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異世界群像物語  作者: 黒井 狸
第一章 異世界見聞録
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12.魁



 今、俺の目の前に、筋骨隆々で禿頭の爺様が居る。

 見た目から察するに、齢六十は超えているだろうか?

 だが、肉体の老いは全く見受けられない。


 鍛えあげられた肉体は未だ戦士のそれであり、二の腕の太さなど女性のウェスト程はあろうかという太さだ。


 まさに、漢の中の漢を全身で体現するかのような佇まいであり、核兵器をも超えうる存在にあまりにも酷似――


「ワシが、クレイ家当主! エルダー・クレイである!」






「――いや、それはもう聞いた」


 二度目の名乗り上げに、コールドスリープに入っていた脳が、息を吹き返す。


 あまりの衝撃に錯乱していたようだ。


「ふむ……呆けておるから聞こえておらんのかと思ったぞ!」


 無数の傷を持つ男が腕を組み、こちらを睨みつけるような表情で笑う。


「――爺様のインパクトが強すぎて、意識を失ってたんだよ」


 おっと、いかん。

 思わずお偉いさんなのを忘れて、素のままに対応してしまった。


「ふん……礼儀のなってない小僧だな。初対面でワシを爺呼ばわりとは……」

「失礼、申し訳――」


 いや、もう今更か。

 ここで態度を急激に改めたところで、印象は悪くなる一方だろう。


 どのみち途中で無理が出るくらいなら、いつも通りにいこう。


「――申し訳ないとは思うが、育ちが悪くてね。礼儀は知らないが、礼は尽くすよう気をつけるよ」

「おまけに生意気な小僧ときた……まるで誰かさんのようだ」

「誰かさん……?」


 誰だ? 俺の知る人物……では、無いのだろう。恐らく。


 思い出の中の人物か? 急に知らない奴のことを持ち出すのは止めてほしい。

 年寄り特有の現象なのかもしれない。


「黒い小僧、ワシに初対面で生意気な口をききよったのは、貴様で二人目だ」

「二人目? 俺のようなナイスガイが他にも居たと?」

「……そうだ。故に昔のワシならば、貴様の首をはねるところだが、既に慣れた。故に感謝するのだな」


 なるほど、それは確かに感謝が必要だろう。

 あやうく義呂珍やら油風呂を、自ら試す羽目になるところだった。


「その一人目のお蔭で寛容さを身につけたと?」

「その通りだ。見ろ、この顔の傷を」


 その一人目に名物を敢行しようとして、反撃を受けたのだろうか?


 やるな、先輩。


「一人目――つまり、そこのアルトリューゼお嬢ちゃんの父親につけられた傷だ」

「え!?」


 流石に驚く。


 あまりにも貴族様のイメージに合わない蛮行だ。


「貴様ら同様、ある日いきなり現れ、ワシに喧嘩を売ってきおった。当時その呼び名は無かったが、貴様らと同じ『プレイヤー』だ」


 思わず目を剥き、咄嗟にアルトを見る。


 アルトリューゼ・フリューリンク・バーン=フリート――元大貴族の娘。

 それが『プレイヤー』の子供?


 どういうことだ?

 頭がこんがらがってきた。


「小僧共、貴様らどこまで聞いておる?」

「どこまでも何も、全く何もだ」

「ふむ……まずは状況を聞こうじゃないか。話はそれからだな」


 爺様が、孫であるカミーラに視線を向ける。


「では、ご報告を。当初の予定とは、少々事情が変わり――」




 カミーラは俺達との邂逅を説明する。

 その中には、一部俺達が知らない情報も含まれていた。


 曰く、野盗集団の中に居るらしい『プレイヤー』を、戦力として引き込むことが目標だった。


 これは大前提として、不安定化工作が他派閥によるものだと想定したものらしい。

 他派閥への戦力離反工作でもあり、戦力増強策を兼ねる。


 しかし、引き込んだ『プレイヤー』に裏切られる可能性について、問題無いのか疑問はある。

 だが、そうも言っていられない台所事情なのか、それとも何か考えがあるのだろう。


 三国志なんかでも、割と当然のように所属が変わったりするしな。 

 単純に、そういう感覚の文化なのかもしれない。

 昨日の敵は、今日は友だ。




「――以上が、辺境領内での顛末となります」


 カミーラの報告が終わり、爺様は組んでいた腕を解く。


「なるほど……何も知らない『プレイヤー』を見つけた、ということか」

「はい、その通りです。彼らの言を信じるのであれば、ですが」


 一週間以上も行動を共にして、まだ疑われているらしいことに、流石に驚く。

 まぁ、不用心よりは慎重な方が好感は持てるのだが。


「それを言うのであれば、他派閥の『プレイヤー』を引き込むことにも問題があろう」

「そもそも私は、反対しております」

「なら、何故従った?」

「アルトリューゼお嬢様が行かれるから、お守りするためです」


 ふむ、と爺様は孫の言葉に頷く。


「今も、こうして『プレイヤー』をワシの前に連れてきて尚、反対していると?」

「ええ、反対です。ですが――お祖父様とお嬢様の方針を妨げたりはしません」

「つまりは、守るために反対はするが、止めはしない、と?」

「そのように決められたのならば、全力でお手伝いいたします。ですが、危険を見過ごすつもりはありません」


 思わず、カミーラを見直す。

 いや、正確には彼女を過小評価していた自分を、省みるべきだろう。


 ただの慎重派かと思いきや、なかなかの忠臣ぶりかもしれない。


 彼女は自身のためではなく、身内を守るために慎重派に回っているのだ。

 ややもすれば不況を買うのを覚悟で。


「なるほど……その気質、母親に似たのだな」

「……恐らくは」

「はっはっは、良い。気にするな。クレイ家の血筋では猪武者しか産まれんからな」


 爺様は嬉しそうに大笑いする。

 確かに遺伝子レベルで豪快そうだ。



「――さて、話がそれたな」


 ひとしきり笑うと、急激な態度の変化と共に、射抜くような視線を向けられる。


「何も知らぬのなら、逆に都合が良い。小僧共、特に目的はなかろう?」


 顔は笑顔のままだが、これは先ほど自身の孫に見せていた種類のものではない。


「ワシらに力を貸せ」


 笑顔は本来、牙を見せる行為だと言ったのは誰だっただろうか。


 ここまで強力な勧誘は初めて受けたかもしれない。


 このような圧力を受けて、俺に取れる行動は一つだけだ。




「――お代は如何ほどで?」




 精々、高値で買い取って貰おう。

 兵力としての自分を。


 後に人としての自分が残るのならば、売り切れたところで構いはしない。


 そのつもりで着いてきた。


 社会的基盤を得るため。

 ネットワークを拡げるため。


 全ては、生き延び、情報を集め、帰還するためだ。


 俺達は、やっとその一歩目に立ったのだ。



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