ドッキリ…?
「どっきりですか…」
と、私は言った。
この源義経と名乗る謎の美少年から告げられた衝撃の一言。
私がこの子の息子になる…?
ありえません。ありえませんとも。
まあそれはさておき、ちょっと私の置かれている状態について、おさらいしておきたいと思います。
いきなり見知らぬ部屋で目を覚ました私、こと夢見坂リカは、平氏の怨霊さんに襲われてしまいました。そこを助けてくれたのが、源義経名乗る謎の少年。仮にAくんとしましょう。Aくんは言いました。
「僕は源義経。君にはこれから僕の息子となってもらう。」
そして、今。
「は…?どっきり…って何だ?」
少年は小首を傾げた。
「どっきりとは……」
そんな常識もないのでしょうか。それとも、テレビは全く見ないよ!というタイプの男の子なのでしょうか。
どっきりとは…か…………うーん…
「悪質なテレビ局の壮大なサプライズ…みたいなもの?」
「何を言っているのかサッパリ分からん」
「さっぱり……」
とぼけてるのかな…。カメラが入ってこないということは、まだドッキリは継続中というわけ…?別室、あるいはロケバスにてモニタリングされてるのかな…。
どっきり。
そう、きっと今、こうなっているのは、悪質なテレビ局の壮大なドッキリのせいです。
私の中ではそう決着しました。
だって、だっておかしいもん!怨霊なんているわけないし、源義経がまだ生きているはずもないっ!すなわち、すなわちすなわち、ドッキリなんだよ!いきなり知らない部屋で目が覚めたのは、きっと熟練した催眠術師さんの仕業。そういうの、前にテレビで見たことある!
…それに、こんなに可愛い顔の男の子、ジェイジュニアとかでしか見た事ないよ……
とにかく、早く家に帰りたい。
抗議します。
「あ、あの…サッパリ分からないのは私です。…だって、帰らないといけないのに…こんなの面白くなんもん…」
「は?」
「それにそれに、荷物はどこですか……」
相手が少年だということもあり、割りかし詰まらずに言えた。コミュ障の私にとって、もしもこの源義経役の仕掛け人が大人の男の人だったら緊張しちゃって喋れなかったと思う…。
少年は機嫌が悪そうに「はあ」とため息を吐くと
「とりあえず立て」
と言った。
初対面のくせに偉そうです。
お殿様にでもなったつもりなのでしょうか。
…とはいえ、立たないとここから出られないし、拉致が開かないので……。
足に力を入れ、立とうとした。
立とうとしたのだが…まだ足が震えて立ち上がれない。やっぱり今までの出来事は相当怖かったみたいで、まだ心が立ち直ることができない。もう一生物のトラウマです。
「立てません…。足が怖くて……」
「足が怖い?」
「あ、いや、足が震えてっ」
少し立腹気味に言ってみた。
「怒ってます!」という意思表示。言葉にする勇気はないので、態度で示す。
「このくらいでか、臆病者」
むう。
臆病者…。私がですか?口悪くないですか!急に知らない場所に連れてこられて、超怖い怨霊さんと対面させられて、、足がすくんじゃうのは当然なはずだよぅ…。
「もう…意地でも立たないんだから…」
たとえ立てたとしても、ね。私、ちょっと怒ってるんですから。
少年は呆れたようにため息をつくと「まあいいい」と言い、私の前に座った。落ち武者さんの死体に腰を掛けて。
「おい君、腹を見せろ」
はら…腹?!な、ななな何ですかいきなり!
「…ぜったい…ぜったい嫌!」
そんな、なんですかそのオマセさん発言は、女の子のそういうのに興味あるのかな…
インモラル案件です。
「何取り乱してるんだよ」
…はあ?
「…とっ…取り乱してなんかない…」
私は息を整えながら言った。
チラッと少年に一瞥を与える。
眉を『ム』の字にして、呆れたように目を瞑っていた。
……いいなあ、スッと通った鼻すじ。
羨ましがっている場合ではない。
もうこの子の整った顔は十分に堪能したつもりだから、早く帰りたいよぅ…
ーーぽろり
まぶたの裏に熱いものが溜まり、やがてそれが暖かい液体となって私の頰を濡らした。
ぐす、ぐす…
と、鼻をすする音だけが部屋に響く。
そんな私の濡れた顔を見た少年は、一瞬ものすごく嫌そうな顔をしたあと、右手の人差し指をこちらに向けた。
「君みたいに泣く事に抵抗のない子供は、嫌いだよ」
少年はそういうと、こちらに向けた人差し指を、ゆっくりと、ゆっくりと私の方へ近づけた。
その指が細く、あまりにも整っていたので、不覚にも思ってしまった。
…きれいな指だ……
どき、どき、どき
小さな傷ひとつない爪、真っ白なのに指先がほんの少しだけ赤みがかっている。
少年はそのメロウな指先を私のお腹にピトっとくっつけ、ツーっと『一』の字を描いた。
ハッとした。魅入っていて避けることができなかった…。もう、女の子のお腹触るなんて…………
ーーズキンッ
「痛っ…」
すると触られた場所から、突如として激痛が広がった。今までに感じたことのないような、嫌な痛みだった。
…なに、これ……
でもこの痛み……初めてではないように感じる。なんだか、デジャブに近いような…。
少年は私の肩が跳ねたのを見ると、小さく怪しい微笑を浮かべた。
「痛むだろ。腹を見てみろ」
「……」
私はセーラー服をめくり上げ、自らの腹を確認した。
「……ふぇ」
ーーそこには、見たこともない大きな傷跡があった。
幅20センチほどはあるであろう。なんとも痛々しい。まるで、切腹をした後みたいな。瘡蓋にはなっているが、赤い。これは相当深そうだ。
「なに…これ………」
「君は死んだんだよ。」
「…………」
…………………あ……………
思い出した。
私、夢遊病で切腹したんだ。
…えっと、確か刀で切った。…あれ、でもなんで刀を持ってたんだっけ.……。えっと、えっと…
頭の中にひどく老いたおじいさんの顔が浮かんだ。
「……あ…そ、そうだ…」
粋な口調のお爺さん。その人が、道端で、私に刀をくれたんだ。
頭の中で整理をした。
それでも腑に落ちない…。というか、信じられない。だって一回死んだのに、そんな、ファンタジーみたいな…。
ーーでも…
「痛かった…」
そう。痛かった。
そして、その時の私のお腹に、ひどくむごい光景が広がっていた。辺り一面を、赤くて黒い、ドロドロとした血が…。
あの時の惨たらしい光景が鮮明に思い出された。
その瞬間、思わずむぐっと思わず両手で口を抑える。
ドッドッドッ…と、心臓が強く波打ち始めた。
…そうだ、私、一回……死んで……
…では、今は?なんで私生きてるの…?
これは、ドッキリではない…。
夢でも……ない…。
なんで私は…………
「神様は」
少年の声が、私の思考を停止させた。
「何か、言っていたか」
「…神様……」
ーー神様。
…そうだ、私、神様に会ったんだ。魂だけみたいな、体のない状態みたいな…。あの、幻想的な…優しい声の…………
「…神様は、いる……」
「そうだ。神様はいる。君も一度死んだのなら会っただろう。その時に、何か、言っていたか」
少年の口調はゆっくりで丁寧だった。一文節ずつ噛みしめるように。
「……言ってた…」
「何て」
「私は、罪を犯したから、もう一人の罪人と、手を、合わすように…と……」
確かにそう言っていた。
でも…
「…わたし、悪いことなんか、してない……」
神様に咎められるほどの悪いことなんて覚えがない。そう思うと、再び涙が溢れでた。今感じているのは怒りや悲しみではない。恐怖だ。
「…怖い……なんでこんな事に…ここは、どこ…?」
「六道珍皇寺だ」
少年は何処吹く風で答えた。
六道珍皇寺…。知っている。来たことがある。先ほど閻魔大王様の像を見たとき、ピンと来ていた。
その、お堂の隙間から見える閻魔大王様の目が、なんとも恐ろしい。
なんでも、地獄と現世の境い目であり、冥界への入り口だとかなんとか云々…。
「君は、危うく地獄行きだった」
「…私、悪いことなんて」
「した。したからこうなっている。悪い行いなんていうのは、覚えがない奴の方が多いものだ。僕だって…….……」
少年は、言いかけてやめた。
しばしの沈黙が走る。
………
その沈黙を、少年が破った。
「で、神様は何か言っていたか」
「……ちょっ…ちょっと待ってください…」
私は少しだけ声を荒げた。
「……誰ですか…あなた……」
少年はまた「はあ」と息をつく。
「先程も言った。源義経だ」
「……あの、源義経義経ですか……」
「そう、その義経だ。」
「…」
なに言ってるの…。源義経……?
そんなの、いるわけないじゃない。
ーー普通だったら。
そう、今は普通じゃない。おかしい。何もかもがおかしい…
だって鮮明に残っている。刀に描いてあった桜の模様も…切腹したときの痛みも……神様の声も……
だから、この人は…
「あなたは、義経さん…」
「そうだ」
平氏の怨霊を倒していた、ものすごい脚力、剣さばきを駆使する謎の少年・源義経。私を助けてくれた。
「落ち着いたか?」
聞いたのは源義経……義経さんだ。
……落ち着いてはいない。いないけど…
「涙が枯れました」
「そうか」
義経さんは静かに頷いた。
彼の表情を疑うように、舐めるように見た。
…でも、なんで源義経がいるの…?
そもそも、本当に源義経なの…?
だってこの子、子供じゃないですか…。中学生くらいにしか見えないよ。
「それから、君に言っておくべき大切なことがある」
大切なこと…?
私は思わずポカンとだらしのない顔をした。
「ここは、君からしたら過去になる。」
ーーふぇ…?
何、言っているの…?
ここは過去って…。それじゃあまるで私がタイムスリップしたみたいな…
「元号でいうと」
義経さんはそう言い、ピンと親指を立て、目を眇めた。
「文久三年だ」
「ぶんきゅう…さんねん……」
ぶんきゅう、ぶんきゅう。脳内で聞いた文字を漢字に変換する。
文久。
「…え」
驚く。
ぶっ…ぶぶぶ文久?!
文久って文久って、文久三年って、
ばっ…ばっ…ばっ……
「幕末?!」
予想外の時代に勢いよく尻餅をついた。
江戸時代…そして圧倒的幕末。
外国の暦でいうと1864年。超動乱期。
……いや、そんな事あるはずがない。たしかに私はタイムスリップをする夢は見ていた。見てはいたけれど…『夢』には叶う夢と叶わない夢があって、私のは圧倒的後者だ。
それに、先ほど少年は、もしかしたら私は地獄行きだった、みたいな事を言っていたから…。危うく地獄に行きそうな人間に神様の力で夢を叶える権利なんてあるのでしょうか。いいえ…
「ありえません」
ありえませんとも。信じない。
「否、ありえたんだよ」
義経さんは私の呟きに答えた。
否定の言葉とともに。
「しょ…証拠……。証拠を示してください…」
心は思いのほか落ち着いているが、声が震えている。歯医者さんで検査を受ける前のような感覚だ。
「…証拠?」
彼は少し考える素振りを見せると、着物の、懐から何が書物のような物を取り出した。3冊。そして、それを私に向けて畳に並べる。
「あ……」
そこに並んだ書物を、私は知っている。
山東京伝の『江戸生艶気樺焼』、山東京伝の『心学早染草』、頼山陽の『日本外史』だった。それもその書物、古文書だ。
博物館などでよく見る、昔の日本の古本。
なぜか山東京伝の滑稽本が3分の2を占めているが、これはまぎれもない江戸時代の書物。
「黄表紙ですね…」
「そうだ」
黄表紙ーー江戸時代の滑稽本だ。ふざけた内容が多く、難しい理論などを嫌うと言う。現代だと漫画のようなポジションだが……
「…これが、江戸時代の証拠……」
「信じてくれたか」
…信じ兼ねますね。私とてそこまで疑い深い人間ではありませんが、これだけ見ても複製本という可能性もありますし…、まあ、証拠として一番説得力の高いものは一つ。
「街を…京の都を、見せてくださいよ」
「ふん、それはできん」
「ふぇ…」
「君の格好、珍妙すぎる。その格好で出ていったら間違えなく人々の注目の的になるだろう」
「……」
納得。納得はするけれども…
「そ、それじゃあ私信じられないままですよ…!」
正直、信じなくとも、ここは江戸時代であると言う疑惑にときめいている自分がいる。
本当だったらいいな、
と、心の中ではナムナムしている自分がいる。
だからこの義経さん名乗る少年には、さっさとここが江戸時代であると言う証拠を見せてもらいたいものなのですが…
「別に信じなくとも良い。いずれ、嫌でも分かるから」
むぅ。
今すぐ知りたいんだよ!江戸時代に来るのが夢だったの!…と、叫んだところでそれは癇癪を起こすのと変わらないので、心の叫びは心に収めておきます。
「とにかく」
義経さんは引き戸の方を見た。
「このお堂から出る。日が暮れたら門を出よう。」
「…はあ」
彼は小さく微笑をした。
「外の空気が吸いたいだろう」
「……」
別に、そう言うわけではないが…。




