甘えるということ
もうどれくらい意識を失っていたのか、体が揺れた衝撃で私は意識を取り戻した。
「ここは......どこ?」
体の節々の痛みから丸1日以上は意識を失っていたようだ。
きょろきょろと暗い部屋の中を見渡すと、小窓の外に月明かりに照らされた風景が流れていく。
どうやら私は、東部行きの長距離専用の大型列車に乗せられているようだ。
列車は戦争後にできたもので、これと飛空挺によって物流面が大きく改善された事がヴェルニエの経済の発展に繋がった。
周囲の状況から、おそらくエドモンは車両の1両を丸々レンタルしたのだろう。
貴族用の車両には1両ずつに専用の貨物室があり、荷物と一緒に私を運びこんだのだと考えられた。
状況を把握した私は、両手に枷をつけた状態で何とかその場から立ち上がる
しかし、列車が急停止するブレーキ音と共に、大きな揺れに足元をすくわれ身体を床に叩きつけられた。
「今度は何!?」
私は周囲を照らすために炎の魔法を唱えようとしたが、魔力の流れがコントロールできず魔法がうまく発動できない事に気がつく。
さらに、フギンやフェンリルとも接続が切れたようになっている事にも気づき少し焦る。
何とかグングニルを呼び出せた事により枷を外す事は出来たが、魔力のコントロールは乱れたままだ。
使われていた魔法道具の枷が粗悪品で、長時間使われていた事による副作用なのか、注射のせいかはわからないが、危機的状況である事に変わりはない。
「不味いわね」
外では何かと戦っているのか、部屋の中にも戦闘音が響く。
現状、ローレリーヌを人質に取られている私は、ここから逃げ出すこともままならない。
かといって戦闘に巻き込まれても、魔力制御の甘い状況では使える魔法も限られてくる。
だが襲撃してきた者は、私の事情を待ってはくれなかった。
襲撃者によって、列車の屋根がメキメキと剥がされていく。
「オーガ!」
私が声を上げると同時に、オーガは護衛のアルムシュヴァリエにタックルされて弾き飛ばされる。
列車の運用によって問題になったのが魔獣の襲撃だ。
これに対応すべく、列車にはアルムシュヴァリエを搭載した運搬専用の荷台が接続されている。
また、その荷台に搭載できるサイズに合わせた専用の機体が開発された。
私は意を決すると、魔法で身体能力を強化し、オーガに剥がされた屋根の部分から外に出る。
「数が多い、魔獣の異常発生?」
周囲を見ると50体近くのオーガに対して、アルムシュヴァリエは10体。
それに加えて警備兵や、乗客の中でも戦える人、あわせて30人ほどが戦闘に加わっていた。
1000人近くが乗る長距離用の大型列車の中には非戦闘員の一般市民も多い。
本来であれば魔力の強い貴族はこういう時、率先して戦うのが普通だが周囲にエドモン達は確認できなかった。
「そこの君!危ないから中に隠れていなさい!!」
私に気づいた警備兵の1人が退避を促す。
しかし、この状況で隠れる選択肢は私にはない。
私はグングニルを持つ手に力を込めると、交戦中のオーガの眉間に向かって投擲する。
直撃を受けたオーガは体勢を崩し片膝をつく。
交戦中だったツノ付きアルムシュヴァリエはその隙を見逃さず、持っている剣に魔法を纏い真っ二つに斬りふせる。
「助かった!感謝する!!」
アルムシュヴァリエに騎乗した騎士は、取り付けられた拡声器を使い私に礼を述べると、次のオーガへと斬りかかった。
乱戦の状況でコントロールの甘い魔法攻撃は使えないが、魔法障壁と身体能力強化であれば使えるし、私にはグングニルがある。
私は先ほどのアルムシュヴァリエの騎士の交戦場所までかけていく。
「助太刀します!」
交戦中のアルムシュヴァリエの背中を駆け上がった私は、グングニルを再度召喚してオーガの瞳へと突き立ててる。
「いい腕だ!」
騎士さんは私を褒めると、痛みに悶えるオーガを容赦なく両断する。
「お嬢ちゃんには2度も助けられたな、私は騎士のライアンだ、一応この列車の警備隊長を任されている」
ツノ付きは基本的に隊長機であり、私はわかっていて彼を助けた。
こういう時は責任者と交渉するのが一番早いのよね。
「私の名前はマリアンヌよ、ライアン様、ご一緒してもよろしいかしら?」
そう言いつつ、私はグングニルを目の前のオーガに投擲する。
「勿論ですともレディ、エスコートは私が努めましょう!」
オーガは持っていた棍棒でグングニルを防ぐが、ライアンはそれに合わせて剣を振り払う。
その攻撃も受け止めたオーガに対して、私はグングニルを再度召喚しありったけの力で投擲する。
グングニルによって心臓を貫かれたオーガはその場で倒れこむ。
「見事!見たことのない武器だが魔法道具か?いや、レディを詮索するもんじゃないな」
私は彼の気遣いに感謝しつつ、息のあったコンビネーションで次々とオーガを屠っていく。
半分くらい敵を倒したところで、遠方から近づいてくる光が視界に入る。
「味方がきたぞ!」
ライアン様は声をあげて戦っている人達を鼓舞する。
おそらく、長距離通信機を使って援軍を呼んでおいたようだ。
通信機は戦争後に出来た新しい技術で、情報の伝達に置いて革命をもたらせたといっても過言ではない。
これで一安心かと思いきや、油断したアルムシュヴァリエが倒され、オーガの一体が列車へと迫る。
「ライアン様ここは任せます!」
私は交戦中のライアン様を置いて、全速力で列車に近づくオーガに向かう。
それに気づいたオーガは、ターゲットを私に変える。
振り下ろされた棍棒を回避した私は、そのままオーガの腕を駆け上がりその瞳にグングニルを突き刺す。
しかし、無理をして魔法を使っていたせいか、魔力のコントロールが甘くなり身体強化のバランスが崩れる。
「くっ!」
致命傷に至らなかったオーガは私を掴むと、空中へと放り投げた。
「マリアンヌ嬢!」
それに気づいたライアン様が、こちらに駆けて来るのがスローモーションで見える。
無情にもそこで意識を失った私は崖下の川へと転落していった。
◇
ぼんやりと目の前の視界が開ける。
どうやら、私はどこかの部屋でベッドで寝かされているみたいだ。
「あら!目が覚めたのね、喋れるかしら?」
声の方向に視線を動かすと、プラチナブロンドの美しい女性が椅子に座って微笑んでいた。
まるで絵画からでてきたような美しさと上品さを身に纏い、その尊さに私は息を飲む。
「だれ?」
思わずそう尋ねると、彼女は嫌な顔一つせず私に優しく声をかける。
「はじめまして、私の名前はナターシャよ」
私は挨拶を返そうとしたが、そこで言葉が詰まる。
何故私はここにいるのか、私は一体誰なのか?、自分の頭の中がモヤにかかったように何も思い出せない。
せめて名前だけでも思い出そうと努力するが、それに伴いズキズキと頭の中に痛みが走る。
頭痛に耐えられずベッドから上半身を起こそうとするが、うまく起き上がれずナターシャさんに支えてもらう。
「わたしは、わたしの名前はマリー、ごめんなさい、他は何もおもいだせないの」
ナターシャさんは私の背中を優しくさすると、その胸に私を抱き寄せた。
「大丈夫、安心して、ゆっくりでいいの」
私はナターシャさんの胸に顔を埋め、その暖かさと、彼女の落ち着くような優しい匂いに思わず涙がでて止まらなくなる。
安心したから泣いているのか、それとも記憶を失う前に何があったのかのはわからない。
ただ、どうしようもなく甘えたくなって、子供みたいにナターシャさんにしがみつく。
「ママ」
意図せず呟いた自分の言葉にハッとして、気恥ずかしさからナターシャさんの胸から顔をあげる。
「大丈夫よ」
そう言って彼女は再び私を抱き寄せると、頭を優しく撫でる。
彼女の言葉で全てが許されたような気がした私は、彼女の肩の上に顔を乗せわんわんと泣きついた。
私が再び目を覚ますと、泣き疲れて寝ていたのかさっきより部屋が少し薄暗くなっている事に気がつく。
体を起こすと、時刻は夕刻なのか窓から入る日差しが少し眩しく、思わず視線をそちらに向けてしまう。
そこで、私は視界の端にナターシャさんがいることに気がつき目線を落とす。
ナターシャさんさんはずっと私についていてくれたのか、私のベッドの上に顔を突っ伏して寝ている。
目が覚めてもナターシャさんがいる事に、思わずホッとしてしまう。
私は、ナターシャさんの綺麗な髪を撫でようとそっと手を伸ばすが、外の靴音に気づいて手を引っ込める。
扉の方に視線を向けると、部屋に入ってきた黒髪の男性と目が合う。
「目が覚めたようだな」
警戒する私をみて少し複雑な表情を見せた男性は、まるで被っていた仮面を外すように優しい表情をのぞかせる。
「大丈夫だマリー、事情は妻のナターシャから聞いている」
ナターシャさんの旦那さんだと知った事もあり、私はほっと胸をなでおろし警戒を解く。
彼は私のベッドに近づくと、膝をつきハンカチで私の額の汗を拭う。
「はじめましてと言っておこうか、俺の名前はレオだ」
私は彼の優しい手つきに何故か懐かしさを感じつつ、吸い込まれそうな深い紫の瞳に目を奪われた。
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