ハラキリ
話を戻す。
場所は蚕ノ社。私は『怨霊と戦う』という決意を表明したのち、百襲姫さんによる、詳細説明が始まった。
百襲姫さんがコホン、と1つ咳をした。
「ではでは、たずは怨霊の倒し方について」
私は居ずまいを正し「お願いします」と調子の良い返事をする。
「斬る。」
「はい!」
「以上。では、次は刀について。えっとぉ…」
ん…?
『以上』だとぅ…?
「ちょっ…ちょっと待ってください…。えっと…斬ったら倒せるんですね…」
「そうだよ」
「斬る以外に倒す方法はないのですか…」
「あるけど…。リカちゃんお札とか使えないでしょ? お経だって唱えられないでしょ?」
「はあ」
「斬るしか脳がないの。だから倒すには斬るしかないの」
「ええ……」
斬るしか脳がないって言われた…。たしかに私に霊的な力はないけど…。そもそも斬る脳だってないよぅ。高校の武道の授業は柔道選択だったし…。
「で、その斬る刀についてなんだけど、それがちょっと特殊でね…」
「……あ、それならさっき、お腹から出てきました…」
私は百襲姫さんが言い終わる前に口を挟んだ。あ、失礼だったかな…、とも思ったが話がスムーズに進む分には問題はないだろう。
「ほんと?それなら話が早いわ。腹切をすればお腹から刀が出てくるから、それで戦ってね。ついでに強くもなるわよ。」
たしかに、刀を抜いた瞬間から痛みも消え、体も身軽になった。握力、腕力、脚力も強くなった気がするし、相手の動きもスローモーションに見えた…。やっぱりあれは切腹のおかげだったのね!
…ん?…でも、ちょっとまって…いま『腹切』って言いましたよね…
「えと、私はその…腹切をしなくても勝手にお腹が痛くなって、血が、ドバーってなって、お腹の傷が開いてたんです。」
百襲姫さんはその小さな手を口に当て、ふふふと笑った。
「それはね、リカちゃんがとっても興奮してたからだよ。どんな風に興奮してたのかは知らないけどね」
…ああ、それなら義経さんも言っていた。私は興奮するとお腹の傷が開くって。たしかにあの時は知らない男の人たちに羽交い締めにされて顔を殴られて、すごく怖かった。心臓の鼓動だって強くなっていた。
「リカちゃん、一度死ぬ前に切腹したでしょう。なんで切腹に至ったのかは知らないけど…。それを神様が治してくれたの。神様が治してくれたのものは全て、永遠に丈夫になるのよ」
なるほど。納得。はしないけど。
府には落ちた。
「それからリカちゃんが来ていた着物」
セーラー服の事でしょうか。
「あれも神様に直してもらったものなんじゃないかな。さっき少し水につけたらすぐに血が落ちたの。」
たしかに…。夢遊病で切腹をした時にあのセーラー服はビリビリに破れていたはず。
えーっと…
「……ということは、例えばあれがまたビリビリに破り裂かれたとしても、時間が経てばお腹同様、直ったりしますかね…」
「すると思う」
百襲姫さんはニコッと笑った。
吉報です。朗報です。お気に入りの制服だから本当に良かったぁ。たくさんの宝物が入ったリュックサックや『月間バクマツ』を、前の時代に置いてきたのに、あの制服まで失ってしまったらもう、私が私ではなくなります。
「か、そうだ!」
すると百襲姫さんが急に手と手を合わせ、明るい声で叫んだ。
「…えっとね、えっとぉ…」
……?
何か、思い出している様子です。
「神様が言ってたんだけどね…。リカちゃんの事をね…えと、なんて言うんだけど……」
……?
なんでしょう。私みたいな事とは。ラノベっぽく、転生者、とかかな。
「…ま…ましょ、まひょ…ま、ま……」
……ま?
百襲姫さんが何かを思い出そうと必死に声を漏らしていた。なんだかその様子が可愛いらしく見えた。
「ま、…まちょ…ましょ…まほ……」
まっちょっ…?
「あ!!」
百襲姫さんが何か閃いたように声を上げる。思わずビクゥっと肩がはねてしまった。
「思い出した。神様がね、リカちゃんの事を、こう言ってたの」
彼女はニコッと静かに笑った。
「魔法少女」
……魔法少女…?
魔法少女って、あの魔法少女だよね。…えっと、キラキラァ、でしゃなりしゃなりな女の子。…私、もっとも程遠い人たちだと思ってたのですが…。
「どうゆうことですか…」
「えっとねぇ、強くて、戦う、不思議な女の子の事を先の世では『魔法少女』って呼ぶんだってぇ」
「……」
ちょっと、異議ありです。
それ、神様、認識を誤ってませんか? 何も強くて戦って不思議であればみんな魔法少女というわけではないのですよ。魔法の力を使わない、切腹して戦うような私みたいな阿鼻叫喚なやつを言う言葉ではないのですよっ?!
「あのぉ…」
「ということで、『魔法少女』のリカちゃん、頑張ってね。よろしくだよ!」
「……」
言い出しづらくなってしまった。それは魔法少女ではないって。…でも、まあいっか。別に今は江戸時代だし、多少、言葉の誤認識があろうとあと150年は恥をかかない。
百襲姫さんはスイっと体の向きを変え、義経さんの膝をトントン触った。
「ねけねえ牛若、リカちゃんをよろしくね」
今まで黙りこくっていた義経さんが「はあ?」と目を眇めた。
「ぜひリカちゃんに、真剣を教えてあげてちょうだい」
「分かっている。そのつもりだ」
無論、私もそのつもりです。だって昨夜約束したから。義経さんに鍛えてもらうって。
実はとっても楽しみにしてました。
義経さんはこちらを向くと小さく小首を傾げた。
「君、今までに刀を握った事はあるのかね」
「……あ、えっと…刀はないです。木刀を少々…」
中学校の授業で、ね。
そもそも私の時代では刀を持つことは銃刀法違反で禁止されている。あ、でも刃の部分が削られていればいいんだっけ…
義経さんは「やはりか」と溜息をつくと、急に立ち上がった。
「表へ出なさい。百襲姫、木刀はあるか?」
「ええ?あるけど」
「立て、夢見坂リカ」
「…は、はい!」
私は初めて義経さんに名前を呼ばれ、少しドキッとした。すぐに立ち上がり、ピッと姿勢を正した。
「特訓だ」
今から?!
午後4時50分、特訓スタートです!