これからのオスマルク
巨大ゴーレムとの戦闘が終結し、オスマルクの首都ザーレへと帰還した私たちは戦後処理に追われ、慌ただしい日々を送っていた。
「今回の被害は甚大です」
私は、ナタニエルが差し出したレポートを見て頭を抱える。
「アルムシュヴァリエの損壊よる物的被害と、騎士たちの怪我、死亡に伴う人的被害の両面をどうするかがやはり課題よね」
今回の戦いで、300機あるうちのアルムシュヴァリエのおよそ3分の1が完全に破壊され、3分の1が中破、残った3分の1も無傷では済まなかった。
「まずアルムシュヴァリエですが、比較的被害の少なかった3分の1ほど、95機は備蓄されていた予備のパーツを使用し、問題なく戦闘ができる状態にまで復帰できました、残りは中破した機体ですが、比較的被害が少なかった物をベースとして、残りの機体や大破した機体の残ったパーツも流用しなんとか68機、それに加え使った分の予備パーツを何とか補充しました」
合わせて163機が、現状の戦力であるということである。
今回のことで半数近く失ったのは、防衛の観点からみてもかなり厳しい。
「今回用意した農地改革用の予算も回したいけど、こっちも急務だし、余剰分は鉱山用に回すのよね?」
鉱山とゴーレムが現れた位置は、それとなりの距離があったものの、ゴーレムが現れた時の地震で多少なりの被害があった。
「はい、それと人員補充の方ですが、すでにギュスターブ殿下が志願兵を募った後なので、数や即戦力はあまり期待できないでしょう」
斡旋所に頼んで、他領から兵を募る事もできるけど、それにはまたお金がかかる、ないないづくしのオスマルク領の首をさらに締めることになりえない。
「そうね、でも今回は自分たちの土地を守るためよ、自分たちの生活、家族や土地を守る、という点だけを強調して志願兵を募るわ、最悪は寡兵制度を利用します」
資金のないオスマルクの将来を考えれば、個人が志願する形をとる事をとるようにしたい。
「その場合でも、どこが主体となって集めるかかが後々の補償問題に関わってきますので、今回の件はシュタイアーマルク辺境伯に連絡して、ギュスターブ殿下の名前を使えないか交渉してみましょう」
後々の問題や何かあったらギュスターブ殿下に押し付ける、って事になるんだけど、東にアンスバッハがある以上、殿下もこちらの願いは無下にできないはず。
「ついでに、アルムシュヴァリエの方も、どうにかならないか相談してみて」
かといって、シュタイアーマルクにも余裕があるわけではないのだけどね。
「もちろん、そのつもりでございます」
一通りの話が終わり、ナタニエルが退出すると、代わりローレリーヌが部屋に入り、テーブルの上の紅茶を片付ける。
私はソファーから立ち上がり、執務机の前にある椅子に座ると、背もたれに寄りかかり瞳を閉じる。
あれから1週間たった今も、私はあの最後の光景の事について考えていた。
反応できないスピードに、あの威力、それもおそらくかなりの距離から放たれている、もし、あんなのに狙われたらどうしようもない。
ありえない話だが、あんな攻撃ができる人間が何人もいるとしたら、それはもう戦争のあり方自体が変わってしまうと思う。
「マリアンヌ様、お疲れでしたら今日はもうお休みになられてはどうでしょうか?」
ローレリーヌは、新しく持ってきた暖かい紅茶を机の上に紅茶を置く。
「ううん、まだやらなきゃいけない事があるから、もう少し頑張るわ」
そう答えた私の顔をみて、ローレリーヌは一瞬躊躇うも、失礼しますと小さく呟いて、私の首に手を回しそっと自分の胸へと抱き寄せた。
「マリーはよくやってるわ、だからあんまり無茶しないで、みんな貴女の事を心配しています、ナタニエル様も立場上マリーを甘やかせないけど、何時も気にかけているわ」
今、この部屋にいるのは私とローレリーヌだけだ、ローレリーヌは2人の時は私の事をマリーと呼んでくれる。
幼い時から一緒に私にとって、彼女はちょっと年の離れたお姉ちゃんでもあり、幼い時はお姉ちゃんと呼んでよく甘えていた。
「ふふ、お姉ちゃんに心配させるなんて私もまだまだね、大丈夫、ちょっと考え事をしていただけだから」
私は抱き寄せるローレリーヌの背中に手を回し、ぽんぽんと背中を叩く。
ローレリーヌは他の従者たちと違って戦場には立てない、待つ事しかできないローレリーヌに私は何時も気苦労をかけている。
「いいのよマリー、私にできるのはそんな事くらいですもの」
私は手を伸ばし、密着した体を離す。
「それは違うわ、私を、みんなの事を心配して考えてくれるお姉ちゃんがいるからみんな頑張れるんだよ」
確かに、あの攻撃は驚異かもしれない、でも現状ではなんの情報もない。
だからこそ、そんな物にとらわれすぎて他が疎かにして、周りに心配をかけてはダメだと思考を切り替える。
「ありがとう、もう大丈夫よローレリーヌ」
ローレリーヌにお礼を言うと、私は残りの書類を一気に片付けた。
◇
「あっ!?」
「ブフォッ!」
大きい声をあげ、マティアスが立ち上がると、その声に驚いたドミニクが、食べていた麺料理を吹き出す。
「ちょっと、もう!ドミニクきたない」
自分のお皿をさっと横に避けつつ、カティアが目を釣り上げる。
「ゲホッ、ゴホッ、いや、だって、マティが朝一にいきなりでかい声あがるから」
カティアはむくれつつも、むせるドミニクに水の入ったコップを差し出す。
「す、すまない」
マティアスは、他のテーブルからも視線が集まってることに気づくと恥ずかしくなり席に座る。
「で、一体どうした」
ドミニクは水を飲み喉を潤すと、赤面するマティアスに尋ねる。
「この前の女の人、どこかで見たなと思ってさ」
この前の、とは前回のゴーレムとの戦いでであったエメラルドグリーンの女性である。
「ギュスターブ殿下が、国王軍と戦闘した時の映像の中に、一瞬だけど映っていたのを思い出したんだ」
あの時のマティアスは突然の事と、あまりにも美しいあの剣に似た武器の美しさに目を奪われて、そのことに全く気づかなかった。
「それじゃ、その子は味方って事でよかったじゃない」
カティアはスープをスプーンで掬い上げると、手で髪を抑えつつフーフーと息を吐きかける。
「ああ、そうだな、後でマリアンヌ様に報告しておくよ」
マティアスはあの時の事を思い返す。
彼女が分けてくれた薬や医療道具のおかげで、半数以上の人数を救う事ができた。
あのままだったら、間違いなく自分達は全滅して。ゴーレムも破壊できずに任務は失敗していただろう。
「俺なんて目が覚めたら全部おわってたからな、まったく意味がわからなかった」
ドミニクが目を覚ましたのは、カティアが来て自分達を治療していた時である。
マティアス達と違って、ドミニクの方の騎士達はほぼ壊滅状態で、生存者は1割ほどだった。
「結局、ドミニクの方には何があったのか未だにわからないんだっけ」
カティアの言うように、ドミニク達の魔法陣がどうして展開したのかは未だに不明で、現在調査中である。
「ああ」
ドミニクはあれ以来も普段と変わらない様子だが、彼はみんなが寝静まった後にこっそりと訓練してたり、フェリクスやブルノにお願いして模擬戦をこなしている。
カティアは、ドミニクが3人の中で一番お調子者だけど、そうやって誰よりも努力している事を知っていた。
「おい、お前らいつまで飯食ってんだ、俺は先に行くぞ!」
振り返ると、後ろのテーブルで食事していたブルノが去り際に声をかける。
「やべっ!」
上司が先に出た事で焦ったドミニクは、残りの麺を掻き入れると給仕に礼を言い、慌てて部屋を出る。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
カティアも持っていたスプーンを置き、上品とは言えないが皿を持ち上げ、スープを一気に流し込む。
「先行くから!マティも早くしなさいよ!」
マティアスは自分が1人になっていたことに気がつき、慌てて残りの食事を掻き込み後を追う。
「全く...あいつらは、ガキの頃から成長しないな」
後ろの席で、先程までブルノと一緒に食事してたフェリクスは、1人優雅に食後のお茶を飲み干し、給仕にお茶のお代わりを頼んだ。