自分は、
県の高文連のコンクールで2位になった小説です。
今日の朝4時ぐらいに、自分の髪を刈って坊主にしてみた。自分の足元にたまる、プールの塩素で少し茶色に染まっていた髪の毛を見たとき、言葉にできないような、何とも言えない思いにかられた。自分でまたそれを言葉にするのにはまだもう少し時間がかかるというか、そんな感じ。1ヶ月ぐらい前からバリカンをアマゾンで買って準備はしていたのだけれど、やっぱりなかなかできるものではなくて、今日はやらないでおこうと思う度にそういう恥ずかしさや色んなしがらみでふみ切れない自分に対して軽く死にたくなったりしていた。だけど、一日一日が経つにつれて自分の性別のことについて踏ん切りをつけたいという思いがそれを凌駕してくるようになってきて、ちょうど昨日の夜11時から今日の朝4時までの5時間ぐらいがそんな思いのピークに達した時間になっていた。その頃にはもうなんか変に興奮してきて真夜中でも眠たくなるなんてことはかくて、YouTube
で海外のLGBTの人たちのパレードの動画を見てみることにした。色んな各々の人がテーマカラーの虹色の服やアクセサリーを身に付けて高層ビルに囲まれた道路の間を練り歩いている。プラカードを掲げて大声で訴えている、自分は英語が苦手で何を言っているかは分からないのだが、とにかくその光景は自分が感じている興奮をされに増幅させて、かき立ててくれて、自分もその大きくなった激しい興奮をその動画の中の風景に乗せる。そうするとパレードに参加している人たちがそれをどこか分かんないけど今自分がいるここじゃない、とにかく限りなく良いどこかへと連れていってくれるような気がして、良い気持ちを持続させてくれる。そしてその良い気持ちのままで冷めないうちに、髪を刈るバリカンを探すことにした。バリカンは買って届いたときから、母親に見つからないように隠していたのだけれど、いざ、こういういざ、というときにそれがどこにあるのか分からなくなってしまった。どうしよう、やばいやばいやばい、気持ちが冷めてしまう。そう思ってる間にも自分の中に貯まっている良い気持ちは内から外へと分散されていく。とにかく早く見つけなければいけないので、必死で頭の中を駆け回って、自分がバリカンを置いてしまった時の周辺の風景を探し出そうとするけれど、こういうことをして今まで捜し物が見つかったことがなくて、自分の手元とその手が持っているバリカンははっきりと明確に目の前に映っているのだけれど、肝心の追い求めてる周辺の風景はボヤボヤとしたぼやけたモザイクに覆われてしまっているから結局分からない。こうなってしまった時の攻略法はもう数打ちゃ当たるって感じで家の中じゅうの至るところを探していくしかなく、実際このときもそうしていた。リビングとお風呂場、1階の押し入れと和室とか、そこにあるかどうかは別としてとにかく色々な場所を探して、最終的に見つかったのは玄関にある靴箱の中だった。どうしても見つかりたくなかったらしい。この時点で深夜2時。結構歩き回ったから疲れた。まだ興奮は続いていた。だけどその気持ちになってから2~3時間は経っていたので、興奮に混じって考える気持ち、自分自身やまわりのことに対して考えてみる気持ちが自分の心の中のいくつかの割合を占めるようになっていた。
自分の性別がおおまかに言えば「Xジェンダー」なるものに分類されるらしいということを知ったのは、2ヶ月ぐらい前に夜中見ていたTBSのnews23でやっていた特集でだった。性自認(自分自身が実感している性別)が男と女のどちらでもない。そんな人たちの例として東京に住んでいる、主婦?主夫ともいえる、この場合どっちなんだろう、とにかく家事をしている、子ども1人いる人がインタビューを受けていた。その人が自分と同じようにXジェンダーという言葉とその意味を知ったとき、私という存在が肯定された、私は生きていてもいいんだと思ったと言っていた。自分はそれが流れていたテレビを見ていて、動画を見ていたときのような興奮というか、大きな声を出しながら走り出したくなるような衝動を体の内側に抑えながらソファに座っていたのだけれど、でもその人が言っていることに大きく首を傾けてうなずくことはできなかった。これまであんなにいらいらしてきた自分の性別のことについて、その一言でいとも簡単に片付けられて、それについて今まで苦しめてきた社会というものにて上手く押し込められたように感じてしまった。すごい絶望だ。もうここから出られないかもしれない。自分はそんな簡単じゃない、自分は違う、自分は違うんだ、自分は。そんな意志がかけめぐって、行き場もなく走り回り続けている。もうゲロ吐いて血吐いて死んでもいい、たった今ここから抜け出したいと思った。
バリカンを見つけて、次は新聞紙。刈った髪を最終的にまとめるための新聞紙を手に入れなければならないのだが、こちらはいつも家に古新聞を積んで置いておくカゴがリビングにあるのですんなりと居場所が分かる。早速2階のリビングまで行って、暗くなっていた電気をまたつけると、その眩しさでリビングのソファで寝ていた母親が起きてしまった。
「どうしたの。」と目をつむりながら寝ぼけた声で母親が言った。
「喉乾いたからジュースを飲もうと思って。」
「今何時。3時じゃん。いつまで起きてんの明日早いんだから早く寝なさい。」
優しい人だと思う。他の家庭は知らないけど優しくもあって怒るときは怒ってくれる理想の母という感じだろうか。だけど、ここ何年かは少しだけ母親と自分との間にスキマが出来ているような感じがする。それは言葉にしたり態度に示したりってことは双方ないけど、何となく感じてしまう。ある日からその状態は、放射線の半減期みたいに徐々に薄れ
てはいるけれど、とにかくその日からずっと続いている。それは自分が中学生になったとき、入学式の前に学校の説明会があって、自分と母親はそれに参加するためにその学校の体育館へと向かった。中に入ると床いっぱいにパイプイスが並べてあり、その大半にも親と子どもが親と子、親と子、という感じで座っていた。自分たちもその一部に加わる形で座る。開始の時間が来ると、まず偉そうな感じの中年の先生がステージに出てきて、ここに来てくださった親御さんへの御あいさつ、そしてこの学校の概要とこれから始まる説明会の内容についてを落ち着きはらった口調と身ぶりで喋っていた。それに対する自分の反応は、まあいいんじゃないって感じであまり聴いてはいなかった。そしてその先生が全て話し終えてステージから去ってからは、まあこんなに出てくるなって具合に次々と違う先生が出てきて、まあ長い話をしていたのだけど、母親はそれをちゃんと聴いていて、時々自分に「ねえ○○だって」と先生の話していることを復唱するように伝えてきた。それも「うん」とうなずくだけだった。
先生たちの話が一通り終わった後、そのまま体育館で物品販売が始まった。教科書とか運動靴とかが販売員がいる長机とその後ろに積まれていて、さっきまでパイプイスに座っていた人々は一斉にそっちへ移動して長い列を作り始めていた。自分たちは出来ている列の小さい順に並んで、体操服と体育館用シューズ、運動靴、教科書とノート一式。大体のものを買い終えた後に、母親が「そういえば制服も買わないと。」と言い出した。考えてみればうちの家はまだデパートとかで制服を買っていなかった。制服売り場は先生たちがいなくなった後のステージ上に出来ていて、そこには机の後ろに立っている初老の販売員の男と、ハンガーラックに掛けられていた学生服一覧があるのが見えた。母親が選ぼうかとステージへと上がるための階段を登っていった。自分もそれと一緒になって登ろうとしたが、そのときに、少しだけこの場で違和感みたいなものを感じた。
自分は男と女のどっちの制服を着ればいいのだろうか?
この違和感はすぐに言語化されて問いとなり、そしてその問いはすぐさま頭の中から体育館じゅうに飛び出して空間へ広がっていった。それがコンマ何秒で隅々まで行き渡ったときに、自分の回りの風景がひどく歪んだ。
そのとき受けた衝撃で、乗っけていた右足を階段の1段目から降ろしていた。母親がそんな様子を見て、「どうしたの」と顔とか体全体で言っているのが伝わってくる。3、4秒程少しまどろんでいる気分になっていた自分がそれに気づいて、ふっと我に返った。まだあの強烈な感覚は残っていたけど、なんでもないようなふりしてまた階段を登っていった。
生まれたときから小学生のときまでは自分が男とも思わないし女とも思わないというのはそこまで自覚してはいなかったけど、だんだんとその片鱗みたいなものは出てきていた。例えば小学校4年生のときに今まで何の気もなしに行けていた女子トイレがなんだか行きづらくなってしまったことがある。前まで行くと、こっちじゃない気がする、とそこまではっきりとは思ってないけど漠然とした罪悪感みたいなものにさいなまれる。だから男子の方はどうだろうと覗いてみると、入口に男子何人かがつるんでいて、何だお前、え、まさか間違えたの、みたいな顔で見られたのですぐに走って戻ろうとしている途中で尿意を抑えきれず漏らしてしまった。幸福なことに周りに同級生含め誰もいなかったからすぐにぞうきんで床を拭いて、下着は校舎の裏にあった竹やぶのところまで走っていって捨てた。なぜか落ち着いてそれが出来たのが余計嫌だった。次の日からはちゃんと我慢して女子トイレへ行くようにした。そんな感じで、今になって自分がぶつかっている問題はその当時は母親やその他の大人たちに言われるままに行動したり、変だなと思うこともそんなものかと耐えることで済ましていたけれど、中学生になってくると、だんだんと埋もれていた自意識がむき出しになってきて、それに伴って自分の性別についても、でもまだ無意識におかしさを感じてきていた。そのおかしさが、このとき世界が歪んだことで完全に、明白なものとなった。そしてそれが自分の中にあるのではなくて、自分の外側にある世界に存在していることも同じように気づいた。
ステージに登ったところで男が話しかけてきて、まずサイズを測ることになった。ちょうどステージ中央のところにビニールテープで作られた縦30センチ、横50センチぐらいの長方形があって、そこに立ってくれと言われたのでそうした。壁のある方に向けてたとうとしたら、男にそちら側ではなくて、逆向き、つまり人がいっぱいいる方を向いて立ってくださいと言われた。自分はさっきの衝撃で気が動転して、ぼけーっととしていたのからやっと正気を取り戻したばかりだった。でも取り戻したら取り戻したで、あの時突然現れた問いに対してずーっと考えている。そんなすぐに答えが出てくるわけないのに、どうしても考えてしまう。自分はどっち側にいるんだろう。男なのか女なのか、今までちゃんと考えてなかった。でも今までみたいに他人に決められてしまうのは絶対におかしい。でもどうすればいいんだろうか。そんなだったから、男が優しい口調で話しかけているのに全く聞いていなかった。母親に肩をたたかれて気づき、そのまま男に言われた通りに立った。そしてサイズを測ることになったけど測るといってもハンガーラックに掛けられているS、M、L、XLの学生服を次々に来てみるだけなのだけれど、実際そうしてみてもどれもこれも似合わないなと思った。母親は自分が着るたびに褒めてくれるのだけれど、嬉しいとはひとつもおもわない。でもそんな母親のお世辞にも似たアドバイスよりも、たった今生まれた自分の直感を優先していいものなのだろうか。そもそもそんなこと可能なのか。
「Mサイズで良さそうですね。」と男が言った。母親もそれに答える形で「そうですね。」と言っていて、考えごとをしている自分に関係なく購入の手続きが行われようとしていた。これはやばい、もう考えている時間はないと思ってすかさず男の方に「あの、ちょっと待ってもらっていいですか。」と言って、2人の会話の中に割り込んだ。男も母親もえっ、と不意をつかれたような不思議がる顔をして見つめてきた。だけど彼らに対して伝えるべき良い言い訳が思いつかなかった。とりあえず「また来ます。」と言って走って逃げるように階段を駆け降りた。
体育館のすぐそばにあった女子トイレの中に入って、考えることを再開した。なぜなんだ、どっちだどっちだ。それからほどなくして、母親が入口の扉を開けて、自分に向かって走ってきた。
「なんで。どうして勝手に行っちゃったの。」自分はただ黙るしかない。自分の今の気持ちなんかこの人に口にして伝えられるわけないし、万一伝えられても、それによって自分と母親の距離が、とんでもない距離まで引き離されてしまうような、関係がボロボロに崩れてしまうんじゃないかという恐怖感があった。母親はまだ自分を見つめてきている。何分かたってもこの状態は変わらなかった。もうこのままだんまりを決め込むことなんてできないと思った。なんとか伝えようと思った。「あのさ。」ダメだなあ、うまく伝えられるだろうか。無理かな。なんでだろう、泣きそうになってしまう。いや、そんなんじゃない、そんなんで済ましたくない。言わなければ、言わなければ。
「あのさ、あの、私、制服着たくない。」今振り返ると全然対した言葉じゃないけど、このときの自分にとっては最大級の告白だった。当然「なんで。」ときかれた。私は出来る限り正確に自分の想いを伝えるよう務める。ずっと前から自分が男か女か分からないこと。スカートも履きたくないし、かと言ってズボンとか学ランを着たいわけではないこと、だからああやって着せられそうになってパニックみたいになってしまったこと、それは本当に申し訳ない、ごめんなさい、だから、だから、出来るかどうかわかんないけど、私服、自分が着たいと思った服を着て、学校へは行きたい、本当に出来るか分からないけど、そして本当にごめんなさい、こんな風になってごめん、本当にごめんなさい、ということ。自分の体が震えて、崩れそうで本当に怖い、母親も見れなかった。下のタイルを見ていた。
母は少しの間何も言えないようだった。そして息を吸うような音が聞こえた後に、
「うん、分かった。じゃあのおじさんには買いませんって断っておく。」とだけ母親は言った。その声色とか抑揚を聞いてみても母親は明らかに動揺しており、それを一生懸命かくして話しているようにしか聞こえなかった。母親がトイレから出ていく。やっぱり言うべきじゃなかったんだと思いながら、それに続いた。そのあとはもう何も見ずに、頭の中で閉じこもるようにして過ごした。だいたいそれからだ、スキマができてきたのは。だから母親にはほとんど自分の性別のことについて話すことはできない、それなので母親がじぶんのことをどう思っているかは知ることができない。1回だけ母親の方からそれについて話しかけてきたことがあるが、説明会から数日が経って、母親が自分に「ごめんね。私服で行かせるのやっぱり無理だった。」と突然言って、学校へ行って先生と自分が話したことについて話し合いに行ったことを話してきた。
「嫌だったら転校してもいいけど、どうする。」とも言ってくれた。今だったらそんな仕事を母親がやってくれたことにすごく感謝しているが、いかんせん説明会から間もなかったから、その話を聞いたときは、あの時すごく動揺していたくせに、今さら信じられないと思ってしまった。でも実際は「いいよ、別に。」という感じで学校へ行くことを告げた。それから中学校を卒業するまでの3年間は、母親との距離ができるのを恐れるあまりに、自分から母親に距離を置いてしまうことが多かったように思う。バリカンで髪を刈ることも、一度母親のことを頭に思い浮かべてしまうと何度も思いとどまってしまう瞬間が何度もあった。だから最近ではあまり母親のことはなるべく考えずに行動したりしている。なるべくどんな顔をしているか見たくないから。でもそんな自分が最高に嫌だなとは思っている。ただ逃げているだけじゃないか、それは一番だめなことだろと自分が自分に怒っていても、自分が自分にまあしょうがないよ、そんな簡単なことじゃないよって弁明する。最悪だと思う。
バリカンと新聞紙を手に入れ、とうとう髪を刈る準備が出来たけど、たじろいでいた。最初は武者震いか何かと思ったけど、どうやら違くて、今までにもあったような、母親とか周りの反応を気にして思いとどまろうとする感情であるらしい。ここに来てもまだこんなのが現れてしまうんだ、そういう事実がその感情とともに自分を落ち込ませていく。今この時を逃したら、今後の人生ずっと自分が自分じゃないまま生きていくことになる。もう興奮も残り少なくなってきて、どうしようかな、とすごく焦っているけれど、なぜかすごく冷静でもあった。そしてその冷静さは、自分を自分の部屋から出させて妹の部屋へと向かわせた。
妹は年齢が2個下、だから中2だっけ、あの頃の自分と同じようにスれている。だけど、自分自身の体にしっかりと芯を通したような性格で、やりたいと思ったことは必ずやらないと気が済まないようで、すぐにやっている。中学に入りたてのときに、映画とかが好きだから、映画部みたいなのを先生に頼み込んで作って、同じクラスの生徒を誘ったりして自主制作映画を完成させたことがある。そんな人だから正直すごく憧れている。それでなのか、会話するときとかも、普段から妹があまり喋らない性格なのもあるけど、ほんの少し緊張してしまう。そんな妹に会いにいくということは、何もできない自分に励ましの言葉じゃないけど、アドバイスぐらいはもらおうとしていたのかもしれない。冷静なふりして混沌としている。とにかく妹と話したくなってしまったから向かった。
ドアを開けると、スタンドライトがついている机に向かって自分に背を向けている妹の姿がいた。
「誰。」と怪訝そうに言う。でも振り返って確認することはせず、机に向かい続けている。「私。ちょっと借りたいものがあって。」と言ってみたが、彼女の気迫に押されてそんな嘘もすぐにバレてしまいそうだった。それくらい自分が怖気付いて話しているのが分かる。「ちょっと後にして。今ちょっと集中しているから。」「あーそうだったんだ。ごめんね邪魔して。」妹はペンを動かしている。「じゃ帰るね。おやすみ。」そうして、ドアを閉めて廊下にいた。自分の部屋に帰って寝ようか。そんな感じになるまでには自分にがっかりしていて、自分はずっとこんな感じだった。すぐそれを妹の機嫌のせいにもすることはできたのだけれど、そうはしたくなかった。どうしても妹に自分が髪を刈ること、自分の性別にけじめをつけるということをぶつけたかった。
もうアドバイスはどうでもいい。またドアを開ける。妹がいる。
「あのさ、自分坊主にすることにしたから。」すごく体がこわばりながらだったけど、確かに言えた。あとは妹の反応を待つだけだ。
「へえ。そうなんだ。」
それだけだった。机に這いつくばるようにくずれた体勢も、声のトーンも全く同じのままでその言葉は発せられた。はい?と拍子抜けした気持ちになって、思わず「え、驚かないの。」ときいてしまった。それを聞いて、妹が初めて自分の方を振り返って見て喋った。
「あのさ、人がそんなにお姉ちゃんのこと気にしてると思ってるらしいけど、誰も興味ないからね。ほかの人はほかの人で自分のことで忙しいんだからさ。やりたいんなら勝手にやれば。」
目を見て言われた。またさっきと同じような苦しさが全身にはしる。だけどその苦しさが瞬く間に怒りへと変換されるのを感じる。その怒りというのは妹に対してではなくて、妹が自分に言い放ったことが圧倒的に正しいからだった。今まで自分が持ち合わせて大切にしてきた自意識なんて他人にとってはゴミみたいに価値がない。自意識から生まれる行動も同じように無価値だ。それが痛いほど理解できた。理解できたからこそ、怒りが込上がってくる。あーそうですか。そのまま何も言わずに妹の部屋から出て行き、ドアを閉めた。もう社会も家族も関係ない。やりたいことをやる。髪を刈る、坊主にする。それが自分にとって自分をも飛び越えた絶対的な命題だ。そう確信している。自分の部屋に入って新聞紙4枚を床に敷き、その真ん中に立ってバリカンに5ミリのアタッチメントを取り付けて、スイッチをスライドしてオンにする。幸い電池は中に入っていた。もう何も知らないし、知る。もう自分なんかどうなってもいいわ。
髪をすべて刈り終わった頃には、もう朝の4時ぐらいになっていた。自分の足元に散乱している髪の毛を見て、何とも言えない気持ちにかられている。ただそこにすがすがしさとかはない。今、頭の中に浮かんでいるのは、昔パソコンでインターネットサーフィンをしていたときに、今の自分と同じような、外国人の若い女の人が鏡を見ながらバリカンを手に持って、ブロンドの髪を刈っている写真を見た時の、あの写真の場面だった。別に、あの写真を見てから自分もそうしようと思ったわけではないのだけれど、今になって急に思い出してきた。たしか、昔のアメリカ映画のワンシーンだったような気がするけど、それが何ていうタイトルだったかを忘れてしまって、思い出そうとしている...。