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フギンとの邂逅

 魔力を使い切り気を失っていたのか、戻り行く意識と共に、ぼやけた目の前の視界がはっきりとしてくる。


「目が覚めたかな、お嬢さん」


  聞き覚えのない男の声に、私は視線を向ける。


「はじめましてお嬢さん、私の名はフギン、以後お見知り置きを」


 執事服を着た20代後半くらいの男性が私に頭を下げる。

 よくみると執事服は着崩されており、シャツの裾が出ていたり、首元のタイが少し緩かったり、オールバックの髪は前髪が垂れていたりして、本来ならだらしなさを感じる所だが、それを色気に昇華し、不潔感というより遊び人のような雰囲気を醸し出す。


「貴方、もしかしてさっきまで私と戦っていた魔鳥かしら?」


 私はその場に立ち上がると、改めて周りを確認する。

 周囲の白い世界に私は見覚えがあった、過去にフェンリルと邂逅した時を思い起こす。


「ご明察ですお嬢さん、まずはお礼を言わせて頂きたい」


 そう言って彼は姿勢を正すと、御手本のようなお辞儀をする。


「人族に被害が出る前に止めていただいたことを感謝いたします」


 街にヴァルトシュタイン卿が居た事と、初動が早かった事で、今回の件では死者どころか怪我人すらも出ていない。


「その言い分だと、今回の事は貴方の意思ではないように感じられるのだけど」


 フギンは、私の言葉を肯定する。


「魔族の罠にかかり呪詛をかけられました、何とか敵は倒したものの、不完全な呪詛により思考のほとんどを奪われ、ただの獣に戻された私は、主への執着心からその武器を持つ貴女を狙ってしまった、というのが経緯ですね」


 私は疑問点をフギンにぶつける。


「このハルバードは、一体何なのかしら?」


 これを持っているから狙われてるわけだしね。


「そのハルバードの名前はグングニル、かつて、私の主人であった神オーディンの持ち物の一つであります」


 この世に神は存在しているが、彼らは数千年以上前から人族と距離を取っており、その情報の多くは時間と共に消え去った。

 今残っている情報は、現存する過去の文献や、言い伝え、気まぐれにもたらされる神の加護によって明らかになるものしかなく、こういった情報は貴重である。

 オーディンは戦の時に勝利を導く神だとされているが、それ以外の情報はなく、加護を与えたという話も聞かない。


「かつて、という事は今はそうじゃないのかしら?」


 フギンは、どこか寂しそうな表情で遠くを見据える。


「はい、オーディン様は既にこの世におられませんから」


 私が謝罪すると、フギンは気にしなくていいと表情を戻す。


「グングニルはその時のいざこざで行方不明になったのですが、まさか地上にあるとは思いませんでした、それにその金の腕環までも、本当に懐かしい」


 私は金の腕環をつけた手を前に差し出し、グングニルを呼び出す。


「どちらも、お返しした方がよろしいかしら?」


 フギンは首を振り否定すると、その場に膝をつく。


「いいえ、むしろグングニルに選ばれた貴女に仕えたいと思っております」


 力がなければ誰も守れない、だから答えなんて一つしかない。

 グングニルを収納し、手の甲を相手に向ける。


「わかったわ、フギン、その力存分に使わせて貰うわ」


 フギンは、私の差し出した手の甲に口ずけを交わす。

 その時、前回と同じように急激な眠気が私を襲う。

 ふらつき、その場で倒れこみそうになる私を、立ち上がったフギンが正面から受け止める。


「貴方には、もっと聞きたい事があったのだけど」


 消えゆく意識の中、彼の胸元に抱かれた状態の私の耳に囁く。


「大丈夫ですよ、また向こうでお会いしましょう」


 向こうで会う、とはどういう事かを聞きたい私の思考とは別にまぶたは閉じられた。







「目が覚めたか」


 その言葉に既視感を感じながらも体を起こすと、先程まで私とフギンが戦っていた場所だった。


「私はどれくらい意識を手放していたのかしら?」


 その疑問に、戦闘が終わった後に駆けつけたのであろうヴァルトシュタイン卿が答える。


「ほんの数十分だ」


 気づけば、私と地面の間にはヴァルトシュタイン卿のマントが敷かれ、体の上には神父服の詰襟のコートがかけられていた。

 お礼を述べつつ、慌ててコートをヴァルトシュタイン卿に返すと、私はマントについた埃を手ではらう。


「気にしなくていい、私はなにもしていない」


 前回と違い、体の負担が少なかったのか、少し気だるさを感じるものの十分に動ける範疇だ。

 私は、ヴァルトシュタイン卿と完全に2人きりになったこの機会を逃さなかった。


「改めて、お聞きしたい事があります、ヴァルトシュタイン卿の主上は私の敵なのでしょうか?それとも味方なのでしょうか?、それだけでも教えてくださらないでしょうか」


 彼の主上は、一体どこまで知っているのか、そんな事を聞いてもおそらく答えてはくれないだろう。


「我が主上は君の敵ではない、そうでなければ私をここに派遣することはなかったであろう」


 敵ではない、けど、味方かどうかはわからない、ってことかしら?


「すまないな、私が知っている事も少ないのだ、できる限りの事には答えてあげたいのだが」


 ヴァルトシュタイン卿は眉間のシワを崩し、柔らかい眼差しを私に向ける。


「いえ、ありがとうございます、その気持ちだけで十分です、ヴァルトシュタイン卿には感謝しかありませんもの」


 私も表情を崩し、笑顔を向ける。

 ヴァルトシュタイン卿は、私の笑顔に顔を背けると、咳払いし表情を正す。


「では、戻ろうか」


 その言葉を遮るように声が聞こえてきた。


「お嬢さん、話し合いは終わったかい」


 聞き覚えのある声に振り向くも、そこには誰もおらず混乱する。


「下ですよ」


 視線を落とすと、小さなカラスが視界に入る。


「もしかして、フギン?」


 カラスは翼をはためかせると、先ほどの執事の人型へと姿を変化させる。


「あとで向こうで会おうと言ったでしょう」


 最後に言っていた事の意味をようやく理解する。


「街に帰るなら、私が送りましょう」


 フギンは再びカラスの姿になると、私が乗れるサイズにまで大きくなる。

 聞きたい事はあるが、まずは心配してくれてるであろうみんなの所に戻るのを優先させた方がいいだろう。


「それじゃ、よろしくねフギン」


 私はフギンの背中に跨ると、ヴァルトシュタイン卿と共に街へと向かって空を飛んだ。

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