飛空挺の決戦
「くそっ」
人間は片目の場合、遠近感を失い対象との距離感があやふやになる。
右目を失った男は、攻撃を諦め防御に集中した。
ブルノは防戦一方の男に手数をかけて攻める。
「おらぁ!」
ブルノは一歩下がった後に前に飛び剣を振り下ろす。
男は剣を横にして耐えるが、弾かれたタイミングでブルノは左手で腰のナイフを抜き相手の左目を狙う。
「ぐぅっ!」
身を翻した男に攻撃を回避されるが、ブルノは下がる相手に休む間を与えず追撃をかける。
男はポケットから目くらまし用の光の魔法道具を取り出す。
「やらせるかよ!」
ブルノはすかさず男が取り出した魔法道具を剣で弾き飛ばす。
男はこの隙に風魔法を2人の間でわざと暴発させて、お互いを風圧で飛ばして無理やり距離を作る。
吹き飛ぶ最中に炎の魔法を詠唱した男は、再び距離を詰めようとしたブルノに向かって放つ。
ブルノは土壁を作り、後ろのフェリクスやソフィアに流れ弾が当たらないように攻撃を防ぐ。
防戦に転じたブルノを見た男はありったけの魔力で炎の壁を間に作ると、背を向けて走る。
「チッ!」
魔法障壁を展開して炎の壁を突っ込む事もできるが、万が一敵がわざと背を向けた可能性を考え、ブルノは追撃を踏みとどまる。
ここまでの連戦で、元から魔力量の少ないブルノは相当量を消費していた。
ブルノはまだ敵の陣地のど真ん中にいる事も考え、回避される可能性の高い魔法攻撃を節約する。
「くそったれが」
炎の壁が消えた先に男はおらず、ブルノは床を蹴るが、爆発音とともに船が揺れ転びそうになるのを堪える。
「な、なんだ!?」
突然の出来事に冷静になったブルノは、意識を切り替える。
ここに居ない自分の主がどこにいるのかを問いただすべく、フェリクス達の元へ駆け寄った。
◇
庭園の中に金属同士が弾き合う音が響く。
その音に反応して、小鳥達は逃げ場のない庭園の空で鳴き声を上げる。
「レティィィィィ!」
冷静さを失ったマリアンヌは、レティに向けてグングニルを振り抜く。
対して冷静なレティは、力任せのその攻撃に難なく対応していた。
「ふふ、少しやりすぎたかしら」
余裕を見せたレティは悪戯ぽく笑ったが、頬をグングニルが掠める。
思わぬ攻撃の鋭さにレティは目を見開く。
「へぇ?」
マリアンヌはフギンと戦う前も、そして今回の戦いの前もずっとベルトーゼと対人訓練を行っていた。
冷静さを失っているとはいえ最強の槍使いに鍛えられたマリアンヌは、近接戦闘に関してはレティを上回る。
押され始めたレティは武器に炎を纏わせ距離を開く。
「「フレイムランス!」」
10数本に及ぶ炎の槍をお互いにぶつけ合い相殺する。
激しい炎と炎のぶつけ合いで爆風が起こり、花壇に咲く花を吹き飛ばし花びらが宙を舞う。
「ユング!マリーを落ち着かせる、サポートを頼む」
いくら魔力量が豊富とはいえ、後先考えずに魔法を使っていては足元を掬われかねない。
そう判断したエルハルトはマリアンヌの元へ向かおうとするが、クレマンが飛びかかりそれを阻止する。
「私を忘れてもらっては困る」
エルハルトは、クレマンに向けてすかさずナイフで斬りかかるが手甲をつけた拳に弾かれる。
クレマンは追撃しようとしたが、殺気に反応して魔法の矢をかわすと同時に拳を振るい、本物の矢を叩き落とす、
その隙にエルハルトは後退しクレマンと距離を取る。
「兄さん、まずはあいつをどうにかしないといけないみたいだね」
ユングは矢を番え、エルハルトはナイフを逆手にして構える。
「お嬢様といい、あのお嬢さんといい、お前たちといい最近の子供は恐ろしいな」
クレマンは両手の拳をぶつけ、ゆっくりと前に進む。
「少し本気でいく」
エルハルトは加速し、敵の懐に入り込む。
クレマンは敵の攻撃を防ごうとしたが、違和感を感じ防御から回避へと切り替えた。
その刹那、クレマンの視線をすれ違ったナイフの先端から雷が走る。
エルハルトは、喉、頚椎、心臓と次々に急所に向かって攻撃を繰り出す。
しかし、急所狙いであることを理解したクレマンは先読みしてエルハルトの攻撃を回避する。
やり慣れているその動きに、クレマンは2人の生い立ちを察した。
「なるほど、その年で裏稼業に身を置くか、っ!?」
後ろの地表から氷の刃が突き出し、クレマンのアキレス腱を掠める。
間髪入れずクレマンの頭上からユングの放つ矢が降り注ぐ。
その隙にエルハルトはユングに敵を預け、マリアンヌの元へ向かう。
「マリー!」
瞬時に敵の攻撃を読んだエルハルトが横からマリアンヌに飛びつくと、先程彼らがいたところに炎が走る。
すかさずレティは、ミョルニルを振り払い雷が落とすが、エルハルトが上に氷の壁を張り、落ちる雷を外へと逃がす。
「落ち着けマリー!一人で戦うな!怒りに任せては相手の思う壺だ、今は相手を倒すことだけを考えろ!」
徐々に氷の壁にヒビが入り焦るエルハルトの顔を見て、冷静さを取り戻したマリアンヌはすかさず氷の刃をレティの周りに展開させた。
レティは攻撃をやめ炎の魔法で周囲の氷の刃を焼くが、自らの張った壁の向こう側からグングニルが飛来する。
反応したレティはミョルニルでグングニルを弾くも、その奥から追従するように雷を纏ったナイフが飛ぶ。
「させん!」
クレマンがレティの前に降り立ち、飛来するナイフを拳で叩き落とす。
「さすがねクレマン、助かったわ」
レティは額の汗を拭う。
グングニルを弾くとわかっていて、寸分たがわず飛んでくるナイフに、投擲した人間の性格の悪さに舌打ちする。
それと同時に、レティ達の周囲をせり上がった氷の壁が囲む
「ごめんねエル君」
マリアンヌは一度深呼吸して思考をクールダウンさせる。
狭まっていた視野が広がり、周囲のことが良く見えるようになると、自分を止めるためにエルハルトが無理してここまできたのが目に見えてわかった。
「ごめん兄さん、止めきれなかった」
2人が立ち上がると、後ろからユングが駆け寄る。
「気にするな2人とも、今は3人で連携してあいつらを倒す事を考えるぞ」
エルハルトの言葉にマリアンヌとユングは頷き、それぞれが武器を構えなおす。
「できればマリーと1対1で戦いたかったけど仕方ないわね」
せり上がった氷の壁が崩れ去り、レティとクレマンが再び現れる。
帯電するレティは髪の毛先が静電気ではね、より一層、燃え盛る赤髪を際立たせた。