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桃ガ飛ンデキマス!


軽く6時間は歩いた。


私と義経さんは鬱蒼とした森の中を歩いていた。周りは生気のない木々が生い茂っていて、なんだか不気味だ。月が雲隠れしたので、暗闇に包まれていた。


…虫の声だけが癒しです。


義経さん曰く、山道を通ってでも遠回りをしたいらしい。血まみれで珍妙な格好をした私を人目に触れさせたくないという料簡だろう。もう、へとへとです。


時刻は午前2時50分。


……え?なぜそんなにも正確な時刻が分かるかって?へへへ。


…実は、転生したばかりの時は気づかなかったのだけど、なんと、腕時計を付けていたのです!これは奇跡にも等しいです。だって私、普段時計つけない人だから。たまたま、本当にたまたま、買ったばかりの猫の腕時計を付けていたのです。


時計様様ですね。


…それはそうと、摩訶不思議なことが一つある。前を歩く彼に、その疑問をぶつけてみたいと思います。


「義経さん」


「なんだ?」


義経さんーー平安ラストサムライ・源義経の幽霊は顔だけこちらに向けた。


「…あの、辺りがこんなに真っ暗なのに、なんだか目がよく見えるのです。これって、切腹と何か関係があるのでしょうか…」


「幽霊は夜目が効くんだ。暗闇は大得意だからな」


…なるほど…。いや、なるほどじゃない…それってつまり…


「やっぱり私、死んでるんじゃないですか…。幽霊じゃないですか…」


「死んではいない。まあ、一度死んだから、体質だけは幽霊に近いが…。」


体のない幽霊に体質などというものはあるのでしょうか…。まあでも、何となくはわかった。


「…じゃっ、じゃあ、私の体は他にも、以前と変わった所とかはあるんですか…?」


「あるよ。体重が軽くなり身軽になったはずだ。…まあ、元々君は生まれたばかりの赤ん坊並みのノロさだから、少しマシになったくらいだろう。」


「はあ」


うぅ…なんかひどい…。


でも確かに、こんなに歩いたのに、物凄く疲れてはいない。これも、体重が軽くなったおかげなのだろうか。


「後は幽霊や怨霊が目に見えるようになったという事かな。これに関しては生きている人間でも、偶に目にしたりはするし、元来そういうのに敏感な者もいるけどな」


うーん、幽霊さんや怨霊さんが見えるようになったのか…私。ちょっと怖いなぁ。でもでも、こうして義経さんと話せるのはそのお陰なんだよね。


聞くことは聞いた。後でまた疑問が出てきたら、その時に聞こう。とりあえず今は、この山道を転ばないように、気をつけて歩くこと、それに神経を集中させることにします。


それからまた1時間程、暗い山道を歩いた。

ついに、待ちに待った時が訪れる。


「着いたぞ」


そう言ったのは義経さんだ。

辺り一面木々に囲まれている。森の中だった。


むっはー!


私は軽く万歳をしたあと、その場でドッと足を下ろした。足が汚れるのを承知でその場に座り込む。木の枝が膝に当たっていたかったけど、今は痛みよりも疲れの方が勝った。


「…な、長かったあ」


もう、一歩も歩けない。歩きたくない。


……それでここが目的地なの…?


何気なく顔を上げると、大きな鳥居があった。ベンガラ色には染められていなく、石でできた灰色の鳥居だ。鳥居の奥には小さな本堂がひとつポツンと佇んでいる。


…なんだか寂しげな神社だな…

まあ、夜の神社なんてそんなものか。

ところで…


「ここが、行き先…?」


「そう。木嶋坐天照御魂神社さ。」


…ん?


「こ、このしまにまにまに?」

舌を噛みそうなくらい長い名前だぁ。


「木嶋神社。木の嶋と書いて『このしま』だ」


ふーん。知らないところだ。

義経さんと鳥居の前で軽くペコリとお辞儀をした。そして長い参道を通り、本堂の前へやってきた。


「この辺で夜が明けるのを待つとしよう」


「ふぁあ?」


思わず声に出して感嘆してしまった。

そんなぁ…これだけ歩いたのに、外で待つの…?

腕時計を見る。まだ4時頃か…。今は夏の終わりだから、夜明けはあと1時間くらいかな…。……そんなに待てません!


「ねえ義経さん!なんで夜明けを待たなくちゃいけないの?もう待てませんよ」


「…いや、まあ、あの人を叩き起こして入れてもらっても良いんだが、桃を投げられるぞ」


ええ…。あの人ってだれ?桃を投げられるってなんでやねん!ツッコミどころが多そうな人だ…。でも、、


「桃くらい我慢します!」


桃ったって小さな玉だし、柔らかいし、超至近距離でもない限り当たりっこない。それよりも、なんでも良いから早く室内に入りたいよ…。野宿はやーだ!


義経さんは「はあ」と息を吐くと、


「わかった」


と言い、今来た参道を少し逆戻りした。

私も付いていく。すると、参道の途中に脇道のようなものがあった。そこに入っていくと…人一人入れるかくらいの少し大きめのお社が佇んでいた。


お社の、2メートルほど前で足を止める。すると義経さんはお社に向かって声を上げた。


「百襲姫、いるか」


……


シーン


返答はない。


「……ここに誰かいるんで…」


と言い終わる前に、お社の戸の小さな隙間から何かが物凄い速さでこちらに飛んできた。


…ふぇ?!


…桃ではない。なにか…細長い…?


「あ…」


咄嗟に認識した。

矢だ。弓矢の矢が、こちらに飛んでくるではありませんか!


思わず目を瞑る。


「…っ…」


………


………あ、あれ…?


そっと目を開けた。


すると、私にあと1センチの所で、ガッと義経さんが矢を掴んでいた。


「……」


…ふぇえ…


今これ、私に当たってたよね。義経さんが掴んでなかったら、死んでたのでは…。

ゾワワと全身の身の毛がよだつ。


義経さんは掴んだ矢を私の目の前に見せた。


「桃だ。これでも外は嫌?」


「……えと…これは桃じゃな…」


ん?


よく見ると、桃だ。というより、矢が、桃の実を貫いていた。真っ赤で小さな桃の実。

義経さん、桃を貫いている矢の事をただの『桃』と表現したんだ。これはどちらかというと、矢だよ…。やだよ…。

…うぅぅ。怖い。


私は震えながら義経さんに言った。


「外で、待ちます…」


「賢明だ」


その後は、また神社の本堂の方へ移動し、お賽銭箱に寄っかかって地べたに座った。そこで夜が明けるのを待った。


私はいつの間にか、深い眠りについていた。


そして、朝が来るのです。

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