新たなる時代の幕開け
「ふぅ」
今日の業務を終わらせた初老の男性は、質の良い椅子にもたれかかる。
時刻は夕暮れ前で、傾いた太陽の日光が部屋の中を照らす。
「お疲れ様です、レオポルド様」
ベテランの執事は、仕事が終わった主人の机に紅茶を置く。
「ありがとう」
レオポルドは紅茶を一口飲み、乾燥した喉を潤す。
シュタイアーマルクはアンスバッハとの戦い以降は、特に大きな戦場になることはなく、領民たちは戦争の最中でも平穏な時を過ごしていた。
ギュスターブ殿下の軍の快進撃は続き、近いうちにこの戦いが此方側の勝利で終わる事を確信していたレオポルドは、戦後にこの領地を潤すための前準備を粛々と進めていた。
「それと、夕刻の便のお手紙になります」
執事が手紙を渡すと、レオポルドはペーパーナイフで手紙を開け、一つ一つその中身に目を通す。
そう遠くない未来に、孫娘に家督を譲ろうと考えているレオポルドは、できるだけ良い状態で孫娘に領地を受け渡したいと考えている。
そのために、オスマルクにマリアンヌを派遣し、領主になった後の経験を積ませている最中だ。
マリアンヌがオスマルクを立て直せれば、ギュスターブ殿下に今回の見返りとして、正式にオスマルクとシュタイアーマルクを併合して一つの領地として貰えばいい。
失敗しても、従来通りギュスターブ殿下に返上すればいい、領地の再分配に回し、今回の戦いで戦功を挙げたもの達への褒賞として使えるので、向こうから何かを言われることもない。
「明日の午後の予定はどうなっていたかな?」
手紙を読み終えたレオポルドは執事に明日の予定を確認すると、執事は手帳を取り出し予定表を読み上げようとした、その時、部屋の外で緊急事態だと叫ぶ声がすると、ノックもなく部屋の扉が開けられ、息を切らした騎士が、扉の前の警備兵に組み敷かれながらも部屋に駆け込む。
「ひ、東の上空に正体不明の何かを確認、魔獣だとおもわれます!!」
本来であれば無礼を注意するところだが、駆け込んだ騎士の様子が尋常ではない。
レオポルドは、机の引き出しの中から遠見ができる魔法道具を取り出すと、南側のバルコニーに出て東の空を確認すると、まだ小さいが、東の空に黒い点が3つほど確認できる。
「住民達は速やかに屋内に避難、騎士達は戦闘準備の後に東門に集結するように連絡を!」
周囲の者達にそう命令したレオポルドは、再び机の引き出しを開けると一枚の手紙を取り出す。
「お前は今すぐ屋敷を出て、この手紙をあやつに届けて欲しい」
執事は宛先の名前を確認すると、お辞儀をして部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋で、レオポルドはマントを羽織ると1人部屋を後にした。
◇
「目標地点到達まで残り10秒」
椅子に座った兵士の1人が声を上げる。
金属でできた部屋の中、10人ほどの兵士が座席に座り、目の前にある操作盤を操作する。
「9...8...7...6...5...4...3.........、目標地点到達、シュタイアーマルク掃討作戦を開始します」
一番奥の席に座る、この乗物の艦長と思われる兵士が号令を出す。
「目標、東門前、全砲門発射」
席に座った1人の兵士が通信機と思わしき魔法道具で、同じ船に乗るものに号令を伝える。
「全砲門発射」
金属でできた空飛ぶ乗り物から放たれた魔法が、上空から地上に向かって無慈悲に振りそそぐ。
通信兵の1人は操作盤のパネルを確認する。
「発射を確認、魔力残量43%です」
遠見の魔法道具を持っていた兵士が、声を震わせ前のめりになる。
「着弾確認、成功です」
隊長が席を立ち、前方に向かって勢いよく腕を振り上げる。
「よしっ!飛空挺はこのまま進軍し街の中で高度を下げろ、アルムシュヴァリエは全機、降下開始準備」
通信兵の1人が操作盤を操作し、機内に号令を伝える。
「了解...アルムシュヴァリエの騎乗者は全員騎乗の上待機をお願いします」
飛空挺は高度を下げつつ東門を超えると、地上に向けて下方の扉が開く。
そこからロープをつけたアルムシュヴァリエが地上に向けて投下される。
ある程度の高度のところでロープが切り離されると、アルムシュヴァリエは地上へと降り立ち蹂躙を開始した。
「つまらないわね」
上空に浮かぶ他の飛空挺の中で、1人の少女がそう呟き立ち上がると、盛り上がる兵士達に1人背中を向ける。
「殿下、どちらに?」
兵士の中で唯一、彼女だけを見ていた1人の男が声をかける。
「部屋で休むわ、私の出番はここじゃないもの、それよりクレマン、貴方の相方の姿が見えないわね?どこに行ったのかしら」
クレマンと呼ばれた無骨な男は、眉をひそめる。
「失礼ですが殿下、あの軽薄な男は私の相方ではございません」
一緒に行動することは多いが、クレマンはあの男のことを嫌っていた。
「そう、勝手しないように見張ってなさいよ、それじゃ後をよろしくね、クレマン」
そう言って彼女はクレマンに手をひらひらと振ると、その場を後にした。
◇
上空からの一方的な魔法による砲撃により、東門に集まっていたアルムシュヴァリエは壊滅状態に陥った。
なんとかその場を生き延びたレオポルドは、勝てないことを悟ると、降伏しても陵辱されるであろう女性や子供など、1人でも多くの領民をオスマルクに逃がすために、騎士達に向かって命令する。
上空に浮かぶ何かにはアンスバッハの紋が描かれており、どこが攻めてきたのか一目瞭然だった。
レオポルドは避難を命令しつつも、降伏の意思を表すべく狼煙を上げる。
だが、降下してきたアルムシュヴァリエは攻撃の手を止めない。
「戦える者は武器を取れ、1人でもいいから生き延びろ!」
降伏を諦めたレオポルドは、ツーハンデッドソードを振るい、目前のアルムシュヴァリエを両断する。
その様子を見ていた1人の男が、拍手をし声をかける。
「その年でそれだけ強いとか、さすがは噂に名高いシュタイアーマルクの騎士達を率いるだけのことはあるね」
その声に振り向いたレオポルドは、崩れかけた壁から現れた男に剣を向ける。
男はレオポルドに向かって駆け出すと、喉元にめがけてナイフを投擲してきた。
投げられたナイフをレオポルドが剣で弾くと、その隙に距離を詰めてきた男が剣を突き出す。
それと同時に、全方位からあらかじめ迂回させていたのであろう風魔法の刃が障害物の隙間から襲いかかる。
レオポルドは瞬時に炎の魔法で爆風を発生させ風の刃を相殺すると、感づいた男は突撃を諦め後ろに下がる。
「力技かよ!」
レオポルドは畳み掛けるように、後ろに跳ぶ男に迫り剣を振るう。
男は何度かレオポルドの攻撃を弾くが、力技で剣を弾き飛ばされ崩れかけた壁際へと追い詰められる。
レオポルドはトドメを刺そうと剣を振り払うが、男は崩れかけた壁の外に手を伸ばし何かを引っ張り上げる。
それに気づいたレオポルドはすんでの所で剣を止める。
「...下衆が」
男は予め用意してあった小さな少女を盾にして、攻撃を止めると至近距離から風の魔法を放ち、レオポルドの体に風穴を空ける。
「はっ、これも立派な戦術の一つじゃないですか、そんなだからあんたの娘も同じ手にひっかかるんですよ」
レオポルドは血を吐き、どういうことだと男を睨む。
「あんたの孫娘についてる侍女を見て、ピンときた俺っちは調べたわけですよ」
男はニヤニヤと笑いながら説明を続ける。
「9年前、あんたの娘を殺した時も、たまたま同じように逃げ遅れたガキを盾にしたら、あっさりやれちゃったんだよね」
レオポルドにとっては長年探し続けてきた娘の仇、力を振りしぼり立ち上がろうとする。
しかし、その腕に向かって男の放った風の魔法により肩に風穴が開くと、力を入れられずその場に崩れ落ちる。
「おっと、危ない危ない」
飄々とした男は、レオポルドのツーハンデッドソードを地面から引き上げる。
「うへぇ、こんな重いのよく振り回すわ」
男は剣を振り上げるとレオポルドの方に向き直す、
「んじゃ、さようなら〜」
剣が振り下ろされようとしたその時、レオポルドが男の足首を掴む。
レオポルドの捨て身の攻撃によって地面から爆炎が巻き上がる。
「っ!やべぇ」
危機を察知した男は、レオポルドの手首を斬り落とすと同時に剣から手を離し、後ろへと逃げる。
「自爆覚悟とか、とんでもねえジジイだな、でもそれに気づいた俺っちはやっぱ流石だわ」
男は腰に手をあて誇らしそうにすると、レオポルドの最後を確認し満足したのかその場を後にした。
◇
この日、アンスバッハで後継者争いをしていた1人がヴェルニエ国のジルベール、ギュスターブの両名に対して宣戦布告した。
本国に残った他の後継者達は、彼女に追随する者、本国の意思とは無関係だと表明する者、静観する者に分かれる。
だが、この圧倒的な勝利もあり徐々に情勢は彼女に傾きつつあった。