0.プロローグ手前のエピローグ
――それは星も眠る深夜の出来事だった。
天空より星々が墜ちたかのように煌めく大地。
かつて繁栄の象徴だった塔に、正しく星が墜ちたかのような轟音を引き連れ、巨大な怪物が降り立つ。
あまりにも突拍子の無い光景に、それを目にした群衆は絶望を抱く余地すら無かった。
ただ何が起きているか理解が出来ず、呆けたまま空を見上げている。
そこには何故空を飛べているのかすら理解し難い、巨大な龍が存在していた。
古今東西、生贄を要求し、酒に弱く、財宝を抱え、お姫様を攫う……御伽の世界から現れたような、悪いドラゴン。
お伽話との違いといえば、そこに滑稽さや愛らしさは見当たらず、ただひたすらに強大で、恐ろしく、人理が通じるような見た目でもなく、そして何よりも生々しかった。
一瞬の静寂。そして、絶叫。
自らを産み落とした神々の国において龍は、恐怖の化身と成った。
地上に灯る眩い星々に龍は歓喜する。
遂にかつての失敗を清算することが出来る、と。
二度も繰り返した過ちをやり直すことが出来る、と。
その数奇な運命に心の底から歓喜した。
巨大な怪物から逃げ惑う万を超える群衆の中、ただひたすら龍を見つめる異色の一団がある。
その数は凡そ数百人ほど。逃げ惑う濁流の如き人々に比べれば、流れを妨げることも出来ない塵芥だ。
そんな小さな一団の中の一人が、状況に似合わぬ――呆れたような表情で呟く。
『――まさか、帰って……途端……アレと……タワーの組み合わせとは……何の因果なんだろうな』
あまりにも圧倒的な怪物と対峙し狂ってしまったのだろうか、とさえ思えるほどの落ち着きぶりだった。
『まるで、怪獣映画……だね』
『何だ、お前ら……倒れて……言っているような……』
否、彼は――彼らは至って平静だった。
その正気を保証する物は何一つとして無いが、彼らは狂ってなどいなかった。
隣に立つ者の声すら掻き消えそうな阿鼻叫喚の最中、その一団だけが明らかに浮いている。
冷静な観察、覚悟を決めた落ち着き、闘いの高揚、十人十色の表情を浮かべてはいるものの、そのどれもが混乱とは無縁のものだった。
『まぁ……もう今さら何が起きても、驚きはねぇな』
夜闇に融けこむような男は、牙向くように笑みを浮かべる。
『見ず知らずの国の有象無象なんざどうでも良い……が、ついでだ――』
全長百メートルに達しようかという龍の圧倒的な重量に耐え切れず、ついに強大な文明の塔が叫び声のような音を立てながら崩れ去る。
その光景を目にしながら男は――
『――平らげてやろうじゃねぇか』
傲岸不遜に全てを救うと宣言した。
この物語に英雄は登場しない。だが、話はこう締め括られるだろう。
めでたしめでたし、と。
――これは、そこに至るまでの物語。




