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過去


16歳以降の出来事を…経験していない…?

どういうこと…?

だって義経さんは文治五年に自害して、没年31歳だったはず。

それはおかしい…


「……えっと…」


考えれば考えるほど、頭上に『?』マークが飛び交う。うーん、なんかよく分からないけど、それも…


「……『神様の気まぐれ』ってやつですかね…」


その一言で何でも説明がつくパワーワードだ。


「いや、というか『適当』だろう」


「はあ…」


え、『適当』? 『気まぐれ』じゃなくて…。新しい単語の登場に、さらに困惑が広がった。


「僕は一度死んで、幽霊になった」


「はい…」


でしょうね。幽霊さんには死なないとなれないものです。


「しかし、幽霊になったのは16つの僕だったんだ」


…うーん…んん?

えっと、それはつまり…


「……つ、つまり、幽霊さんとして現世に復帰…、した時に、その体も心も、16歳になってたってことですか…?先述の通り、記憶も……」


あ、先『述』ではないか。

そんな事は今はどうでもいい。


義経さんは小さくコクリと頷いた。


「そういう事だ」


「…………」


あ、と思った。


…なんだか…義経さん、寂しそうな顔をしている…?


目が、少し虚と言うか何というか…


普段はクールな義経さん。いつも通りの無表情な事には変わりないんだけど。


…なんだろう…でも…なんか、なんか言わなきゃ…


そう思った。


えっとぉ……


「…で、でも…義経さんは、幽霊として700年間生きてきたわけですよね…。それってもう、700何歳と同じくらい成長してるという事で…。享年なんかとっくに超えてますね!」


「……」


フォローにもならないフォローの言葉をかけてしまったような気がした…。こういうの、『余計な一言』と言うのを、私は知っている。


「僕は」


義経さんは尚も無表情で、感情の入っていないような声のまま、口を開いた。


「精神年齢は今も16歳のままだ」


……え?


「幽霊となって100年もしないうちに気づいたよ。幽霊は成長しないって。それは体もだが、心もだった」


「…そ、そんな…事はないですよ。だって、義経さん私より一個上に見えないもん。すっごく、すっごく大人に見えますよ!」


「それは君が子供すぎるだけだと思う」


「あ、はい…」


…仰る通りです。

ひと蹴りされてしまいました。


「だから…」


義経さんは再度己の袴へと目を移した。そして、それをギュウゥゥと両手で強く握った。


「罪の意識が毛頭も持てない。刀を無くしたという戦いの記憶も残っていない。おまけに心も体も子供のままだ」


「…………」


まるで己を攻めるような言い方だった。

表情はピクリとも動かない。眉ひとつ動かさない。だけど、勘違いかもしれないけれど、ヒシヒシと伝わってきた。


…あ、そっか、この人…この子は……


ーー悔しいんだ。


そう。


罪の意識がない事が、罪の意識を持っていない自分が。


それはもしかしたら、しっかりと記憶があって現世で幽霊をするよりも、辛い事なのではないだろうか。700年間、子供の精神のまま、自分を攻め続け、その重りをずっと背負ってきた。


そんなの……そんなの…



ぽろり



私の中の、何かが崩落した。



「おい、なんで君が泣くんだよ」


気づくと頰に、ボロボロと何筋もの涙が伝っていた。


「…あ、あうっ…」


思わず声が漏れた。


…しまった。

義経さんのお話を聞いてたら胸がズキンズキンして、すごく痛くて…

辛いのは義経さんなのに私が泣くのはおかしい。

でも、こんな話を聞いちゃったら…


さめざめと涙が止まらなくなった。


ひっぐ、ひっぐ、、すずぅ、


「わ、私…、義経さん大好きです…」


「…っはあ?!」


「……す…すごく強くて…カッコよくて……立派で、大人で…、私には絶対にない強さを…あらゆる強さを持ち合わせてて……」


ぐすっ…ぐすっ……ひぐぅ…


と、だらしのない泣き声が室内に響いた。

もう、ダメなのに…


「ちょっと待て、一旦落ち着け」


「……ぶぁい…」


…どうしよう、なんか泣きスイッチ入っちゃって落ち着けないんですけどぉぉ…


ぐす、ぐす…


「あーもう…」


義経さんは困ったような声を上げると、体育座りを崩し、私の前で床に両膝をついた。


「蹴るぞ」


「…もう…全然蹴ってぐだざいぃ……私なんて、私なんて義経さんに比べだらぁ……」


…ぐす、ぐす…


あの話を聞いてしまったら蹴りの一つや二つなんて大した事ない……。むしろこんなだらしのない私を蹴って欲しいくらいだ。


「僕が悪かった。話が過ぎたよ。だから落ち着け」


「うぅ…」


私はがんばって口をへの字にし、声を漏らさないようにした。


「……っ……っ…」


「それでいい。そのまま布団に入って」


涙は止まらないが、私は黙りながら、言われた通り布団の中に潜る。

枕の上に頭を落ち着かせた。

声が漏れそうになったので掛け布団で口元を隠す。


義経さんはそれを見ると、行灯の方へ行き「フッ…」と灯火を吹き消した。


あたり一面全ての景色が暗闇へと沈んでゆく。

…まあ、夜目が効くという幽霊の体質を手に入れた私にとってはあまり変わりないんだけど。でも、心が落ち着いた。

暗闇は怖くて寂しいが、優しい。


義経さんの罪の意識も、暗闇が癒してくれればいいのに…。


「今夜は喋りすぎた。」


「…っと、とっても…ためになりました…。義経さんのお話は、財産です」


…ちょっと言葉が過ぎたかな。人の辛い過去を『財産』というのは少し不謹慎だったかもしれない。ピリっと心が痛くなった。

でも本当に、おべんちゃらでもなく、そう思ったんだもん。


「ならいい。明日もバシバシ鍛えるからな」


「…はい」


義経さんは静かな声で言った。


「おやすみだ」







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