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招かれざる来訪者たち

ーーーシュタイアーマルクの首都ムールに入る通行門にて



「通行証の提示をお願いします」


 御者は胸元から通行証となるカードを取り出す。

 このカードは、商業組合を通して発行してもらう身分証明書であり、商いが領地をまたぐ場合は事前に商業組合を通して、それぞれの領地から許可を得る必要がある。

 なお、商いではなく物品の受け渡しの場合は、領主、行政機関、斡旋所、各組合、教会などからの許可が必要だ。


「ご苦労様、はい、どうぞ」


 門兵は御者の1人からカードを受け取ると、専用の読み取り機で身元とカードの真偽を確認する。


「...確認できました、許可証の発行元が正教会になっていますが、目的はどう言ったものでしょうか?」


 この世界の宗教はほぼ統一されており、9割以上の人間がこの正教会の宗派を信仰している。


「正教会から荷物の運搬を依頼されただけだ、荷物は後ろの荷台にある確認するか?」


 御者は後ろに向かって親指を向ける。


「はい、お願いします」


 2人は荷馬車の後ろからホロの中に入ると、御者は中にあった荷物の包み布をほどき、箱の蓋を開け門兵に荷物を見せる。


「おお!これは、魔法武器ですか?」


 その中にあったのは、見事な色合いの木の柄に、穂先や石突、銅金を白金で作られたような一本のハルバードだった。


「さあな、ただ、この細工の美しさに、埋め込まれた魔石、絢爛な作りに穂先の槍部分の根元に巻かれた聖布から見ても、なんかの儀式にでも使うんじゃないか?」


 御者は顎に手を置き、その使用目的を予想する。


「ふーむ、荷物はこれ一つだけのようですが?」


 門兵は、こんな貴重品がたった2人の御者で運搬されていることに違和感を覚える。

 通常であれば、教会お抱えの騎士が護衛につき、厳重な警備体制で運搬されるような品だと思えたからだ。


「おいおい、疑ってるんじゃないんだろうなあ、俺はちゃんと正教会のシスターから依頼されて運んだだけだ、だからカードだって本物だったろ?」


 疑われた御者は、たまったものじゃないと門兵に詰め寄る。


「まあ、確かにそうですが...」


 読み取り機では、正式に身元も発行元も確認できたものの、門兵は食い下がる。


「勘弁してくれ、どの道これは教会に運ぶ物だ、なんなら一緒についてきて確認してくれてもいいんだぜ」


 さっさと品物を受け渡し、仕事を終わらせたい御者は、門兵に良案を提案する。


「わかった」


 門兵は別の兵士に声をかけ、荷台に乗り込む


「一応こっちも仕事なんで...申し訳ないですが、目的地まで同行させてもらいますよ」


 門兵は申し訳なさそうな顔で兜の後ろに片手を回す。


「気にすんな、お互い様だ」


 御者の1人がよくある事だとニッと笑うと、馬に鞭を打ち門の先へと進路をとった。







ーーー首都ムールの街中にて



「兄さん、さっき教会に荷物が運ばれたみたいだ」


 広場のベンチに座る1人の少年が、部屋の中のベッドに腰掛けて本を読む1人の少年に、特殊魔法の思念疎通で話しかける。


「わかった、引き続き監視を続ける」


 兄さんと呼ばれた、黒髪に青い瞳の美しい顔の少年がそう答える。


「.....この任務ってさ、本当に監視してるだけでいいの?」


 明るいキャラメル色の髪に、緑の瞳の可愛い顔立ちの少年が、ため息をつき尋ねる。


「問題ない、俺たちは見届けて報告するだけだ」


 ベッドに腰掛けた少年は淡々と答える。


「それにしたって、せめていつまで監視してればいいかの期間ぐらいは言って欲しいよ」


 ベンチに座る少年は、不満そうに口先をとぎらせる。


「その分ゆっくりできると思えば悪くはない」


 ベッドに腰掛ける少年はフッと笑うと、ベンチに座る少年を宥める。


「兄さん、それ絶対なんかあるフラグだよ...まあいいや、そろそろ交代だよ」


 ベンチから立ち上がった少年は、その場で伸びをして体をほぐす。


「わかった、シャワーを浴びたらそっちに行く」


 少年は本を閉じ、ベッドの上に服を脱ぐと、その肢体は鍛えられており、引き締まった美しい身体を晒す。

 自分の髪に手をかけ、黒のウィッグを掴み洗面台の上に置く。

 指を瞳に近づけ緑のレンズをはがすと、白髪の髪と赤色の瞳を洗面台の鏡に写した。







ーーーシュタイアーマルクの領地境界線付近にて



 森の中を白い狼のような獣が(たたず)む。


 手負いの身体と、周辺に転がる斬り裂かれいくつかの死体は戦闘の後を予感させる。


『我は行かねばならぬ、誰の意思かはわからぬが()()が動いた』


 獣は足を引きずりながらも、シュタイアーマルクの首都があるムールの方向へを駆け出した。







ーーーシュタイアーマルク領の行政庁舎にて



「はじめましてマリアンヌ様、私はナタニエルと申します」


 ブラウンの長髪を後ろで束ねた、緑の瞳の美青年が微笑みかける。


「はじめましてナタニエル様、今日はよろしくお願いいたします」


 その作ったような笑顔にひっかかりながらも、私も挨拶をし微笑みを返す。


「マリアンヌ、私が不在の間は彼が君の傍につく、わからないこと、疑問に感じた事は彼に聞いたり相談したりしなさい」


 お爺様の言葉に頷く。


「わかりました」


 私は再びナタニエル様と向かい合う。


「ナタニエル様、シュタイアーマルク伯がご不在の間、力不足ではありますが努力いたしますので、どうかよろしくお願いいたします」


 軽くお辞儀をし、改めて協力をお願いする。


「...こちらこそ、未熟な我が身ではありますが精一杯お仕えいたしますので、どうかお役立てくださいませ....それと、私などにそこまで丁寧に対応していただかなくて結構ですよ」


 あまりへりくだり過ぎるのは良くないと注意される。


「いえ、辺境伯の孫娘といっても私自身は爵位は持っていません、臨時領主の間はともかく、教えを請う立場の私にとって、今のナタニエル様は目上の方となります」


 しかし、親しい間柄ならまだしも、今の私の立場からすれば間違ってはないと思う。

 それに予測でしかないが、この人の正体を考えればなおさらだろう。


「わかりました、では今は先生と生徒ということで...それと公式の場以外では、もう少し砕けた喋り方で構いませんよ」


 緊張をほぐそうとしてくれているのだろう、私はこの提案を素直に受ける。


「はい、わかりました、ナタニエル様も1人の生徒だと思って気軽に喋りかけてください」


 お互い微笑み合い、ナタニエル様はお爺様の方に体を向けた。


「では早速ですが、レオポルド様、不在の間にやらなければならない重要な案件がいくつかありますので、目を通してご判断を仰ぎたいのですがよろしいでしょうか?」


 お互いに真剣な表情になり、仕事モードにスイッチを入れる。


「構わぬ」


 お爺様は書類をめくり、ナタニエル様に質問しつつ一つ一つ書類の決裁を進めていった。

 私はそばで気になる事をメモに取り、決裁が終わった後にナタニエル様に質問すると、彼は一つ一つの案件に対して、メリットとデメリットの両面をあげ丁寧に説明してくれた。


「マリアンヌ様は、お噂通りとても聡明なのですね」


 ナタニエル様はボソッと何かをつぶやくと、一瞬だが黒い笑顔をのぞかせ、私に提案を持ちかける。


「よろしければ、私が今からやる書類仕事の方も一度見学していきますか?」


 その一瞬の黒い笑顔がひっかかったものの、経験不足のわたしには有難い申し出だったの素直に受ける事にした。


「はい、喜んで」


 しかし、“見学”と言っていたのが、いつの間にやら書類の整理をし、その書類を作成し、数字の計算までやらされ、さらには“一度”だけではなく、お爺様が出発するまでの間に毎日手伝わされることになり、後にこの言葉を非常に後悔することになるのである。


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