ベルトーゼとマリアンヌ
年が明け、まだ肌寒い季節の中、日が昇りきる前のオスマルクの領主邸の中庭で、金属のぶつかり合う音が響く。
そのうちの1人、少女の吐く息は白く、額からは汗が流れる。
「ハッ!」
ハルバードを持った少女が、白髪の男性に向かって武器を何度も振り払うも、相手の持っている槍にピンポイントで穂先の斧刃と鉤爪の部分を受け止められる。
「大振りになりすぎだ」
一転して魔力でハルバードの先端を伸ばす事で、突きを繰り出す。
「狙いはいい、だが、視線の動きでばればれだ」
しかし、この攻撃も、最小限の動きで容易くかわされる
「まだよ!」
少女は、ハルバードの斧刃の部分を鎌に変化させ引き戻す。
「だから、甘いと言っている」
白髪の男性はその場でしゃがみ攻撃を回避すると、槍の柄で少女の足を払い、少女は地面に転がる。
「いたっ」
地面に膝をつき、ぶつけた所をさする少女に、白髪の男性が片膝をつき手を伸ばす。
「マリアンヌ嬢、今日はここまでだ」
白髪の男性の手を掴み立ち上がったマリアンヌは、両手で土埃を払い落とし、服の両端をつまみ足を交差させるとお辞儀をする。
「今日もありがとうございました、ヴァルトシュタイン卿」
ベルトーゼが来てから1週間、マリアンヌは彼からハルバードの扱い方を習っていた。
見た目の怖さから話かけづらいそうに見える彼だが、多少ぶっきらぼうだが、教えを請えば優しく丁寧に教えてくれる。
「ハルバードで振り払う場合、柄が長いため、どうしても大振りになる、振り払う時は相手の重心をみてかわせないタイミングで振り払う事が重要だ」
マリアンヌはベルトーゼのアドバイスに耳を傾ける。
「それと最後の変化はよかった、ただ、手元に集中しすぎて足元を疎かにしたのは駄目だ、それを見逃してくれるほど人間は甘くない、それと...」
実践での対人経験がほとんどないマリアンヌにとって、槍使いの彼から学ぶことは多く、ここにきて本格的に基礎から叩き込まれていた。
「どうしました?」
会話の途中で押し黙ったベルトーゼは、北部の山間を睨む。
槍を強く握りしめるその様子に、マリアンヌが思わず声をかけた。
「いや、何でもない、話の途中ですまなかった」
マリアンヌの声に、意識を再びそちらに向けると、何事もなかったかのようにアドバイスを続ける。
その後も2人は、ローレリーヌが朝食に呼びに来るまで、戦い方について言葉を交わした。
◇
「北部の山に、どでかい真っ黒な鳥の魔獣が出たそうです」
朝食が終わり、執務室に来た私は、ナタニエルから本日の報告を聞き終わると、部屋に入ってきたブルノから新しい報告を受ける。
「情報源と被害状況、それと現時点で対応は?」
矢継ぎ早に聞く私に、ブルノは1つ1つ丁寧に答える。
「まず、情報源ですが、林業に携わる木こり達からの報告です」
オスマルクにとって、林業は鉱山業と並ぶ主要産業の1つである。
「朝早くに鳥の魔獣がこちらに向かって来てたようですが、途中で山に折り返したようで被害は何もなかったとそうです」
そういえば、ヴァルトシュタイン卿が山間をみてたような、と私は今朝の事を思い出す。
でも、聞いたところで誤魔化されそうなんだよね。
ヴァルトシュタイン卿は鍛錬には付き合ってくれるけど、それ以外ではあまり接触してこない。
私の従者達やオスマルクの住民ともあまりコミュニケーションを取ってないようで、良く教会でお祈りしているのが目撃されているぐらいだ。
「それと、対応ですが、斡旋所や公共施設に魔物注意の張り紙を出しました」
ブルノは張り出した紙と同じものをこちらに見せる。
「木こり達に今日は家で待機するように、鉱山で働く者達にはいつでも山から降りて避難できるように伝令を出しました、それと、斡旋所での討伐依頼と、騎士達を派遣する場合、どっちの準備もできてます」
安全を第一にするなら、林業と鉱山業はしばらく休業にするべきだが、オスマルクの財政状況を考えるとその余裕はない。
「嫌な予感がします、鉱山に騎士団を派遣してください、炭鉱夫達は山から避難し、木こり達も休業とします、一週間を目処にして、そこまでで鳥の魔獣を発見できない場合は。騎士団を山に残したまま鉱山業と林業を再開します、あと斡旋所にも依頼を、討伐できそうなら討伐、無理そうな場合は発見だけでも構いません」
これで素直に討伐されてくれればいいんだけど、そんな気がしないのよね。
「わかりました、それじゃ、ちょっくら行ってきます」
ブルノは胸に手を当てると、部屋を出て詰所へと向かった。
私は一息つくと、席から立ち上がりコートを羽織る。
「ちょっと出るわ、あとお願いね」
残ったナタニエルに業務を押し付け、部屋の外に出た私は、カティアを護衛に教会へと向かった。
◇
教会の前にたどり着くと、横にそれた場所で遊ぶ子供達の姿が目に入る。
「少しはマシになったかしら」
そう呟いた私は、ここにくるまでの間、道を歩く領民達を馬車の中から観察していたが、以前までの栄養不足で痩せ細った状況から、幾分か改善したように思えた。
「私もそう思います、マリアンヌ様の努力はちゃんと報われてますよ」
恥ずかしい事に、私の呟きはカティアに聞かれていたようだ。
顔を赤らめ、お礼を言うと、恥ずかしさを紛らわせるために教会の扉を開ける。
教会の扉を開けると、祭壇の前で両膝をつきお祈りを捧げる目的の人物を発見した。
彼の祈りが終わるまで、椅子に座り待ってようとしたが、気配でこちらに気付いた彼は祈りを中断する。
「珍しいな、マリアンヌ嬢、貴女もお祈りか?」
ごめんなさい、就任直後に一回来ただけで、ここの教会に来たのはこれで二度目です。
「いえ、貴方に用があってきました、ヴァルトシュタイン卿」
その言葉に、彼の眉間に寄せた皺が緩む。
「私もまだまだだな、今朝の事で君にヒントを与えてしまったようだ」
まぁ、それがなくても、現状ここにいる最大戦力の彼に相談するのは必然なんだけどね。
「だが、申し訳ない、私はあれの討伐には関与できない、そう主上から命をうけている、そして君に伝言だ、“もっと強くなりたければ、フェンリルのようにあれを取り込め”だそうだ」
そういえば、ヴァルトシュタイン卿を私に派遣してくれたのは、私に金の腕輪をくれた人なんだよね。
ギュスターブ軍の軍師をやっているそうだけど、ヴァルトシュタイン卿もギュスターブ殿下ではなくあの人に仕えてるみたいだし、今回のことも何かの意図があってなのかな。
でも手伝えないってことは、このハルバードに関係することは手を出せないってことかしら?ううん、考えても情報が少ない現状じゃ何もわかんないし、今は考えるだけ無駄か。
「わかりました、それに、ヴァルトシュタイン卿がここにいるおかげで敵も恐れて襲ってこないようですし、それだけでも十分助かっていますし感謝もしています」
魔獣が途中で折り返すとしたら、本能的に勝てない敵が居る時だけだしね。
魔獣の行動と、今朝のヴァルトシュタイン卿を考えれば、そう考えるのが普通だろう。
「そう言ってもらえると有難い、そのお礼ではないが、鍛錬の時間を増やせないだろうか?今の君ではおそらくあれには勝てない、1週間あれば仕上げて見せよう」
こちらからお願いしようと思っていただけに、向こうからの申し出に即答する。
「こちらこそよろしくお願いします!」
少し食い気味に反応したせいか、驚いたヴァルトシュタイン卿は思わず笑ってしまう。
そういえば、この人が笑ったの初めて見たかもしれない。
「ふふ、いつもの眉間に皺を寄せた、厳格でダンディーなヴァルトシュタイン卿もいいですけど、笑ってる顔もなかなか素敵ですよ」
その言葉に我に帰ったヴァルトシュタイン卿は咳をし、少してれたところを見せる。
「そうか、君のような少女に、私のようなおじさんはとっつきにくいだろうと思っていた、そう言ってもらえると助かる、本当であれば君と歳の近いアリスであればもっと良かったのだろうが...すまない、こちらの話だ」
そのアリスって子は、ヴァルトシュタイン卿や、マティアスから報告のあったエメラルドグリーンの女性が映し出された、あの空中に映し出された戦場に居た少女の事だろう。
彼女ともあってみたいんだよね、私と変わらない年齢であれだけの魔法が連発できる。
ソフィア先生も自分より強いと言ってたし、本当にこの人たちは何者なんだろう。
「では、領主邸に戻ろうか、できれば時間が惜しいので今日から訓練を始めたいのだが」
いくつか疑問はあるが、今は目の前の敵のことを考える。
私たちは馬車に乗り、領主邸へと帰った。
評価と連日のブックマークありがとうございます。
前回で区切りがついたので、少し空けようと思いましたが、更新します。
ちなみに、今回、名前だけ登場したアリスは主人公側のメインキャラですが、多分1番登場が遅いです。