マティアスの戦い
「やっぱナタニエルの読み通りか」
その場から動けずに固定大砲となったゴーレムは、範囲内に入ったブルノとフェリクスに向けて土魔法のストーンランスを放つ。
「なんて量のランスだよ!」
ブルノは、器用にストーンランスを回避しつつ、ゴーレムの眼前へと駆け抜ける。
「しかし、俺たちが引き付ければ引きつけるほど、3人は楽に目標地点に向かえる」
フェリクスは、2本のロングソードでストーンランスを叩き切りながら突き進む。
「まあな、どっちみち一番遠いところにある俺らの目的地は、これが最短ルートだからな」
ソフィア先生の指定した6箇所のポイントは、いずれも敵の射程範囲内だった。
フェリクスとブルノは、先程の地点からゴーレムに向かって直進し途中で散開し、それぞれの目標地点に行く事になっている。
これが最短ルートであると同時に、彼ら2人が正面から行くことで敵の攻撃を引きつけ、他の目標地点へと向かう3人を、ゴーレムの攻撃からある程度注意を引きつけることができると考えられた。
ナタニエルの立案した一件無茶ともいえる戦法だが、ブルノとフェリクスは見事にその期待に応えた。
「そろそろ分岐地点だ、フェリクスくたばるなよ!」
ブルノは枝から枝へとき用に駆け抜ける。
「ふん、お前こそ野垂れ死ぬなよ!」
2人は口角を上げニカっと笑うと、敵のストーンランスを回避し左右に散開した。
◇
「よしっ!今度はこっちの番よ!!全軍進軍開始!」
私の号令で、残りの全軍がブルノ達の通ったルートでゴーレムの方向に向かって進軍する。
アルムシュヴァリエを含む残りの全軍はナタニエルが率いて、南方のポイントより北側のゴーレムに近い位置で、後方に回り込むブルノとフェリクスからバトンタッチして敵の攻撃を引きつける予定だ。
「ソフィア先生、私たちも行きましょう」
ナタニエルを見送った私は、後ろのソフィア先生に顔を向ける。
「はい!」
私たちは魔力を節約するのと、敵の攻撃を極力受けないために、身体強化の魔法を使わず馬に騎乗して目標地点に向かう。
◇
「作戦はうまくいってるみたいだ」
ブルノやフェリクスと同時に別ルートで先行していたマティアスが呟く。
今回の作戦では、マティアス、カティア、ドミニクは小隊長に任命され部隊を預けられていた。
「そのようですね小隊長、ナタニエル殿の言う通り、敵はより強い魔力に反応しているのは間違いないでしょう」
だからマティアス達もまた、身体強化の魔法を使わずにナタニエル達が交戦を始めるまでは馬で移動していた。
このおかげで、ゴーレムの攻撃はフェリクスとブルノ、途中からはナタニエル達に集中し、マティアスはここまで敵に迎撃されずに目標地点に辿り着く事ができていた。
途中で別れ、既にポイントに辿り着いたであろうカティアも、もう魔法陣を展開させてあるだろう。
同じく魔法陣を描き終えたマティアスに残された仕事は、ここを死守することだ。
しかし、我々の作戦は思わぬ来訪者によって計画を狂わせられる。
「小隊長!魔物です!!」
部下の呼び声にマティアスが振り向く。
「なに!?敵の種別は?」
タイミングの悪さにマティアスは心の中で舌打ちする。
「スケルトン!それにリ、リッチーです!!!」
この北西地点は、先程までいた鉱山に近い。
「クソっ!!」
スケルトンの発生は大きく分けて二つある、一つは自然発生だ、そしてもう一つが人やリッチーによる召喚である。
最悪なのは、リッチーがいる場合、スケルトンの量が1000体を超えるとされている。
今回、炭鉱にスケルトンが発生した時に、スケルトンの発生量がかなり少なかったために事前にリッチーの可能性を省いていた。
「全員、目標地点から少し離れるぞ、魔法陣を巻き込むわけにはいかない」
ここで、戦闘すれば魔法陣が破壊されるかもしれない。
マティアス達は数人を残し、この場を離れる。
「それと、魔法を使い身体能力を強化しろ!」
迷っている暇はないと思い、マティアスは即座に判断を下す。
「小隊長!それではゴーレムの攻撃が!」
リッチーとの戦闘が始まれば、ゴーレムはその魔力に反応する可能性は高い、しかし、マティアス達に残された選択肢は一つしかない。
「それでも、やるしかない!このままでは作戦は失敗だ!!」
スケルトン1000体の中にはスケルトンナイトやスケルトンメイジも確認でき、なによりもリッチーが1体いる。
それに対してマティアス達はわずかに100人ほど、アルムシュヴァリエは今回、ゴーレムの攻撃を引きつけるために全てがナタニエルの軍に集中している。
覚悟を決め、全員が身体能力強化の魔法をかけ、戦闘に備える。
「半数は攻撃魔法の詠唱を開始しろ、残りはゴーレムの狙撃に備えて魔法障壁の準備だ」
マティアスの命令の元、約半数が詠唱を開始し、残り半数が防御に備える。
「今だ!撃て!!」
マティアスの号令で一斉に魔法が放たれる。
その一撃をもって集団の先頭に居た雑兵のスケルトンが屠られる。
しかし、スケルトンメイジは魔法障壁をはり周辺のスケルトンを守る、スケルトンナイトは逆に周囲に居たスケルトン達を盾にして魔法を防ぐ。
「来るぞ!魔法障壁!!」
ゴーレムが魔力に反応し、ストーンランスを此方に飛ばすのと同時に、リッチーとスケルトンメイジが魔法を詠唱し反撃を開始する。
攻撃魔法の詠唱が終わった味方も魔法障壁を展開し、敵の攻撃に耐える。
「敵の攻撃がやみ次第、乱戦に持ち込む、ゴーレムの攻撃を利用して向こうを巻き込むぞ!」
乱戦に持ち込んだマティアス達は功を奏す。
それでも数の差は大きく、騎士が1人、また1人と倒れ徐々に味方の騎士の数が減っていく。
そんな状況の中、マティアスの前にリッチーが立ち塞がる。
「せめてこいつだけでも!」
剣に炎を纏いマティアスはリッチーに斬りかかる、幸いにもサラマンダーの加護はリッチーと相性がいい。
『ククク、その程度の炎で、我を屠れるとは舐めたものよ!』
リッチーは炎を纏った剣を歯牙にも掛けず、簡単に片手で受け止める。
「なに!?」
マティアスが驚いたのは剣を止められたからではない、通常のリッチーは喋ったりしないからだ。
『我が計画の邪魔をした事、後悔させてやる』
マティアスは剣を手放すと、落ちていた他の騎士の剣を取り、魔法を使わずに横薙ぎに払う。
しかし、これも簡単にリッチーに受け止められる。
『無駄だ、お主の攻撃は我には通用しない』
マティアスの持つ剣にヒビが入る。
「まだだ!」
至近距離からマティアスは、ありったけの全魔力を使いファイアランスを乱れ放つ。
『無駄だと言っている!』
無情にもマティアスの攻撃では傷一つつけられず、剣ごと投げ飛ばされる。
投げ飛ばされたマティアスは、苦痛の中で自分の無力さを痛感した。
『今、楽にしてやろう』
リッチーは片腕をあげると、その指先に黒い球体が現れる。
『ダークフレアー』
その言葉と共に、球体は指先を離れると巨大化し、マティアスへと向かう。
死を覚悟したマティアスは目を瞑る。
しかし、その攻撃がマティアスに届くことはなかった。
『誰だ!』
“カチンッ”という音と共に球体が真っ二つに切断され、魔力が霧散する。
「ハイリッチーか」
マティアスは閉じかけた目を開くと、美しいエメラルルドグリーンの長い髪が目に入る。
その髪の持ち主は黒いロングコートを纏い、立ち襟は口元を隠し謎めかしく、深く入ったスリットから艶かしい太ももをのぞかせる。
その腰には、見たこともない長尺の反りの入った剣のようなものを差す。
『なんだ貴様は!?』
目の前の女性に、言い表せぬ恐怖心を抱いたハイリッチーは、幾つもの魔法を行使する。
しかし、エメラルドグリーンの女性は、次々とハイリッチーの魔法を斬っていく。
彼女の持っている得物はため息がでるほどとても美しく、そしてそのフォルムは、ただ只管に斬る事だけに洗練されているように思えた。
『スケルトンども、この女を止めろ!!』
他の騎士達と交戦していたスケルトンが一斉に襲いかかり、彼女に向かってなだれ込む。
「あ、あぶない!」
マティアスがそう叫んだ時には、彼女はその中心点から消えていた。
『どこだ!?』
そう叫ぶハイリッチーの後ろに現れた女性は、持っている得物で敵の首を狙う。
ハイリッチーはすんでの所で女性の攻撃をかわすが、その代償に片腕を持っていかれる。
『何をしているスケルトンども、こっちだ!』
先ほどまで襲いかかっていたスケルトンや、周辺にいた残りのスケルトンどもが、叫ぶハイリッチーの後ろで同時に音を立てて崩れ去る。
先程からゴーレムのストーンランスも、この女性1人にターゲットを定め砲撃されているが、本人はまったく意に介さず切断している。
『くそくそくそくそくそっ、我の計画は完璧だったはず!なんなのだ貴様は!!あの小娘といいままならぬ!!!!』
女性はため息を吐き口を開く。
「完璧ではない、その小娘が介入し、召喚が十全に行われなかった時点で貴様の計画は破綻している」
激情したハイリッチーが、残った片腕を女性の首にかけようとしたが、掴む前に細切れに切断される。
『くそがぁーーーーーっ!』
その言葉を最後に縦に切断され、切断されたハイリッチーは簡単に霧散した。
「君は一体...?」
力を振り絞り、立ち上がったマティアスの元に、皮袋が投げられる。
「魔法道具だ、中にポーションや薬品、医療器具が入ってる、今なら助かる命もあるだろう、早くしたほうがいい」
周囲を見ると、倒れた者の中には息がある者もいた、マティアスも含め先程まで戦ってた者達も満身創痍だ。
彼女の正体は気になったが、マティアスは周囲の救助を優先させることにした。
「誰だか知らないが助かった、有難う」
マティアスは振り向き彼女にお礼を言ったが、その時にはすでに彼女の姿はなかった。