これからのこと
「はぁ、せめて最後に一言お礼が言いたかったな.....」
目覚めてから1週間がたち、完全に回復していた私は執務机に突っ伏していた。
何故そのような状態になっているかというと、残念なことにエル君達2人が、私が寝込んでる間にこの街から離れていたからである。
「元気を出してくださいお嬢様」
ローレリーヌが机の上の空になったカップに、そっと薄い黄緑の紅茶を注ぐ。
この紅茶は、独特の香りと味がするので好き嫌いがわかれるのだが、万病の薬箱と呼ばれているように、薬効があり病み上がりの私のような人間には最適だ。
しかし、この紅茶の産地が彼らが来たと言う西方にあるのを思い出した私は、少し憂鬱な気分になってしまった。
「そうですよ、そのうちまた会えますよ」
執務机の前にある、4人掛けのテーブルの一つに座るドミニクが、紅茶をすすりながら私を慰める、
「マリアンヌ様、手が止まってますよ、仕事をしていればそういうのも忘れられます」
その対面に座るナタニエルは、書類の角をテーブルを使い整える。
私たちは領主邸の一角にあたえられた部屋で、戦後処理の追加予算の確保のために予算編成の調整に追われていた。
先週目覚めた直後に、ナタニエルに仕事があると言われた時は冗談かと思ったが、本当に仕事させられるとは思わなかった。
ちなみにドミニクは護衛として同行している。
「あ、ここの予算こっちにもってくると、ここと数字合わないんじゃない?」
顔を上げ、書類を見ると、訂正個所を見つける。
「ああ、本当ですね、ではこっちの補修関係を後回しにしてこっちに回しましょう」
ナタニエルが私の持つ書類を上から覗き込む。
「それより、こっちの過剰経費を削った方がいいと思うんだけど」
数字を指差し提案する。
「そっちの予算は資材の購入資金に回す算段ににしてまして.....」
私は“ポン”と手をたたく
「よし、教会の寄付金を減らそう!」
ナタニエルはため息を吐く。
「マリアンヌ様、ハルバードの件お忘れですか?」
私は再び机に突っ伏した。
「あー!もう!!魔物は仕方ないにしてもアンスバッハは余計なことしてくれて!!」
机を両手でポカポカ叩く。
「マリアンヌ様、現実逃避はダメですよ、仕事はまだいっぱいありますからね」
微笑むナタニエルの後ろで、呑気に紅茶のお代わりをローレリーヌに頼むドミニクの姿が目に入る。
「ドミニク、騎士団の方で調整よろしく」
ムクリと机から顔をあげた私はドミニクを指差す。
「ブッ、ゴホッゴホッ...え?俺ですか??」
胡乱な瞳でドミニクに仕事を押し付けると、彼は胸元をさすりながらこちらを見る。
「あなた書類仕事できるでしょ、今は誰かを遊ばせておく余裕はうちにはありません」
隣にいるナタニエルがいい顔で微笑む。
「それは名案ですマリアンヌ様、騎士団の食事のメニューを1ヶ月1つ減らせばだいぶ予算が浮きます」
その言葉にドミニクが慌てる。
「ちょっと待って!それ俺が他の奴らに殺されちゃう」
ドミニクは私の机に縋り付く。
「ドミニク、貴方の尊い犠牲はわすれないわ!」
私は胸の前で両手を握り、目を閉じ空を見上げる
「勝手に殺さないで!俺まだ生きてるから!!」
縋り付くドミニクの肩に手を置いたナタニエルが囁く。
「では、その代わり騎士団のこちらの予算の方をーーー」
こうやって私たちは、数日間この予算編成の調整に悩まされるのであった。
ちなみに、ドミニクが頑張ったおかげで騎士団の食事は守られた。
◇
「ブルノ、フェリクス、ソフィア嬢、今日お前達を呼んだのにはお願いがあるからだ」
椅子に座ったレオポルドは、机の前に立つ目の前の3人を見渡す。
今、部屋の中にはこの4人しかおらず、給仕の者も部屋から退出させられていた。
「まず、マリアンヌについてだが」
3人の表情が引き締まる。
「あのハルバードが持ち込まれた経緯を調べたところ、シスターから依頼を受けたと御者は言ってたが、その依頼元のシスターは見つからなかった、教会側のルートも調べようとしたが今は王国と敵対関係にあり、ハルバード自体は教会の所有物だと認めたが、それ以上の情報は得られなかった、逆にハルバードの対価に寄付金をせびられた始末だ」
その言葉にブルノは呆れる。
「相変わらず教会ってのは守銭奴なこって」
フェリクスは眉を顰める。
「それに随分きな臭い話ですね」
ソフィアが手を挙げ一歩前に出る。
「私の方でも調べましたが、大した情報は得られませんでした、ハルバードもそうですがノルンの中でも未来を司るスクルド様の情報は少なく、加護でどのような魔法が使えるのかも謎でした」
レオポルドは横にある書類に視線を送る。
「ありがとうソフィア嬢、加護の件だがこちらは一つあてができた、少しは情報を得られるかもしれない」
つられてみなが書類の方に一瞬視線を向ける。
「わかりました、私の方でも知り合いのハイエルフに引き続き当たってみます」
ブルノがレオポルドに本題を迫る。
「それで、俺たちにお願いっていうのは?」
レオポルドは席から立ち上がり、左にいるソフィアから順に話しかける。
「ソフィア嬢、これからは先生としてではなくマリアンヌの従者として貴女を雇いたい」
ソフィアはこくんと頷く。
「ありがとうございます、こちらからお願いしようと思っていました、あの力はとても強大です、だからこそコントロールできるようにならなけばなりません、私では力不足かもしれませんが精一杯お手伝いさせて頂きます」
レオポルドは、引き受けてくれた事に対してソフィアに感謝を述べる。
「貴女にそう言っていただけるとこちらも有難い、感謝する」
次に真ん中にいるブルノに視線を移す。
「ブルノ、お前は領主邸の警備から本格的にマリアンヌ付きに変更する」
マリアンヌは領主代行を経て、年齢的には異例なものの、緊急時代行という正式な役職を得ることになっている。
今まで彼女にかかる予算は、全てレオポルドの個人資産からでており、今回の件で正式な役職を得ることで領地の予算から彼女の従者を増やすことができる。
「言われなくても最初からそのつもりだ、俺がここに戻ってきたのも、ローレリーヌが姫さんに使えてるのも全部姫さんの...いや亡くなっちまった2人のためだ」
最後に、右側にいるフェリクスに視線を移すと、レオポルドは謝罪した。
「フェリクスすまない、副団長にまで上り詰めたお前を移動させるのは酷だが、マリアンヌを守って欲しい、親馬鹿だと罵ってくれても構わない」
フェリクスは微笑む。
「何をおっしゃいますかレオポルド様、私の事などに気を揉む必要はございません、マリアンヌ様は鍛え甲斐がありそうですし、それに、久し振りにこいつと一緒に戦えるのは楽しみでもあります」
フェリクスは親指を隣にいるブルノに向けると、ブルノは気恥ずかしそうに頬をかき、ソフィアはクスッと微笑んだ。
「そう言ってもらえると有難い、マリアンヌが領主となった際には、フェリクスが騎士団長になれるようにこちらからも言っておく、それとドミニク、マティアス、カティアの3人もつけるから十分に使ってくれ」
それに、フェリクスは地位よりもレオポルドに頼られる事が何より嬉しかった。
「わかりました、我が身に変えてもお嬢様をお守りしましょう」
フェリクスは胸に手を置き、騎士のポーズを取る。
「他にも文官からナタニエルをつける予定だ、ローレリーヌを加えた8人が専任従者になる予定だ」
レオポルドは改めて3人を順に見渡す。
「3人とも本当にありがとう、1人の親として感謝する」
レオポルドは非公式な場であるからこそ、頭をさげ深い感謝を3人に示した。
◇
暗い石作りの部屋の中で、男がまとめられた報告書をめくる。
「たしかに報告書は受け取った、持ち主はシュタイアーマルク辺境伯の令嬢マリアンヌで間違いないな?」
男の目の前にいる2人の少年が直立不動の姿勢をとる。
「間違いありません」
白髪の少年が答えると、もう1人は首を縦に振り同意を示す。
「他に追加で報告する事は?」
男は少年を睨みつける。
「いいえ、ありません、内容は全て報告書に記載しております」
お互いに目を逸らさずに一寸の時間が過ぎる。
「よろしい、では、お前達の次の仕事だがーーー」
◇
「いやー、あんなバケモンまでいるとか、やっぱシュタイアーマルクの喧嘩売るのはやばいっすよ」
軽薄そうな20代後半の若者が、隣にいる30代前半の無骨な男の肩に手をかけるも、彼はその手を鬱陶しそうに払いのける。
「予定に変更はない」
無骨な男は口を真一文字に結び、隣の軽薄な若者を睨む。
「わかってますって、それにしても.....」
軽薄な若者は両手を組み、記憶を呼び起そうとする。
「どうした?」
無骨な男は珍しく思案する同僚に声をかける。
「いや、あのお嬢さんのそばに居たメイドの子、どこかで見覚えがあるなーっと」
その答えに、無骨な男は呆れ気味に鼻で笑う。
「ふん、また女の話か」
無骨な男は両手を組み、これ以上は話は聞かんとばかりに目を瞑った。
「まぁ、いいか」
若者は話を切り替え、無骨な男に空気を読まずに話しかけ続けた。
次1部2章ですが、その前に人物紹介とかの設定入れときます。
ブックマークや評価されてる方ありがとうございました。
話は大分長くなりますが、最後までのプロットはできてますので完結まで頑張りたいと思います。
タグにあるような物語の本筋が12歳あたりからで、そこまでの前置きで書いておかないといけない部分が多々あり、そのせいで要点のみを駆け足で大分端折った展開になったかもしれないと反省しております。