私とレティ
氷の壁が崩れ去ると同時に、エル君が姿勢を低くして駆ける。
それに合わせて私も氷の刃を放ち、ユングは逃げ道を塞ぐように左右に魔法の矢を放つ。
迷わずレティに迫るエル君を止めるために、進行方向に入り込んだ男が右手の拳を突き出す。
エル君が横に飛び攻撃を回避すると後ろを追従していた私の氷の刃が、側面からはユングの魔法の矢が迫る。
しかし、レティの炎の魔法によって私の氷は蒸発し、魔法障壁によってユングの矢を防がれてしまう。
横に飛んだエル君に、男はすかさず左手の裏拳を繰り出すが、エル君はナイフを床に落とし、男の腕を掴むと電撃を走らせる。
「甘い!」
レティはミョルニルを使い2人の電位差を無くし、雷を無効化させる。
男は掴まれた腕を反対側に振り回し、エル君を地面に叩きつけようとしたが、エル君はすかさず手を離しその場から離脱する。
今度は私がそのタイミングで突っ込み、グングニルを鎌の形状に変化させ、男の死角から横に振り払うが、男は体をそのままひねり、回し蹴りでグングニルの銅金を抑えられ、振り払うことを阻止されてしまう。
「ぐぅっ!」
休む間もなく私の頭上からレティの放った炎の魔法が降ってくる。
すかさず真上に氷の壁を張り、落下する炎を防ぐ。
男は私に向かって魔法を放とうとしたが、ユングが土の壁でレティを持ち上げ足場を崩す。
レティがバランスを崩したタイミングを逃さず、エル君がレティの頸動脈を狙うが、男は私への攻撃を中止してレティに飛びつく。
エル君のナイフはレティを庇った男の背中を切り裂く。
「今よ!」
私たちは、壁側へと逃れた2人に向かってありったけの魔法を放つ。
レティと男は魔法障壁を前方に集中させて防ぐが、3対2の状況は悪く徐々に追い詰められる。
「どうか私を見捨ててください」
足首と背中をやられた手負いの男は、自らを見捨てるようにレティに促す。
「却下よ!」
その答えがわかっていた男は、身体能力を強化し急所のみに魔法障壁を集中させると、レティの制止の声も聞かず一直線に私に向かう。
私は魔法による攻撃をやめグングニルで男の攻撃を捌くと、手負いのためか男の動きに乱れが生じる。
その隙を見逃さずグングニルで左腕を突くが、男はそのままグングニルを掴み腕から引き抜く。
男はグングニルごと放り投げようとしたが、私は即座にグングニルを体内に収納し再度展開させる。
「クレマン!」
私が抜け攻撃が緩んだ事もあり、レティはありったけの魔力でエル君とユングのいる所に火球を落とす
交戦中の私たちの間に割り込むレティの攻撃を捌きつつ一旦距離をとると、限界がきたのかクレマンがその場に膝をつく。
彼女は持っているミョルニルを地面に叩きつけると空に向かって叫ぶ。
「ミョルニル!私の残りの魔力全部もっていきなさい!!」
それに呼応するように彼女の全身に雷が流れると、周囲に向かって放電する。
「ぐっ!」
放電した雷が地面をつたい、エル君やユングを壁に叩きつけ磁石のように固定していく。
「マリー!」
レティの放電を魔力障壁を前面に集中にして防ぐが、防ぎきれない雷が私の腕や足を切り裂く。
このままではジリ貧だ、間違いなく負ける。
思考を加速し対応策を考えていると、突如として頭の中に聞き覚えのある声が響く。
『面白い事になっているな小娘』
前触れもなく、このタイミングで話しかけてくるフェンリルに驚く。
『我の力を貸してやろう』
何か裏があるのじゃないのかと勘ぐる私を察して、フェンリルは言葉を続ける。
『なに、ここでグングニルの力を借りるシナリオに乗るのが嫌なだけよ、ただし、我の力に引っ張られすぎるなよ』
リスク付きだとしても今の私に迷ってる時間はないようだ。
今も私の頬を雷が掠め、地面に血が滴っている。
『わかったわ、力を貸してフェンリル!』
私とフェンリルを繋ぐ魔力の鎖を通して力が溢れていく。
周囲を氷の礫が舞い、プラチナブロンドの髪はより白くなり頭部には大きな耳が2つ、尾てい骨からふさふさの尻尾が伸びる。
瞳孔から伸びる角膜の中心部に琥珀の色が混じり、体温が急激に上昇していく。
これ以上は戻れなくなる、そう直感した私はこれ以上の進行を必死に引き止める。
「はっ!なんなのよそれ!」
レティがミョルニルを振るうと、雷がこちらに向かって一直線に伸びると直前で枝分かれして放電する。
勝負は一瞬だった、私の周囲を舞う氷の礫が間に入り、全ての雷をレティへと返す。
彼女はすかさず魔法障壁を展開するが、返された雷はそれすらも貫く。
威力は落ちていたとはいえ雷の直撃を受け、レティはその場に倒れる。
私は右手にグングニルを持ち、ゆっくりと彼女に近づいていくと、2人の間に満身創痍のクレマンが割り込む。
「待ってくれ、シュタイアーマルク辺境伯を殺したのは殿下ではない」
その言葉に思わず立ち止まってしまう。
「殺した奴の名前はアーロン、奴はアンスバッハの人間ではない、9年前君の両親を殺したのも奴だ」
感情を揺さぶられた私は、グングニルを持つ手が震え地面に落としてしまう。
魔力の制御が甘くなったせいか、周囲は冷え込み燃えていた木や草花は鎮火していく。
それに反比例するように私の中の体温がさらに上昇し、体の震えを抑えるために両手で自分の体を抱きしめる。
『小娘!それ以上はダメだ!』
フェンリルは私との接続を無理やり遮断した。
力が放流し元の姿へと還る私を、駆け寄ったエル君が抱きとめる。
体温の上昇による体の震えが徐々に収まった私は、エル君の体からそっと離れ2人に視界を戻す。
その間もユングは警戒し2人に向かって矢を番う。
もはや勝負は決し、戦意のない2人から色々と聞き出そうとしたその瞬間。
「な!?」
突如として飛空挺の外壁が吹き飛び、庭園の外に体が引っ張られる。
戦闘の影響で外壁が耐えきれずに崩落したようだ。
「マリー!」
咄嗟に私の手を掴んだエル君は、ベルトについたワイヤーを飛ばし木に引っ掛ける。
バランスを崩した飛空挺が大きく傾き、私たちの体が重力と風で流されていく。
周囲を確認すると、ユングやクレマンは木にしがみついて無事だったが、レティは外壁にしがみつき体は空中へと投げ出されている状態だった。
「レティ!」
私は無意識に彼女へと手を伸ばす。
「マリー、ーーに気をつけなーい、ーーは決してーーの味ーーゃないわ」
吹き荒れる風の音がレティの言葉を遮る。
クレマンは掴んでいた木から手を離し、壁をつたいレティに近づく。
「ああ、これでやっとーーされる」
そして、レティは私たちに微笑みかけると、掴んでいた壁から手が離れる。
「殿下!」
レティが空中に放り出され、後を追うようにクレマンが空を跳ぶ。
フギンを呼び出せば2人は助けられるかもしれないが、この状況では船自体が墜落するだろう。
味方の命、なによりも自らの命を最優先に考えるなら、ここでフギンを出してはダメだ。
「うわっ!」
船体が揺れユングが思わず声を上げる。
外壁がメリメリと剥がれ穴が広がり、船は傾きをましていく。
「マリアンヌ様!」
その声に振向くと広間に入る通路の壁にブルノ、フェリクス、ソフィア先生がもたれかかっているのが目に入る。
「フギン!」
私はフギンを呼び出し全員を回収し、大きく空いた穴から船体の外へと離脱する。
流石に6人も乗っているとフギンも辛そうだし、魔力供給している私もかなり辛い。
外に出た私は念のため周囲を見渡したが、地上に落ちたと思われる2人の姿は見当たらなかった。
代わりに、地上に見える味方の兵士たちが武器を振り上げ勝鬨をあげているが視界に入る。
私たちはギュスターブ軍の指揮下のもと、シュタイアーマルクの奪還に成功した。