特訓デスッ!
ーしんっ…
とした森の中。静寂だけが迸る。
…ああ、私は今、こんな所で何をしているのでしょう。
震える両手で真剣を強く握りしめている。そして、その剣先が向かうのは平安ラストサムライ・源義経さんだ。
義経さんは木刀を片手に握り、その切っ先を私に向けていた。顔は、凛と澄ました無表情だった。
こうやって義経さんの顔をじっと見ていると改めて思う。
…はあ、なんて端正な顔立ちなのでしょうか。
ちょっと悔しくなった。
「その刀で僕を切りにこい」
義経さんが言った。
口調が荒い。人は刀を持つと人が変わるというが、義経さんもそれなのかな…。あ、いや元々荒いか。
「…でもこれ、本物の刀ですよね…」
「まさか君、当てられるとでも思っているのか」
…ううぅ、たしかに、今義経さんに刀を当てるのは、きっと超エキスパートソムリエさんに「美味しい」と言わせる事よりも大変だろう。
「…わ、分かりました。では…」
と私は言うと全力疾走で義経さんの方に走り(とは言っても50メートル走12秒という、とても遅い足ですが)刀を振り下ろす。
フワリと避けられた。
「んんっ」
もう一回!
さらに横にふるも義経さんは目にも留まらぬ速さで私の背後に回った。
そして思いっきり背中を蹴られる。
「ふぁっ」
ドカっという鈍い音とともに前に転び、デコを岩場にぶつけた。
きゅうっと額の神経が締まるような痛み。
「やだあ」
うぐぅ…痛いのは、もう嫌です。
「おい」
コツン、と義経さんは背後から私のオツムを叩く。
「早くたちたまえ」
立ちたまえって…。「大丈夫?」の一言くらい言えないものですか!ていうか、義経さんのせいでおデコをぶつけたんだよっ!こんなの、ふじょぼうこう、だよ!
……と、本人を前にして口に出す勇気はないので、かわりにじっと彼を睨む。
じーっ
むっかあ
むむむ
30秒くらい睨んでいたが、義経さんはなんの反応もせず私の目を見ている。…あれ、気まずい…。いや、「間」に負けてはいけません!
じいーっ
しばし、沈黙が流れる。が、義経さんがその沈黙を破った。
「なんだ、何か言いたい事でもあるのか」
むぅ…
「ありますけど…」
「言ってみろ」
「面と向かって言う勇気がないので言えませんっ」
「そうか、では立ちたまえ。続きだ。」
「はい!」
私はパッと立ち上がり再び刀を握った。
…て、いやいやいや、何流されているのですかよ!背後から蹴られデコを負傷しおまけにオツムを叩かれたんだから、ここは勇気を振り絞りしっかりと口で抗議を……
「一回でも僕に刀を当てることができたら今日はそれで終わりにして、うどんを奢ってやろう」
うどん。
という響き。今まで何回も聞いてきたはずなのにどうした事でしょう…。
なにその美味しそうな響き!食べたい!
ーー絶対に当てなくては…
もう、その一心です。
空腹とは時に恐ろしい。
(まあ幽霊の体質になってしまったので、実際は空腹なんてものは幻に過ぎないけれど)
チラっと義経さんを一瞥する。距離は1メートルほど。
……隙だらけだ。
もしかしたら、当てられるかな…。
腹、脇、脛…全てが空いている。
彼は木刀を片手で持っているが、強くは握っていない。
こんなにも距離が近い…。
隙だらけな上に、隙をついたら当たるのではないだろうか…。
…う、うどんが食べたいです……
そのために、私は、ほんの一瞬だけ、人道に背きかねない言動を決起した。
私はそっと義経さんの右背後方へ人差し指を向け、そして、大きな声で叫んだ。
「ゆっ…UFO!!」
義経さんは「はあ?」と言うと私の指差す方、己の背後へ目を向けた。
よし、今だ!
刀を、義経さんの隙だらけな腹へ振り下ろした。
ーーカッ
が、目にも留まらぬ速さで私の刀を木刀で受けた。
「…な、なんで…」
当たると思ったのに!
パチリ
義経さんと目が合う。
「おい、ゆーふぉーってなんだ?」
知らない知らない知らないっ
さらに力任せ…とは言っても非力だが、胴を狙い刀を振るう。義経さんはそれをいとも容易くぴょんぴょんと避けた。
もう、なんで当たらないの!
また同じように数回刀を振るが、全て避けられてしまった。
息が切れた。
はあ、はあ、うどん、食べたい…
もう一度刀を構え、義経さんの方を向く。
が、彼の次の言葉で、刀を持つ気力がなくなった。
「話にならん」
「……」
私はしゃがみ、刀を地面に置いた。
そう言われても…。私は昨日までごく普通の女子高生をやっていた身だ。
なのに…いきなり重い真剣を持たされ、源義経に当てろと言われても、そんなの、無理に決まってるよ…。話にならないのなんて当たり前。
はあ…。なんかもう疲れた…やめたい……。
「おい、何てだらしないんだ」
むう。
だって、全然当てられないし、お手柔らかにしてくれないし…。もう、やだぁ。
私は自分のやる気のなさを分かってもらおうと、義経さんに己の顔を見せた。
彼は「はあ」と呆れたように息をつくと、
「当てられないのなら、今すぐ腹を切りなさい」
と、私に切腹を命じた。