農地改革と治安問題
「おかえりなさいませ、マリアンヌ様」
オスマルクの領主邸に戻ると、ドミニクが出迎えに来ていた。
「ただいま、さっそくだけど不在の間の報告を聞きたいわ」
執務室へと向かいながらドミニクから不在時の報告を聞く。
「はい、まず資金調達のために前領主の所有していた美術品や宝石、不要な調度品などを現金化する取引についですが、最後まで恙無く完了いたしました」
ドミニクは報告書をめくりながら金額を述べていく。
「続けて」
執務室の扉が開かれ、私たちは中に入る。
「次に、計画を推し進めていた畜産業と農業に関わる件ですが、人材を確保し既存の農地を広げる方向で業務を開始ししてます」
執務机に座った私は、出された冷たい水を飲み一息つく。
「やっと、といったとこかしら」
オスマルクの首都ザーレは、山岳地帯の山あいの麓に作られた街で、オスマルクの主な産業は鉱山による資源産業や林業が主な収入源となっている。
これらの収入は大きく、オスマルクが潤い、領主が堕落するきっかけを作った。
逆にオスマルクは、野菜や小麦、魚介類などの食糧問題のほとんど輸入に頼っていて、このアンバランスさが領民を苦しめた。
そこで目をつけたのが、既にオスマルクでも取り入れられていた放牧による畜産業や、高地でも栽培できる野菜や果実といった高地農業なのだが、これらの規模が小さかったために自前の領民にすら行きわたっていない状況だった。
本来は鉱山や林業で得た資金をそちらに投資していればよかったのが、前の領主は私欲にまみれ自らの私腹をこやした。
故に、資金が残っておらずこうやって捻出する次第となったのである。
そして、私達はここに赴任して以来この食糧問題の解決に大きく奔走している。
「おかえりなさいませ、マリアンヌ様、帰ってきて早々で申し訳ありませんが、こちらにサインをお願いできますか?」
もちろんよと、カティアに差し出された不在の間に溜まった書類の中を確認しサインをしていると、執務室の扉が開く。
「おかえりなさいませ、マリアンヌ様」
その言葉に私は思わずクスッと笑ってしまう。
「ブルノにそう言われると、やっぱりまだ違和感がありますね」
ブルノは気恥ずかしそうに頭をボリボリと書いた。
「いい加減慣れてくださいよ、今の俺の上司はマリアンヌ様なんですから、さすがに姫さん呼びのままんじゃいかんでしょう」
私は咳払いし、表情を正す。
「そうね、ところで街の方はどうかしら?」
ブルノは眉間にしわを寄せ、険しい表情を見せる。
「被害者の数はまだ少ねえんですが、おそらく人攫いが発生しているみたいです」
私は机の上にペンを置き、ブルノの話に集中する。
「人攫い?それはザーレでですか?」
全領主の時はあまり治安のよくなかったザーレだが、警備兵に加え、有志の市民による治安部隊が巡回を始めたことで、今のザーレはそこまで治安は悪くない。
「ここザーレでも確認されていますが、人攫いが主に起きてるのは領内の他の村や町のようです」
それが続くということは、組織的な犯罪の可能性も出てくる。
「人攫いにあったもの達のリストはありますか」
ブルノは脇に抱えた書類を私に手渡す。
「そういうと思って斡旋所と警備隊の詰所にいってきました、人攫いにあった者たちは警備隊に報告してありますし、金があるやつは斡旋所に依頼しているので簡単に情報が集まりました、今のところ確認できてるだけで8人います」
手渡された書類をめくり、私は目をひそめる。
「女性、それも子供ばかりですね」
ブルノの握りしめた拳が僅かに震える。
「ちっせぇ女の子ばっか狙いやがるとかロクでもねえ奴ですぜ」
私は手に持った書類を通して、このふざけた事件の犯人たちに軽蔑の視線を落とす。
「そうね、どちらの理由にしてもろくなもんじゃないわね」
この場合、人攫いの目的はおそらく二つのどちらかに分類される。
一つは、反吐が出るがそういうのが趣味の金持ちの男性に子供を売る連中。
もう一つは、何らかの儀式でつかうために、条件に当てはまる者を集める連中。
私は、若い、女性、以外のもう一つの共通点から後者の理由だと推測した。
「これはどちらの目的かしら、まぁ、どっちにしても叩き潰すのだけど」
私の言葉に全員が頷いた。
◇
オスマルクに帰って1週間、警備を強化したり対策を講じてるものの未だに人攫いは絶えない。
「これで13人目か」
今日の業務は終わり、時刻は既に夜、私は机に肘をつき目頭を抑える。
「まったくもって厄介ね、こうなったら私が.....」
「「「「「ダメです!!」」」」」
周りにいる従者たちが即座に釘をさす。
「.....まだ何も言ってないわよ」
私は大きくため息を吐く
「どうせろくな事じゃありません、貴女様はもっと後自覚するべきです」
フェリクスが真剣な眼差しで私を諭す。
「そうは言っても、ここまで尻尾が掴めないとなるとほかに打つ手もないですし」
警備の巡回を増やしたり、地方の村に兵士を派遣したりしているが、犯人達を捕まえるのには至っていない。
「そうだとしても、マリアンヌ様自らが餌になる必要はございませんよ」
ナタニエルは、大人しくしていてくださいと、視線でプレッシャーをかける。
「でも、こいつらの探してる条件に私ほど当てはまる子供もいないはずよ」
私は、この人攫いの目的が儀式的なものであると確信していた。
攫われた13人の子供のもう一つの共通点、それは子供の瞳の色が青や緑など、魔力量が多い子供ばかりが集められているからだ。
「それでも絶対にダメです!フェリクス様やナタニエル様のいうようにおとなしくしておいてください!!」
ローレリーヌにまで怒られる、効率的だと思ったのだがやはりダメなようだ。
「わかったわよ、みんなの言う通り大人しくしておくから大丈夫よ」
仕方なく諦めた私は、おやすみの挨拶を言い残して、しぶしぶ自分の部屋へと戻った。