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私の選択

「ところで、侯爵に罪状がある以上、その家族にあたるこの娘も同様に拘束されるがいいのか?」


 ギュスターブ陛下の言うように、エマ達が拘束されるのであれば同様に私の方に捜査が及ぶ。


「その事であれば問題はありません、しかし、その前に...」 


 アンブローズ大公の言葉の意図を悟った陛下は、他の参列者や護衛の者達に退室を促す。

 今、この聖堂に残ってるのは私と大公、陛下、ナタリー様、それに私の従者達のみだ。

 周囲から人を遠ざけたのを確認すると、大公が遮音魔法を使い胸元から一枚の書状を取り出す。

 その書状に押された封蝋を見て私は驚く。


「シュタイアーマルク侯爵...いや、前辺境伯からの書状か?」


 貴族の封蝋には家紋が描かれ、その貴族の魔力が刻まれているために複製は困難だ。


「これは辺境伯が亡くなる前に執事に預けたものだ、その執事が途中で死亡したため、これが俺の元に届いたのもつい最近になる」


 大公曰く、執事が途中で魔物に襲われて崖の下に転落したために、遺体が発見されたのはつい最近だそうだ。

 陛下は腕を組み、怪訝そうな瞳で大公の真意を測る。


「回りくどいのは好きじゃない、ルシエル、結論を言え」


 大公は中の紙を取り出し、書かれてある文章が全員に見える様に広げる。


「この書状に書かれてある内容を要約すると、辺境伯が死亡した場合、孫娘マリアンヌの後見人を私に譲渡すると記されている」


 ちょっと待って、私はお爺様からそんな事何一つ聞いてないのだけど。

 思わずナタニエルやブルノ達と見合わせるが、一様に驚き首を横に振る。

 どうやら従者達も何も知らなかったようだ。

 再び視線を戻すと、陛下が頭を抱えているのが見える。


「ある程度予測はつくが、それでお前は私に何を望む?」


 大公は手紙に押された二つの判の下にある空白を指差す。


「この書類の有効性を認め判を押せば良い、この書類に書かれた日付から遡って履行された事にして最初から私がマリーの後見人になり、エドモンの所に預けていた体をとる」


 確かにそうすれば事情聴取のために数日は拘束されるが、貴族法にのっとり長期間に渡る拘束からは解放される。

 それに加え、今のままでは私は絶対に無罪になり得ない。

 貴族法では、貴族として家族の不正を止められなかった責任が問われ、家族が不正した場合、その家族もなんらかの罪を背負わされる必要がある。

 話は戻り、すでにお爺様が日付を記載しているために法に抵触しないが、本来であれば新たに書類を作成するのが正規の手順だ。

 しかし、この場で陛下が書状を認可していた事にすれば、書状を作り直す必要はなくなり、貴族法の連帯責任から私を守ることができる。

 大公がこの場から極力人をへらした理由はこれだろう。


「それならば、婚約を反故にしてもその子の経歴に傷もつかないし、寧ろ権利がないのに勝手に婚約を結んだ侯爵の罪を増やし、貴族法改正の糸口をさらに広げられるか」


 最初からこの2人の目的はそこだろう、利害が一致しているからギュスターブ殿下もここに来た。

 そして私は、無理やり婚約させようとした侯爵に抵抗したという形のもっていくのだろう。

 建物は損壊し傷ついた騎士はいるものの、幸いにも誰も死んでおらず、貴族に被害はない。


「ダルクールの方には知らずに婚約を結んだ事にさせる、元よりそのつもりだ」


 やっぱりダルクール男爵はこの人の部下なのか。

 エドモンはそういう趣味の人だと言っていたから身構えていたのに、失礼な事をしたかもしれない。


「では、そこの童...マリアンヌと言ったか、彼女はどう扱う?」


 せっかく大公が後見人になってくれても、爵位は既にエドモンに引き継がれ、今回の罪でその爵位も失うだろう。

 そうなれば正式に爵位を叙勲できる年齢になったとしても、受け継ぐべき爵位がないのではどうしもない

 さらに、後見人制度は貴族のための制度なので、爵位を失えば私はこの制度からも見放されることになる。

 つまり、私を守ったとしても、大公にはメリットが何もない。


「その話は今から解決する、少し待っていろ」


 大公は踵を返し私の前に立つと、その場にしゃがみ目線を合わせる。

 これは、私を子供扱いせず対等の立場での交渉だという事だろうか。

 大公のこういう姿勢はすごいと思う


「マリー、シンプルに道は2つに1つだ、俺の事情は一切考えずに君自身が進むべき道を選んでほしい、それがナタリーの望みでもある」


 私がナタリー殿下の方をちらりと見ると、彼女は優しく微笑みを返してくれた。

 再び視線を戻した私は、大公の問いにコクリと頷く。


「まず一つ、君が望むなら、タイミングを見計らって死亡した事にして他国に逃そう、もちろん、希望する従者もつけてだ、これでただの“人”からは逃れる事ができるが、私が君を守るのは難しくなるだろう」


 この場合、生活するための資金や向こうで生活するための伝手も用意してくれるそうだ。

 まさに至れり尽くせりだが、私はこの選択肢を選ぶつもりはない。


「もう1つの道は、ただの後見人ではなく正式に私の養子となる事だ、例え相手が誰であろうとも私が君を守ると約束しよう」


 グングニルに選ばれた私は、今後もスクルドのような人ならざる者達がちょっかいを出してくる可能性がある。

 スクルドがあの後どうなったのかは知らないが、ここに大公がいるという事は、彼はスクルドより強いのだと思う。

 それほどの力を持った大公が守ってくれるのだとしたら、これほど心強いものはない。

 だが、この選択肢に大公のメリットはなく、私は答えを躊躇してしまう。


「マリー、俺の事情は考えるなといったが、レオポルドに代わって一つだけ言わせてほしい」


 大公は手袋を外すと、手を伸ばし私の頬を撫でる。

 多くの者達が畏怖し、相手を射抜くような瞳からは一切の慈しみが感じられない。

 それなのに、この人の手はどうしてこんなにも優しいのだろうか。


「甘えられる時にはちゃんと甘えなさい、それは子供の特権だし、君の従者も俺達もそれを望んでいる」


 私は、初めて大公に会った時に貰った金の腕輪に触れる。

 もしかしたら、大公はこれを私に手渡していた時からこうなる事がわかっていたのかもしれない。


「ひとつだけお願いがあります」


 今回の事でよく分かったが、私はまだまだ未熟だ。

 ここで逃げても近い将来ジリ貧になるのは明らかだし、守って貰うだけでは大公が居なくなった時点で私は終わる。

 だから私は、ここで大公に与えられた約束の願いを行使する。


「例え相手が誰であったとしても戦えるだけの術を私は身につけたいです、私自身のためにも、私が守りたいもののためにも」


 私の答えに満足したのか、大公は作られた笑顔ではなく歯を見せ表情を崩す。

 この表情に驚いた私は思わず口を開け、貴族令嬢にあるまじき間抜けな表情をしてしまう。


「いいだろう、君を育てる事でレオポルドに恩を返すとしようか」


 お互いに握手を交わすと、私の後ろからナタリー殿下が抱きつく。


「ナタリー様!?」


 思わず慌ててしまう私の耳元でナタリー様が囁く。


「あら? ダメですよマリーちゃん、今日から私の事は、お養母さんと呼んでくれないと」


 ナタリー殿下...もといお養母様は口をへの字にしてむくれる。


「その、ナタリー...お養母様はよろしかったのでしょうか? 勝手に決まってしまって...」


 私たちだけで決めてしまった事に、すごく罪悪感を感じる。

 多くの貴族であれば、養子などエドモンの夫人のように快く思わないだろう。


「私たちね、まだ子供がいないの、だからマリーちゃんが私の子供になってくれてとても嬉しいわ」


 大公と違って表裏の感じられない表情はとても優しく、この言葉はお養母様の本心によるものだろうと感じられた。

 それを見た大公が、お養母様に柔らかい表情を向けているのに気づく。

 数日とはいえ、記憶喪失の間に一緒に過ごして見て分かった事だが、先程私に向けた表情とも違うこういう表情を見せるのはお養母様にだけだ。

 噂では、お養母様のために陛下に協力し王位を取らせたという話があるほど、大公のその溺愛ぶりは貴族の間でも囁かれている。


「さて、此方の話はついたぞギュスターブ、あとはお前だけだぞ」


 全員の視線がギュスターブ陛下にへと集まる。


「お兄様?」


 追撃のごとくお養母様は、陛下を下から覗き込む。


「ちょっと待て、俺は認めぬとはいっておらんぞ! もちろんかわいい妹の頼みだからな、認めよう」


 陛下は大公から書状を受け取ると、空白にサインを書き血判を押す。

 私はスカートの裾を摘み、陛下の前に跪く。


「マリアンヌ・ド・シュタイアーマルクよ、今後、其方はマリアンヌ・ド・ウェヌス・アンブローズと名乗り、その身命を賭して我が国に仕える事を、覇王ギュスターヴ・ド・ヴェルニエの名を持って認めよう」


 私は決意を新たに、顔を上げる。


「マリアンヌ・ド・ウェヌス・アンブローズ、陛下の拝命を謹んでお受けいたします」


 これを持って、私は大公の養女となった。







 あれから1週間の時が過ぎた。

 私は、陛下とともにヴェルニエの王都に戻り形式的に事情聴取を受ける。

 事情聴取自体は2日で終わったものの、東部へ向かうための準備に少し時間がかかった。


「殿下、そろそろお時間です」


 あの後、大公達は直ぐに帰国したために、私のために新たに護衛をつけてくれた。

 少しでも私が過ごしやすいようにと、気心の知れた人を派遣してくれた心遣いはとても嬉しい。


「ありがとうベルトーゼ、今いくわ」


 ベルトーゼ様を呼び捨てにするのも、殿下と呼ばれるのも未だに慣れないが、いつかは順応するのだろうか。

 駅に着くと、王族のみに許された専用車両が既に到着し、私の従者達は入り口の左右に直立不動で立っていた。

 私はベルトーゼ様の手を取り、入り口に足をかけると振り返る。


「みんな、ついてきてくれて有難う、さぁ、行くわよ!」


 大陸暦1801年、私が東部に赴いた数日後に12歳の誕生日を迎えた。

 ギュスターブ陛下は、自らの名の下に、私が大公の養女である事を正式に発表する。

 正式に王族に名を連ねる事ができる12歳になるまで、親族にあたるエドモンの所に預けられたが、私が彼の不正に気がつき陛下と大公に知らせた、ということになったらしい。

 私の選択が正しかったかどうかはまだわからない、それでもこの選択を選んだことに後悔はない。

 そのためにも、私は強くならなきゃいけない。

 目標を見定め、気合いを入れなおした私は、自室の扉を開け一歩を踏み出した。




 〜〜〜第1部完〜〜〜

 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

 初投稿にもかかわらず、ブックマークや評価してくれた人たちも居てくれてとても嬉しかったです。

 これにて第1部は完結になります、第2部スタートまでは完結タグつけますが、まだ完結はしません。


 ここにてお詫びですが、4部スタートの年代表記を間違えていましたので修正しております。

 ちなみに、大公の名前に”ド“が追加されたのはミスではありません。

 隠しておく情報でもないので公開しますが、元々は他国の貴族という設定になっております。

 4章ではギュスターブが王になり、正式にヴェルニエの貴族として叙勲したために追加されました。


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