12.魁
今、俺の目の前に、筋骨隆々で禿頭の爺様が居る。
見た目から察するに、齢六十は超えているだろうか?
だが、肉体の老いは全く見受けられない。
鍛えあげられた肉体は未だ戦士のそれであり、二の腕の太さなど女性のウェスト程はあろうかという太さだ。
まさに、漢の中の漢を全身で体現するかのような佇まいであり、核兵器をも超えうる存在にあまりにも酷似――
「ワシが、クレイ家当主! エルダー・クレイである!」
「――いや、それはもう聞いた」
二度目の名乗り上げに、コールドスリープに入っていた脳が、息を吹き返す。
あまりの衝撃に錯乱していたようだ。
「ふむ……呆けておるから聞こえておらんのかと思ったぞ!」
無数の傷を持つ男が腕を組み、こちらを睨みつけるような表情で笑う。
「――爺様のインパクトが強すぎて、意識を失ってたんだよ」
おっと、いかん。
思わずお偉いさんなのを忘れて、素のままに対応してしまった。
「ふん……礼儀のなってない小僧だな。初対面でワシを爺呼ばわりとは……」
「失礼、申し訳――」
いや、もう今更か。
ここで態度を急激に改めたところで、印象は悪くなる一方だろう。
どのみち途中で無理が出るくらいなら、いつも通りにいこう。
「――申し訳ないとは思うが、育ちが悪くてね。礼儀は知らないが、礼は尽くすよう気をつけるよ」
「おまけに生意気な小僧ときた……まるで誰かさんのようだ」
「誰かさん……?」
誰だ? 俺の知る人物……では、無いのだろう。恐らく。
思い出の中の人物か? 急に知らない奴のことを持ち出すのは止めてほしい。
年寄り特有の現象なのかもしれない。
「黒い小僧、ワシに初対面で生意気な口をききよったのは、貴様で二人目だ」
「二人目? 俺のようなナイスガイが他にも居たと?」
「……そうだ。故に昔のワシならば、貴様の首をはねるところだが、既に慣れた。故に感謝するのだな」
なるほど、それは確かに感謝が必要だろう。
あやうく義呂珍やら油風呂を、自ら試す羽目になるところだった。
「その一人目のお蔭で寛容さを身につけたと?」
「その通りだ。見ろ、この顔の傷を」
その一人目に名物を敢行しようとして、反撃を受けたのだろうか?
やるな、先輩。
「一人目――つまり、そこのアルトリューゼお嬢ちゃんの父親につけられた傷だ」
「え!?」
流石に驚く。
あまりにも貴族様のイメージに合わない蛮行だ。
「貴様ら同様、ある日いきなり現れ、ワシに喧嘩を売ってきおった。当時その呼び名は無かったが、貴様らと同じ『プレイヤー』だ」
思わず目を剥き、咄嗟にアルトを見る。
アルトリューゼ・フリューリンク・バーン=フリート――元大貴族の娘。
それが『プレイヤー』の子供?
どういうことだ?
頭がこんがらがってきた。
「小僧共、貴様らどこまで聞いておる?」
「どこまでも何も、全く何もだ」
「ふむ……まずは状況を聞こうじゃないか。話はそれからだな」
爺様が、孫であるカミーラに視線を向ける。
「では、ご報告を。当初の予定とは、少々事情が変わり――」
カミーラは俺達との邂逅を説明する。
その中には、一部俺達が知らない情報も含まれていた。
曰く、野盗集団の中に居るらしい『プレイヤー』を、戦力として引き込むことが目標だった。
これは大前提として、不安定化工作が他派閥によるものだと想定したものらしい。
他派閥への戦力離反工作でもあり、戦力増強策を兼ねる。
しかし、引き込んだ『プレイヤー』に裏切られる可能性について、問題無いのか疑問はある。
だが、そうも言っていられない台所事情なのか、それとも何か考えがあるのだろう。
三国志なんかでも、割と当然のように所属が変わったりするしな。
単純に、そういう感覚の文化なのかもしれない。
昨日の敵は、今日は友だ。
「――以上が、辺境領内での顛末となります」
カミーラの報告が終わり、爺様は組んでいた腕を解く。
「なるほど……何も知らない『プレイヤー』を見つけた、ということか」
「はい、その通りです。彼らの言を信じるのであれば、ですが」
一週間以上も行動を共にして、まだ疑われているらしいことに、流石に驚く。
まぁ、不用心よりは慎重な方が好感は持てるのだが。
「それを言うのであれば、他派閥の『プレイヤー』を引き込むことにも問題があろう」
「そもそも私は、反対しております」
「なら、何故従った?」
「アルトリューゼお嬢様が行かれるから、お守りするためです」
ふむ、と爺様は孫の言葉に頷く。
「今も、こうして『プレイヤー』をワシの前に連れてきて尚、反対していると?」
「ええ、反対です。ですが――お祖父様とお嬢様の方針を妨げたりはしません」
「つまりは、守るために反対はするが、止めはしない、と?」
「そのように決められたのならば、全力でお手伝いいたします。ですが、危険を見過ごすつもりはありません」
思わず、カミーラを見直す。
いや、正確には彼女を過小評価していた自分を、省みるべきだろう。
ただの慎重派かと思いきや、なかなかの忠臣ぶりかもしれない。
彼女は自身のためではなく、身内を守るために慎重派に回っているのだ。
ややもすれば不況を買うのを覚悟で。
「なるほど……その気質、母親に似たのだな」
「……恐らくは」
「はっはっは、良い。気にするな。クレイ家の血筋では猪武者しか産まれんからな」
爺様は嬉しそうに大笑いする。
確かに遺伝子レベルで豪快そうだ。
「――さて、話がそれたな」
ひとしきり笑うと、急激な態度の変化と共に、射抜くような視線を向けられる。
「何も知らぬのなら、逆に都合が良い。小僧共、特に目的はなかろう?」
顔は笑顔のままだが、これは先ほど自身の孫に見せていた種類のものではない。
「ワシらに力を貸せ」
笑顔は本来、牙を見せる行為だと言ったのは誰だっただろうか。
ここまで強力な勧誘は初めて受けたかもしれない。
このような圧力を受けて、俺に取れる行動は一つだけだ。
「――お代は如何ほどで?」
精々、高値で買い取って貰おう。
兵力としての自分を。
後に人としての自分が残るのならば、売り切れたところで構いはしない。
そのつもりで着いてきた。
社会的基盤を得るため。
ネットワークを拡げるため。
全ては、生き延び、情報を集め、帰還するためだ。
俺達は、やっとその一歩目に立ったのだ。




