いざ、東都へ
連載再開、2部スタートになります
どうやら、予定より早く目が覚めてしまったようだ。
カーテンが締め切られた客室の中は暗く、列車が線路を走る音が微かに聞こえる。
流石は王族専用の列車というべきか、振動や音が気になるどころか逆に心地いレベルで、通常の列車とは段違いだ。
「おはようございます、殿下」
私の目が覚めた事に気づいたローレリーヌが声をかける。
どうやら、彼女は私より早くに目が覚めてたようだ。
「おはようローレリーヌ、貴女からそう呼ばれるのは少し擽ったいわね、せめて2人きりの時は私の名前を呼んでほしいわ」
王都滞在時は自分の住んでいた侯爵家には戻らず、だだっ広い大公の王都別邸を用意された。
別邸では多くの使用人が居たために、こうやってローレリーヌとゆっくりと2人きりなのは久しぶりでとても落ち着く。
「わかりましたマリアンヌ様」
今年で26歳になったローレリーヌは、以前にもまして落ち着きがでてきて、大人の女性としての美しさに磨きがかかったように思う。
「少し早いですが、朝の支度をして食堂車に迎いましょう」
私はベッドから起き上がると、ローレリーヌを伴って客室内に誂えられた浴室へと向かった。
◇
湯浴みを終え、ローレリーヌによって手早く髪と衣服を整えられた私は、警護に当たっていたカティアを伴い食堂車両へと向かう。
全部で16車両ある王族専用列車は、運転席に通信と機械設備が同一に設置された操作車両が1両、食堂車両が1両、王族と来賓用の客室が4両、使用人用の車両が4両、貨物用の車両が1両、アルムシュヴァリエの積載された車両が4両となっている。
車両編成は運行によって組み替えられ、状況によって車両数も増減するそうだ。
連結部には全て自動で開閉する扉がつけられており、大陸縦断列車の方にも近いうちに導入されるらしい。
自動で開閉する扉を初めて見た時は、驚きのあまりにドミニクはひっくり返った。
その時のことを思い出し顔が緩むが、ふと、進行方向に当人が居る事に気がつく。
「おはようございますマリアンヌ様...殿下」
ドミニクは途中で気がついて言い直すも、舌を噛んでしまったのか口を抑える。
それを見たカティアと、ローレリーヌの視線が痛い。
本当にドミニクは相変わらずだけど、私としてはこれくらいの方が緊張感が無くて安心するんだよね。
「御機嫌ようドミニク、今日もよろしくね」
ドミニクを回収した私たちは、食堂車両の前にたどり着く。
自動扉が開くと、私が入ってきた事に気がついたのか、彼は読んでいた本を閉じソファから立ち上がる。
「おはようございます殿下、本日もよろしくお願いいたします、何か不備があれば直ぐにお申し付けくださいませ」
その姿勢の美しさに、カティアやローレリーヌも思わずうっとりとする。
しっかりとセットされた白髪はとても清潔感があるが、その分、セットされた髪が訓練で少し垂れた時はセクシーなんだよね。
「御機嫌ようベルトーゼ、本日もよろしくお願いしますね」
私がベルトーゼ様の席の前に座ると、その後ろにローレリーヌとカティア、ドミニクの3人が立ち、車両の前後の扉のところには、警備に当たっているブルノとフェリクスが立っていた。
ちなみに、ここにいないナタニエル、マティアス、ソフィア先生の3人は使用人用の車両で食事を取っている。
「少し早かったかしら?」
私が予定の時間より早かったことを詫びると、ベルトーゼ様は首を左右に振った。
「いいえ、この時間であればいいものが見られると思いますよ」
ベルトーゼ様がそう言って窓に視線を送ると、窓に付けられていたシャッターが上に開いていく。
平原の向こう側から差し込んでくる朝の日差しに、思わず声が漏れる。
「綺麗」
食堂車両は開放感のある作りで、長い長方形のガラス窓が一枚板ではめられているのみだ。
また外からは中が見えないように、全車両のガラス窓は魔法によって偽装されている。
「満足していただけようならなによりです、では、到着前に朝食を頂きましょう」
ベルトーゼ様がテーブルの上の呼び鈴を鳴らすと、連結部の扉が開き、給仕のメイドさん達がお辞儀をし中に入る。
2人のメイドさんがカートを押して、テーブルの反対側にある壁の前につけると、私たちの目の前に料理を配膳していった。
一体、私1人を東都に運ぶためにどれだけの人数が携わっているのだろうか。
「桁違いね」
ちなみに、私たちの列車の上空では飛空挺が並走していて、どちらに乗っているかを悟らせないようにしているようだ。
飛空挺は護衛の役割も兼務していて有事の際には、即時にアルムシュヴァリエや騎士達が上空から降下してくる。
「どうかされましたか?」
どうやら、私のつぶやきをベルトーゼ様が拾ってしまったようだ。
私は思い切って、本音を口に出す。
「ベルトーゼを呼び捨てにする事もですが、まだ少し慣れてなくて」
今までは私がベルトーゼ様を敬う立場であったが、それが逆転してしまったのに慣れない。
普通の貴族子弟と、王族に連なる子供では立場が全然変わってくる。
ましてや、ギュスターブ陛下は未婚、その母親は存命なもの継承権を捨て隠居状態にあるそうだ。
現時点で私は、陛下、大公、お養母様に次ぐ王位継承権第4位に位置している。
「今のこのメンバーであれば大丈夫か、では、到着までの間は無礼講という事でよろしいかな?」
空気が以前のような距離感に戻り、思わず顔が綻ぶ。
「ありがとう、ベルトーゼ様」
私が満面の笑みで感謝を述べると、少し照れたのかベルトーゼ様は窓に視線を動かす。
それにつられて私もその方向に顔を向けると、東都を隔てる海まで続く長い壁が見えてきた。
「あの壁の向こうが東都になる」
列車が壁に作られた関所の穴を通過していく。
その最中に、私は体に違和感を感じ周囲をキョロキョロと見渡す。
「大丈夫だ、今の違和感は関所に設置された魔法道具が君の魔力をチェックした事で起こった、そのうちなれるだろう」
ベルトーゼ様曰く、首都に入る人間と出て行く人間のすべての魔力を感知して登録しているようだ。
それぞれの魔力を認識し、役所にその情報を送信、入国手続きの際に身分を登録することで紐つけするという事らしい。
いずれ王都にも導入されるシステムだそうだが、世界でも最先端と呼ばれている東部の技術力に先程から驚くばかりだ。
関所を抜けると再び草原が広がっており、道中にあった街もそのまま通過していく。
「見えてきたな、あれが東都の中心街だ」
東都の一番大外、城壁の外側に作られた街並みが見える。
「既に知っているかもしれないが、東都の中心街はいくつかの区域に分けられている」
東都は円形状に作られ、一番大外に作られた門壁の外と内に位置する街が交流街区と呼ばれていて、市民権を持たない人でも入る事が許されている。
先程通過した街は、主に物流や防衛の拠点のために新しく作られたようだ。
また、交流街区の一部は観光特区と学術特区と呼ばれ、市民権を持たない人間が入れるエリアの中でも他より一段とチェックが厳しい。
「門壁の外と内では内側の方が治安がよく、外側は逆に言えば制限が緩いので、新しく商売を始める者が集まりやすい、今さっき通過した街は当面の間は税制が免除され、外側はそういった面でも優遇される政策がとられている」
交流街区の奥にあるのが市民街区であり、市民権をもった人たちだけが入る事が許可されている。
ここに住んでいる人はお金持ちが多いようで、外からの来客の際には交流街区に用意した別宅を利用したり、観光特区のホテルを利用したりしているようだ。
「市民街区は事業主も多いが、商会の従業員に軍人や騎士、役人などの中流階級も多く住んでいる」
更にその奥にあるのが貴族街区になっており、文字通り東部の貴族達はここに暮らしている。
貴族街区には居住用の王城が存在しているが、それとは別に、実務に特化した王城が交流街区と市民街区の間の門壁に組み込まる形で作られた。
なお、それぞれの区域は高い壁に阻まれており、通行できる場所は徹底的に管理されている。
「私は貴族街区に住んでいる、何かあれば訪ねてくるといい」
列車は門壁の内部に入り円形状の壁に沿って進むと、景色が見えるように内側の部分だけが解放されている区間に差し掛かった。
流れる柱の間から見える交流街区内側の綺麗な街並みと、その奥に構えられた巨大な白亜の王城に思わず声が漏れる。
「すげぇ」
ドミニクは目を見開き食い入るように街並みを見ている。
普段は冷静なローレリーヌも驚きを隠さない。
窓から見える厳かな教会や、大きな図書館の造形も素晴らしく、商店の並ぶ大通りは多くの人で溢れている。
「道路も美しく区画整理されているし、それ以上に活気があるのに街に清潔感がある所に驚きました」
戦争が終わって2年、アンスバッハの領土の端に新たに作り直された場所は、私が以前少し立ち寄った時からは目紛しく変化していた。
普通、これだけの発展を遂げていればどこかで至らない部分がでてくる。
清潔感もその一つだが、この街の空はとても美しく、街並みにも自然との調和が感じられた。
「清潔感はその国の真の豊かさを測る一つの指標だと、以前、主上に教わった事がある」
軟禁状態であった2年間、外の情報はローレリーヌを通じてでしか得ることができず、東都の情報等は断片的なものしか入ってこなかった。
だからこそ私は、学ぶ前にまずは何を学ぶかを知らなければいけないと思う。
まだ表面的ではあるが、大公がこの2年で成し得てきた物を見た事や、ベルトーゼ様の話からあの人の本質に少し触れた気がした。
「街が清潔であれば、それはそこに住む人々の心の豊かさに繋がる、でしたっけ?」
私の言葉にベルトーゼ様が頷く
「主上と同じ所に目が向くとは、少し驚かされたな」
いつのまにか、列車の窓には再び壁が現れ、外には一定間隔に並んだ照明の光が流れていく。
どうやら列車は円形状の門壁を利用して、その内部を螺旋状に下に進んでいってるようだ。
「列車はこのまま地下を進み、王城の下にある専用の発着所に乗り付ける」
大公は未だに謎が多く、その手腕から彼はおそらくクリーンな人間ではないだろう。
私を養子にした事もただの善意ではないと感じている。
それでも、私を助けてくれたその行動、お爺様への恩義に嘘はないと思う。
大公とは別に、お養母さまの方は裏表を感じさせないんだよね。
「殿下、ご到着までもうしばしお待ちくださいませ」
言葉を直したベルトーゼ様を見て、私も気持ちを切り替える。
なにはともあれ、私に選択肢はなかったしね。
不安感を孕みつつも、私はここでの新しい生活に期待を膨らませた。
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