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ジルベールの真意

 あれから3ヶ月の時が過ぎようとしていた。

 ギュスターブ殿下の軍は南部を制圧した後に南西部の友軍と合流し、現王ジルベールは残存する戦力の全てを首都へと集結させる。

 北西に位置するグルーエンバーグ公国は、ロワーヌ大陸の再統一を掲げるギュスターブ殿下を危惧し、現王ジルベールとの協力体制を画策する。

 東のアンスバッハ皇国では皇帝が崩御し、子孫の間で後継者争いが勃発する。

 大陸暦1798年12月、年明けを前に戦いは大きな局面を迎えようとしてた。




 ヴェルニエ国の王都に空中庭園が浮かぶ。

 その空中庭園にある教会で、1人の少女が膝をつき、神に祈りを捧げる。

 母親譲りのその姿はあまりにも美しく、幻想的だった。


「ナタリー」


 少女は祈りをやめ立ち上がると、声をかけた方に振り返る。


「叔父様、もうこれ以上の戦はおやめください、お兄様に、ギュスターブ殿下に降伏してください」


 叔父様と呼ばれた男、現王ジルベールは口を開く。


「兄を、お前の父を殺す選択をした私は、引き金を引いた、引き金を引いた者はその責任とらなければならない、それは私もお前の兄も同じだ」


 ナタリーは悲しみの表情を浮かべる。


「そのために、多くの犠牲が出ることになってもですか」


 彼女は内乱の際、数名の騎士たちと逃げ延び、辺境の村の教会へと匿われていた。

 しかし、ジルベールが教会と取引をし、現在は彼のいる王城の空中庭園の中で、数人の従者と共に軟禁状態にある。

 ナタリーは父を殺したジルベールの事は憎んではいるが、誰よりも無関係な民が平和である事をのぞみ、現在までこの状況に恭順していた。


「それでもだ、もはや賽は投げられた、私も、お前の兄も、それに付随する者たちも、もう誰も止まることはできない、私が今のヴェルニエを守るか、ギュスターブが俺を倒しこのロワーヌを再び統一するか、道は2つに1つだけだ」


 覚悟を決めたジルベールの意思は固かった。


「それに、そんなことはもうお前には関係ない事だ」


 ジルベールは目を閉じて一呼吸おく。


「喜べナタリー、お前の結婚が決まった、グルーエンバーグ公国の君主との結婚が纏まった、1週間後には出発だ、準備をしておけ」


 急に結婚をつげられ困惑するナタリーを背にして、ジルベールは空中庭園の中に設けられた教会を後にし、もう1つの目的である別の場所へと向かう。

 この空中庭園へと自由に往き来できるのは、現王であるジルベールだけである。

 そしてこの空中庭園に閉ざされているのは、ナタリーとその従者たちだけではなかった。


「カトリーヌ、どうかこの扉を開けてくれないだろうか」


 部屋の前に立ったジルベールは、中の人物に声をかける。

 しかし、部屋の中からの返答はなかった。


「やはり、今日も答えてはくれないのか」


 部屋の中にいるのは、前王の妻であり、自分の義理の姉にあたるカトリーヌである。

 ジルベールは長年、この義理の姉に懸想していた。

 兄から奪ってやりたいとさえ思っていた。

 その気持ちを老獪な貴族達に利用され、彼らの口車にのって兄を殺し政権を簒奪した。

 だが、そんなことをしてもカトリーヌは手に入らない。

 それに気づいたのは、兄ギヨームを彼女の目の前で殺した時だった

 カトリーヌに睨まれたジルベールはそこで正気に戻り、こんな事をしても彼女の心は手に入らないと気づいた。


「また、来る」


 扉の前で踵を返す、

 ナタリーは、彼が愛したカトリーヌの若い時によく似ている。

 愛する人の娘であるナタリーは、子供のいないジルベールにとっては憎むべき対象ではなかった。

 それは、兄ギヨームの面影を残すギュスターブに対しても同じで、憎しみよりも親愛が上回る。

 そんな彼が、ナタリーをグルーエンバーグに差し出すのには理由がある。

 一つはグルーエンバーグに差し出す事で、ギュスターブにグルーエンバーグ討伐の理由を与える事。

 これによってロワーヌ大陸の統一への道筋ができる。

 そしてもう一つは、彼らは空中庭園からナタリーが出るこのタイミングを、逃さないであろう事を理解しているからだ。

 ジルベールは決意に顔を引き締め、空中庭園を後にする。







「我が君、ナタリー様が、1週間後にグルーエンバーグに向かって出立される模様です」


 切れ長の目をした美丈夫が、主人の前で首を垂れる。


「ずっとこの時を待っていた」


 空中庭園は特殊な魔法で守られており、外部からのアクセスが不可能だ。


「テオ、俺の代わりにギュスターブ軍の指揮を任せる、ギュスターブには約束どおりしばらく不在にすると伝えておけ」


 テオの主人は、先程まで組んでいた足を解き、椅子から立ち上がると、紫の瞳で周囲を見渡す。


「フラン、スイ、ユージーン、お前たちは俺についてこい、ついでにグルーエンバーグを落とす、手土産くらいにはなるだろう」


 フランはその言葉に項垂れる。


「ついでで落とされるなんて可哀想...」


 そんなフランの隣で、スイは嬉しそうに呟く


「前回は消化不良、今回に期待」


 目を輝かせるスイに、フランは勘弁してほしい、という困惑の表情でスイを見る。

 その様子を見たユージーンはにこやかに微笑むと、フランはそれに気づき口をとぎらせる。


「ユージーンさんもなんか言ってくださいよ」


 話を振られると思わなかったユージーンは、きょとんとした顔をする。


「うん?自由でいいんじゃないかな」


 その返答に、フランは思わずため息が出る。


「そうだ忘れてた、この人も自由に動くんだった、せめてセフィ姉かテオドールさんが居れば、もしくはエレオノーラが居れば苦労を共有できるのに」


 がっくりと肩を落とすフランにスイが声をかける。


「頑張って?」


 全てを諦めたフランは、大人しく出立の準備をすべく部屋を後にすると、他の2人もそれに続く。


「ああ、そうだ、ギュスターブの所にマリアンヌ嬢から人員補充の話が来ていたな、ちょうどいい、ベルトーゼ、お前に任せる」


 3人に続いて部屋を出ようとした彼らの主は、部屋を出る前に一瞬振り向くと、テオドールにそう言い残し部屋を後にした。







 大陸暦1799年1月、グルーエンバーグ公国は1ヶ月もかからず陥落する。

 ナタリーはグルーエンバーグに行く道すがらに救出され、ギュスターブの元に合流する。

 この圧倒的な勝利により、形成はギュスターブ軍の勝利へと大きく傾いていた。

グルーエンバーグ陥落は、マリアンヌと関わりがない案件なので省略です。

ただ、プロット上、彼らの主人とナタリーはマリアンヌの話に後々深く関わってくるので、今回の話をねじ込みました。

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