11.王都
――あなたは結末を知っている。
つまるところ、異世界への入り口とは未曾有の災害であり、多くの人命を生け贄に捧げる祭壇であると。
そして、捧げられた供物がどうなるのかを、アナタは身を以って知っている。
——その日、世界は終末を迎えた。
だが、貴方はその発端を知らない。
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「ふぁ――」
何かに揺られる感覚と共に、目が覚める。
どうも寝ていたらしい。
「――おはよ、馬上で居眠りなんて器用ね」
「あぁ、悪い……寝てたか」
何か夢を見ていた気もするが、思い出せなかった。
「気持ちは分からなくもないけど、流石に危ないわよ?」
「流石に移動生活が七日も続くとな……」
どうにもダレてしまったようだ。
「それなら安心して、アインが寝ている間に、もう見えてきたから」
つい先日もしたようなやり取りに苦笑しつつ、アルトが指差す先を見て、思わず目を剥く。
「――おぉ!」
「これは……凄い」
俺以外に、驚きの声を漏らす男が一人。
沈着冷静の糸目が売りなロックだ。
こいつにしては、中々に珍しい反応だった。
「山が丸ごと……都市になっているのか」
「あれが王都リッターベルンよ」
まず目につくのは、低めの山――小高い丘と言うべきだろうか――の山頂に、ノイシュヴァンシュタイン城もかくや、というほど見事な白亜の城がそびえ立っている。
更にその外周を、幾重にも取り囲むように、何重もの城壁が取り囲んでいた。
その壁と壁の間にも建物が立ち並んでおり、複数階層の街が幾重にも山を覆い隠すように、増築されてきたことが伺い知れる。
さながら年輪のような構造だ。
「中央の王城一帯が第一層と呼ばれていて、第二層が行政区、第三層が上級貴族街、第四層が貴族街、といった感じに、最も外周の第七層まであるわ」
「その全てを城郭で覆っているのかい?」
学者肌なロックが、都市構造に食い付く。
大方、最終的にはどうやれば落とせるか、まで考察が及びそうだ。
「その通りよ。まぁ、実際には、第八層――第七層の外まで人が住んでいるから、そこだけは城壁に覆われていないわね」
「どれ位の人数があそこに?」
「人口は五十万を超えるとも言われるわ。他国も含めて城郭都市の中でも最大規模よ」
「それは、実に……凄いね」
地球のどの城郭都市よりも、巨大な作りかもしれない。
心のメモに記載されている技術レベルの項目を、プラス修正する。
そういえば、ついでに文化レベルもだ。
グレンツの街で礼として貰った煙草ケースを、懐から取り出す。
革製で細かい模様が刻印された、中々に格好の良いデザインだ。
いやいや、外装も良いのだが、勿論重要なのは中身だ。
内容物に多少の違いはありそうだが、俺の重度ニコチン欠乏症を治療してくれる代物が収まっている。
実に素晴らしい収穫だった。
「何だい? また火かい?」
何度かライター代わりにしてしまったロックが、恨みがましい目で見つめてくる。
「いや、本当、すまん……いえ、すみません」
便利すぎる魔法がいけないのだ。
旅の同行者であるアルトとカミーラも、あまりの便利さに、道中何度も絶賛していた。
あのツンツン眼鏡のカミーラまでもだ。
魔法スゴイ。
「まぁ……何にせよ、だ。今夜は夜営せずに済みそうだな」
「そうね、ロックさんのお蔭で快適な旅だったけど、そろそろベッドが恋しいわ」
「何となく素直に喜べないね」
ロックは苦笑いを浮かべる。
確かに、戦闘面より生活面で重宝がられれば、そんな顔にもなるだろう。
兵力を求められているであろう相手からの感想であれば、尚のことだ。
「ところで、アルト」
「何かしら?」
「王都に着いたら目的を話すって約束、忘れないでくれよ」
「えぇ……勿論よ」
グレンツの防衛戦から、既に七日が経つ。
だが俺達は、未だ肝心な部分を把握しないまま同行する形となっていた。
彼女らが、元々辺境領で頻発する野盗騒ぎを調査すべく派遣された、騎士団の一員だとは聞いた。
だが、それは目的そのものでは無いとも聞いている。
今は、あの襲撃のあった翌日、北門の生き残りの野盗から引き出した情報を、王都に急ぎ持ち帰っている最中だ。
恐らく、その情報こそが目的に必要なものなのだろう。
これは、命令を飛ばしていた野盗を、殺さずにおくよう指示したロックのファインプレイだ。
ハル一人であれば、恐らく野盗は文字通り全滅だったに違いない。
ロックの機転のお蔭で、彼女らは無事に――ピアース達に騎士団は壊滅させられたものの――任務を達成し、王都への帰還が叶う。
アルト達からすれば元々の目的地であった、王都にやっと辿り着く形だ。
だが、何に加担させられるか分からない身としては、少々焦れる状況でもある。
今の俺に出来ることといえば、どうにか情報を引き出すくらいだろうか。
「しかし、あの頭目の言葉はどこまで信用できるのかね」
「そうね……背後関係を知らなかった分、逆に信憑性が増すと思うわ」
捕らえた野盗の頭目曰く、奴らは元傭兵崩れやらのゴロツキ共が、何グループか集まって出来た集団らしい。
しかも金を貰って集まり、命じられるまま辺境領各地を襲っていたとか。
つまり、誰かの差し金で動いていた訳だ。
当然ではあるが、雇い主は不明。
直接会っていたのは、明らかに使いの者でしかなく、身元を判別する情報も無しときた。
まぁ、雇い主は一旦置いておくとしても、これは典型的な不安定化工作だろう。
「辺境領――もしくは王国が乱れて、得をする連中に思い当たる節は?」
「王国がであれば、最有力は帝国ね。現状では唯一の交戦国よ。一応は」
「ふむ……辺境領に限定すると?」
「辺境領であれば、他の領主ね。より正確に言うと別派閥の貴族あたり、かしら」
「派閥ってのは、大まかにどういうのがあるんだ?」
「それは……目的と合わせて説明するわ。私達が、どの派閥に所属するかも関係するから」
案の定ではあるが、派閥争い――つまりは、内ゲバの気配が濃厚だ。
「ちなみに、他派閥と帝国では、どちらが有力候補なんだ?」
「断然、他派閥よ」
当然、と言えば当然の答えだった。
「内部分裂寸前のこの国は、帝国からすれば、放っておいても衰弱死するもの」
「分裂寸前なのか?」
アルトの表情が、ほんの少しだけ変化する。
「そうね……どうにかしたい、とは思うけど、死に体なのは間違いないわ。未だ豊かではあるのだけど、ね」
これが演技かどうか、正直分からない。
貴族――政を司る上流階級としての教育を受けているのであれば、この手のブラフはお手の物だろう。
だが、例えこれが演技だったとしても、あえて目的の一端を語ってくれたのかもしれない。
「ちなみに、死に体が文字通りの死体になるのを、帝国様がわざわざ加速させてあげよう、って親切心を発揮させた可能性はないのか?」
「確かに……それは有り得るのかもしれないわね。けど、それでも可能性で言えば、他派閥の方が高いと思うわ」
「その心は?」
「帝国内部も、似たような状況らしいわよ」
自国内の敵に忙しくて、他所様に手を出している暇はない、と。
なるほど、どの世界も似たようなものらしい。
人間様がこの世に居る限り、戦争は無くならないようだ。
「何にせよ、推測の域は出ないわね。どんな可能性でも、今は否定できない状況よ」
「今後は背後関係の調査やら、証拠集めが必要になるんだろうな」
「他人事みたいに言っているけど、きっと他人事じゃ済まなくなるわよ」
「まぁ……荒事じゃない分野で活躍できるなら、それに越したことは無いさ」
命がけの仕事など、好んで行うものじゃなし。
平穏無事に出来る職種を希望したい。
「何なら、火起こし係を代わってくれるかい?」
「いや……何か、本当ごめんな? ロック」
やはり、煙草に火を点けて貰うことまでお願いしたのは、拙かったらしい。
あまりの嬉しさと欠乏症故に、ニコチンだけではなく、思いやりも欠けてしまっていたようだ。
数回のこととは言え、今後は気を付けたいと思う次第であった。
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「――ここは、正月前のアメ横か?」
「アメヨコ??」
あまりの雑踏に、懐かしい場所を思い出してしまった。
勿論、異世界人であるアルトには通じなかった。
「いや……何でも無いんだ」
あれから俺達は、七〜八メートルはあろう、心に思い描いた通りの、石造りで頼もしさに満ちた城壁をくぐり抜けようとし、正門前で止められた。
すったもんだ有りつつも、いつもの――と言うには、まだ早いだろうが――ひと悶着後、今は無事にリッターベルン第七層のメインストリートを、馬を引きながら練り歩いている次第だ。
ここら辺は木造の家や店が多く、雰囲気としては下町のそれに近い。
なかなかに活気を感じる町並みだ。
だが、人混みで全く歩けない訳では無いものの、馬連れのまま歩くには少々歩きづらい。
「おいハル、迷子になるなよ」
こんな場所で見失うと、見つけるのに苦労しそうな相手に注意を促す。
「――子供扱い?」
「物理的に小さいんだから、紛れると探すのに苦労するだろう」
「むぅ……道理ではある」
ハルが珍しく表情を変えたと思えば、膨れっ面だ。
微笑ましい姿に、思わず苦笑する。
ここまでの道中に気付いた点ではあるが、時折見た目通り、幼い反応を見せることがある。
そのせいか、正直に告白すると、年齢やら何やら聞く勇気が削がれてしまっていた。
このままじゃ宜しくない、とは思うのだが。
いずれは解消しなければならない問題だろう。
「――アルトさん」
後ろを歩くロックの声に、アルトが振り返る。
「何かしら?」
「このまま真っ直ぐ行って、六層に辿り着けるのかな?」
そうは思えないんだけど、とロックが首をひねる。
確かに、前方に門なりが見えてくる様子は無い。
「もう少し行くと、第七層の環状道にぶつかるから、そこを左に曲がって、第六層行きの主道にぶつかったら更に右折よ」
「七層と六層の門は、一本道では繋がっていないんだね」
「そうね、第四層の貴族街より前――つまり、第五層の軍事区画までは、全て一本道では繋がらないようになっているの」
「あぁ、なるほど。階層防御のためか」
仮に侵攻された際、敵からすればジグザグと進軍する必要がある。
そうともなれば、時間も稼げるし、奇襲もしやすくなる。
軍事面でのみ考えれば、合理的な区画整備だろう。
日常的な移動が面倒な点を除いてだが。
「一応確認なんだが、目的地は第何層なんだ?」
「第三層の上級貴族街、クレイ家の上屋敷が目的地よ」
「各層の門前で誰何されるんだよな?」
「まぁ……そうね」
アルトは苦笑い。
俺はため息だ。
キャラクターを作った際、何故ダークエルフを選択したのだろうか。
全く理由を覚えていない。
こんな事になるとは思っていなかったとはいえ、当時の俺をぶん殴ってやりたい気分だった。
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すっかり日も暮れた時分に、目的地に到着した。
目的地――レンガ作りのその邸宅は、中央の城と比べれば、小振りになるのだろう。
だが、日本人的な感覚では大豪邸と呼べる代物だった。
また、家令や侍女達もよく訓練されている。
俺の姿を見ても、内心はともかくとして、表情に一切の驚きを見せることは無かった。
驚くほどスムーズに、邸宅内の奥へと通される。
そして――
「ワシが、クレイ家当主! エルダー・クレイである!」
――紹介を受けた筋骨隆々の老紳士のインパクトに、意識が飛びそうになった。
思わず目眩がする。
上級貴族街なる響きに嫌な予感はしていた。
勿論、警戒もしていた、
だが、まさか、明後日の方向に裏切られることになろうとは、夢にも思わなかった。
貴族と表現するよりは、漢と称するべき人物が、目の前に立ちはだかる。
これが、眼鏡クールビューティこと、カミーラ・クレイの祖父とは……。




