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私の記憶

 私たちがコテージの外に逃げると、狼型の魔獣の1匹が咆哮を上げ、こちらに向かって光魔法を放つ。


「マリー!」


 ナターシャさんは私を守るように抱きかかえると、前方に魔法障壁を展開する。

 しかし、敵の魔法の威力の方が強くあっさりと障壁を貫く。

 もう駄目だと思ったその瞬間、上空から降り注いだナイフが四方の地面に突き刺さり、私たちを守るように魔法障壁が展開していく。

 敵の魔法をふせぐと同時に、2匹の魔獣の方にもナイフが上から降りそそぐ。

 魔獣は後ろに跳びのき攻撃を回避すると、目の前の人物に対して威嚇するように吠える。


「まったく、無茶をなされる」


 地面に突き刺さったナイフの上に、どこからでてきたのか執事服のご老人降り立つ。


「ルーベルト!」


 ナターシャさんにルーベルトと呼ばれたご老人は、両手に持ったナイフに雷を纏わせて、魔獣が放った光の砲弾を全て弾いて行く。

 その隙に、片方の魔獣が地面の影に隠れルーベルトさんの死角から飛びかかる。

 ルーベルトさんは体を捻り攻撃を回避すると、軽く跳躍して魔獣の横っ腹に蹴りをぶち込む。

 吹き飛ばされた魔獣は、進行方向にいたもう1匹の魔獣を巻き込み、建物の壁面に打ちつけられる。

 更に、追撃で放たれた3発の炎弾を立て続けにくらい、壁が衝撃に耐えきれず2匹の魔獣ごと音を立てて崩れていく。


「旦那様からは神獣が来ても殺すなと命じられておりますし、はて、どうしたものでしょうか」


 ルーベルトさんは顎髭に手を置き、考えるそぶりを見せる。

 ナターシャさんが名を呼んだことからも、彼はきっと味方なのだろうと思う。


「まったく、神獣相手にここまでやるとは聞いてないぞ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、スクルドと共にいたブリュンヒルデが白銀の甲冑を纏い、背中に生えた両翼をはためかせ上空からこちらを見下ろす。


「ワルキューレ、もしかしてお迎えですかな?」


 ルーベルトさんはナイフをぶらぶらさせておどけてみせる。

 優れた戦士が死の間際に会えるとされているのがワルキューレだ。

 子供のおとぎ話でもよく聞かされる有名な話であり、普通はお目にかかれる存在ではない。

 ましてや、こんな街中にでてくるなんてのは普通ではあり得ないことだ。


「貴様なら問題なく合格だが、残念ながらそれは今日ではない」


 目を細めたルーベルトさんは、その発言の真意を探る。


「そこの童が記憶を取り戻すのを邪魔してもらっては困るのでな」


 ブリュンヒルデはちらりと私の方を見る。


「まったく、お嬢様が選ばれたお方は私を退屈させませんなぁ」


 ルーベルトさんが口元を緩ませ含みのある笑みを浮かべると、ブリュンヒルデも同様に笑みをこぼす。

 笑みをこぼしたブリュンヒルデは、今度は私ではなくナターシャさんの方に視線を送る。


「ふん、男はそれで良いかもしれんが、ついていく女は大変よのぉ」


 その様子をそばで見ていた私の手に汗がにじむ。

 にこやかに談笑する2人のその表情とは別に、集まっていく魔力にあてられて私の肌がピリつく。


「ですが、ワルキューレと戦えるなど滅多にない機会、本気で行ってもよろしいですかな?」


 ルーベルトさんは、ぶらつかせたナイフを構え直す。


「いいぞ、くだらない茶番に付き合ってくれる礼だ、ちょうど待っていたアレも来たことだしな」


 ブリュンヒルデが持っている槍を構えると、ルーベルトさんは建物の壁を駆け上がり上空のブリュンヒルデへと迫っていく。

 一瞬で距離を詰めてきたルーベルトさんに対して、ブリュンヒルデは満足そうな表情をみせる。


「いい腕だ、我が名はワルキューレ筆頭ブリュンヒルデ、貴様が死んだ時のために、名を聞いておこうか」


 刃を交えたブリュンヒルデは、相手の手数の多さに押され体勢を崩す。

 すかさず、ルーベルトのかかと落としを叩き込むが、ブリュンヒルデは槍で受け止め攻撃を防ぐ。

 しかし、勢いまでは殺せずブリュンヒルデは地面へ落とされ土ぼこりが上がる。


「私の名前はルーベルト、今はただの執事でございます」


 ゆっくりと、軽やかに地面に降り立ったルーベルトさんは、丁寧に頭を下げる。


「せっかくの死後へのお誘い、申し訳ありませんが、まだまだが長生きする予定ですのでお断りさせていただきます」


 土埃の中に金属の光が煌めくと、ルーベルトさんに向かって槍が伸びる。

 あまりのスピードに土埃は一瞬で吹き飛び、突きを繰り出したブリュンヒルデはその勢いのまま攻撃を受け止めたルーベルトさんごと押し込んでいく。

 その場に取り残された私は、いまいち状況が把握できず混乱する。


「よくわからないけど、ルーベルトなら大丈夫そうだし、今のうちに逃げても良いという事かしら」


 ナターシャさんの言うように逃げるなら今だろう。

 しかし、立ち上がった2匹の魔獣がそれを許さない。

 突如として飛びついてきた魔獣から私を守ったナターシャさんは、倒れた時、打ち所が悪かったのか頭から血を流す。


「ナターシャさん!」


 2匹の魔獣が咆哮をあげると、周囲に魔法陣が展開していく。

 確実に私たちを仕留めるようだ。

 今度こそダメかと思った瞬間、上空に新たな魔鳥が現れる。


「新手の魔獣!?」


 2匹の魔獣だけでもどうしようもないのに、さらなる新手の登場に冷や汗が出る。

 戸惑う私に対して、準備の整った2匹の魔獣は魔法を放つ。

 しかし、魔鳥は私の後ろに降り立つと、魔法攻撃から守るように翼で覆い隠す。


「私たちを助けてくれてる?」


 魔鳥と視線が合うと、驚くべき事に彼は私に声をかけてきた。

 

『少女よ、この状況を脱したければ逃げるのではなく私を取り込め』


 取り込むってどういう事よ。


『迷っている時間はない、2対1では私も分が悪い、私を取り込めば記憶も戻るし、そこで倒れている女も救えるぞ』


 よくわからないが、ナターシャさんを助けられるなら迷うまでもない。

 私はコクリと頷く。


『よし、では私の体に振れろ、あとはこちらでどうにかする』


 恐る恐る魔鳥のお腹に手を触れると、私の中にある何かがこの魔鳥と繋がった。

 魔鳥は翼を広げ、2匹の魔獣に向かって魔法を返す。

 2匹の魔獣が弾かれた間に、光の粒子となった魔鳥は余すところなく私の中に吸収されていく。

 その瞬間、私の中に閉ざされていた記憶が溢れる。


「そうか、なるほど、そう言う事ね」


 心地のいい夢を見ていた。


「ありがとうムニン、記憶を司る神獣よ、あなたのおかげで全てを多い出せたわ」


 もし、私に両親がいればこんな感じだったのだろうか。


「フギン、フェンリル、あなた達にも心配をかけたわね」


 だが、夢は覚めた。

 私は立ち上がった2匹の神獣に微笑む。

 ムニンを取り込んだ時、色々な知識を得る事にも成功した。


「フレキ、ゲリ、ごめんね、私のせいで貴方達はスクルドに利用されたのね」


 私は右手にグングニルを呼び出すと、距離を詰めその切っ先でフレキとゲリの表皮を浅く傷をつける。


「今、楽にしてあげるわ」


 グングニルを地面に突き立て、強制的に接続したフレキとゲリを取り込む。

 すでに弱っていた事もあり、あっさりと決着がつく。

 私は、ナターシャさんの元に駆け寄り、フレキを取り込んだ事で使えるようになった光の魔法で彼女の傷跡を回復させる。


「ありがとう、ナターシャさん」


 ただの1人の少女として過ごしたこの3日間は、私にとってはかけがえのないものだった。

 お爺様に甘えた時とも、ローレリーヌに甘えた時とも違う。

 この人の胸で意味もわからずわんわんと泣いた時は、本当にただの子供の1人として甘えてしまった。

 自分でも気づかなかったが、それだけずっと我慢してきたのかもしれない。


「見つけたぞ!」


 無粋にも、彼女との別れを惜しむ私の周りを騎士達が囲む。


「マリー、生きていて嬉しいよ、無事でなによりだ」


 今、一番会いたくなくて、会いにいかなければならない男の声だ。

 エドモンは顔をニヤつけせながら、騎士達の間から現れる。

 ローレリーヌや他の従者達がどういう状況かわからない今、ここでこの男に逆らうわけにもいかない。

 私は両手を挙げ降参した。


「よし、馬車に乗せろ、さっさとしろ!」


 再び意識を昏倒させられた私は、馬車に乗せられこの街を後にした。


1話で名前の出ていたルーベルトの初登場です。

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