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フェンリルとフギン

『だいぶ無理をしたようだなフェンリル』


 真っ白な空間の中、フギンは弱り切ったフェンリルを見て複雑な表情を見せる。


『仕方あるまい、あのままでは小娘は死んでいた』


 フェンリルは意識を手放したマリアンヌに強引に接続し、落下と川の流れから彼女の身体を守った。

 そのために膨大な魔力を使ったフェンリルは、溜め込んでいたほとんどを使い切ってしまう。


『どうしてお嬢さんを助けた?』


 あのまま放置してマリアンヌが死ねば、フェンリルに施した封印が解放されて外に出ることができる。

 それなのにフェンリルは何故か彼女を助けた。


『ただの気まぐれにすぎぬ、そんな事より、お前こそ我を屠る絶好の機会だが良いのか?』


 はぐらかすフェンリルをフギンは睨みつける。


『貴様は気にくわない、だがお嬢さんを救った事には感謝している』


 フェンリルに背を向けたフギンは、未だに魔力が繋がらぬマリアンヌを案じた。







 誰かに呼ばれたような気がして目が覚めると、目の前にナターシャさんの寝顔が目に入る。

 あの後ナターシャさんの手を握ったまま私が寝たので、同じベッドで寝させてしまったようだ。


「目が覚めたか、どうだ、身体の方は?」


 先に起きていたと思われるレオさんは、読んでいた本を閉じこちらに近づいてくる。


「身体に痛みがあったり、気だるさを感じたり、違和感はないか?」


 レオさんは私の額に手を置き、熱を測る。

 お互いの距離の近さに、思わず少し照れてしまう。


「熱もないようだな」


 昨日は無理やり思い出そうとしたせいか、夜に少し熱を出してしまった。


「どうだ何か思い出したか?」


 私は首を横に振る。

 名前はなんとか思い出せたけど、私が何をしていて家族が誰だったか全く思い出せない。

 レオさん曰く、私はこの街の近くの河川に流れていていたそうだ。


「そうか」


 思い出さなくていい、無理しなくていい、とは言われずにただ一言、そうか。

 その言葉は私の中の不安感をまぎらわせてくれた。


「んんっ」


 目の覚めたナターシャさんが大きく伸びをすると、ニコニコと笑顔を見せる。


「2人共おはよう」


 私は挨拶を返すと、ナターシャさんは私の頭を撫でる。

 すでに恥ずかしい姿は見せてしまったのだけど、それでも少し気恥ずかしい。


「みな目が覚めたし、まずは朝ごはんを食べに行くとしようか」


 ここまでお世話になっておいてなんだけど、そんなに甘えてしまっていいのだろうか。

 私が返事に詰まっていると、レオさんは私に手を差し伸べる。


「気にするな、君は大人びてはいるがまだ子供、大人にちゃんと甘えるのも子供の仕事の一つだ」


 彼の差し出した手を取ると、もう片方の私の手をナターシャさんが握る。


「ねぇねぇ、マリーちゃんは何が食べたい?」


 もし、私に家族がいるとしたら心配をかけているのだろうか?

 願う事ならやさしい人だといいな、とまだ思い出せぬ家族に想いを馳せる。

 私たちは他愛もない会話をしつつ、朝食を取るために宿を後にした。







「まだみつからないのか!」


 苛立つエドモンは、持っていたグラスを壁に投げつける。

 マリーが嫁ぐ予定だった東部貴族のダルクール男爵は、個人で商会を営み金回りがいい事で有名だ。

 このままでは、今回の婚約によって得られるはずだった見返りの利権がパァになる。

 エドモンは周りのメイド達に当たり散らすが、突然の来客が彼を冷静に戻す。


「旦那様、ダルクール男爵がお見えです」


 なぜ、ダルクール男爵がここに?

 今回、事故によってマリアンヌが行方不明になっている事は伏せてある。

 エドモンは疑問を抱きつつ、別の部屋に通すようにと従者に指示を出す。

 身なりを整えたエドモンはダルクールの待つ部屋へと向かう。


「シュタイアーマルク侯爵、突然の来訪ご容赦いただきたい」


 部屋に入ると、腹の出た中年の男性が席から立ち上がる。


「ダルクール男爵、驚きましたぞ、どうしてこちらに?」


 エドモンとダルクールは。本来であればここで会う予定ではなかった。

 それなのに、ダルクールが何故こんな所にいるのか。

 エドモンはその目的を問いただす。


「実は急用でこちらに向かう用事が入りまして、婚約の日取りを数日ずらしてもらえないかと連絡をしていたのですが、行き違いだったようですね」


 今のこの状態で婚約の日取りが遅れるのは、エドモンにとっては願っても無い事であった。


「訪れたこの街で電車が襲撃された事と、シュタイアーマルク侯爵が乗り合わせていた事を知り、お見舞いに来た次第でございます」


 マリアンヌが行方不明になっている事がバレてないと知ると、エドモンはほっと胸をなでおろす

 エドモンは、まだ天が自分を見放してないと内心ニヤつく。


「そうでしたか、実は魔物の襲撃でマリーが動揺してましてね、今も部屋で療養しているのです、婚約の日取りがずれるのであればこちらとしても願っていない事です」


 できるだけ引き伸ばして、マリアンヌを見つけるための日数を稼ぎたいエドモンは最もらしい嘘を吐く。


「マリアンヌ様にお見舞いを申し上げてもよろしいでしょうか?」


 ダルクールは手土産を抱えた従者の1人をちらりと見る。


「マリーもこのような精神状態でダルクール男爵に会うのは本望ではないでしょう」


 わざとらしく困った顔をしたエドモンは、やんわりと見舞いを断る。


「わかりました、私は数日の間ここに滞在しますので、何かあればこちらに」


 ダルクールの連れてきた従者は、お土産と一緒に滞在先の書かれた紙をエドモンの執事に手渡す。

 2人は別れの挨拶を交わすと、ダルクールはエドモンの滞在する場所を後にする。

 馬車に乗り込んだダルクールがため息を吐くと、乗り合わせた目の前の女性がクスッと笑う。


「お疲れのようですね、マリアンヌ様とはお会いできましたか?」


 ダルクールは首を横に振る。


「まったく面倒な事だ、こういうのは私の専門外なのだがな」


 薄くなった後頭部をボリボリと掻き毟ったダルクールは、馬車の窓を眺めながら呟く。


「彼の方も面倒な仕事ばかりワシに押し付けよって」


 その後もダルクールは、ブツブツと文句を呟き続けた。

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