邂逅と目覚め
「.....むすめ」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
「..........起きろ、小娘」
重たい瞼を持ち上げる。
「.....誰.....?」
辺り一面なにもない白い空間の中に、見覚えのある白狼、フェンリルが佇む。
普通では考えられない周囲の状況に、おぼつかない意識の中、思案を廻らせる。
「.....私は死んだの?」
フェンリルは横に首を振る。
「小娘の魔力が枯渇しただけにすぎん」
私はゆっくりと立ち上がろうとしたが、上半身を起き上がるので精一杯だった。
「では、ここは一体?」
目の前にいるフェンリルに疑問を投げかける。
「ここは、貴様の中の精神世界とでもいうべきか、魔力枯渇状態から回復するために意識が切断されスリープモードに入った、我は小娘の精神世界に接続している状態だ」
顎に手を当て、伏し目がちになりながら状況を整理する。
「なるほど、で、貴方は弱ってるを食らうつもりかしら?」
フェンリルはため息を吐く。
「そうできればよいのだが、小娘が我の魔力も全て使い切ったからな、あいにくと今はそんな余力はない」
フェンリルの言葉に胸をなでおろすが、今は、という言葉に引っかかる。
「では、魔力が戻ったら私を食らうのかしら?」
今助かっても、あとで食われるなら同じだからね。
「無理だな、今回みたいに精神と肉体が離れた特殊な状況であれば可能であるが.....小娘に食われた時点で我の負けだ、敗者は敗者らしくしばらくは恭順しよう」
私は息を吐き安堵する。
「そう、ならありがたく貴方の力使わせてもらうわ」
ニコリとフェンリルに向かって微笑む。
「ふん、いいだろう小娘、しばらくの間使われてやろう」
私は急な眠気を感じ瞼をこする。
「そろそろ限界のようだな、今は休み力を取り戻せ、次に目覚めれば通常通りに起きるはずだ」
眠気で視界に入るフェンリルの姿がぼやける。
「わかったわ」
睡魔にさからえず、上体を倒し再び横になる。
「まずは強くなれ、今のままではーーーもただの宝の持ち腐れだ」
だんだんと意識が遠のき、フェンリルの声が遠くなる。
「ーーーに気をつけろよ」
◇
再び目を覚ますと、目の前の視界に良く知る自分の部屋の天井が映る。
フェンリルに最後なにかを言われたけど、思い出せない。
「マリアンヌ様!」
視線を横に向けると、ローレリーヌが両手で口を抑えて震えている。
「おはようかしら?」
ずっと看病してくれていたのであろうか、ローレリーヌの目の下にはクマができており、少しやつれたように見える。
申し訳ない気持ちになる。
「す、すぐに皆さんを呼んできます!お待ちください!!」
ローレリーヌは慌てて扉を開け、部屋の外へと出て行った。
私は自分の手を見ると、身体のサイズが元にもどった事が確認できた。
あのままだったらどうしようかと思ったが、杞憂だったみたいだ。
”ドタドタ“と慌ただしい足音とともにお爺様、ブルノ、ナタニエルそしてローレリーヌが部屋へと入ってくる。
「大丈夫かマリー!」
私の顔を見るなり、お爺様がベッドの前に両足をつく。
「お爺様、私なら大丈夫よ」
お爺様もローレリーヌと同じように疲れた表情をなさっていた。
私はお爺様を安心させるべく、できる限りの笑顔を作って微笑み返す。
「なにが大丈夫ですか!姫さん1週間も眠りこけちまって、こっちはみんな心配したんですぜ」
口を挟むブルノの髭はいつもよりさらにボサボサで。本当に多くの人に心配をかけてしまったと反省する。
「ごめんなさい、みんな心配をかけたわね」
少し落ち着いたところで、ナタニエルが疑問を投げかけてくる
「マリアンヌ様、アレは一体なんなんでしょうか?」
いつもと変わらぬナタニエルを見ると、少し救われる気分になる。
「アレとは?」
そんなナタニエルに可愛らしくとぼけた答えを返す。
「随分と元気そうですね?よければ事後処理で遅れた分の書類まわしましょうか?」
寝ながらでも計算くらいできるでしょう?、と言わんばかりの笑顔に、思わず顔がひきつる。
「冗談よ」
みんなにフェンリルが襲撃してきた事、教会でハルバードを吸収した事、そのあと身体が成長した事の一連の流れを説明した。
最後まで説明し終えると、お爺様が口を開く。
「ふむ、気になる点がいくつかあるな、情報を擦り合わせよう、いいか?」
私は無言で頷く。
「まずアンスバッハが攻めてきた事だが、これは事前に此方の情報が漏れていたようだ、漏らしたルートはこちらで潰しておいた、次に魔獣の異常発生だが、これはフェンリルの移動にあてられたからだろうと思う、ここまではいいな?」
全員が無言で頷く。
「ではここからが本題だ、ハルバードの件は此方でも探るが、この武器は一体なんなのだ?」
私は両手の掌を上に向け、ハルバードを呼び出す。
「これは魔法道具のようなもので、神器と呼ばれる物の一つです」
その言葉にブルノとローレリーヌが驚き、お爺様とナタニエルはあたりをつけていたのか伏し目がちにこめかみを抑える。
「選定された理由は不明ですが、私はこれの持ち主に選ばれたのは間違いないようです」
あの教会で出会った者であれば何か知ってそうなんだけどね。
「神器に選ばれたとあってはどうしようもないか、一度選ばれれば持ち主が死ぬまで主従契約が履行されると聞いた事がある」
あの時の行動に後悔はないが、今になって選ばれた事による目に見えない責任がのしかかる。
「そうですか、今のところデメリットは感じないので問題はないと思いますが.....」
ハルバードを持つ手が汗ばむ。
「私もそう言った情報は持ち得てない、此方でも調査しておくが何か変化や違和感を感じたら教えてほしい」
おそらくはなんらかの目的があって私はこれに選ばれた。
その真意を知っておくのと知らないのとでは、もしも何かがあった時の状況が変わってくる。
「わかりました」
私はハルバードを再び体内に戻す。
「次にマリーの身体が成長?した事についてだが、アレはなんだったのだ?」
あれは私自身とても驚いた、他の人はもっと驚いたんでしょうね。
「時の女神ノルンの1人、スクルド様の加護によるものだと思います、頭の中に彼女の加護が与えられたと流れ込んできたので間違い無いかと」
神の加護は気まぐれだと聞く。
「一連の出来事の流れを考えると、おそらく神器の方にも関わってるみたいだな」
お爺様の隣でなにかを考えていたナタニエルが、私に向かって疑問を投げかける。
「マリアンヌ様はもう一度あの姿になれるのでしょうか?」
私は首を横に振る。
「無理だと思う、アレは大サービスだと言ってたし...ただ加護があるから、出来ない事はないと思うんだけど、これについて詳しい文献を漁るか、誰か知ってる人を探すか、そこらへんを探れば糸口がないかなと」
ハルバードの事、加護の事、フェンリルの力、やらなきゃいけない事はいっぱいある。
「わかりました、此方の方でも探ってみます」
ナタニエルにお願いすると、今度はブルノが口を挟む。
「まぁ、何にしてもそれのおかげでアンスバッハを退けフェンリルを倒せたんです、良かったと思いましょうや」
私は少し困ったような表情を見せる。
「フェンリルが来たのはこのハルバードのせいだと思います、これを手に入れた時、フェンリルと運命的な繋がりを感じました、理由とかではなく本能に刻まれた感じがありました」
全員が神妙な顔つきで思考を巡らせていると、後ろからパンパンと手を叩く音が聞こえる。
振り向くと、ローレリーヌが周りの大人達に怒りの笑顔を向ける。
「みなさんそこまでです、マリアンヌ様は病み上がりです」
その言葉に私を囲む大人達はハッとする。
「そうだな、今日はここまでにしよう」
お爺様は立ち上がると、私に微笑みかける。
「領主代行の件、良くやってくれた、お陰で多くの領民が助かった、今は大人達に任せ、もうしばし休みなさい」
お爺様に褒められた私は嬉しくて表情を崩す。
「はい、お爺様もどうかご無理なさらずに」
みんなに笑みを返すと、大人達が照れ臭そうにしながら退室する。
私は再びベッドに横になると、やはり疲れているのか簡単に意識を手放した。