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モモソヒメ襲来。


「リカー、起きろー」


うぅぅ…うう…。もうちょっと寝ていたい…。ちょっと静かにしてくれないかな…


「リカ、起きろったら。遅刻するぞ」


…あれ、今日って平日だったっけ…。

はあ。遅刻は皆の前で怒られるのが恥ずかしいからね。しかたない…。


目をつむりながら、むくりと体を起こした。チュンチュンという小鳥のさえずりが心地良い。ゆっくりと、目を開ける。目に映り込んだのは、自分とお兄ちゃんの共同部屋だった。


…あ、まぶしい…。


窓から差し込む陽射しが、また長い一日の幕開けを告げていた。


うーん、と背伸びをする。


「やっと起きた。」


聞き覚えのある大好きな人の声。

ベッドの横で制服姿の兄ちゃんがニコニコしながら立っていた。お兄ちゃんは私と同じ高校で、2学年上の先輩だ。とっても優しくて、いつも私を甘やかしてくれる。

そんなお兄ちゃんをよく見てると…手を後ろに回して、何か隠し持っている…?


「ねえお兄ちゃん、何持ってるの?」


「バレたか!」


お兄ちゃんは「あちゃっ!」と言うと、パッと私の前に出したのは、なんと大好きなメロンパン!


「わあぁぁ、なんで持ってるの!ねえ!」


「遅刻しなかったら学校でやるよ。だから、とっとと支度してこい」


「うん!」


私は急いでベットから降り、制服に着替えた。部屋から出て行こうとすると…


「わっ…」


急に制服の襟元を掴まれ、後ろに引っ張られた。


な、なに…?


お兄ちゃんの方を見る。

その顔は、頰を膨らまして怒っていた。こんな顔、今までに見たことがない。


「ど、どうしたの…?」


「甘えてんじゃねえぞ」


…え?


「俺に…」


お兄ちゃんは持っていたメロンパンを私の前でクシャっと潰した。


「…な、何するの…?」


ウルウルと目に熱いものが溜まる。


なんかおかしいよ…


「甘えてんじゃねえぞ!!!!」


そう叫ぶと勢い良く私を蹴り上げた。


ガン


と鈍い音が、室内に響く。







ーーー目を覚ます。


頭が痛い。お腹も痛い。起きたのは、硬い石の上だった。


…ん?


ムクリと起き上がると、そこは神社の境内の中であった。


「…なんで……」


ーーあ


そうだ、私、タイムスリップして、、、


今までの出来事が全てフラッシュバックして脳裏に蘇った。


「夢だった…。お兄ちゃん…」


…ものすごく残念。もう会えないのかな…。お兄ちゃん…。そう思うと、まぶたの裏が熱くなってきた。…だめだめ、がまんです。


…ところで、摩訶不思議なことがある。


「なんで私、参道でうつ伏せになって寝転がっていたんだろう…」


さっきはお賽銭箱の横で寝ていたはずなのに…。

うーん、うーん、と考えていると、背後からヒンヤリと、冷たい気配を感じた。


ぞわわ


…なに…?


振り返る。


「あ…」


そこには、腕を組み仁王立ちをしている義経さんがいた。顔は…怒っている。ぷんぷんしてる。夢の中のお兄ちゃんと同じ顔をしていた。


…そういうことか…。


全ての謎が解けた。

私、この人に蹴られたんだぁ。だから夢の中でも、いつも優しいはずのお兄ちゃんが私のことを蹴っていたのね…。


「何度起こしたことか」


義経さんが言った。声は、怒りというよりも、呆れ、が強かったと思う。

それにしても蹴るなんて…。優しいお兄ちゃんとは大違い。とほほ。


ふと、腕時計を見た。時刻は…午後の3時25分。…ふぇ?!私、こんなに寝てたの…?


「私、めちゃくちゃ寝てました…」


義経さんは大きくコクリと頷いた。


「そうだ。その通りだ。いいか、幽霊は本来睡眠をする必要がないんだ。君だって同じ体質になったんだから、寝なくたって良かったんだぞ」


だぞ!って言われても…。私は普段夜の9時には寝るいい子だから、そんなこと言われてもね…。


「義経さんは寝なかったんですか…?」


「ああ、もう何百年も寝ていないよ。僕は睡眠は好きではないからな」


なにその徹夜をカッコイイと思ってる中学生みたいなセリフ…。いや、まあ中学生はさすがに、何百年も寝てないとは言わないけどね。


「ふーん」


気の抜けた返事だけを返しておく。


立ち上がり、境内を見渡した。夜は暗くてよく見えなかったけど…、なんだか不思議な雰囲気が漂う神社だ。

なかなか広い。ふと目に入ったものがある。


「なにあれ…」


本堂の横の階段を少し降りたところに、おかしな鳥居があった。三基の鳥居が、互い支えあって三角形を作っているのだ。その中心には小石が積まれてある。


「三本鳥居だよ。結構有名だぞ」


「そう…」


三本鳥居…名前は少し聞いたことあるけれど、これがそうなんだ…。京の隠れた名所というやつですね…。


「さ、とっとと行くぞ。さすがに奴も起きてるだろう」


「…は、はい!」





昨夜…というか、今日の夜明け前に矢を放たれた、恐怖のお社の前に来た。なんだか異様なオーラが漂っている。


…怖いな…。また矢を撃たれたりしないかな。中の人は、狂暴な猿みたいな人なのかな。それとも超屈強な男? いずれにせよ普通ではないだろう。


なんて考えていると、義経さんはお社の戸をガラっと開けた。


…ふぁっ


「きゅっ…急に開けないでくださいよぅ」


思わず義経さんの袖を掴み、目を瞑った。夜明け前の事が頭に浮かぶ。


や…矢が、矢が飛んでくるぅ…


ぶるぶるぶるぶる


体が震えた。先ほどの出来事は、自分で思っていたよりもしっかりと、トラウマとして頭の中に刻まれていた。


「離さんか」


「いやです…。やっぱり帰りますぅ」


「どこにだよ」


義経さんは冷たく言い放つと、私の腕を強く掴み、お社の中に引っ張った。

目をつむり、全力で抵抗する。


「やだやだやだやだぁ」


「嫌じゃない。大丈夫だから」


「矢投げられちゃうよぅ」


「矢は『射る』と言え。それから、それも大丈夫だから」


私は目を瞑りながら一生懸命に「いやいや」をしながらも、周りの空気が変わったことを認識した。


「はいっちゃった…」


「入ったけど」


お香の香りが鼻をくすぐった。

「あ…」と思わず声を漏らしてしまいそうになるくらい、心地の良い香りだった。


…だけど、ちょっと煙たすぎないか?


そう、思った、その時だった。

私の耳元で誰かが囁いた。


ーーこんにちは


…ふぁっ


聞いたことのない声だ。綺麗な女性の声。


「だっ…だれですか…?!」


慌てて目を開ける。


が、視界が塞がれていた。

まっくらくらやみ。

…な、何…?

よく見ると、…生命線が見えた。生命線、手相のアレだ。誰かが手で、私の目を塞いでいるのだ。


「リカちゃん、待ってたよぉ」


背後から、ピョンピョンと跳ねる可愛らしいウサギのような声が聞こえた。


「ふぇ、え…、え…」


だ、だれ…?


「…義経さん、怖いよ…」


すると、横で義経さんの溜息をついた。


「おい百襲姫、やめてやれ。癇癪を起こされては厄介だ」


「えー?どうしよっかなぁ。」


声の主はふふふ、と笑った。


「ねえリカちゃん、お口を開けてもらえる?」


お…お口を…? 急に何…?


急な命令に戸惑った。

ここは言われた通り口を開けるのが賢明か。いうことを聞かなかったらまた矢で、今度はグサリと刺されてしまうかもしれない…。

ただ、開けた瞬間に猛毒を入れられたらどうしよう…。あるいは、ものすごーく悪質ないたずらで蜘蛛とか、ゴキさんのような虫を入れられるとか…。


ふぁぁぁあ


考えると、全身総毛立った。

ーー開けない。絶対に開けない。危険すぎる。

私は口を一の字にし、強く締めた。そして首を横に振った。逃げようとしても、目を塞ぐ手が強い力で私の顔を覆っていて、動けない。…それ以前に怖くて足が動かなかった。


「なんで?何も妖しいモノは入れたりしないわ。これは私の贈り物だよ」


…贈り物? ということは、口に入れても良いものなのかな…。だったら…

いや、だめだめ。信じて口を開けたらやっぱり何か悪い物を入れられちゃうんだよ。

絶対に信じませんから!


「開けとけ」


言ったのは義経さんだ。呆れたような声だった。私はむんむん、と顔を横に振り、怒声を孕んで言った。


「…な、何ですか…。義経さんも私のことを貶めようと…………はむっ…!」


言い終わる前に、口に何かを突っ込まれた。

…し、しまったぁ。ついつい口を開けちゃったぁ。


口に入るのがやっとな位の大きさで、丸い柔らかい玉のようなモノが入ってきた。


むぐぐ…なにこれ…


今すぐに吐き出そうとも思ったが、食べ物だったら勿体無いと思い、ひとまず様子を見ることにする。


その瞬間、パッと視界が開いた。


「むぐぐ…?!」


さあ、と光が差し込んだ。


ーー目に映ったのは…それはそれは広い部屋だった。畳9畳くらいはあるだろうか。

全体的にゴチャっと散らかっていて、整理整頓がなっていないという感じ。


壁一面が本棚になっていて、大量の古文書がぎっしりと詰められている。荒れた畳の上には数珠やら経文やらヒビの入ったツボやらが散乱していた。


……いや、ちょっと待って…このお社、こんなに広かったっけ…


外観より何倍も広くないか…? そう思った。それを口に使用のした瞬間…


「蚕ノ社よ。見た目よりも広いでしょ」


背後から、声がした。私の口の中に何かを入れた人だ。


「リーカちゃんっ」


「むぐっ」


急に名前を呼ばれてドキリした。慌てて振り返る。


ーーわっ


女の子だった。私と同い年くらいか、ちょっと上だろうか。腰まで伸びた長い千筋の髪に、巫女さんのような白と赤の着物。顔は、信じられないほどの色白で鼻筋がよく通っていた。鼻と口の距離が異常に短く、幼く見えなくもない。


くぁ…かわいい…


ニコニコと可愛らしい笑顔を向けて、私のことを見ていた。この子が、今まで私の目を塞いでいたの…。そして、昨日矢を射った人…百襲姫さん…。


し、信じられません。


「長旅ご苦労さまだね。初めまして。私は百襲姫と言います。神様のお告げを聞くことの出来る、数少ない巫女さんだよ。よろしくね」


な、なんて可愛らしい声なのでしょう!

それに何か優しい! この時代に来て、初めて人から優しさというものを与えられた気がした。


「もごごごごご…」


私はありがとうございます、と言った。未だに口の中に謎の物体が入ってるから、発音はできなかったけど…。


「あ、それ食べて大丈夫よ、とっても美味しい桃なの」


ふぁあ!桃だったのですね…!それはとんだ勘違いを!私は急いで口の中で桃を噛んだ。


「むぐ…?!」


噛んだ瞬間、口全体に酸味が広がった。

すっぱあぁぁぁぁい!!!!

何これ! 桃ってこんなに酸っぱかったっけ…。違うよね! もっとキュートな甘さだったよね!


うぅぅ! 今すぐ吐き出したい! ボエェェってしたい!


けど…そんなことをしたら失礼だよね。

私は一生懸命に噛んだ。心の中ではとにかく無に徹した。味を感じないように、味を感じないように。


ーー今、私は無味無臭の物を食べている…。


心の中で己に言い聞かせた。

そして、ゴクリと全てを飲み込み終わった。


「むはぁ〜」


すっぱかったぁ


「ねえねえ、美味しかった? 不味かった?」


目の前で百襲姫さんがニコニコしながら聞いてきた。


「しゅ…すっぱかったです…。こんな桃、初めて食べました……」


正直に言った。ここで「美味しかった」なんておべんちゃらを答えたら、目の前の心優しそうな女の子は、喜んでさらに出してくるかもしれない。それだけは避けないと。


うぅぅ……もう、一生食べたくない…。


それから私は、百襲姫さんが貸してくれた桃色桃柄の着物を手渡され、部屋の奥で着替えた。


…それにしてもホコリいっぱいだぁ


元々着ていた制服は百襲姫さんが後で洗って下さる言うことで、彼女に手渡した。


そして、私と義経さん、そして百襲姫さんは座布団を三つ囲むように並べ、話し合うことになった。


面接みたいだぁ…


どきどき。



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