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朝デス。


朝、目が覚める。


チュンチュン


と、大河ドラマによく使われる効果音のような、かよわい小鳥の声が聞こえた。


上体を起こし「うーん」と思いっきり背伸びをする。その時に何気なくあたりを見渡した。


「1人…か……」


少し寂しくなった。

が、朝だ。外は明るい。外に出れば一人というわけでもない。


…百襲姫さん、もう起きてるのかな。


つけたままの腕時計で時刻を確認すると…

12時50分という恐ろしい時間だったので、慌てて立ち上がった。


ふぁぁぁあ、とんでもない朝寝だ…

…いや、もう朝ではないから…昼寝…?



えっと、どうしよう。とりあえず蚕ノ社に向かうか…。着替えは…


何気なく枕元の方へ目を向けると、昨日、百襲姫さんが洗ってくれた制服がぴっちりと畳んであった。


…あれ、私、適当にその辺に投げ捨てたはずなのに…。ま、いっか。


せっかくなのでその制服に着替えた。

借りていた寝巻着も畳布団の上に置いておく。


「ふへへ」


久しぶりの制服に思わず笑みが零れる。着物は好きだけど…やっぱり普段から着慣れている制服の方がしっくりくるなぁ。第一着物は足を広げられないしね。


ルンルン気分でお堂の戸をあける。

スウっと外の世界心地よい空気が部屋に広がった。そして、私はローファーを履くと、お堂から外へと足を踏み出した。


「あ…」


外の景色を見回すが、その境内には誰一人としていなかった。参道の上を数匹の小鳥がピコピコと歩いているだけ。


ぽつーん


…参拝者もいないんだね…


少し寂しい気持ちになった。

なんだか現代の学校での自分を思い出すなぁ。友達、一人もできなかった。自分のせいなんだけどね。まあ、だからどうしたというお話だ。学校で一人な分には何一つ不自由はなかったし、寂しくもなかった。ちょっと恥ずかしいだけ。


…とはいえ、今は江戸時代だ。あのくだらない学校生活は忘れ、十分に生きようじゃないですか。


ふう、と息をついた。


「さてと」


蚕ノ社に行こうか。百襲姫さんも流石に起きていると思うし。

…いや、せっかくだから辺りを散策してみるというのもあるかも…


この神社に来たのは、現代を含め初めてだし、実を言うと『森』という場所に立ち入るのも初めてだった。


お兄ちゃんの行ってはいけない場所リスト、ゲームセンター、カラオケ、男の子のお家、真夜中のトンネル、プール、心霊スポット、そして最後に『森』だ。理由は『危ないから』らしい。


…だから森を見たことのない私は『自然』と言うものに対してはあやふやな価値しか感じていなかったのだけれど…。いざ来てみると、良いものである。


「よし」


参道を早足で通り、鳥居を抜けた。

出る時に、神社に向かって一礼する。これは神社に訪れた時の礼儀だ。『失礼します』『失礼しました』の挨拶だけは、しっかりしておこう。


さて、森。


少し歩く。

虫がいそうでほんのちょっとだけ怖かったけれど、中々気持ちいものである。木影から漏れる日の光が地面をまだら模様に照らしていて、古典風に言って『おかし』だ。


心地よい風が吹き抜ける。


ザァァァァァァ…


すると一斉に草木が揺れ、葉擦れの音が辺り一面に響き渡った。


都会のジャカジャカした音も好きだが、たまにはこういうのも良い。


目をつむり、その場にしゃがんだ。

もうちょっとこの音を堪能していよう。


するとどこからともなく、


ーーチロチロ、チロチロ、


と、水の流れるような音が聞こえた。


「…あ」


場所は、そんなに遠くない。音から察するにとても穏やかな流れだろう。どんな川なんだろう…。ふと気になった。


『自然に囲まれた川』なんだか神聖な響きである。アニメや漫画の世界だったらここで、何か大きな出会いが巡ってきそうな響。


ーー見てみたい。


好奇心が疼いた。


…キレイだったら顔でも洗ってこようかな


私は立ち上がると、水の音の方へと向かった。


ーーチロチロ、チロチロ


だんだん音が近くなる。

地面には、根っこが飛び出ていたり、ぬかるんでいる場所があったりして、足元が少し悪かっので、気をつけて歩いた。


…ローファーで来る場所ではないな。


そう思った。長靴とか、それ用のシューズとか、そういうものの方が適していよう。


しばらく歩くと、小さな小川を発見した。幅は1メートルほど。覗くと、川の底がはっきり見えるくらい水が透明だった。


「わあああ」


こんな川、テレビでしか見たことないよ!

大河ドラマとかだったら、お姫様が従者のお婆ちゃんと一緒にここへ来て、水を両手で組んで、呑んでいそうな場所。


…呑んでみようかな


とも思ったけど、焦って川の水を飲むほど喉は乾いていない。第一私はお姫様ではない。庶民だ。もしも生粋の江戸時代生まれだったら百姓の娘あたりだっただろう。


まあでも、飲まなくても、川の温度くらい感じてみたいと思った。川縁にしゃがみ、水の中にスッと手を入れる。


「あ…」


良い。きもちい。

川の流れは緩やかで、手の周り、指の間を駆け抜ける水が非常に心地よい。


…しばらくこうしてよう。

数分くらい何も考えず、ただ水の流れを感じていた。が……


「義経さん…」


ふと、昨夜のことを思い出した。


彼が16歳であること。罪を犯した記憶がないこと。それに対して強く罪悪感を感じていること。義経さんがそれを教えてくれた、昨日の夜。


落ち着いた水の流れを感じながら、少し悔しい気持ちになった。


…私に何か出来ることがあれば良いのに。


だけど…、義経さんが700年も現世にいながら未だ解決していない。私がどうこう出来ることではないだろう。まあ、迷惑をかけないという事に徹すべし。というやつです。


昨日は迷惑をかけてしまった。後半ずっと泣いちゃって、義経さん困ったろうなあ。蹴ってくれてよかったんだけど…


「はあ」


ため息をつく。


「……」


…そういえば私、昨日なんか変な事言ってなかったっけ…。泣きながら勢いに任せて声を出してたから、なにかとんでもない失言をしたような…


えっと、えっと…たしか……


あ、と思い出した。


『私、義経さん大好きです。』


言った。言いました!すっごく変なこと!聞かれてもないのに変なこと!

思い出した瞬間、全身が熱くなり、心臓が締め付けられるような感覚に陥った。


…あぁぁあ。


わ、私、私、なんて失言をしてしまったのでしょう!

あれじゃ、あれじゃまるで私が義経さんのこと…好…みないな……


いや、ないない。絶対にない。だって出会ってまだ3日だよ!私ってそんなに好色だったっけ…?そんな事はないはずだ。


だって土方先生一筋だもん。土方先生に恋してるんだもん。お兄ちゃんも好きだけど!別にそれ以外の男の子なんて、興味ないもの。




ーーそれが例え、自分を助けてくれた強いお侍さんだとしても…?




…いやいや、なんの問いですかまったく。そんな、私は別に、助けてくれたことには本当に感謝しているけれど、それが恋愛感情だなんて事はない。


ーーでも…


初めて出会った時の平氏の怨霊さんから守ってくれた、義経さんの剣さばきを思い出す。


…まあ、あれはカッコ良かった…な……


ぽぉぉ


と、今度は心と体が生暖かくなった。

次に、心臓がばくばくし始める。思わずギュウゥゥと胸に手を当てた。


「…なにこれ…」


その時だった。


「おい、こんな所にいたのか」


「…ふぁっ」


背後から、聞き覚えのある声がした。中学生くらいの男の子の声だ。


ゆっくりと振り返る。

義経さんが、立っていた。

すでに抜いてある刀をプランプランしている。


「……あ、おはようございます…」


「早くないぞ」


「……」


私は慌てて立ち上がり、今の今まで川につけていた手を、せっせとスカートで拭いた。


彼はそれを見て、一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにいつもの無表情へと戻る。


「朝餉は食べたのか」


「……ま、まだです…」


「もう百襲姫は起きているから、とっとと食ってこい。その後は、特訓だ」


「はい……。」


その命令混じりの、強い口調が好きだ。そんな事を思ってしまった。まあ、怒られるのは嫌だけど…。


ふと、義経さんが握る、刀へと目を向けた。


「あの……ところで、なんで刀が抜いてあるんですか…」


彼は握っていた刀を己の顔の前に持ってきて、刃を撫でた。


「ああ、ちょっと六道珍皇寺の方まで行っててな。そこでまたあの怨霊どもと一戦を交えることになったんだよ」


……え…。六道珍皇寺って、私が最初に転生した場所だよね。私が寝ている間にそんな遠くまで行ってきたの…。


「…でも、何しに行ったんですか」


「君を襲った怨霊を送り込んだ奴が誰なのか、調べようと思ったんだが…」


「はあ…」


「邪魔が入って一戦交えることになってしまった。君との約束もあるから、夜明けとともに戻ってきたんだよ」


「約束…」


…なんだっけ。何かしたかなぁ


「昨日、寝る前、」


「あ、鍛えてくれるのですよね。」


そうそう。一瞬忘れかけてたけど、今日からは頑張る!って決めたんだった。


義経さん、そのために戻ってきたのか…

また、胸が熱くなった。本当、おかしいよ。どうしたんだろう。


彼は私の横に来ると、川縁にしゃがみ、刀を水につけた。


「なに、してるんですか」


「邪気を流してるんだよ。昨晩はたくさん斬ったから」


「ふーん」


邪気って…川で流せるものなのかな…なんて疑問にも思ったけど…それよりも…


しゃがんでいる義経さんを上から見る。


……義経さん、背中、意外と小さい…


このまま後ろからギュゥゥゥゥウって抱きついたら包み込めてしまいそう…


いや、しないけどね、しませんけどね…


しないけど…ちょっと触るだけなら、いいよね…。


ーー魔が差した、と言っていいでしょう


まさしく『魔』の力にそそのかされたかのように、ほぼ無意識で、後ろからゆっくりと、義経さんの背中に手を伸ばした。そーっと、その小さな背中めがけて…


と、その瞬間、義経さんがクルリとこちらに振り向いた。


「…ぁ…」


「え…」


彼は私の手を、少しだけ驚いた様に凝視した後、次に私の顔へ目を向けた。


慌てて手を後ろに回す。

はぁぁぁ、なんとうタイミングでしょう!!

まさか振り向かれるなんて、こんなの回避不可能ですよ…。


そもそも論、なんで手なんか伸ばしちゃったの!触ったら触ったで「は?なに?」ってなるし…。うぅぅ…とりあえずここは一旦退きます。


「えぇぇっ…と、あのぅ…これこら、朝餉を食べてくるので、あの、お社に、戻ってますね!」


「あ…ああ」


義経さんは少し戸惑った様子で返事をする。


私は「では!」とこの時代にはない敬礼をすると、足早にその場を去った。


うぅぅ。もう、なんなんでしょうか…










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