出会イデス!
ーー目を覚ます。
長い眠りから覚めたようだった。
私は木造の部屋で仰向けになっていた。体を起こす。
覚えがない。というか、今まで私何をしてたんだっけ…。なんでこんな所にいるの…? 目を覚ます前の記憶もない。誰か知らない人と喋ったような記憶があるようなないような…。
辺りを見渡す。
床は畳で、落ち着く匂いが漂っていた。天井を見上げるが、電気は付いていない。そのため、少し薄暗かった。壁の、木の板の隙間から日光が差し込むだけである。
…ここ、どこ…?
立ち上がり、壁を触ってみる。
さわさわ、さわさわ、つるん
木の板はよく擦ってあり、触り心地が良い。
「あ…」
薄暗くてよく見えなかったが、扉のようなものを発見した。
押し引きして開けるタイプ…ではなさそうだ。日本式の、障子のような引き戸である。
手をかけて開けようとするが、外から鍵がかかっているのか…ピクリともしない。
…やだ、怖い…私、誘拐されちゃったのかな
誘拐、といえばチャップリンの遺体が盗まれて、身代金を要求されるなんて事件があったっけ…
まあ、この辺は専門外だからあまり掘り下げないでおくとしましょう。
「どうしよう…」
呟いて一歩下がる。
「うわ」
すると何かに滑ってドテーンと尻餅をついてしまった。床が畳だったからそれなりに衝撃は吸収してくれたけど…、結構痛いです。
「…もうっ…何…?」
足元に目を向ける。
するとそこには、何か小さなピンク色の塊が見えた。
…んんん〜?
顔を近付ける。
「んあっ…」
手鏡のようなものが転がっていた。手鏡…と言っても日本伝統の持ち手がある柄鏡ではなく、西洋式のパカパカと開くコンパクトの様なものだった。しかし、そのカバーは和風の花柄の布でできている。
「…かわいい……」
手にとり、パカっと中を開けると、モワァと白粉の妖艶な匂いが鼻腔をくすぐった。
中には、白粉とべにが入っていて、上部には小さな鏡が付いている。
わぁぁ……お化粧品だぁ…。
鏡に己のポカンとした顔が映った。
「…ううぅ…団子鼻…」
今はそんな事を気にしている場合ではない。どうにかしてこの場所から脱げ出さないといけない。手鏡をスカートのポケットにしまった。
畳に膝をつけながら、辺りを見渡す。
脱出の糸口は何一つ見つからない。なんだか江戸城に不時登城して水戸藩邸に謹慎になった徳川斉昭公の気分だ。
まあ、謹慎の場合は全く外に出られないわけではなかったのだけれど…。
…うーん、どうしよう…誘拐犯さんとご対面するのは、なんだか怖そうでやだなあ…殺されたり痛いことされるのかな。
底知れぬ恐怖が込み上げる。
ぶるぶるぶる
とはいえ……怖がっているだけでは何も解決しない。一旦部屋を調査してみようっ!
…まずは、床。
床に耳をつける。床は畳で、少しも傷んでいない。比較的新しいようで、木の心地よい香りがする。
「ふへぇ…」
…やっぱり畳と女は新しい方がいいですね!
江戸時代の諺に、そういうものがある。
しかし、今は畳の新しさなどどうでもいい。次は壁に耳を当てる。
すべすべ
「わああぁ…」
…腕の良い職人さんがよく磨いているんだろうな…。きっとすごく大事にされてる所なんだと思う。誘拐犯は、職人さんかな…。
壁からも、何も聞こえない。
それにしても畳や木の心地よい香り、なんだか西本願寺の本堂の中を思い出す。
こんな状況だが、少しワクワクしている自分がいた。
とはいえ、命の危機である事には変わりない。これこそリアル・リアル脱出ゲームである。もっと緊張感を持つべきですね。
「う〜む。警察に連絡すべきか…」
リュックサックは…。
辺りを見渡す。が、何も見当たらない。
家で誘拐されたのかな。いや、でもセーラー服だし。私基本的には家に帰ったらジャージに着替えるからなあ…。
ううぅ…困った。困りました。あの中には私の大事な土方先生のプロマイドや雑誌が入ってるのに…。あと苺メロンパンもっ…!どうか、どうか無事でいてください。私のリュックサックもとい中身。なむなむ。
…あ、でも携帯だったらポケットに入れてるはず…
スカートのポケットに手を入れようとした時、何気なく一歩下がった。すると…
ガン
と、背中に何かがあたった。
痛ぁい。…なにこれ、石…?
振り向く。
「…ふぁっ」
目に移ったのは、閻魔大王の巨大な銅像だ。壁一面見えなくなるくらい大きい。真っ赤な顔にまん丸の瞳。そして何よりも恐ろしい、怒りの表情。
うへえ、びっくりしたあ…。
薄暗くて気づかなかった。でもこの閻魔大王様…どこかで見たことある様な…
ペタンと尻餅をつく。
「…あ…」
ピンっときた。
…もしかして、ここ…
と、その時だ。
背後に、何か非常に冷たい空気が当たったというか、ヒンヤリとした気配を感じた。こんな感覚初めて…。
…?
何気なく振り向く。
「あ…」
と、思わず声を漏らした。
足が、見えたのだ。というのも私はペタンと座っている状態だから、足の主の顔が見えない。足は沢山ある。皆、白くほっそりとしていて、ボロボロの草鞋を履いていた。
…ふぇ……?
いつの間に……ていうか、いつ入ってきたの?
恐る恐る、顔を見上げる。
ぞくっ
という振動が、体中に走った。鳥肌が立つ。その時、目に移ったものが、世にも恐ろしい、おどろおどろしいものだったからだ。
ーー落ち武者ー
だ。打ち身はそうだった。
が、よく見ると彼らには顔がない。顔の、肉がない。骨なのだ。全身骸骨な上、髪の毛だけが生えている状態で、鎧を着ていた。
それも見る限りかなりの大人数で…
「1、2、3、4…」
数えても数え切れないほどの落ち武者が、この狭い部屋の中に詰まっていた。
なにこれ…夢ですか…?でも、夢にしてはなんだかリアルすぎる。思い切って自分の頰を強くつねってみた。が、ただ痛いだけだった。そして思いのほかプニプニしていてダイエットの必要性を感じてしまった。
夢じゃない…。
「うそ…でしょ…」
ぶるぶるぶるぶるぶる
と、体が身震いする。
そして、次に目に入ったのは落ち武者さんが片手に握る刀だった。
…なんで刀なんか持ってるの…。なんで鞘から出してるの…?
嫌な予感がした。
…まって、まって、その刀を、どうするつもりですか……
すると落ち武者さんは、ゆっくりと刀を振り上げた。
まじですか……
…ねえ!夢だよね。こんなの、あるわけがないよねっ!!
何?刀を振り上げて何するの。まさか私を斬ろうとしてるんじゃないよね。その刀、模造刀だよね。ね。
「…や……」
ホロリと涙が滴り落ちる。
そしてーー
落ち武者さんが私めがけてものすごい勢いで刀を振り下ろした。
ドカンっ
と、大きな音が室内に鳴り響く。
「あ…あうぅぅ」
尻餅をつきながら咄嗟に後ろに下がったのが功を奏した。刀が、私の足と足の間の畳に刺さっていたのだ。
あと、数センチの差で、私は真っ二つ…
ひっく、ひっく、うぐぐぅ…
と、己のだらしない泣き声だけが、耳に入った。
ううぅ…。もう、死んじゃうのかな…。やだよぅ……。
「………」
いや、まてまて、待つのです私。なんだか諦めムードになってしまっているけれど、ただ死を待つばかりが日本女児ですか!
…ちがうよね。
怖いけど、すごく、すごく怖いけど、最後まで諦めちゃだめだよ。土方先生は、最後まで諦めないで、死ぬまで戦ったの。私も、私だって……。
どうにか助かる方法はないか、考えを巡らす……時間はなさそうです。第2発が来るのは時間の問題でしょう。
だから、えっと…まずは立ってみて……
「あ……」
なんということでしょう。足がすくんで立てません!人は慣れない高いところに行ったり、ヤクザの人に刃物を向けられたりすると動けなくなるっていうけど…それだ!
刀を持った落ち武者さんたちに囲まれてるんだから、足がすくむのも、当然かあ…
むんむん!
当然かあ…じゃないよ!死んじゃうよ!
立て!立って!私!立って逃げて!
また、涙がボロボロと流れ落ちるのを感じた。ひっく、ひっく。
もう!なんで…。私まだ、死にたくないよ…
それになんだかさっきからお腹が痛い。ジンジンとした痛みが段々つよくなっている気がする…。
こんな時に…。
ーーーーあ
何気なく落ち武者さんの方を見上げた時、その群れの奥の方に一旒の旗が、目に入った。
…あっ……あれは…
ーーー揚羽蝶紋
可愛らしい(というのは個人の主観だけど)蝶々のイラストが描いてあった。そしてこれは、紛れまない、平氏の家紋だ。
平氏…平安時代の武家一族である。有名な人で言うと、平将門とか、平清盛などがいる。最後には源義経、もとい源氏に負けてしまったのだけれど…
なんで、なんでこんなところに…
なんて考えていたら、目の前の畳に刺さっていた刀がスッと抜かれた。
「あ…」
恐る恐る見上げる。
また、落ち武者さんが刀を振り上げていた。
「うそ…」
うそじゃない。本当に、刀を振り上げていた。第2発が…来る…?
やだ、やだやだやだやだ!
今度は早めに、泣きべそをかきながら一生懸命に後ろへ下がった。
はやく、逃げなきゃ…
もう立てなくても、尻餅をつきながらでもいいから、ここから出なければいけない。でないと殺されてしまう。
ズズズ、とお尻を引きずりながら後ろへ下がった。すると背中に何かトンっと当たった。
ふぇ…
嫌な予感がしながらも、ゆっくりと、背後に目を向ける。
あ…あ……あう…………
絶体絶命。
というしかないでしょう。
「落ち武者さん……」
が、背後にいた。それも数人だ。
ーー囲まれちゃった…
絶望感にドスン、と心体を潰されそうになった。お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けて…
ーーズキンッ…!
運の悪いことにその瞬間、腹の痛みが、突如として大きくなった。割れそうな、いや、もう割れているのではないかと思うくらい、痛い。
じんじんじんじんじんじん
「ふぐうぅっ…」
お腹を抱え込み、うずくまる。
「なんで…こんな時に…」
お腹の痛みはやがて激しい激痛に転じた。
じんじんじんじんじんじん
こんなに痛いのに正気を保っていられるのが不思議なくらいの痛みだ。
やだっ…いたいよぅ…お兄ちゃんっ…!
じんじんじんじんじんじん
刀を持った落ち武者さんに囲まれ、さらに激痛が走り、もう絶体絶命!
ボロボロと千筋の涙が頬を伝う。
……でも……でも…こんなところで死にたくないよ…。
どうにかして逃げる方法はないか痛みを堪え頭で考えた。が、何も思いつかない。痛みに思考を邪魔されている。…くそぅ。
ーートクン
その時、あ、と思うような案が、頭に浮かんだ。
ーートクン
先程目に入った揚羽蝶の旗、平氏の家紋……。この人たちは、平氏の怨霊……?『耳なし芳一』に出てきたような……。
ーートクン
尚も腹の激痛は治らない。だけど、このままうずくまって思案しているだけじゃ事は何も解決しない。
ーートクン
もう、痛くても怖くても、ダメ元でも、これしかない!
落ち武者さんが刀を振り下ろす…瞬間、私は痛みを堪えて声を張り上げた。
「…ぎっ……ぎおんしょうじゃの鐘のこえ……しょぎょうむじょうの……響き…あり……」
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
平氏の繁栄、そして没落を描いた軍艦物語『平家物語』の冒頭部分である。
小泉八雲作『耳なし芳一』という作品では、琵琶法師の芳一さんが平家の怨霊に平家物語を歌い、彼らにひどく気に入られている。
私も、気に入られる…までは行かなくても、せめて聞き入ってくれることを望みに、藁にもすがる気持ちで、暗唱した。
続ける。
「……さらそうじゅの花の色…じょうしゃひっすいの理をあらわす…………」
チラッと落ち武者さんの方を見た。
すると、刀を握り振り上げられていた手が、スッと力なく地面に下された。
ーーもしかして、作戦成功ですか…
私は、助かる…?
……じゅ…授業で暗記しててよかったあ!中学の時の国語教師・安藤先生に感謝です!
このまま平家物語を暗唱して、頑張って立って逃げる作戦です。
痛いのは我慢。それに先程より少し痛みは和らいでいる。安心感のおかげかな…。
「…………」
…えっと、続き、続き、
「…………」
………………
あれ……あれれ?
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。の、続き……
「…………」
あ…えっと……うーんと…………うぅ…うん…。うん…これは…その…………あれです。
ど忘れました。
ど忘れました。ええ!ど忘れましたとも!忘れました!…というか、ど忘れも何も、私この二行しか覚えてないんだった…!
もう、私のドジっ子さん☆
じゃない!冗談にならないよ!
最後の望みが、藁にもすがる思いだったのに、その藁さえも無くなってしまったよっ!
はううぅぅう
ばか!私のばか!あほやろう!すかぽんたんのぽん!
落ち武者さんの方を見る。
もう続きが分からなから振り下ろされるのも時間の問題…
うぅぅぅぅ…打開策が思いつかないよ…
土方先生…!土方先生の写真が最後に見たいよ…土方先生…トシサン……
ひっく、ひっく、うぐぐぅ…
泣いていると、目の前の落ち武者さんが再度刀を振り上げた。
時間おーばー
です。
立とうとしても足がすくんで動かない。絶体絶命再び……!
もう、今度こそ助からない…。そう確信した。
目を、閉じる。
もう考えるのも嫌になった。なぜ私がこんな目になっているのかは分からない。私、悪いことなんかした覚えない。
…はあ、もう本当、世の中は勧善懲悪じゃないんだ…。
どうして私なんだろう。
無念腹だ。
「………………」
ーービュンっ
と、風を切るような音が聞こえた。
恐らく落ち武者さんが刀を振り下ろしたんでしょう。
そのまま私は真っ二つ…か……
………………
まっぷたつ…
まっぷたつ…
2つ…
……
……死
……
やっぱり、やっぱり……
「そんなのやだ!!!!!」
ぱちっと目を開ける。
すると目に移ったのは…こちらに向かって吹っ飛ぶ落ち武者さんの顔面…
がんめん?!
ふぇっ…
私のおつむに落ち武者さんの頭がコツーンと当たる。
「痛ぁ…」
そのままコロコロと私の股の間を落ち武者さんの頭…骸骨が、転がった。
や、や、や…………
「やだあ!」
私は尻餅をつきながら後ろへ下がる。
が、次は鎧を着た落ち武者さんの硬い胴体が、こちらに落ちてきた。
ひいいぃ
どうゆうこと?!
体にものすごい衝撃が走った。
ズッシリと重い胴体が私の体に覆いかぶさってきて、まるでギューをしたような感じになる。
「ふえぇぇぇぇ」
何がどういうことか分からず、パッと落ち武者さんが立っていた場所を見上げた。
そこにはーー
「………………え……」
少年が立っていた。
年は中学生くらいだろうか。その片手には…刀が握ってある。
…ま、まさか…この少年が、落ち武者さんを斬ったの…?
しかしこの少年。妙なのはその珍妙な格好だった。白をスタンダードにした平安時代の童が着るような着物に、思わず触りたくなるような綺麗な黒髪を後ろで束ねている。真っ白な肌に整った顔立ち。
…なんていうか…この子……
「牛若丸…」
だ。昔話でおなじみのあの人。源義経の幼少期。
少年はその小さく血色の良いピンク色をした口を開いた。
「おい君、ベソをかくな」
「…うええ…」
なんでか分からないけど、怒気を孕んでいるような声だった。
私、何かしたのかな…。分からない。分からないけどどうでもいい。助けにきてくれたって事だよね…。だとしたら彼は私にとって命の恩人だ。
他の落ち武者さんたちが、次々と刀を抜いた。そして少年に向かって一斉にその切っ先を向ける。
「…し、死んじゃうよ…」
思わず声を漏らした。
こんなに大勢相手にこの少年が勝てるはずない。この子だって子供だし…。感謝はするけど、命を投げ打って助けに来てくれたことには感謝するけど…。絶望です。
「甘えるな」
言ったのは、少年だ。
…甘えるな?私が、誰に?まさか、少年にってことかな…。たしかに、そうかもしれないけど…。
その時だ。少年がガーンと私の鳩尾に、思いっきり蹴りを入れた。
体中に大きな衝撃が走る。後ろに勢いよく吹っ飛び、壁に強く背中をぶつけた。
「はうっ…」
…な、なに…?
痛み…よりも、ハテナマークが頭上で浮かぶのを感じた。私はただパチクリと少年のムッとした顔を見ているだけだったが、やがて「…あ」と我に帰った。
…蹴った。
この少年、私を蹴った!蹴りました!今!ものすごく強く。親にも蹴られた事ないのにっ。
困惑した。私、蹴られる様なことしたかな。ていうかすっごーく痛いんだけど!
「な、なんで…」
「なんかムカついたから」
「ええ…」
ひどい!ひどいよ…。あ、でもひどくないのかな…。助けに来てくれたんだもんね…。…本当に、助けに来て…くれたんだよね……?
だったら一発の蹴りくらい…。
少年は私に背中を向けた。
そして刀を構える。
すると落ち武者さんの1人がものすごい速さで掛けてきた。少年に刀を振り下ろす。
が、少年はしゃなりとそれを避けると、落ち武者さんを綺麗な右袈裟に斬った。その体は、ガタっと後ろに倒む。
…わぁぁぁ…
なんて早い剣さばきなんだ…
さらに他の落ち武者さん達が一斉に少年に向かって刀を振り回した。
少年はその1つ1つを華麗にさばき、1人残らず斬っていった。
まさに打打発止です。
「…か、カッコいい」
その姿があまりにも品やかで気品があったので、思わず魅入ってしまった。
少年の顔が見えるたびにドキリとする。様相は全然違うけど、なんだか彼の事が土方先生のように見えた。
そして数分後、斬り合いは終わった。斬り合い…というか、少年の一方的な”斬り”だったのだけど…。
兎にも角にも、おわった。落ち武者さんたちのご遺体が部屋中に横たわっている。不思議なことに血は一滴も溢れていなかった。
あ、骨だから当然か…
少年は部屋の中心に立ち、慣れた手つきで刀を鞘へと納めた。
…やっぱり、助けに来てくれたんだ…。そうだよね。
少年はこちらに背を向けている。
だから、今どんな顔をしているのか分からなかった。
しーん
と、部屋中に静けさが走った。
あぇぇぇぇえ。なんか、なんか言わなきゃ…。
えっと…
「お…桶狭間みたいですね!狭いところでたくさんの敵を、ドーン!と」
語彙力ぅぅっ…。ていうか、変なことを言ってしまった…。もっと良いこと言えなかったのかな…普通に「ありがとうございます」とか……。ううぅぅ。
少年は返事をせず、スッとこちらに顔を向けた。顔は…無表情だった。ただ、薄花桜色の綺麗な瞳が、じっと私を捉えていた。
「ふぇ…」
少年のその目を見たとき、何かが胸の中にストーンと落ちた。そしてドキ、ドキ、ドキ、と心臓の鼓動は強くるのを感じた。
…なに、これ……
あ、いや…その……ほ、惚れたとかじゃないんですよ。もちろん怖いとかでもなくて…
なんていうか、そう。その、彼の視線に圧倒された、という感じです。
すると少年は、ゆっくりとこちらに歩み寄った。いや、ゆっくりではないけど、実際にはスタスタスタって感じなんだけど。
…なぜだろう、私にはものすごくスローモーションに見える。
そして、その一歩一歩に、喜びを感じた。頰が熱くなる。
……なにこの気持ち…。おかしいな。
怨霊さんを倒してくれたから、感謝の念で心が一杯になっちゃったのかな。
少年は、私との距離があと1メートルほど、というところで、その歩みを止めた。
……?
私は、彼のそんな動向を見ているだけだった。ただ不思議と、恐怖は感じない。
ーースッ…
すると少年は刀をこちらに刀を向けた。
…ふぇ、な、なに…。
何するの。まさか私の事斬ろうとしてるわけじゃないよね…。
すると少年の口から、意外な言葉が飛んできた。
「君、名をなんと言うのだ」
その声色は意外と優くて、ビリビリ、と体中に快感が走った。先程から私がおかしい。私が…というか、私の体がおかしい。
「……ゆ…夢見坂リカです…」
とりあえず答えた。
うーん、この少年の目的が、いまいち分かりません。名前を聞いて、どうするつもりなのでしょう。
「そうか」と少年は小さな顎で頷くと、次の瞬間、衝撃的な一言を発した。
「僕は源義経。君にはこれから僕の息子となってもらう」
「……」
……はあ?