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変わる世界

「この店です」


 ジネットに案内されたのは、南区の大通りからちょっと離れた、鳥料理が美味しいと評判の食事処であった。


「じゃあ、お言葉に甘えてさせてもらうわね」


 私達はあの後、男達を衛兵に受け渡しその場で調書を取ると、ジネットからのお礼で、彼女の働く職場へとご馳走になりに来ていた。

 店舗は混雑する時間帯のお昼より少し早かったからか、外に人が並ぶほどではないものの、評判通り中は賑わっておりほとんどの席が埋まっていた。


「すいません、デジレさん遅くなりました」


 ジネットは、妙齢の店主とめぼしい女性に話しかける。


「ジネットちゃん!どうしたんだい?いつもは出勤してる時間なのに、今日は開店してもこないからみんな心配してたんだよ!」


 デジレと呼ばれたおばちゃんは、ジネットに駆け寄る。


「.....ここにくる途中でガラの悪い人たちに絡まれてしまいまして」


 ジネットは、申し訳なさそうに呟く。


「大丈夫だったのかい!?」


 デジレはジネットの肩を抱き心配する。


「はい!幸いにもここにいる人たちに助けられまして」


 ジネットは振り返り、後ろにいた私たちを紹介した。


「あんた達、ジネットを助けてくれて本当にありがとう、この子は私にとっちゃ家族のようなもんだ、今日はお礼に好きなだけ食べていきな、これくらいのことしかできないけど、遠慮せずに注文しな」


 デジレは私の背中を叩く。

 おばちゃんはどうして背中をすぐ叩くのだろう、しかもちょっと痛い。


「本当はもう一人居たんだけど、その人は名乗らずに消えちゃって...」


 そうなんだよね、私も助けてもらったお礼を言いたかったのに!


「今度見かけたら店まで引っ張ってきな、その人にもお礼しなきゃね」


 デジレは腕をまくり、ニカッと笑う。


「ありがとう、デジレさん、じゃあ、お席に案内しますね、えーっと空いてるテーブルは.....」


 ジネットはキョロキョロと周囲を見渡し、空いてる席を確認するものの店内に空席のテーブルはなく、四人席のテーブルを一人で食事する少年を見つける。


「すいません、相席でもよろしいですか?」


 ジネットは、申し訳なさそうな顔で問いかける


「私たちは全然構わないわ」


 店内がいっぱいなら仕方ないしね。


「じゃあ、ちょっと聞いてきますね」


 四人席のテーブルにかけていったジネットは、座っていた少年の顔を見て驚いた。


「あら?あなたさっきの子じゃない!」


 ジネットに話しかけられた少年が、彼女の方に顔を向けると、その横顔が私の目に入る。

 そこで私は、彼がさっきの子だと気づく。


「君はさっきの.....そうか、ここで働いてるのか」


 少年は、少し恥ずかしそうに顔を背ける。


「さっきはありがとう」


 ジネットは少年に感謝を述べる。


「君を助けたわけではない、君を助けたのはあの少女だ」


 でも、その私を助けてくれたのは君なんだよね。


「その事なんだけど、相席いいかな?」


 ジネットは、私達のいる方向に手のひらを向ける。

 振り返えってこちらを見た少年は、一瞬目を見開いたように見えた。


「ああ、問題ない」


 そう、呟くと彼はまた顔を背ける。


「じゃあ呼んでくるね...あとあなたの食事も無料だから好きなだけ食べていってね!」


 ジネットに案内され、私たちは彼の座るテーブルに赴く。


「さっ、さっきぶりね...私の名前はマリアンヌ、先程はありがとう助かったわ」


 緊張したのか出だしの言葉に躓き、思わず顔が赤くなる。


「気にするな」


 そんな私を見て、彼は少し口元を緩める。


「...ねえ、貴方の名前を聞かせてもらえないかな?」


 私は彼の名前が知りたくて仕方がなかった。


「...エル、エルハルトだ、周りからはエルと呼ばれてる」


 少し悩むそぶりを見せたものの、彼は自分の名前を私に告げる。


「ありがとう、エル...くん、良かったら私の事もマリーと呼んで」


 会っていきなりどうかと思ったが、思わず愛称で呼んでしまった。

 でも、途中で恥ずかしくなった私は、君をつけてごまかす。

 ついでにマリーと呼ぶように、厚かましくもうながしてしまう。

 同い年くらいだし、問題ないよね?


「わかった、マリー、これでいいか?」


 私の名前を呼ぶ声に、身体が熱くなる。


「うん!」


 私は生まれて初めて感じたこの感情に、少し振り回されていた。


「お嬢様注文どうします?...って痛え!」


 空気を全く読まずに話しかけたドミニクは、隣のローレリーヌに足を踏まれたようだ。

 おかげで我に返って落ち着いたけどね、ありがとうドミニクと心の中でお礼を述べる。

 メイドのローレリーヌや護衛のドミニク達は、市井のこういった場所で一緒に食事をする時は、同じテーブルでとるようにしている。


「ねえ、エル君は、この街の人じゃないよね?」


 メニューを注文し終えた私は、再びエル君に話しかける。


「ああ、西から来た、こっちは斡旋所に張り出される仕事が多いからな」


 斡旋所はその名のとおり仕事を斡旋する場所だ、魔物を討伐する、荷物を届ける、物品を採取調達するなど、多種多様な仕事が用意されている。

 個人、商店、貴族、領主、行政、組合、国などから依頼を受けそれぞれから対価となる金品を得る。

 収入は安定しないが、中には依頼内容によっては一攫千金を当てる人もいる。

 何より私たちのような子供でも、責任さえ負えば仕事を受けることが可能だ。

 ブルノも騎士になる前は斡旋所で仕事していたと聞いている。


「エル君は、私と変わらない年齢なのにすごいね」


 私たちの年齢で、斡旋所から仕事を受ける子は珍しくはない、でも他領にまで仕事を受けに来る子はまずいないだろう。


「そんな事はない、今のヴェルニエで俺の年齢で斡旋所で働く子供は珍しくない」


 今のヴェルニエか...私は心の中で呟いた。

 エル君が来た西の方には心当たりがあった。

 ロワーヌ大陸の西方、特に西南部は前王ギヨームに近しいものたちが多かった。

 前王ギヨームが中央の内乱で敗れたあと、西方部がまるごとヴェルニエから独立した。

 独立した領主達との小競り合いがもう10年近く続き、西方の治安はあまり良くない。

 本来であればすぐに討伐されてもおかしくないが、元々ヴェルニエに隷属していた西北部の領地や、シュタイアーマルクより東部の領地も同時に独立を表明し、ヴェルニエは四面楚歌となったために現在のような状況に至った。

 幸いにも、シュタイアーマルクの東側に面するアンスバッハは静観しており、独立後はほとんど諍いもない。

 こちらから攻める体力もなく、かといって此方の兵士を西に回すわけにもいかず、平和的膠着状態が続いてる。


「それでも、やっぱりすごいと私は思うよ」


 私は素直に自分の気持ちを伝える。


「俺は生きる為にやることをやっているだけだ」


 エル君は少し気恥ずかしそうに顔を背ける。


「そっか...エル君は強いんだね」


 私が彼の立場だったとしたら、そこまで強く生きられるだろうか。

 もし、お爺様が引き取ってくれなければ、私の人生はどうなっていただろうか。


「.....マリーには守りたいものがあるか?」


 エル君は私に尋ねる


「私ね、いろんな人に助けられたの、だからその人達に恩返ししたいって、いつかはその人達を守りたいって、それくらいだよ」


 お爺様はもちろんのこと、ブルノやローレリーヌ、それにフェリクスやドミニク、マティアス、カティア、ソフィア先生、ここでお世話になった人たちみんなのことを守りたい。


「そうか....俺には弟が一人いる、血は繋がってないが、俺にとってはたった一人の家族だ、俺は何があっても弟の事だけは守りたいと思ってる」


 兄弟、姉妹のいない私のこの気持ちが正しいかどうかはわからないけど、私はローレリーヌの事をお姉ちゃんだと思っている、その感情に近いのかなと考える。


「ふふ、じゃあ一緒?なのかな」


 この気持ちが一緒だとしたら、私は嬉しく思う。 


「ああ、一緒だ」


 エル君はほんの一瞬。優しい笑顔を見せた。

 思わず素面の感情を見せられた私は、この感情の正体を理解した。

 なるほど、こういうのはやっぱり理屈じゃないのね。


「お嬢様、何ぼーっとしてんですか、ごはんもう来てますよ、冷めちゃいますよー?...グェっ!?」


 隣に座るドミニクは、再びローレリーヌに足を踏まれていた。







 食事を終え、店から出た私達は別れの挨拶をしていた。


 その瞬間ーーー



『親愛なるヴェルニエの民よ、私の名はギュスターブ・ド・ヴェルニエである』



 突如、前触れもなく天から聞こえてくる声に驚いて、思わず皆と顔を見合わせる。



『この国の真なる王ギヨームの長子である』



 再び天から声が降り注ぎ、私は空を見上げた。



『今やかつてのロワーヌ大陸は分裂し、領土は縮小し、ヴェルニエは退廃の危機に瀕している』



 空には映像が流れており、ギュスターブと名乗るブロンドの、まるで絵画から出てきたような美しい造形の顔立ちの20代前後の男性が、壇上に上がり演説をしている姿が映し出されている。



『ジルベールが王になり、果たしてこの国は豊かになったであろうか?』



 私は、頬に冷や汗が流れ落ちるのを感じる。

 これが魔法の一種なのだとはわかる。

 だがこんな大規模な魔法は見た事がないし、聞いた事もない。



『否、中央の一部の貴族が富を独占し、無能なる貴族が支配する領土の領民は搾取され貧困にあえいでいる』



 演説の内容からして、恐らくこの映像は大陸全土の各領地の上空で流れてる。

 それだけに、この魔法に使われる魔力の量が常識ではありえない量である事も予測できた。

 そして、それが使えるほどの者がこの人の陣営に所属している。



『見よ』



 ギュスターブ殿下を捉えていた映像が逸れ、丸々と肥えた如何にもと言った貴族らしき男性が映る。



『この者の名はバルテルミー、オスマルク辺境伯である』



 オスマルクはシュタイアーマルクの北側の領地だ。

 先ほど捕縛した柄の悪い男性5人も恐らくそうだが、最近オスマルクからそういった者達がこちら側にも流れてきている情報を数日前に仕入れていた、だから今日もローレリーヌやドミニクには内緒で、わざとそういう輩がいそうな場所を通った。



『バルテルミーは愚かにも自らの欲望のために、領民に重税を課し、守るべき女性を拐かし、無実の人を裁き、多くの領民を弾圧した』



 お爺様が治めるシュタイアーマルクは内乱の後も王家とは距離を保ちつつうまくやっていた。

 堅実な内政をし出費を抑え、もしもの時に備え少しづつだが貯蓄をした。

 自らが筆頭となり行い、領民にも促した。

 そのおかげで豊かとは言えないが、ここの領民は平安に暮らしていた。



『故に我々はこのオスマルクの地を解放した』



 彼の後ろに立つ者達に映像がクローズアップし、彼らの姿が流れるように映る。


「やっぱり、そこに居たのね、お爺様」


 私は小さく呟く。

 ナタニエルとの会話でなにかがあることは予測していた。

 だから、映像が流れた時に可能性の一つとしてお爺様の事が脳裏にちらついてしまった。

 決定的だったのが、オスマルクの領主が映し出された時だ。

 ここからオスマルクの距離とそれにかかる日数、それらを考えれば簡単に答えにたどり着く。



『聞け、簒奪の野盗ジルベールよ、中央で怠惰を貪る仮初めの貴族よ、悪政を強いる資格なき領主達よ、恐怖せよ』



 ギュスターブ殿下は腰の剣に手をかける。



『私は力なき者達の味方である、お前達を討ち、全ての国民をこの苦しみから解放することを誓おう』



 彼は剣を引き抜くと、天を突く。



『ギュスターブ・ド・ヴェルニエは、国家に仇なす逆賊の討伐をここに宣誓する!』



 映像の向こうから歓声があがる、恐らく苦しんでいたオスマルクの領民達だろう。

 そして映像はフェードアウトした。

 周囲の人たちはざわつき、ローレリーヌは両手で口を押さえ驚きを隠せない。

 ドミニクは間抜けにも口を開いてる、それとは対照的にエル君は、冷静な表情で空を見ていた。


 私は、お爺様が帰ってくるまでの間のことについて思案を巡らせる。

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