「その点は了解した。ギリギリまで粘るんだよな?」


 恐らくはそうはならないだろう、というのはアルトの苦渋に満ちた表情を見れば分かった。


「それで、事故が起きる予定まで時間があるとして、その間俺達は何をすれば?」

「今後、私達は最悪の自体を回避するため、本格的に各種交渉を行っていくつもりよ。そうなれば恐らく他勢力から妨害があると思うわ」

「当然の話だろうな」


 本格的に動くのであれば、どうしても隠しきれなくなるタイミングが訪れる。


 むしろ、初めて出会った時『プレイヤー(ナンパ男達)』に襲われたことから考えると、既に隠しきれていない可能性もある。


 奴らが、アルト達を『王都の貴族』だと説明した点からも、その可能性は濃厚だ。


「その時に、私達の身を守ってほしいの」


 確かに、単独での戦闘力が高い『プレイヤー』にうってつけの仕事ではある。


「ボディーガードか。暗殺よりは幾分か気楽だな」

「受けてくれる、と考えて良いのかしら?」

「報酬次第だな。衣食住やら社会保障は可能だろう?」

「ええ、それは安心して頂戴」


 まぁ、その点に関しては貴族様なので、初めから心配していない。


 問題は、どの程度まで危険手当が出るかだ。


「情報に関してはどうだ?」

「私の父が残した日記とか、そういう物が役立つかもしれないわ」


 大先輩の残した情報か……。

 どの程度の情報かは分からないが、手がかりにはなるかもしれないな。


 少なくとも何も手札が無い現状より、百倍マシだろう。


「あとは、北方諸国に『調査団』という名の『プレイヤーの組織』があると聞いたことがあるわ」

「調査団……? 随分と意味深な名前だな」


 思わず期待が膨らんでしまう名称だ。


「他国の組織の所在調査に、交渉……権力を使わない手は無いと思うわよ」

「自分達に権力を手に入れさせれば良い、ってか……なかなか言うね」


 この異世界で、現状確証のある情報を持っている者が居るとは限らない。


 むしろ、未だ誰も解明できていない可能性の方が遥かに高いだろう。


 ならば、多少闇雲にでも、出来ることをしていくしか有るまい。


「オーケーだ。ボディーガードは問題ない」


 そもそも自衛のための組織に居たのだから、慣れたものだろうさ。


「イザって時の事故に関しては……まぁ、期待はしないでくれ。やったことも無いんでね」


 出来れば、事故を起こすのは断りたい。

 だが、片方だけというオプションは、恐らく存在しないはずだ。


 むしろ、この企てを聞かされた段階で、どちらも断れる選択肢は無かったと思う。


 もう、覚悟を決めるしかないだろう。




「契約は成立だ。アルト――アンタの手足になろう」





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