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パーティへのお誘い

 シュタイアーマルク奪還から1ヶ月が経とうとしていた。

 避難していた領民はシュタイアーマルクへと戻り、首都ムールは復興の途上である。

 シュタイアーマルク辺境領の臨時代行官であった私は、お爺様の死亡が確認された事もあり執行権を返上し、貴族法に乗っ取り家督権はお爺様の弟君にあたるエドモン・ド・シュタイアーマルクに引き継がれた。

 過去にエドモンとは何度かあったことがあるが、貴族らしい貴族であり、私は彼の手腕を一切信用していない。

 私はナタニエルと協議の上、彼を従者から外し、執行権を返上する前にシュタイアーマルクの文官筆頭に任命する。

 また、シュタイアーマルク辺境領の騎士団長の死亡も確認されたため、フェリクスの従者の任を解き騎士団長へと据え置く。

 私と離れるのを嫌がったブルノは再び騎士を辞め、従者である事を選択した。

 ドミニクやカティアも騎士団には戻らず、今後も従者としてつかえてくれるようだが、マティアスはフェリクスについて騎士団に戻ると聞いている。

 ソフィア先生は従者のままだが、鍛えなおすために一度里帰りしたいとの事から暇を取らせた。

 ローレリーヌはもちろん私の従者のままである。

 そして、オスマルク辺境領の代行執行権も家督権の移譲に伴い消失するので、エドモンに渡る前にギュスターブ殿下に返上する事になり、この1ヶ月は復興や引き継ぎで慌ただしかった。


「はぁ」


 領主邸の離れの別邸に新たに構えた自室の中で、椅子に座った私は大きくため息を吐く。

 引き継ぎの手続きが一通り終了した事もあり、少し落ち着いた時間を過ごしていたが、私としては逆にやる事がなくなり少し退屈な時間を過ごしていた。

 机に突っ伏していると“コンコン”と扉がノックされ、ローレリーヌが少し慌てて部屋に入る。


「失礼します、ヴァルトシュタイン卿が面会に訪れました」


 びっくりして、思わず私は椅子から立ち上がる。

 普通、貴族は面会の前に訪問する日時を連絡して、相手の都合を確認してから面会するのが普通だ。

 ヴァルトシュタイン卿の面会は予定に入ってないので、緊急の用件かもしれない。


「緊急の用件ではないので、ゆっくり準備してくださいとのことです、それと、突然訪問した事を謝罪しておりました」


 私がホッと息を吐く隣で、ローレリーヌは衣装を出したりとテキパキと準備を整える。

 衣装を着替えさせてもらい髪をセットし直した私は、通路を歩き応接室へと向かう。

 ここ1ヶ月は忙しくてヴァルトシュタイン卿とはあの後一度も会っておらず、特に用件がなくても訪ねてくれるだけで嬉しい、そう考えていると目的の応接室に到着する。

 部屋をノックし中に入るとヴァルトシュタイン卿と目が合う。

 少し分かりづらいが、ヴァルトシュタイン卿は打ち解けてくると口角が少しだけ上がるんだよね。

 私も微笑みを返すと、ソファの後ろに立っている彼の隣に2人の人物目に入る。

 どうやら呼び出したのはヴァルトシュタイン卿だが、私に用があるのは彼らを立たせてソファに座っているあの人らしい。

 2人いるうちの1人は切れ長の目に鼻筋の通った美丈夫の男性だが、足が悪く歩行を補助するための杖を使っている。

 もう1人は、軍服を身にまとっている少し青みのかかったアッシュブロンドの美人さんだ。

 私は軽く会釈し、彼らの主人が座る対面のソファへ回り込む。


「久しいな、マリアンヌ嬢」


 ギュスターブ軍の軍師であり彼らの主人、そして、私を何度か手助けてくれた人。


「お久しぶりです、アンブローズ卿」


 美しい黒髪に深い紫の瞳、この人に関してはそのほとんどが謎である。

 私も探ってみたが、どこから来たのかすら掴めなかった。


「君の活躍はベルトーゼから聞いている、こいつを懐柔するとは中々やるな」


 ニヤっと笑うアンブローズ卿の後ろでヴァルトシュタイン卿が気恥ずかしそうにする。

 その隣で、2人の男女も少し表情を崩し笑みをこぼす。


「おっと、私としたことが紹介が遅れたな」


 アンブローズ卿は、後ろの2人に挨拶をするように促す。


「はじめましてマリアンヌ様、私の名前はテオドールと申します、今は平民ですのでどうか気軽にテオとお呼びください」


 私は彼の名前を聞いて思わず驚く。

 杖を持っている事や外見的な特徴も一致する事から、彼は私の知っているテオドールという人物だと予測できる。

 兵法を学ぶ者の中で、テオドール様の名前を知らぬ者はいない。

 教本にもなっているルーベルト様と比べられるほどの軍議の天才、ナタニエルの憧れでもあり、私も彼の書いた物は全て読破した。

 そして、ジルベールの軍師であるクレメンスが士官学校時代から一度もテオドール様に勝てずに、地団太を踏ませたのは有名なエピソードの1つとされている。

 数多くの権力者が軍師としてのテオドール様を口説いたが、彼は誰の下にもつかず辺境で子供達に教鞭をとって隠遁生活を送っていた。

 しかし、ここにいるという事は、アンブローズ卿に誘われて表舞台に帰ってきたという風の噂は真実だったのか。


「で、ではテオ先生とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 こんなチャンスは滅多にない、テオ先生は炎の魔法が得意な事でも有名な人で、できれば色々と学びたい。


「ええ、もちろんですとも、ほんの1年前までわたしは教鞭をとっていたいので、マリアンヌ様のような年齢の方から先生と呼ばれるのは少し懐かしく嬉しく思いますよ」


 テオ先生はどこか遠くを見るような目で、嬉しいという言葉とは裏腹に少し寂しげな表情をのぞかせる。


「はじめまして、私の名前はセフィリアよ、貴女の事はエレオノーラからも聞いているわ」


 この人はヴァルトシュタイン卿らと同様、あの時の戦いで映っていた強者の1人だ。

 前にフェリクスが、セフィリア様とエメラルドグリーンの髪の女性、雷使いの双剣士の男の3人とは騎士として戦ってみたいと言ってたのを覚えている。

 私も挨拶を返すと、隣のヴァルトシュタイン卿と再び目が合う。


「久しぶりだなマリアンヌ嬢、飛空挺では大変だったようだが活躍したと聞いた、頑張ったな」


 そう言ってヴァルトシュタイン卿は私の頭を少し撫でる。

 こうやって男の人から頭を撫でられるのは、お爺様以外はなかったので少しびっくりした。


「それと、ついで、といってはなんだが、私の事も公式の時以外はベルトーゼと呼んでくれても構わない、ヴァルトシュタイン卿と言うのは、その、少し他人行儀すぎると思うのだが」


 少し照れくさそうにするベルトーゼ様の隣で、セフィリア様が目を見開く。


「ベルトーゼ貴方もしかして...言っておくけどその年齢差は犯罪よ!」


 その言葉にベルトーゼ様の表情が一瞬固まる。


「セフィ!き、君は何を言っている!」


 慌てるベルトーゼ様につられて私も思わず赤面してしまう。


「いいじゃないか、やっとベルトーゼにも春が来たんだ、俺は応援してるからな」


 うんうんと頷き、俺はわかってるからなという表情でアンブローズ卿は親指を突き出す。


「主上まで!冗談が過ぎます!」


 慌てるベルトーゼ様の前髪が汗をかいたのかすこし崩れる。

 いつもきっちりされてるだけに、これも中々のレアだ。


「まぁまぁ、お二人ともそれくらいにしてください、マリアンヌ様が茹でタコになっておりますよ」


 テオ先生が仲裁したおかげでなんとか場が落ち着く。

 私は少しはしたないが、手を仰ぎ火照った顔をすまし顔で冷ます。


「と、ところで今日はどういったご用件でしょうか?」


 少しわざとっぽいかもしれないが話題を逸らす。


「今日は君をパーティーに誘いに来た」


 余韻を引きずるアンブローズ卿は少し悪戯っぽく笑みを浮かべる。


「パーティー?」


 貴族のパーティーに出席するのは基本的に12歳を超えてからだ。

 すでに領主代行権も失効している、特に何の権力を持っていない未成年の私を誘う事を訝しむ。


「会場はアンスバッハ皇国の皇都クルノフ」


 私は思わず持っていたティーカップを落としそうになる。

 交戦中のアンスバッハにパーティー?

 普通に考えて言葉のあやで喧嘩売りに行くって事?

 私の反応を見たアンブローズ卿は表情を隠さず喜ぶ。

 今、確信に変わったけど、この人は結構いい性格してると思う。


「返答の期限は明日の夕刻、どっちの選択をするにしても君の自由だ」


 先程までとは表情を切り替えたアンブローズ卿は、他の者たちに退室を促し部屋の中に2人きりになる。

 ソファを立ち上がったアンブローズ卿は、私の目の前で片膝を折り視線の高さを合わす。

 彼の全てを飲み込むような深い紫の瞳で見られると、まるで心の中まで射抜かれるような緊張感が走る。

 私の表情で察したのか、アンブローズ卿は目力を緩め少し視線を逸らす。


「最後に1つ、レオポルドとシュタイアーマルクを助けられなかったのは全体の軍師である俺の責任だ、すまない」


 思わぬ謝罪に私は再び驚く。

 彼の目力を恐れず、アンブローズ卿の表情をよく見ると思い悩んでいたのが見て取れた。


「いいえ、内乱に加担する事を決めたのはお爺様です、死ぬ可能性はわかっていたはずです」


 そう、だからこそ、お爺様の死は誰の責任でもない。


「そして、シュタイアーマルクの領民の死については責任のある立場にいたお爺様や私が背負うべき罪です、決してアンブローズ卿だけの責任ではありませんわ、どうか1人で気負わないでくださいませ」


 アンブローズ卿は少し驚いた表情をすると、フッと笑う。


「なるほど、ベルトーゼが懐柔されるわけだ、君は強いな」


 アンブローズ卿は金の腕輪をつけた私の手を取る。

 そのやさしい手つきに思わずドキッとしてしまう。


「君がどうしても困った時、お互いがどんな状況であれ一度だけ必ず俺が助けよう、我が恩人レオポルドに誓って約束する」


 立ち上がったアンブローズ卿は、ベルトーゼ様と同じように私の頭をそっと撫でると部屋を後にした。

 期限は明日の夕刻まで、私の返答は既に決まっている。

ブックマーク、評価ありがとうございました。

やっと名前の出たアンブローズ卿は、マリアンヌにとっては重要なキャラになります。

あと、今回離れたキャラたちも二部のスタートには戻ってくる予定です。

一部はこの次の4章で終わる予定です、不定期更新ですいません。

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